第2話 海賊ではなくて
「本ッッッッ当に申し訳なかったっす!!!!」
以前もあった光景で、誰かが誰かに土下座をしている。片やその経験があって、それはかつて逆の立場で行ったことだった。レッタは除いて。
「いーや、ぜってえ許さねえ!」
ここは違っていた。前回土下座を受けた相手は、過ち認めて謝罪をすれば快く許してくれたのだった。ケーイチはあぐらをかいて、くわえる煙草の先がぐんと上を向く。
「ほんとに、ほんとにごめんなさいっす・・・通報に則って襲撃したっすけど、まさか違う人とは思わなかったっす」
「裸でふん縛られるなんざ侮辱もいいとこだ。しかもいい加減に布巻きゃがって、女どもに全部見られちまったじゃねえか!」
「見てないわよ」
「見えなかったよ」
「見てないですそんなもの」
「どう落とし前つけてもらおうかなあ、なあ⁉︎」
「ひっ!許してくださいっす!なにとぞ、なにとぞ・・・」
「あの船売り飛ばして慰謝料にしてもらうかなあ」
「そ、それだけは勘弁してくださいっす!」
船のことを持ち出すと取り乱しそうになって、当たり前だがあの船で海を走ることには相当な愛情を抱いていると見える。威丈高に腕を組んで胸を張る、ケーイチをラスナが小突いた。
「あんまり偉そうにするのはみっともないわよ。宿には修繕費を払ったし、濡れちゃった私たちの服の代わりもくれたし。グリーク・サーカスを間違えて襲った時、団長さんはすぐ許してくれたでしょ」
「そうです!団長さんは許してくれました!」
「ケーイチくん、あんなに謝ってるんだし許してあげようよ」
「うーん、そう言われると弱い。ハルトは?」
「僕も許すよ。服と荷物が濡れただけだし」
「ならまあいっか」
「ほんとっすか⁉︎ありがとうございますっす!でも、ぜひここの宿代と食事代は払わせてくださいっす!」
ぱっと輝いた顔は頬をあどけなさの残る林檎色に変えていて、奢るという言葉は媚びの含まれない純粋なものだった。
そういうわけで御相伴にあずかることになった。宿の食堂では一番豪華な料理がいくつも注文され食卓に並んだ。席を共にする少女は食べる前に立ち上がり、自己紹介をした。
「改めて、私はライダ・ミスティというっす。あの船、ロレンス号で海運屋と海上自警団をやってるっす」
「僕はマキタ・ハルト。皆んなと旅をしながら困っている人を助けてる」
「俺はイシヅカ・ケーイチ。ガンマン」
「私はラスナ・グライスよ。剣を使うわ」
「エミリア・オルドリン。魔練術師です」
「わたしはレターナ・リメア、レッタって呼んでください。飛ぶんです!」
「それでは乾杯するっす!」
ライダは許されたことがよっぽど嬉しかったのか進んでグラスに飲み物を注ぎ、重圧からの解放といったところ。ケーイチは、実に丁寧に高級酒をグラスに満たしてくれる姿に、感じる必要はないと思いつつ引け目がった。大した被害がないのに怒りまくったことを今更ながら後悔している。とっとと許してやればよかったのに、ライダの笑顔は自分を責めているような気がした。だからむしろ媚を売るのはケーイチの方、美味そうに酒のグラスを傾けるライダに煙草を差し出した。
「煙草、喫うの?喫うならあげる」
「喫うっすよ。いいっすか?」
「いいよいいよ」
「ありがとうございますっす!変わった煙草っすね」
「それくわえてちょっと吸いながら火を・・・そうそう。大人って言ってたけど何歳?」
「私はこう見えても20っすよ。よく間違われるっす。これ美味いっすね」
「美味いならよかった。そうだったんだな、嬢ちゃんなんて言って悪かった」
「いいっすよ、嬢ちゃんって言われ慣れてるっすから」
「若いのにあんな手数の部下を率いて、しっかりしてる」
「ケーイチさんは何歳っすか?」
「俺22。ちょっと歳上だけどこっちの方が子どもらしいや」
「ねえ、龍眼の短剣ってなんのことなの?」
ラスナが聞くのは皆が知りたがっていたことだった。どうもそれを持つ人間を探しているらしい。ライダは小さく笑うと遠い目をした。
「いわばお宝っすよ。ちょっと前に私らのもとからなくなっちゃったっす」
「盗まれたの?」
「きっとそうっすね。最後見た場所には他の集団もいたっすけど、その集団がいなくなってからいくら探しても見つからなかったっすから」
短くなった煙草を止め空のグラスを置き、次の酒は注がなかった。
