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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第三章 羽根ッ子騒動
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第23話 そこに怒りが

 何度目かの街の捜索、日に二度も出たのにやはり空振りに終わって、帰ると公演していた。客はだんだん戻ってきたのか劇場内の人集りもあったが、群衆と呼べるにはまだ遠い。ハルトたちは顔パスを得ていたから、武装したままだが部屋に行く前舞台袖に寄ってみた。次はレッタの出番なのか向かい側にいる彼女が、一行に気づいて手を振った。応えながら笑顔が作り笑いになってしまうのは、戦果のないことへの後ろめたさ。ケーイチは銃から弾薬を抜きながら溜息を吐く。


「エミリアが魔法を使えるようにしてくれても、肝心の本人がいなきゃな」

「一体どこにいるのかしら。遠くも探したのに」

「あっちから来てくれりゃいいのに」

「そんなに都合良くはいかないよ。根気よく探さなきゃ」

「そうは言っても、いつまでもここにいるわけにもいかんさ。永住すんじゃないんだし」

「解放された人も街から出れなくて困ってるみたいね。自警団の人が言ってた」

「とにかく探すしかないよ。逆にこの地区の近くにいるのかもしれないし」

「そうかなあ、俺たちがここにいることは、新聞にも出ちゃったし、わざわざここらにいるもんかな」

「来てくれればいいって言ったのケーイチじゃない」

「そうだけどよ」


 ハルトの読みは正しかった。リーネだけでなくジューコまでもが、なんと劇場前にまで来ていたのだ。リーネは配達業者に変装し、ジューコは雑に髪を短く切って盗んだ外套を季節外れに羽織り、下にはこれまた盗んだ短銃を三挺も隠し持っている。二人は別々に劇場と楽屋に足を向けた。


「わかってるわね」

「ああ。上手くやれよ」

「あんたこそ。どうせ捕まるのは目に見えてるから」

「だから早く助けに来い。あんまり楽しんでんじゃねえぞ。それにしても、お前が男ならともかく、女が女をどうやって犯すんだ」

「色々やり方はあるわ。男とするより楽しいかもね」

「ふん。じゃあな」


 リーネは楽屋に、ジューコは劇場に足を進める。ジューコに関しては付近に自警団がいないこともあって問題なく入場できた。そもそもハルト以外の誰もお尋ね者が来るとは念頭にもない。リーネは楽屋の守衛に話しかけた。


「ここ、この前ジューコ一味の悪事を暴いた人たちがいるって聞いたけど」

「いるよ。何の用です」

「エミリア・オルドリンって方にお届け物です」

「ああそうですか。持っていきますよ」

「いえ、本人に直接渡して欲しいって。なんでも、ジューコを発見できる重要な手掛かりなんだとか」

「それはすごい!マキタさんたちは劇場でいないけど、オルドリンさんなら確かまだいますよ。奥行って右の部屋です」

「ありがとう」


 こちらも、ジューコのことを仄めかすと簡単に中に入れてくれた。楽屋には今が公演中だからほとんど誰もいないようで、奥の部屋からだけ物音が聞こえていた。そこにエミリアはいるはずで、ハルトたち三人が楽屋に入らず劇場に向かっているのは確認していて好都合だった。


「待ってなさいよ。今度こそ力を奪ってあげるから」


 ようやく目的果たせると、はやる心を抑えながら部屋まで進んだ。少し空いた扉の隙間から中を覗くと、確かに件の魔練術師の背が椅子にもたれている。リーネは残っている僅かな魔力を使って声を変えた。


「オルドリンさんいらっしゃいますか。お届け物です」

「お届け物?なんだろう。何も頼んでないけど」


 ようやく作った呪符は二枚、今しがた書き終わったばかりの札を手にしたまま扉に手をかけた。聞いたことのない中年女の声で、まさかリーネであるとは思ってもみなかった。

 何の警戒なしに開かれる扉、向こう側に妖しい光が有って、もう遅い。しかも呪符を書くことにより多大な力を使っていて疲れていた。反応は鈍く、押し込まれるとベッドに組み伏せられる。出そうとした盾は押さえつけられた両手の隙間に、ごく小さい物ができる前に消えた。


