第25話 五人
明くる日、レッタを交えた五人は魔法を解かれて街を出る人々とは逸れて、墓地に向かっていた。グリーク・サーカスの一行も同行したので、この行列は誰かの葬式かと道行く人々は尋ねたが、そうではない。埋葬されている彼にとっては異郷の地、葬儀をするのには忍びなく、身体は帰ることができなくても、その妹は魂を取り入れて故郷へ帰らなくてはならなかった。
「ここだよ」
ハルトはレッタの兄ルシーの埋葬地まで来ると墓標を示した。彼の死を見届けてから一月も経っていないはずだが随分と久しぶりな気がする。あれから今日まで色々なことがありすぎて無理もなかった。墓標には、あの時はフルネームを詳らかにしなかったからルシーとだけ記されていて、レッタは墓守にルシー・リメアと書いた紙と幾らかの金を渡した。
「これが苗字だから付け足してください」
「はい。すぐにします」
墓守は墓標の作成も仕事だった。彼は慣れた手つきで墓標を抜くとその場で刻印を始めた。手際良く掘り進められいく過程をじっと見つめながら、レッタは慟哭にむせぶこともなく不動の姿勢で、握りしめ耐えている拳が却って痛ましかった。昨日の解放の喜びの先にある兄の死との対面はどうしても必要なことだった。
こんな遠くまで追ってきて、責任感の強い兄のことだから、妹を攫われたという悲劇は身を引き裂かれる思いだったのは想像に難くない。自らも人狩りに追われて致命傷負ってもなお、ルシーの頭は妹のことで溢れ返っていて、レッタは元より遺言を聞いたハルトたちもよく知っている。
「遺体を見せなくていいんだろうか。一応それが兄だと、埋葬に立ち会ったのは俺たちしかいないし」
ケーイチがレッタに聞こえない小声でポツリ呟いた。彼女が言い出さなかったから遺体の確認はしなかったし、疑問を口にするケーイチをはじめ誰も提案する者はいなかった。
「埋めてから時間がある、どんな姿になってるかわからないよ」
「撃たれた傷も塞がらずそのままだったし」
「レッタの中に美しいお兄ちゃんの姿があるならそのままでいいんじゃないかな」
「そうか、そうだな。綺麗なまま記憶に残ってるなら、そっちの方がいいか」
「はい、終わりました」
墓守が刻印を終えて墓標を戻した。誰もが押し黙って息が詰まる、頭上の空ばかりは雲一つなく蒼さを誇っていた。皆が目を伏して黙祷する中、ハルトとケーイチは日本でしていた習慣で、反射的に手を合わせる。レッタは目を瞑ることなく、墓標に歩み寄ると名前を撫でた。思っていたことを、耳元で語りかけるように口にした。
「心配かけさせちゃったよね。急にいなくなって。大丈夫、わたしは無事だから。お兄ちゃんのおかげで、みんなが助けてくれたから。だから、安心してね。ありがとう、お兄ちゃん」
言い終わると頬を一筋涙が伝って、ルシーの埋められる土の上に落ちた。兄の何もかもが、身体に入ってくる。思い出もこれからあるはずだった未来も、全てが心に入ってきて、それにエミリアが、遺髪と羽を仕舞った透明な小さな容器を作ってくれて、首から下げたルシーの名残を優しく握ると、寂しくはない。遺髪も羽も色褪せることなく、命宿したままに輝いていた。決別は済んだ。
「じゃ、行きましょう」
「もういいの?」
「はい。お兄ちゃんはここにいます。作ってくれた髪と羽の入ったこれに。だから、寂くないと言ったら嘘だけど、いつまででもメソメソなんかしてられません!お兄ちゃんと一緒に家に帰らなきゃ。そしてわたしは、またここへ」
レッタはサーカス団の方に向いて、涙ぐむ団長たちの、やっぱりそれぞれに抱擁された。彼女自身は、前より悲しそうな顔はしなかった。
「寂しくなるね。身体に気をつけるんだよ」
「はい。みなさんもお元気で。きっといつか帰ってきますから」
「前も言ったけど、絶対ハルトさんから離れちゃダメだからね。お願いだから無事に帰って」
「絶対離れません!わたし、ハルトさんのこと大好きですから!」
大胆な告白は、ケーイチにとってはそのうちどうせあることだろうと予想したものだった。ただそれが、一番初めにしたのがレッタであるというのを除いて。驚く一同を置き去りに、彼女はハルトの腕に抱きついた。
「な、なんで⁉︎」
「ハルトさんが劇場で助けてくれた時シビレちゃいました。何度思い出しても、かっこいい・・・それに、感じる優しさがお兄ちゃんと一緒!」
「ちょ、ちょっと離れなさいよ!」
「なんでですか?なんで離れないといけないんですか?」
「とにかく!離れなさいったら!」
「やーでーすー!」