当初海賊であると思っていたのは、少し正解だった。正確にいうと元海賊。ロレンスというのは以前の船長の名で、彼の率いる海賊団は数年前政府に帰順したという。大体海賊の帰順なんていうのは責任者に重罰が課せられるのがほとんどだったが、もとより彼らは義賊じみていたからか港の一般大衆からは人気があり処罰はなかった。貿易の窓口である港で多少でもサボタージュや蜂起をされたら非常に困るし、海に逃げられれば取り締まりも難しいから。処罰はない代わりに、蓄えていた財宝は国の手に帰して超低額の海運業と自警団をすることになったとか。
そんなこんなで始まった新稼業、しかしロレンスが頭の座にあるのは長くなかった。盗賊団が巣食うある島の平定で、彼は戦死するところとなる。その際、とても大事にしていてロレンス海賊団のトレードマークでもあった龍眼の短剣とやらが持ち去られた。盗賊団も壊滅する前に逃走、以来、本業の傍ら短剣の行方を追っている。
話終わると食事も大方終わっていた。ライダは自分のパイプを出して火を点けると薄く煙を吐いた。
「なんすかね、あの短剣を手に入れないと、せっかく船長の座をもらったのにどうもしまりが悪くって。それは部下も同じみたいっす」
「ふーん」
「大変ね、仕事もあるのに探し物なんて」
「通報があったって、誰から?」
「誰からかはよくわからないっす。港町には情報を流してるっすから誰でもあり得るんすけど。でも沖に碇泊してたら、この宿にいるって紙つぶてが放り込まれてたっす」
「何者なんだろう」
「それが不思議なんすよねえ。誰も来ていないし船内にも乗組員以外いなかったっすから。やたら大きなカラスみたいのが飛んでただけっすけど、まさかっすね」
「まるで魔法みたいですね」
レッタが何の気無しに口にした魔法という言葉で、ライダ以外の一同が凍りつく。あの忌わしい魔法使いリーネを思い浮かべて、そういえば取り逃したのだった。予想が当たっていれば、彼女はどこかで見張っていて偽情報を渡したに違いなかった。もし何らかの方法で魔力を取り戻していれば、復讐にやってくることは自明だった。ここで手ぐすね引いて待っているのか行く先々で邪魔をしてくるのか、判らないから却って不気味だった。
黙りこくる五人は置き去りにライダは笑った。
「魔法使い、そうかもっすね。飛んだカラスは箒に跨る魔女っすか。それにしてももっとよく調べればよかったっす。あれ、みなさんどうしたっすか?」
「・・・いや、こっちの事情」
「あ、あの、わたし変なこと言っちゃって。もしリーネが力を取り戻していたら」
「リーネ?誰っすか」
「なんでもないのよ。でも力が回復してたりまた増強してたら、こんなまどろっこしいことするかしら」
「近くまでいたならきっと攻撃してきたよね。ライダさんが確実に襲撃するかどうかは分からなかったはずだし」
「考えても仕方ないけど、あまりこの街に長居しない方がよさそうだね」
顔を見合わせて頷いた。できるだけいい方に考えても、何か仕掛けられる前に立ち去りたかった。闇雲に探し回っても隙を与えるだけで、その猶予で事件が起きれば住民にも被害が及ぶかもしれない。
ケーイチは灰を落とした煙草をくわえ直すとポツンと呟いた。
「船探さなきゃな」
「皆さん船を探してるっすか?」
身を乗り出すライダ、海運屋の彼女が何を言い出すかはなんとなく予測できた。期待して呟いたわけじゃないけれど、爛々と輝かせる瞳は自らの船に案内したがっている。
「なら、ロレンス号に乗って行くといいっすよ。ちょうど輸送の仕事もあるっす」
「いいの?なんだか悪いけど」
「いいっすよいいっすよ。どちらまで行かれるっすか?」
「僕たちはカーレ島が目的地なんだ」
「カーレ島っすか・・・ちょっと遠いっすね」
「まだ大分遠いわね」
「でも途中までなら喜んで送るっすよ。誰か、海図を持ってくるっす」
食器が下げられて代わりに海図が広げられる。ここら内海の海図で、ライダは港と港を両手の指で示した。
「今いるのはここ、この港までは送れるっす」
「400大デール弱、大分距離が稼げるね」
「荷物の積み下ろしのために他の港も寄港しながらっすから、ちょっと日にちかかっちゃうけど大丈夫っすかね?」
「大丈夫、とても助かるよ。でも本当にいいの?」
「もちろんっす!格安でご案内させていただくっす!」
「あ、金は取るのね」
余計な冗談を言うケーイチは四人から睨まれて肩をすくめる。だが、提示される料金は他の貨客船よりずっと安くて、しかもルートとしても一番遠くまで行ってくれるらしいのだった。乗らない手はない。




