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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第四章 セーラーと短剣
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第3話 出帆

 船の点検と修理を行うから少し待つように言われた。そりゃ岸壁にモロに突っ込んだのだから当たり前だが、それでも一両日の間という。湯と海水に浸かった衣服の洗濯や武器道具の整備の方が時間がかかりそうだった。

 呼び出されて港へ行くと、他の船に混じって停泊していたのは、ハルトとケーイチの世界でいえばガレオン船と似ていた。乗船前に船の外周を見せてもらうと、なるほど、船縁と船首は他の部分より補強されていた。ヨットみたいなのを思い浮かべていたレッタは手を叩いてはしゃぐ。


「大きなお船ですね!」

「これなら、あんな無茶してもなんとかなるのか。しかし竜骨に至るまで余程頑丈らしい」

「普通ならバラバラになってもおかしくないもんね」

「ああいうことを想定しての作りなの?」

「そうっすよ。時間差を少なくして強襲できるっす」

「前にもこんなことが?」

「何度かっすね。短剣を探す以外にも、捕まえなきゃいけない盗賊もまだまだ多いっすから」

「僕たちも、その、討伐を手伝おうか?」

「そんな!心配しなくていいっすよ。盗賊は神出鬼没、それに私たちの他にも自警団はいて、成果を上げてるっす」


 人助けが商売のハルトたち、確かにドントール団のような大組織の幹部は壊滅させたが、末端までの全部が全部というわけではない。以降ドントールによる悪事は耳にしなくなったものの。海上や島々では不慣れな戦いしかできないだろうし、自警団の討伐が進んでいるというのなら、特に飛び込む必要もないのかもしれなかった。

 乗船が始まって、荷物は既に積まれていた。ライダが威勢よく命令を下す。


「錨を揚げるっす!北北西に進路をとるっす!」


 命令一下、船員たちが働き蟻の如く船の内外を動き回る。錨が巻かれて帆が降ろされて、大きく風を孕んだ。素早い動きに見惚れる一行は邪魔になるから早々に部屋へと案内された。運送専門であるから客室はなく、稀に人間を運ぶことがあれば、それが一人なら船長室を借すが、複数人立場を同じくする者がいれば下士官が起居する船室に通される。今回の場合も当然そうだった。士官室(ガンルーム)は、特異なことに士官相当がライダ他一人しかいないためなかった。


「女の子はこっちっす。男の子はそっちにお願いするっす」


 船室は男女に分かれていてそれぞれ案内された。下士官用だからまだ兵用よりは余裕があるのだろうが、狭いことは狭かった。並んだハンモックの隅に真新しいのが置かれていて、これが客用。あとは机と椅子があって、普段使いらしいがそこそこ綺麗であった。女子部屋は幾分おしゃれな内装も施してあって華やかさがある。ライダはハンモックの一つを吊ってみせた。


「ハンモックで寝たことはあるっすか?」

「私は初めて」

「わたしも初めてです」

「家にあって勉強の合間にお昼寝してたよ」

「じゃあエミリアさんは大丈夫っすね」

「ゆらゆらしてて気持ちいいよ~。でも脚が伸ばせないから慣れが必要かも」

「ベッドだと船の揺れで落ちちゃうかもしれないっすからね。転がると危ないっすから。出す時しまう時は遠慮なく同室の者にお申し付けくださいっす」

「あ、やり方わかるから私が」

「そうっすか?じゃあお願いするっす」


 にっこり笑って和やかな雰囲気。すっかり打ち解けていた。一方男子部屋、女子部屋に比べて華やかさはなかった。寡黙な男性船員が説明しつつ、彼もまたハンモックを吊った。二人は手順を見つめていたがさっぱりやり方が解らない。


「これで寝たことは?」

「ないです」

「初めてです」

「脚が伸ばせないと思いますが慣れるまで我慢してください。使う時と使わない時は同室の者に」

「あなたもここに?」

「はい」

「よろしくお願いします」

「手隙の時なら」

 

 めんどくさそうに頭をかきながらまた畳んでしまう。ライダ以外とはあまり会話を交わしたこともなかったからこの下士官船員ともまだ親しくなくて、やはり余計な仕事は頼みずらいから、紙に手順を書いてもらって練習することにした。

 二人がなんとか形悪くハンモックを吊っていざ中に潜ろうとしていると、ライダとエミリアがきちんと吊ってくれたハンモックを堪能した女子たちが訪ねてきた。ライダは指揮に行ったのか姿がない。彼女たちが顔を見せると同時に足側の結び目が解けて尻から落ちる。


