第5話 身体に探して
「わかんねえな」
「何がっすか?」
「ほら、最中に・・・確かに俺もちょっと期待したことはしたけど、でも、もっとやる気なのはそっちからかと思った」
「誘ったのは私からっすね。楽しくなかったっすか?」
「そんなことない、よかったよ」
船長室で、頭上の灯りがベッド上の二人の裸体を浮かび上がらせていた。ケーイチは、部屋に入ってから幾度となくそうしたようにライダの頬を掌で包むとキスをした。だが、やはり違和感がある。行為の途中からライダに起こった変化、マグロといってしまえばそれまでなのだが、しかし誘ったのは彼女の方からだったのだ。
士官だからか、部屋には箱みたいなベッドが置かれていた。勧められるままにベッドに腰掛け、グラスに酒が注がれる、乾杯の後はしばらく無言だった。室内にある様々な物、例えばちょっとした調度品なぞについて尋ねて答えてはくれるけれど、会話は途切れがちだった。
だけど無理に会話がしたいわけではない。ライダの影はエキゾチックな妖艶を秘めていて、少し開いた薄い唇の色を眺めていたかったのだ。また、晒される腿で組まれる脚の美しいこと。酒の二杯目も頼まないで見つめていたら、まるで初めから視線を知っていたかの如く瞳を動かすと、立ち上がって隣に座った。肩から外した上衣がふわり椅子に掛かる。べったり横にくっつき、半身になって身体を押し付ける様は、頭の中で描くことを見透かされている気がして、口角上がる唇が光った。直後、素早く唇は接近してきて、自身の口元の感触は大分遅く行為の意味が認識された。
「来るっす」
ケーイチは襟元を優しく引かれてライダの上に被さった。なぜこんなことを仕掛けてくるのか、感情の根拠は全く判然としない。別に好かれたとも思わない。それに至るだけの時間も物語もあるはずがない。しかしケーイチも結局はスキモノだから、特別拒む理由もなくて、お決まりの流れみたいに身体を重ねた。
問題は、ライダは濡れていたものの反応が極端に鈍くなったこと。ケーイチの絶頂まではまだ遠く、唇も手管も腰の動きも受け入れてはくれるけれども、異変を感じ取ってから果てるまでに時間がかかった。彼女が達した様子はない。
「失礼だけど処女かと思ってた」
ピロートークも終えて、挨拶の口づけを離すとケーイチは軽く笑った。当初ライダが非処女であるとは夢にも思わなかった。
「みんな意外に感じるみたいっすね、やっぱり」
「みんなって?」
「淫乱って思われても仕方ないっすけど、結構な男と寝てきたっす。部下の男たちとも」
「へえ!あんな数を」
「二度目はないっすけどね」
船員たちが、下着でライダが歩いていても盛りがつかないのはこのことであったのだ。一度抱いてしまっても二度目がないこと、ケーイチにも理解できる。どうも淫乱とだけでは片付けられない事情がありそうだった。淫乱というだけなら自らが果てるまでしがみついているだろう。
別に理由を聞きもしなかった。だがライダは、どうせケーイチは一時しか居ない客人だからか一人でに話をした。
「ほんとうはこんなんじゃなかったっすよ。一人の男とだけ、こういうことをしてるはずだったっす」
「その男ってのが」
「ロレンスっす。彼はただ船長というだけじゃなくて恋人だったんすよ。と言っても、死ぬちょっと前からっすけどね」
はにかんで笑うのはもちろん懐かしさを楽しんでいるからではない。過ぎ去ったどうしようもない悲劇は嗤うしかなく、打ち消せるわけではないけれど、それなら楽しいことだけ想い出せるのかも知れなかった。
「いわゆる幼馴染ってやつっすね。小さい時から孤児の私たち三人、港町で育ったから海には馴染みがあって、海賊稼業をしようと言い出したのは年長のロレンスっす。自警団とか国の組織だと、賄賂や癒着からは逃れられないっすから。クリエは頭が良かったから孤児院から学校へ行ってたっすけど、彼女を攫うのには苦労したっす」
「で、義賊になった」