「リーネ!あなた、なんで!」

「この前はよくもやってくれたわねえ。お返しにたっぷりいじめてあげるから」

「もうあなたにそんな力はないはず!今離せば助けてあげるから!」

「お得意の魔練術はどうしたの?なーんか疲れてるみたいだけど。まあいっか、あなた魔練術を上手く使えないなら、大人しくしててよね」

「だ、誰か助け・・・」


 遠く銃声がした。エミリアの救援を呼ぶ声とほぼ同時で、それは劇場で起きていた。


「銃声・・・演技?」

「違うんじゃない。ほら、そのままじっとする」

「や、やめて・・・」


 まず第一段階は上手くいったらしいと、リーネは唇を歪めた。


 ジューコの役目は混乱を起こすこと、要はエミリアを助けられないようにすることだった。彼女が一人になっているところを見計らって、三人の目を自身に向ける。時間稼ぎだった。

 ジューコが劇場に来ると次はレッタの出番、レッタといえば、どうもハルトたちに協力していたらしい。怨みつらみは彼女に向けられた。今日の客たちにはまだ大分隙間がある。そこを縫って進み、最前列に出た。


「皆さんお待ちかねのレッタ嬢です!彼女の悲しい事情はご存知の通りでございます。ですから拘束の魔法が解け次第一旦は親御さんの許へ帰そうと思っております。しかし彼女は再びここで働いてくれるとそう申してくれました。ですがまた帰ってくる日までしばしのお別れです。残り少ない時間ですが、どうか皆様ご一緒に空中演技をお楽しみください!」


 拍手する客の中に、一人外套を着ている男がいる。レッタは手を振りながら少し不審に思って見つめた。はて、どこかで会ったような。実際対面したことはなかったのだが、不幸の元凶である事実が知らずと心に関連付けられるのか、どことなく避けたいような人物であると感じた。でも客は客、それに演技を止めるわけにはいかないから飛ぼうとして、翼を出す直前トンとステップを踏んだ。

 男の外套が翻るのが視界の端に、直後彼の手元が赤く光って煙に包まれる、銃声も同時にしたはずなのだが視覚的な不可解に身をつまされるばかりで聴いた気がしない。次に耳に入ったのはごく近くで男の声が、身体を包まれるように抱かれて耳に冷たい感触。


「動くな!こいつの頭吹っ飛ばすぞ!」

「きゃあ!」

「客も逃げんじゃねえよ!自警団を呼ぼうとしてみろ、まだ死ぬぜ!」


 いつしかケーイチが放った脅迫を今度はジューコが叫んだ。彼は短銃一挺で威嚇射撃すると再装填は手間がかかるからもう片方で、逃げようとした客を一人撃ち、舞台に躍り上がるとレッタを捕まえてまた違う短銃の銃口を押し付けたのだった。舞台袖からハルトたちが慌てて向かおうとしたが、最前にいたケーイチ、肩から外したカービンを撃とうとして抜弾済みであることに気づき変な声が出た。隙ができてしまう。当然ジューコは、撃鉄を起こして吠えた。