「あら、大丈夫?」

「いてて・・・やっぱり船員に頼もう」

「ラスナたちは上手くハンモックできたの?」

「ライダさんと、それからエミリアがやってくれたわ」

「とっても楽しいですねハンモック!」

「へえ、エミリアは吊れるんだ」

「うん」


 いちばん後ろに位置していたエミリアは、返事の声に力が入っていなかった。どうしたのかと思ってよく見ると作り笑いに顔色が悪い。レッタが見上げながら背をさすった。


「エミリアさん大丈夫ですか?」

「ちょ、ちょっと調子が悪くて」

「顔色も悪いわ。どうしたの?」

「揺れてるから、かな」

「ああ、船酔い」


 ハルトもラスナも平気そうなのは、二人は単騎での激しい乗馬に慣れているからだろうか。レッタも空中でのアクロバットは得意だからか問題ない。普段の移動は徒歩か馬車の中で、乗馬も一人ではできないから誰かの後ろに乗ってもそんなに長時間はしないエミリアは、他の要因もあるのだろうけど、陸地のハンモックとは訳が違う緩慢な揺れが継続する乗り物は苦手そうだった。ケーイチも船旅は初めてだから少し心配になる。


「そのうち慣れるとは思うけど、そうだな、甲板に出て風に当たろうか」

「そうしましょ。出港はして上の仕事も静かになってきたし」

「自分で自分の治療はできない?」

「怪我ならともかく、体調が悪いと力の出も不安定で・・・」

「そうか、じゃあ行こう」

「どんな風に海を走ってるのかも見てみたいです!」


 エミリアを支えながら甲板に出ると、一応出港時の仕事は終わったのか走り回ってはいなかったが、船員たちはそれぞれのことをやっていた。人のいない船舷に来て手をついて少し乗り出す、潮混じりの風が勢いよく吹いていた。内海といっても広いもので外海と少しも変わりなく、遥か遠くに向かいの沿岸が蜃気楼の如く揺れているだけだった。ハルトとケーイチの目に生まれた世界の海より綺麗に写るのは、海洋汚染の記憶があるからなのかもしれない。波が美しいということは言わないでも解っているから誰も何も言わず、海を見つめながら黙って風を感じていた。時折エミリアの背をさすってやって、彼女も風に当たっていれば、少々気は紛れるようだった。


「船酔いは大丈夫っすか?」


 振り向くとライダが船首の階段を降りてきた。近くにあった樽からジョッキに水をすくうとエミリアに差し出す。


「やっぱりエミリアさんっすか。顔色を心配してたっすよ。水、まだ冷たいっすから飲むっす」

「あ、ありがとう」

「他にも気分が悪くなった人がいたら遠慮なく言うっすよ。本船には腕の良い船医もいるっすからね。医務室で休むっすか?」

「じゃあ一応お願いしようかな。大分良くはなってきたけど」


 再び船内に戻って幾らか降りたか、中程に医務室があった。扉が開けっぱなしで出入口がカーテンで仕切られている。船医はどんな人間なのか、姿形を見るより先に初めての接触は声だった。


「あちゃーまだ寝てるっすか。ちょっと起こしてくるっす」


 高鼾、声の主はよく寝ているみたいで、ライダが入って船が少し傾くと中から酒瓶が転がってきた。ハルトの爪先に当たって瓶を取り、眉を顰める。


「腕の良い船医、か」

「お酒飲んで寝ちゃってるのかしらね」

「こんな昼日中に。呑気な医者もいるもんだな」

「エミリアさん、不安定かもしれないけど自分の力で治した方がいいんじゃないですか?」

「で、でも・・・」

「お待たせしたっす。ほーら、クリエ、お客さんっすよ、しっかりするっす」


 ライダが引っ張る腕は細長く、服は男物であるらしかった。だから男の船医が登場すると思いきや、やがてカーテンを押し退けてくる左側頭部の髪はストレートに長い葵。しかし右側はそちらを倒して寝ていたのかボサボサだった。クリエは背の高くて細身な女性で、真ん中に分けた髪を上げて額が出ている。ライダよりは大人に見えたが、少女みたいなソバカスで目の下は隈が広がっていた。おそらくちゃんとした身なりをすれば美人には違いないのだが、医者というには些かだらしなかった。


「うーえ。飲みすぎちゃった」

「紹介するっす、船医のクリエっす。歳は私と一緒、これでも士官相当っすよ」

「これでもってなに、ひどくない?」

「だらしないっすよクリエ。医者が診察するのにそんなんでどうするっすか」

「診察、誰が?」

「そこのお客さんっすよ」

「ど、どうも」


 一同戸惑いながら頭を下げる。クリエは二日酔いからかしょぼつく目は、無感動に男二人を見ていたが、次に少女たちに目をやると、パッと瞼を広げてライダに向いた。


「どれ、どれが私が()()()()コ?」

「後ろの、銀の髪した子っすよ」

「かーわいー!診せて、今すぐ診せて!」

「えっええ?」


 列に飛び込むとエミリアを抱きすくめて医務室へ連れて行った。あのだらしない姿から一変して、溌剌とした動作だった。呆気に取られていると中からエミリアの声が、服を脱がせられている。