「義賊、よっぽど人は殺さなくて、襲うのも不当な利益を得てる金持ちの船だけ、そいつの荷だけ狙ってっすから、そう言ってくれる人もいたっす。奴隷同然の労働を強いられてる人たちも助けたこともあるっす。ロレンスはかっこよかったっすよ。顔も心も良い、私が好きになるのも当然っすね」
「会ってみたかったね、そんな男なら」
「ぜひとも会ってほしかったっすよ。でも所詮は海賊、善いことだけして活動するのには限界があるっす。だから政府と手を打って海運屋と自警団になったって、確か前話したっすよね」
「ああ」
「街の人が味方してくれて助かったっす。海賊の帰順といったら、下手したら極刑モノっすから。海運屋になってからは料金は安いから賄賂の心配はないし、自警団稼業も順調、陸海の強盗団取り締まり強化の命が下ったこともあって、鞍替えにはちょうどよかったっす」
「ほんで、ロレンスを好きなってからは?」
「二年くらい前っすか、初めて酒飲んで、その勢いだったっす。でも受け入れてくれて。それからしばらくは、まだキスも知らなかった私っす、二人一緒に大して変わらない日々を過ごしたっす。で、何ヶ月か経ったある日、夜この部屋でロレンスと話してた時、彼は私にキスをして、その後にするコトも。何もかも初めてな私に優しくしてくれたっす」
「女の扱いは心得ていたわけだ」
「そうっす。美しい思い出っすね。でも、結局三回くらいしたかしない内に、討伐の任務があって・・・」
「なるほどね」
そこからは、言わずともなんとなく判った。身体に残った微かな記憶を頼りに、ライダはロレンスを思い出させてくれる人を探しているのだ。しかし徒労に終わることは明白である。誰も彼も、例え凄いテクニックを持っていたとしても、それはロレンスではない。続けている内に不感症じみてしまうのは、彼女が一番よく解っているはずだった。
「なんだか申し訳ないっす。ロレンスの代わりみたいにしちゃって」
「俺は構わんよ。寂しさを紛らわそうとするのに文句はつけられん」
「でも龍眼の短剣を探し当てればこの淫蕩生活も終わるっす」
「そうだ、その短剣だ。前はダサいなんて言って悪かった」
「気にしてないっすよ。あの短剣は、ロレンスが一番大切にしてた物っすから。それに彼とクリエの唯一のルーツでもあるっす」
「彼『と』クリエ?」
「言ってなかったすか?ロレンスとクリエは兄妹って」
「ええ、初めて聞いた。ルーツって?」
「親の持ち物だったらしいっす。孤児院にいた時から、渡された短剣を隠し持ってたっす」
「ああ、なるほど」
「短剣に刻まれた龍と宝石に、きっとロレンスの魂が宿ってるっす。それにあれを取り戻すことは彼の供養でもあるっすから」
ライダはベッドから起きると裸体の肩に上衣を引っ掛け窓に立った。そっと手を伸ばしガラス越しに海に重ねるようで、もう夜光虫の発光はなく墨を流した恐怖が支配していた。
「ロレンスは夜光虫が好きだったっす。海の人なら珍しくもないのに、光ってるのを見つけるとすぐ私に嬉しそうに教えてくれたっす」
「だから外に出てたんだ」
「男と寝るのは、見つかるはずもないのにロレンスを探す焦りがあるっすけど、夜光虫だけは美しい記憶だけを思い出させてくれるっすね」
夜光虫が去ってしまったことを残念がるみたいに、ちょっとだけガラスの指を曲げると思い切り腕を伸ばしてあくびのポーズ、上衣が落ちて、ケーイチが最後目にするライダの裸だった。彼女は上衣を椅子に置くと今一度布で股の間を拭き下着を履いた。呼応してケーイチも服を着る。
「そろそろ寝るっすかね。付き合ってもらってありがとうっす」
「いや、こちらこそ」
「酒の残りはあげるっすよ」
「そりゃどうも。ああ、それから、ハルトには手を出すな。彼が童貞を喪うことは、どうにも夢があるらしいから」
「ハルトさん童貞っすか!あんな可愛い女の子に囲まれて、意外っす」
「女の子たちも全部処女さ」
「ふーん、不思議っすね。わかったっす、ハルトさんは誘わないっす」
「そうしてくれ。じゃ、おやすみ」
