第6話 決心薄暗く
「ケーイチ、入るよ」
自室のベッドで膝を抱え込んでいると、コルバが扉をノックした。恵一は「はい」とだけ答えて、ベッドの側に立ったコルバを上目遣いに見た。
「大丈夫かい?」
「兄さん、すまない」
「なにが?」
「聞いてたと思う。こんな幸福知らずにいればよかったってつい言っちゃった。でもそれは」
「本心じゃないって、言いたいんだろう」
「うん」
「わかってるよ」
「ほんとうにごめんなさい。この一年、見ず知らずの俺を受け入れてくれて幸せだった。逆に、勇者なんざと会わなくて、ここで生涯を終えたかったって、それは本気で思ってる。ねえ、勇者が来るまで俺をいさせてって、言ったけど、俺ずっとここにいたいよ」
「ケーイチ、そう言ってくれるのは嬉しい。僕たちもケーイチと離れたくないよ。でも、行かなくちゃならない」
「だめかな?あいつらについてったって、どうせオマケなんだ。それもあってもなくてもいいような。あいつらは力がある。被害は出たけど、間違いなくこの村を救った。俺は何の力もない。ただちょっといい銃をもらっただけだ。カミサマがなんで俺を呼んだのかわからないくらい・・・いやあいつ、はっきり言った、誰でもよくて適当に選んだって」
「ケーイチ、たしかに勇者様たちは強い力を持ってる。世界を救えるだけの力がきっとあるんだと思う。僕も、なぜケーイチが呼ばれたについては・・・」
「そうでしょ。だから」
「でも、あの方たちと一緒に行かなければ、元の世界に帰ることはできないよ。あの方たちと世界を救って、本当の家族や友達のところに帰らなきゃ」
「本当の家族?ここだって俺の本当の家族だよ」
「それは、そうだね。でも、自分が生まれたところから急にいなくなってしまって、それでは元の世界の人たちがかわいそうだよ。帰ってあげてほしい」
コルバが恵一を抱きしめた。温かい身体に腕を回すと、出し切ったはずの涙はまた出てきた。行きたくない、行きたくない、だけど元の世界にも家族や友達は待っている。元の世界とも変な別れ方で終わりたくなく、また生家に帰りたいのは本当で、やっぱり、行かなくちゃならなかった。
「兄さん、元の世界に帰る前に、またここに帰ってくるよ」
「うん、また会おう。ケーイチ、息子、弟よ。世界を平和にして、帰ってきてくれ」
希望ある未来の光を見ているとは、到底言い難かった。ただ沈鬱で重苦しいばかりの決意で、コルバが耳元でささやいた、「世界を平和に」。空虚に響くだけ響いて、心底それはくだらない気がする。手段にしては大きすぎてまるで他人事。ここに帰って来るために、生家に帰るために帰る場所を一旦捨てなければならないことが悲惨極まりなく、いよいよ自分が「ケーイチ」だけとして生きなければならないことをいやに実感した。故郷に帰るために旅に出るのに、故郷はより遠ざかっていく。
簡単な葬儀を行って、しかし悲しみに暮れるばかりなのも、せっかく村は助かって勇者たちにも申し訳なく、祝宴が開かれた。恵一の壮行会も兼ねている。身支度の途中呼ばれた彼が、久々に出したジャケットを肩に引っ掛けて集会所へ向かうと、豚の骨を茹でるスープのえげつない匂いが漂ってきた。恵一にはこの匂いが何なのか判っている。知ってから、コルバたちの気遣いが改めて身に染みた。
「ケーイチ兄ちゃん」
入口のケーナとアキトが恵一を見つけて出てきた。二人とも悲しいような困ったような顔で、今にも泣きだしそうに震えている。震える原因は怯えであるとはっきりしていた。家族、友人といった親しい人から見捨てられるような怯え、二人の頭の中に、村で暮らした幸福を狂暴に否定する兄の姿が反芻されていた。
「ごめんなさい」
「何を謝るのさ」
「ごめんなさい」
意味のない謝罪は、子どもには度々ある、相手の大人が怒った時に反射的に謝ってしまう癖。虐待される子どもみたいに、ついに泣き出して恵一は自分の罪を意識する。謝らなければならないのは恵一自身だった。蒼ざめて二人を両肩に抱きしめて、心の底から謝罪を繰り返した。
「ごめん、ごめんな。不安にさせて」
「わたしたちもっとちゃんとするから。しあわせじゃなかったって、そうなら、ごめんなさい」
「もういたずらしない。だからいかないで」
「幸せだよ、みんなといられて。ここにいられて。本当だ、さっき勇者に言ったことが嘘なんだ。だけど兄ちゃんは、行かなくちゃならない」
「どうして?ここがすきなら、ずっといればいいのに」
「またここに、安心して帰って来るために、行かなくちゃいけない。すまない、いてあげられなくて。
でも必ず帰って来る。本当だ、お父さんともそう約束した」
「ほんとうに?」
「本当さ。今行かなくちゃいけないのと同じで、帰ってこなくちゃならない。また会えるんだ」
「ほんとうだね」
「うん、本当だ」
「きっとかえってね」
「かわいい妹と弟がいるんだ、帰るに決まってる」
やっと泣き止んだ妹弟にとびきりの笑顔を見せて、二人もまた涙の跡を光らせて笑った。そして屋内を指差して言うには「ぼくたちもあれつくったんだよ」料理のこと、麺を一生懸命こねたに違いない。




