第22話 魔法のペン
魔練術の力と魔法使いの力とは違うから自在に使い分けられるわけではないと、エミリアは教えられていた。だが同時に源は一緒だとも学んでいる。どこでこの草分けが為されるのか、それは育てられ方に依るといわれる。だから魔練術師の里で生まれたエミリアは当然のように魔練術師となった。だが、稀に両方の術が使える人間もいるとは聞き及んでいる。それが後天的なものか先天的なものかは判らないが、簡単な術くらいならできないこともないだろうと、エミリアは手に入れた魔導書とにらめっこしていた。
「うーん、うーん・・・」
「調子はどう?できそうかな」
「うーん!やっぱりだめかあ」
借りた手品道具である犬のぬいぐるみは魔力を込めようとしても動かすことはできず、代わりに何体目かのコピーができあがった。一つ間違うとすぐ複製してしまう。ハルトは熱い紅茶の入ったティーカップをエミリアの前に置き、ぬいぐるみを手に取った。
「これはいっぱいできたね」
「ごめんね、何か役に立てそうなことがないかなと思ったんだけど」
「魔練術が一番役に立ってるよ。腐らない腐らない」
「でもこの魔導書に書いてあることで役立てたらもっと役に立てるし。もうちょっとやってみる」
再び別の魔法を試してみるが、やはり思った通りにいかない。エミリアは溜息を吐いて紅茶に口をつけた。ハルトは肩を叩いて魔導書をめくった。
「たくさんある、魔練術の教科書もこれくらいあるんだろうな」
「子どもの頃からもっといっぱい読んだよ。魔法使いの魔導書の中身は、知識として知っていることはあっても実践するのは初めて」
「里で育つ以外だとどうやったら他の力が使えるようになるのかな」
「それは、あらかじめ魔力を持ってる人から奪うことになるよ」
「そういえばこの前言ってたね、奪っちゃうって。リーネも言ってた。あの時エミリアは力を奪われかけたの?」
「多分。嫌だったなあ。私も、リーネにまた会っても力を奪えるかどうかはわからない」
「難しいの?」
「難しいっていうか、その・・・」
魔力没収の話になると途端に頬を染めた。それにもじもじと恥ずかしそうに目を逸らす。魔力没収にも色々と方法があるのだが、その中の一つに相手を凌辱するというのがある。もちろんエミリア自身行ったことはないが、一番手っ取り早く簡単な方法であると噂されていた。おそらくそういうことをリーネはしようとしていた。他の方法だと刑の執行の如く儀式めいたものになる。だから単一で奪おうとなれば、まず思いつくのはこの手だった。ハルトには話しにくい。
「と、とにかくすっごく難しい方法だから。魔力の弱ったあの状態でどこかに閉じ込めておくのが一番いいかな」
「ふーん、そっか。なんにしても、リーネを見つけ出さないと」
「そうだね!見つけて魔法を解いてもらわないと」
深く聞いてくれなくて助かる。ハルトの脳裏には、確かに犯されようと服を剥がれたエミリアの、胸元の黒子をくっきり浮かび上がらせることができるが、魔力没収とは結び付かなかった。ただ、同性が好きな趣味であるだけだと。
ハルトも手伝って同じく考えてみた。自身が魔法を使えるから魔導書の通り術が使えると思いきや、打撃、火、水の力以外だとどうも使えなかった。本当は、秘められているのは巷でいわれるものとは別の魔法なのかもしれない。彼は魔導書の魔法が使えないことに気落ちすることはなく、ともかくエミリアな使えそうな魔法に思索を巡らす。ふと、思いついたことがあった。
「札はどうだったの?僕とエミリアを罠に嵌めたのは札だったんだっけ」
「お札?書いてみたけどだめだった。ペンでも指でも」
「レッタは、契約魔法が書かれた時文字から光が出たって言ってたよね。あの魔力増強の指輪といい、そうしたアイテムにも何か秘密があるんじゃないかな」
「そっか!ペン自体にも魔法に関する力が込められているのかも。ペンはどこにあったっけ」
「押収品の中にあるよ、持ってくる!」
自警団の所まで走って、押収品は手付かずで保管されていた。指揮者に事情を話すと、既に信用は得ていたからすんなりと借してくれる。ペンとインクに仄かな熱さを感じるのは魔力の有る証拠かただ日の差し込む窓辺に置かれていたからなのか、でも嬉しくなってくる。受け取って戻ると、街に出ていたケーイチとラスナも帰っていた。
「おーお帰り。リーネのペンで呪符書くんだってな。借してくれたか?」
「借りれたよ!さ、エミリア」
「うん!」