「あっ!」

「お前ら武器を捨てろ!変な真似するなよ、そっとだそっと、おい、小銃持ったお前、てめえは服も脱げ。チャチな銃をどこか隠し持ってるんだろうからな」

「アホ!パンツくらいはいいんだろうな!」

「調子乗るんじゃねえよバカ、誰が汚ねえの見てえもんかよ」

「ジューコ!武器を捨ててその子を離せ、もう逃げ場はない!」

「今から作るんだろうが!」

「罪が重くなるばかりよ!」

「いちいちうるせえな、早く武器置けってんだよ!」

「くそ、言う通りにするしかない・・・」


 いつでも発砲可能な状態にあって引鉄には指がかかっている。飛び道具らしいのはあとはハルトの魔法が、しかし打撃魔法で衝撃を与えて撃鉄が落ちたら元も子もない。じゃあ水魔法はといえば、フリントロックの短銃は水ぶっかけたところで完全に装薬が湿気るかは怪しく、大量に水を出そうとすれば水圧で衝撃が起きるだろう。胸元に飛び込まなければならない。だが距離が有った。仕方なくハルトとラスナは帯剣を外して置き、ケーイチに至ってはガチャガチャと装具をかなぐり捨てパンツ一枚になる。ジャケットを着るときにはいつもポケットに小型リボルバーを隠しているから、ジューコが命じたことはまあ妥当だった。

 レッタは恐怖から声も出せず泣くことさえ叶わず視線の先には何も捉えていない。ジューコは鼻で笑うとケーイチのみっともない姿を嘲笑した。


「へっ、いいザマだな。どうだ、人質取られて身ぐるみ剝がされる気分は」

「負け犬がいっちょ前に牙剥いてんじゃねえぞ!」

「どっちが負け犬だよ」


 ここまで堂々と不遜な態度を取られると寧ろ奇妙で、散々あくどい手を使ってきた男のことだから何を企んでいるのか不気味でしかたなく、全てが振り出しに戻されてしまうのではないかと恐れた。


「一体何を考えている、この状況で勝ち目はない!」

「レッタを人質に取ったところで、彼女は連れて行けないから街を出た瞬間あなたは捕まるわ」

「こっちには考えがあるんだよ。要求は、まず俺の金を返してもらおうか。ビタ1リットも負からない。それから馬だ。この娘は、安全な場所まで行ってから解放する」

「だからレッタは街から出られないのよ!」

「出せるさ。幸い魔法をかけた本人と再会したからな」

「まさかリーネと⁉︎」

「どこだ!」

「まだここにはいねえよ。おっと、探しに行こうなんて考えるな。てめえらはここにいるんだ。適当に、そこの連中に金と馬を用意させろ。時間を稼ごうとするな。それから絶対自警団は連れてくるなよ。もし自警団が見えたら、わかるよな?」

「くっ・・・」


 万策尽きたか、拳を固めるしかなかった。リーネが関わっているのなら、レッタの魔法を解いて街の外まで人質にできる。それにリーネがどこにいるかは答えるはずもない。きっと、馬を走らせたらどこかで拾うのだろう。ワナワナと怯える団長が側まで来てハルトに指示を求めた。


「ど、どうしましょうマキタさん。レッタが」

「まずは言う通りにするしかないでしょう。もし違ったことをすればレッタは殺されるかも。とにかく、僕たちは動けないから、団長さんか誰かが自警団の押収品を受け取ってきてくれませんか。もちろん、ジューコが現れたとは言わずに。リーネが力を取り戻し何らかの細工をしているのかもしれないから慎重にお願いします」

「でも、あのままではレッタが」

「なんとかしますから!」

「は、はい!」


 団長が劇場を出ると特に事情を聞きにくる人はいなかった。火吹き男なんてのもいるから演技の一環と思われていた。誰かが気づいてくれていればよかったのか、それともレッタの身の安全のため自警団に通報されなくてよかったのか、そんなことばかりが頭に逡巡として、とにかく自警団目指して走った。

 囚われの身となったレッタは、ようやく口を動かすことができるようになると詰まった息を動悸で少しずつ吐きながら声を搾り出した。


「なんで、なんでこんなことを。ひどいです、とってもひどいです」

「あ?お前らが俺の手の内から逃げようなんてバカな真似するからだろうが。大人しくここで空飛んでりゃいいのによ」

「わ、わたしのお兄ちゃんを殺したのも」

「お兄ちゃん、ああ、鳥人族のガキがいたって聞いたっけな。できれば捕まえて、抵抗するようなら殺して羽根だけでも持ってこいって、確か言ったっけ。あいつもバカだよなあ、捕まりゃ妹とも会えたのに」

