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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第四章 セーラーと短剣
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第7話 マリネ

 ライダは行ってしまってから夕刻になっても戻らず、日本人二人は、刺身を平らげてもなお生魚のことを考えている。せっかく好きな刺身だから、ライダ以外にもなんとか受け入れてもらうべく頭を捻った。


「洋食のナマモノって何食ったことある?」

「生牡蠣とか?ケーイチは」

「まあそのへんか。俺は食ったことないけど、タルタルステーキなるものはあるらしい。日本でいやユッケみたいな。なんにせよこっちじゃ見ないよな」

「うん、みんな焼くなり煮るなりしてあるし。あ、でも似たようなのは、生じゃないけどあるかも」

「それは?」

「鮭を燻したやつ。燻製。ほら、マリネに載ってる」

「あースモークサーモン。たしかにあれは生っぽいけど」

「そういえば生ハムのマリネなんてのもあったよ」

「ありゃ塩漬けのプロシュートだ。しかしマリネってのはいいな、酢やらなんやらで味付けしたら食いやすくなるだろう」

「じゃあごちそうしてあげよう!」

「作り方わかる?」

「え?」


 せっかく話がまとまりかけたのに二人して黙りこくる。刺身自体調理法は簡単だったから、マリネの料理はやたら難しく思えた。だって色々な調味料を用いているはずだから。醤油だってあの味に仕上がるまでは複雑な工程を踏むことは百も承知だが、一つの製品として手にしてしまうと、それさえ使えば済むという簡便さを無意識のうちに受け入れてしまう。マリネには、そうした製品を幾つも使っているだろう。レモン酢さえあればどうにかなりそうなものの、製品を探すには醤油を探したことほどの元気は沸いてこない。


「料理長なら何か知ってるかも」

「同じような味かはわかんないぞ。それにあの料理長、各国の調味料集めてるくせに生料理だと引きゃあがる。そりゃ船員の食を一手に担うから用心するのはわかるけど」

「でも聞かないよりはいいよ。探しに行こう」


 料理長はまたもや貯蔵庫にいて塩漬けの魚を運び出そうとしていた。貴重な氷を鮭(?)の保管に使われて機嫌を悪くしていないかとも思ったが、食材の運搬を手伝いながら聞くと快く教えてくれた。


「しかしね、あんまり生の食材使うもんじゃないですよ。腐りやすいし」

「ええ、これっきりにします。俺たちだけで食べます」

「そんならいいけど。じゃあ言った通りに作れば、あんたたちが求める物ができると思うから」

「ありがとうございます」


 結論からいえば簡単だった。香味野菜を用意して、魚は、レモン汁入れた酢油に塩胡椒等を混ぜた液に漬け込む、ワインも少々垂らすことにした。魚は本来燻製を用いるのだろうが、漬け鮪というのもあった。また船を降りて蓋のある小さな壺を買い、その中に上記調味料と切り身をぶち込んだ。あとは氷に壺を埋めて夕食後まで待つことにする。


「あとは、どうなってるか」

「きっと俺たちは美味く食えるさ。それにこうしときゃ臭みも幾らか抜けるだろうし、あいつらにも食べてもらえるかも」

「そうだね!喜んでもらえるといいな」


 一通り終わって一息つき、二人は甲板に出た。陽が落ちかけて、調理場では入れ違いに入ってきた料理長と烹炊員が包丁の音に合わせて歌っていた。ラスナたちは船室に戻ったまま姿を見ないから、また勝てないゲームに興じているのかもしれない。後で彼女たちのところに行くことにして、手持ち無沙汰に甲板を散歩した。


「あれ」


 タラップのある辺りに差し掛かるとハルトの足に何かが当たった。屈んで拾うとクレイパイプ、ライダの物で、ボウルの縁が欠けていた。


「パイプだ」

「ああこれライダのだ。落としちゃったのかな」

「欠けちゃってる」

「もったいねえな」

「そういえばライダさん、帰ってこないね」

「もう何時間にもなるぜ。龍眼の短剣がどうのって慌てて出てったけど」


 あの時、伝令に付き従って調理場を飛び出したまま数時間が経過していた。今度はよほど確度の高い情報にぶつかったのか、話の聞き込みに奔走する姿が頭に浮かんだ。きっと、リーネらしき人物が紙つぶてを船に投げ入れた時も同じだったのだろう、いきなり心臓掴まれて冷静を欠き、様変わりする表情、普段明るく振る舞っているのに実に顔に出やすいものだとおかしくなった。


「短剣のことで何かわかったかな」

「さあな。しかし空振りに終わるんじゃない、俺たちの時みたいに」

「見つかるといいな。でも本当に、僕たち何もしなくていいのかな」

「ライダの言ったとおりさ。自分たちでなんとかするんだろう。それにこんなことまで手を貸してちゃキリがない」

「そういう問題?知り合ったのも何かの縁だよ」

「そうやってこれからも知り合うであろう人間は、どうせ何かしらの問題や悩みを抱えてるんだ。小さいことにまであれこれしてちゃ、どうしようもないだろ」

「僕たちが世界を救うってことは、そうした小さいことを一つずつ解決していくことじゃないのかな」


 ハルトの言葉には、ケーイチを咎めているような棘があった。いつしか彼が考えていた救世のこと、際限のない話にどうケリをつけるのか、結局結論は出なかった。もっと大きな、例えば戦争の終結なぞに手を貸せばいいのかもしれないが、この小さな集団で何ができるかは判らない。だからライダの悩みや鬱屈を解消するために手を貸すことが、救世の一歩になるのかもしれないが、彼女の内面覗いてしまった後でもどうも小さすぎる事情に感じてしまうのだった。

 ハルトの問いかけにはなあなあで済ませるしか考えつかない。


「かも、な。まあ助けを求めてくるようなら手を貸そう。たしかに救ってやらなきゃいけない気はする」

「そうだね。もう一度、いつでも手を貸すって伝えておこう」

「ああ。余計なお世話かもしれないけど」


 ケーイチは渡されたライダのパイプをポケットにしまうと自身のパイプを出してくわえた。移火の着火袋は新品に換えていたのに点きが悪く、やったのことで燻し吐く煙は、どこか不吉な影をマストに映し出した。

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