墓前だというのにこのはしゃぎ様、レッタはひどく落ち込むことはしなかったようだ。ハルトの腕にまとわりついて一向に離れないから、ラスナは嫉妬するみたいに気炎を上げる。ケーイチや他の大人からしたらレッタは小娘すぎて間違っても恋愛対象ではないが、彼らは三つ四つしか違わないから気が気でないのだろう。彼を中心に展開される鬼ごっこで、亡骸の血縁者がこうであるならまあいいかと、周囲から笑いが漏れた。墓標の影でルシーが笑っているのか男の姿に眉を顰めているのかは誰も知らない。
煙草をくわえるケーイチは内心呆れかえって、ああ、こうしてハルトはモテていくんだと、横のエミリアを見た。彼女はいつしかもそうだったように、にこにこしているばかり。
「ライバルとも思ってないのか、それとも大人の余裕か」
「ライバル?大人だなんて、まだ私は子どもだよ」
「そうかね。君だってハルトのことは・・・ああ、もう行こう」
かくして、今度こそ出発を果たすところとなった。壁があったことなんか忘れたみたいに、何の恐れも警戒もなく一歩を踏み出す。互いに手を振り合い演奏付きで、卒業式みたいな騒ぎ。次第に遠のくグリーク・サーカスの面々が見えなくなって安堵の溜息を吐くと、次の土地へ向けて足を速めた。レッタは未だハルトの腕を抱いてラスナに睨まれている。
「わたしもたくさんお手伝いしますから!頼ってくださいね」
「うん、飛べるレッタの力を借りることもあるかも。でも必ず守るからね」
「ハルトさんに守ってもらえて、わたし幸せです!」
「あんたの護衛はハルトだけじゃないのよ!」
「それは、そうですけど、わたしはハルトさんにしっかりくっついてます!」
「ケーイチよりよっぽどいけすかなくてませてるんだから!」
「けんかしないの。カーレ島までどのくらいかな」
「移動手段によるね。歩きと馬と、あと船って手もある。それに道中争いがあれば放っとくこともできない。どれくらいかな」
「家に着いたら家族に真っ先にハルトさんを紹介しますね!」
「余計なこと!」
実に騒がしくなった一団の、ケーイチはカービン担いで殿を歩いていた。ボケーっと眺める珍道中、自身はケツにいて場違いな装い自覚するのを楽しんでいると、吹かすパイプの煙が熱く目に沁みる。そっぽ向いて瞼を擦ると、別の道行く馬車が視界ギリギリに見えた。
若い母娘が馬車に揺られていた。少女の娘はふと横を見ると、五人の旅人の一番後ろをついて歩く男に見覚えがあった。
母は都市ではぐれた娘を何日も探し、見つからないと一旦家に戻り身支度するとまた探しに来た。この往復が何度か続いた後、街中に張られていたお尋ね者の手配書が換わった。自警団統率者のジューコが実は大悪党であったという内容だが、彼女にとってはどうでもよかった。娘とは何の関わりもないと看破していた。しかし実際は大いに関係があって、娘はジューコの息がかかった人攫いに捕まり娼館に売られていたのだった。通りがかった広場では解放された人々が集められていて、その中に娘の顔もあった。再会の喜びも束の間、娘から目を離してしまった自分を責め立て、また幼い娘が娼館でどんな目に遭ったのか考えると身をこわばらせたが、手籠めにされることはなかったという。彼女が助かった陰には、人狩りの行方を捜す男の姿があった。しかし助かったとはいえ、魔法使いの契約により街から出ることは叶わない。家に帰ることができず困っていると、例の紋様の光が街を覆って消え、しばらくすると契約の解除を噂に聞いた。噂は本当であった。
娘は娼館から一応渡された給料で、家業の役に立てればと馬車を買ってくれて、帰り道の途中だった。彼女は男が娼館で話を聞いてくれた人物だと知るやこちらに気づかせようとした。
「あれ!あの人だよ!」
「いけない、道が違うわ!お礼を言いたかったのに」
「グリーク・サーカスに行ったらもう出ちゃったって守衛さんに聞いたの、このことだったんだ。おーい!」
声が聞こえたのか男は顔が煙に覆われると立ち止まり、娘の姿を見つけたようだった。彼もまた答えるように手を振って、母娘は感謝を叫んだ。
「約束してくれたとおり助けてくれたんですね!ありがとうございます!」
「娘がお世話になりました!ほんとにどうお礼申し上げていいやら!」
「お客さんのことずーっと忘れません!旅のご無事を!」
男の耳にこの言葉が届いたのかは判らない。ただ感謝の気持ちはちゃんと伝わっていて、彼が笑顔になったのには相違ない。
事件の解決にあたって活躍したのは四人であると新聞等で知ってはいたが、直接会話を交わしたのはあの男とのみ。名前も知らない彼ばかりが、秘密基地に隠れる秘め事を共有する絆で結ばれていて、輝いていた。
ケーイチは心より母娘の幸福を祈って、自分は家に帰れるのだろうかと今更思い出し、馬車が見えなくなると顔を背けた。