「人でなし!」

「人か鳥かわかんねえような奴がほざくんじゃねえよ!」


 銃口で小突かれて、悔しいやら悲しいやら涙が止めどなく溢れてくる。かつて人狩りに捕らえられた時だって、ここまでの悪意は向けられなかった。悪意も何も商品としてしか見られていなかったから当然であるかもしれないが、ジューコの言葉からはお門違いな復讐を遂げかけているような驕りがあった。そして最愛の兄ルシー・リメアのこと。彼を亡き者にしたのは今自分を捕まえている男。復讐するは我にあり、ないまぜの感情は怒りに変わっていき、歯をギリギリ噛み締めながら上を向いた。ジューコはレッタの絶望にトドメを刺す気で、囁いた。


「これからはもっと稼いでもらう。解放なんかするもんか、お前はずーっと俺の奴隷だよ」


 言葉は絶望に突き落とすのではなく、激怒の信管を叩いた。レッタはこれ以上の不幸を押し付けられてたまるかと、思い切り叫ぶと、背に渾身の力を込めた。


「うわああああああ!」

「なっ⁉︎」


 少女のものとは思えない力、強すぎてスリットの設けられている服を裂いて翼は展開された。よろけたジューコの短銃が無人の方向へ射線を逸らされて、ハルトは好機逃さず水魔法を浴びせた。銃身からモロに注水されて、取り落とした衝撃で撃鉄が落ちる、しかし暴発は防がれた。そのまま床の剣を抜いて突撃し、レッタを抱きすくめると片手で構えた。ラスナもケーイチも続いて、銃床でジューコの顔面殴打、また脅すように大剣で顎の下を薄く切る。勝負あった。


「テメーよくも脱がせやがったな!ラスナ服を切り刻め、ストリップさせてやる!」

「了解!」

「うわあ助けて!」


 ラスナは言われた通り、実に器用に服だけみじん切りにしてみせた。下着だけは残されて、ケーイチは股間に足の裏をぶつける。金的の辛いのなんのって、悶絶して全身から力が抜けた。


「雑魚めが!レッタの力をみくびったな。俺たちも意外だったけど」

「よくやったわレッタ!」

「レッタ、決めさせてやるぜ。こいつをどう・・・あれ?」


 レッタを見るとアラ不思議。あの憤怒はどこへ行ったのやら、自身を抱いてくれるハルトの顔を恍惚と見上げて、染まる頬に瞳は蕩け、半開きの唇が笑っている。危機を救って抱き寄せてくれて、しかも真剣な眼差しで自分を護るべく剣を構えているのだ。妥協なきその姿、助かった安心からふつふつと慕情を生み出してくれる。ケーイチとラスナは変な顔して見合わせながら、とりあえずジューコを殴った。悲鳴一つあげるが、こんなザマでも未だ挑戦的に笑みを浮かべて、ますます不快になった。


「うげっ!」

「さあ吐け今吐け、リーネはどこだどこでやらしい計略考えて準備してるんだ、おい!」

「今言わないと後悔するわよ、永遠に!」

「ふん、なんのことやら」

「馬鹿じゃねえのかお前。じゃあ後悔させてやる」

「もう遅い、リーネは今頃力を取り戻して、お前ら皆を滅ぼしにくる」

「なんだと、力をどうして取り戻す」

「ここにいるんだろ?やたら良い身体した魔力の器が」

「しまった!」

「ハッハッハ!俺は囮だったのさ、今更気づいてバカなやつら、うえ」


 居場所が判ってもう一度殴り気絶させる。素早く団員が駆けつけて縛り上げてくれた。一同蒼ざめて、一応のコトの確認を、同じ言葉を口走った。


「エミリアのとこだ!」

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