『きゃっ!ぜ、全部脱がせなくていいんですよ⁉︎船酔い、ただの船酔いだから!』

『船酔いでも拗らせるとまずいのよ!全部診せちゃいなさい!』

『絶対ここまで脱がなくてもいいと思う!あっ、そこは!』


 どうしたものか。反応に困り顔を見合わせて、目が点に冷汗がタラリ。溜息吐くライダはカーテンと扉を閉めた。


「ああいう性格っすからね。申し訳ないっす」

「女が好きなの?」

「恋愛対象ではないっすけど美少女が好きなんすよ。小動物を見るような目で、いや、性的に?」

「大丈夫かなエミリア」

「さすがに襲っちゃうようなことはしないっすよ。ただ、めちゃくちゃ触られると思うっすけど」

『あーっあーっ!そこ弱いの!』

『弱点自分から晒して、いい子ねあなた!』

「多分大丈夫っす」

「・・・信用できないわ」

「ちょっと怖いです・・・」

「腕はいいっすから!」

「怪我と病気はしないように気をつけよう」

「それこそ大丈夫、男には興味ないっすから」

「それはそれでなんかヤだな」


 呆れ返って船室や甲板に戻る一行はエミリアを残して、彼女はようやく寝かされた。診察のためかここはベッドになっている。真っ赤な顔を壁に背けて、少し涙ぐんだ。クリエは、美味いものをたらふく食ってもうこれ以上ないといった頬のたるみで唇を舐めた。


「ぐすん・・・もうお嫁に行けない・・・」

「いやー久しぶりにいいもん見たわ!いい身体してるわねホント」

「ほんとうにあれが診察なんですか!」

「診察よ診察。ほら、薬も飲ませたし」

「それはそうだけど・・・ありがとうございます」


 もうエミリアの身体は調べ尽くしたからか再び触れようとはせず、自前で調合した薬を棚に戻した。腕がいいのは確からしい、こうして一応寝ているが、体調の回復が進むのがよく解った。クリエは椅子に座り直すと日誌を書きながら、至って真面目な声で尋ねた。エミリアは少し顔を向けて丸い背に視線を留めた。


「あなたたち、盗賊に間違われたんだっけ」

「え、ああ、はい。龍眼の短剣っていうのを盗んだ盗賊が私たちだっていう情報があったみたいで。もちろん違いますけど」

「数日前の衝撃はそれだったんだ、ベッドから落っこちちゃった。あんまり詳しいことは聞かなかったけど、どうせ、あなたたちがいる所に直接強襲したんでしょ」

「海岸沿いの温泉に入ってたら、岸壁にぶつけられちゃいました」

「無茶するわねライダ。よっぽど思いつめてるのかしら」


 日誌を閉じると題字を撫で厚い背表紙を指でなぞった。その動作は愛しい名残を再確認するかのような儚さがあるのをエミリアは具に感じ取る。


「前からあんな無茶する子じゃなかったから」

「前はどんな人だったんですか?」

「もっと冷静で落ち着いてたかな。もっとも、ロレンスにくっついてたからなんだろうけど」

「前の船長さんでしたっけ」

「船長にして私の兄。妹がいうのもなんだけど、いい男だったわ」

「え!」


 思わずベッドから跳ね起きた。どうということでも、といった風のクリエが振り向く顔に、苦みを伴って薄い笑みを浮かべる。エミリアは固まってしまい唾を飲み込んだ。驚いただけで緊張する必要はないのに自分でも不思議だった。


「どうってことはないのよ。ある妹の兄が死んだって、それだけ。前は海賊紛いでそれからも自警団稼業、戦死するのはおかしいことじゃない。ただ慕ってる人間がいたとしたら、平気な顔して自暴自棄に、彼が居た名残を探すのは当然なのかもね。それを心配する人間がいるのも、また当然のこと」


 言っている意味のところどころが理解できなかった。慕っていた、きっとライダがロレンスを。また、自暴自棄になる人間を心配する友人がいることを、これはクリエ自身であろう。しかし自暴自棄になっているのが、いったいライダがそうなっているのか、俄かには信じられず繋がらなかった。

 エミリアは何も聞き返さずにいて寝直すと毛布を被った。クリエもそれ以上ロレンスとライダについては話さなかった。ただ、心配するだけではない別のことがあるのではないかと、無根拠な透明を頭に浮かべた。

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