手渡されたペンを今一度陽にかざして、軸からペン先までエングレーブ加工されていて美しく光った。インクを着けてみると元から少し緑がかっているが、チリチリ火花が飛んでいるように見えて、エミリアの瞳は輝いた。
「やっぱり魔力が残ってる、押し出せれば使えるかも!」
「押し出す?」
「このまま書いても私は本来の属性が違うから魔術は発生しない、けど、リーネの家にあった花瓶と同じでこのペンは力を溜める容器みたいになってる。だから私の力を押し込んで書けば魔法の札が作れると思うの」
「万年筆みたいなもんか。もっともこの世界に来てからとんと見かけないけど」
「書けそう?」
「やってみるね。む~・・・ううう・・・」
「側にいて気が散るといけない。離れてよう」
「そうね。エミリア、がんばって!」
エミリアから1デールも離れると立ちん坊で見守り、声を出す力も終いには腕に回していた。力同士拮抗させるのに骨が折れるのは当然で時間もかかる。背は震え、擦った樹脂製下敷きを近づけたみたいに髪は広がって身体から滲み出る魔力が窺い知れるというものだ。机の上を虹色に点滅するドライアイスの如き煙が静かに伝う。緊張が三人の空気も支配して、ケーイチは無意識にくわえた煙草をラスナに取り上げられた。
「だめでしょ!煙が目に沁みたりなんかしたら大変」
「あ、ああ、済まない。しかし彼女がんばるな」
「僕たちのためにね。物の精錬と治療しかできないってかなり悩んでたし」
「でも、ペンにあるリーネの力を使い切ってしまったら・・・」
「魔法はそれっきりかもな。その分だけでも感謝しなくちゃ」
「あっ!すごい光が!」
エミリアの頭上に突如として光玉が現れた。太陽みたいな光で眩惑され、ハルトたちは思わず目を覆う。彼女の瞼は逆に大きく開いていた。そして光はペン軸に吸い込まれていって、様子は元に戻ると、エミリアはスラスラと何か書くようだった。ペンを横に置いて真上に仰け反り、長い溜息吐いて腕をだらんと下げた。近づいてみるとものすごい汗、しかし満足そうにニヤリ唇に笑みを作っていた。
「大丈夫⁉︎」
「ふぅー大変だった。でも、これは使えるはずだよ。そうだ、ぬいぐるみに貼ってみて」
ハルトは何匹もいる犬のぬいぐるみの中から一体を取り、机の札を手にした。なるほど、書かれた呪文と魔法陣はチカチカ緑に光っている。端に糊を塗布して犬耳同士の間に付けた。
「ええと、糊は、と・・・これでいいの?」
「うん、じゃあ見ててね。それっ」
拳を作って札の上にかざし、素早く手を開いた。すると札は青い火で以て即座に燃焼されると、力の与えられたぬいぐるみは一人でに動き出す。尻尾を振ってお座りし、可愛らしく首を傾げた。
「かわいい!」
驚く三人の中から真っ先に声を上げたケーイチ、嬉しそうにぬいぐるみを抱っこして、道端で見かけた散歩する犬を可愛がるみたいに頭を撫でた。ハルトとラスナも目を丸くして腕の中の犬に触ってみる。耳を摘むと嫌がって、顎の下をくすぐってやると喜んだ。
「すごい!生きてるみたい」
「どんな魔法なの?」
「対象を操れる魔法。言葉もね、わん!」
「ワン!」
「しゃべった!でもエミリアの声だ」
「その子はぬいぐるみで声を持たないから、代わりに私の声」
「じゃあケーイチに貼ったら、『もう酒も煙草も夜遊びも止めます』ってケーイチの声で言わせられるんだ」
「趣味悪いなお前。それならリーネを連れてきて、もし魔法解除を嫌がっても」
「させることができるんだ!」
「そうなの!でもペンにあまり力が残ってないから、慎重に使わないと。それに」
「あ、わんちゃんが止まった」
「やっぱり無理に押し出したんじゃ、長くは持たない」
ぬいぐるみはぬいぐるみに戻って、振る尻尾も撫でられて下がっていた耳も元の位置で止まった。ケーイチは少し寂しくなってぬいぐるみを置き、もう一度だけ撫でた。やっと煙草に火を点ける。
「リーネの居場所、か」
「それさえ判ればね」
「ありがとうエミリア。連れてきさえすりゃなんとかなることははっきりした」
「役に立てて私も嬉しいよ。もう何枚か作れるだけ作ってみる」
「無理はしないでね。汗もこんなにかいたし」
「うん、お風呂に行ってくるね」
「なら、その間また街に出て探しましょう。少しは休んでね。お疲れ様」
より皆の役に立てることができたと満足そうなエミリアは朝を拭き、部屋を出る三人を見送った。扉が閉じられるとベッドに座り、そのまま寝っ転がると皆の笑顔を思い浮かべて、高鳴る胸を押さえた。
「みんな喜んでくれた。ハルトくんも」
惚ける頬の緩みは止められなくて、心地良い余韻に浸り続ける。やがて起き上がると再び机に向かって、握るペンに力を込めた。