「おやすみっす」
ニカ、と笑って、また実年齢より下に見られる少女に戻った。抱いて身の上話を聞いたものの、ライダに秘められている、今は亡き憧憬によるエゴイズムも懐古主義も何もかも消えたようで、戸惑いながら部屋を出た。酒瓶の重さだけが、今してきたこと聞いてきたことの、変に大人じみた彼女を記憶する唯一の証拠みたいで、扉を閉じるとラベルを見つめた。
通路の先に、道を塞ぐ影が揺らめていていた。気づいて目を細めると、細い線の女の形、ラスナでもエミリアでも、レッタでもなく、船員の格好はしていないから、クリエだと直感した。近づいて表情が判別できると、暗く真剣に眉を伸ばし、あのスケベ船医の色はなかった。彼女はケーイチを見据えてツンと言い放った。
「あなた、イシヅカっていったかしら。抱いてきたんでしょ」
「湯たんぽでもか?」
「ライダよ。そんなに暖かかったの」
「いや、そこまで」
「でしょうね」
何もかも見透かされていると感じると急に不快になった。クリエは、当然性病検査や治療もしているはずである。それ以前に親友ライダの事情を知らないわけがない。彼女のつんけんな態度には、ケーイチに対する嫌悪も含まれているのは明白だった。
「誘われたんだよ」
「そうでしょうね。どう?恋人の代わりに股開かれた気分は」
「嫌味ったらしいねどうも。友達が男と寝るのはそんなに嫌かい。もっとも君は、美少女が好きってんだから、嫉妬かな」
「あの子は違うわよ。確かにカワイイけど」
「ロレンスの妹なんだってね。お悔やみ申し上げるよ」
「心のないお悔やみね」
「まあ、本人を知らんから」
クリエはあからさまに眉を顰めると道を開けた。ケーイチは、ライダに対して言ってしまった言葉にあれだけ負い目を感じたのに、彼女に対しては何もなく黙って過ぎようとした。
「あなたも、彼女の不感症は治せなかったみたいね」
「始めはそうでもないさ、途中からはともかく。医者なら治してあげたら」
「よく言うわ」
「あっ!」
クリエは酒瓶を取り上げると口元で逆さにして全部飲んでしまった。押し付けられる空瓶はすっかり軽くなって、思い出掠められたみたいな気になり睨みつけた。
「あんまり美味しくないわね。安酒よ」
「てめえの親友のだぜ。せっかく俺にくれたのに飲んじまいやがって」
「あなたこそ嫉妬?馬鹿みたい」
張り倒してやろうかとも思ったが、嫉妬と言われると、ライダに関しては二度目はないと決めつけていた自分が確かに馬鹿らしくなって、拳を固めて足早に通り過ぎることにした。クリエの羽織る上衣が男物であるのを見つけて、どうせこれも兄ロレンスの形見だろうと、醜い反撃だけ行った。
「その服、ライダもお前も、よっぽどロレンスを忘れられないんだな」
この捨て台詞にどう反応したのかは知らない。
あの暗い、俄仕立ての懐かしさが消えた船室に戻ろうとしたが、ハルトたちは女性船員室で遊んでいることを思い出した。どこにあるかは判らないから、微かに聞こえる喧騒を頼りに探して、灯りが派手に漏れる船室を見つけた。扉をノックすると大柄な女が開けて、雄々しく室内を指差した。中央の机にカードが並べられて見知った顔が囲んでいる。負けたのか、ラスナが「お手上げ」する。
「あーまた負けちゃった!レッタ強いわね」
「ふふん!お兄ちゃんに鍛えられたんですから!」
「ルシー君は強かったんだ。あ、ケーイチくん」
「よう。楽しんでるみたいだな」
「レッタ凄い強いんだよ。なかなか勝てないや」
「遅かったわねー、体調は?」
「腹ごなしをしてきたから、なんともない」
「腹ごなし?」
腹ごなしの運動が何であったのか、船員は知っているのかもしれない。彼女たちはジトリケーイチを睨みつけて、この不潔男、声に出さず言っていた。じゃあ他の男の船員はどうなんだよ、と視線は返さず、一瞬思うと、本当になぜこの船の男女が仲良く働いているのか不思議になって考え込んでしまった。結局ゲームには参加しなかった。




