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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第一章 異世界に行くということ
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第5話 邂逅

 これは以前にも感じたことがある。

 自身が薬害アレルギーを持ち、とある種の市販薬を飲むと発作が起きるのが二回あった。一度目は小学生の時、この時は嘔吐によって初期症状で抑えられたが、二回目の中学生の時、全身が発疹して気管支にまでそれは及んだ。塞がれつつある気管に目の前は砂嵐、荒い呼吸でトイレに向かって便器横にへたり込む。世界が白くなってきて自分の喘ぎしか聞こえず、そこで見えた光、後で思うと窓の光だった。見上げたまま、最後、大きく呼吸をして、立ち返った。


 今もその感じ、闇と頭の温かさも消えてしまい、呼吸荒く白い世界にいた。呼吸以外何も聞こえない、しかし、乱視気味の目には自分の身体がはっきり捉えられて、頭はぼうっとぼやけて怖かった。てっきり神の机の前にいるのだと思っていたのがアテが外れて、死んだというより元の二つの世界どこからも消えてしまった感覚。天国でも地獄でもない。助けを呼ぼうと叫んでみたけど、吐息だけが漏れて声にならなかった。


 流れる涙と鼻水で顔中ベタベタ、身体が、今度は熱くなってきて、燃えるような、全身が痛くてそうなっているような、熱っぽい不快感、身が焼かれている。このまま燃えきって、本当に消えてしまうのだろうかと、恐怖は一層激しくなって、消えかける両腕で自分の身体を抱いた。


「大丈夫?」


 目を開けると額から流れた汗が入ってジワリ痺れた。蘇る視界の、目に入ったのは女の顔、ぼやけていたがネイトではなかった。知らない顔、見たことのない派手な服、肩が出て、ふくよかな胸の谷間、ぼんやり眺めて、美少女の顔立ちで丸眼鏡に短い髪の銀、どことなく生まれた世界のファンタジーコスプレを見物している感じ。しかし、焦げ付くような臭いが鼻について、やはり動乱のルビヤ村に違いない。


「死んだはずじゃ?」

「目が覚めた!コルバさん!」


 ガバと身を起こして、そんな動きができたことに衝撃だった。矢は脚の大動脈辺りと腹部を傷つけたはずで、本来激しい動きができるわけがなかった。しかし頭がズキズキ痛むだけで首から下に何も異状なく、むしろ快調、いくつものクエスチョンマークを浮かべているとパイプの香りがした。目の前にコルバの顔が現れて、くわえるパイプから薄く煙が漂い額の包帯に染みた。


「ケーイチ、助かってよかった。魔錬術師様、ありがとうございました」

「いえいえ。危ないところでしたけど」

「兄さん、俺死んだんだよ」

「生き返ったのさ。この方のおかげで」


 振り返ると件の美少女、視界がはっきりすると、少なくとも自分よりは若干年下に見える気がした。そして眼鏡、この世界に来てから眼鏡が発明されていることを人伝に聞き、ここ周辺の科学技術の程度を知ったが、高価で使用する村人はいなかった。それ以上に作りが元の世界と変わらないことが不思議でしょうがなく、じっと見つめていると照れるようなそぶりを見せた。


「あ、あの、私の顔になにか付いてる?」

「いんや、眼鏡ッ娘を見るのは久々なもんで。治療してくれたみたいでありがとうございます」

「難しかったけどなんとかなって本当によかった。じゃあ私、他の人も見てきます」


 少女は立ち上がると手元の鞄を抱え別の負傷者を診にいった。恵一が寝かされていた地下室は急ごしらえの救護所だった。


「兄さんの怪我は」

「矢が掠っただけ、なんともない」

「ごめんなさい、俺ヘマやった。いくらかの攻撃は抑えられたけど、結局村に侵入を・・・損害は?」

「家が2軒焼けただけだ。負傷者が14人」

「酷いことだ、かっこつけて出てったのにこのザマだ」

「あまり気に病むな。ケーイチが行ってから飛んでくる火はなくなったし、それに通りすがりの勇者様御一行が助けてくれた。今の魔錬術師様もその一人」

「勇者?」

「そう。もしかしたら、君が待っていた人かもしれないよ」

「ちょっと会ってくる。煙草が欲しい、パイプ借りても?」

「ああ、いいとも。勇者様は広場で捕虜の調査をしてるよ」


 受け取ったパイプを口にくわえて地下室を出ると、昼の太陽が天高く昇って雲一つない快晴だった。陽の光に幻惑され、慣れてくると件の燃えた家が目に入り、後片付けをしている人々の中にネイトと子どもたちもいた。よかった、助かってたと、皆の許に駆け出そうとして、新たな異変が、おそらく彼が一番見たくなかったことが目に入った。

 建物の影に人々が横たわっている。規則正しく並べられた、かつてニュースで見た魚河岸のマグロを彷彿とさせるそれは、一瞬疲れた人々が寝ているのだと思った。しかし一つの黒い影の側に女が座り彼女が小刻みに動いて、寝ている人が微動だにしないことから人々の正体を認識した。死体は五人、女が側にいる影は他より小さく、近づいてみると、やたら黒いと思っていたのは焦げていたからだった。見覚えのある火傷の幼い顔は、たしかアキトの友達で、恵一も一緒に遊んだことがあった。女は彼の母親。


「死んだんですか。死人が出たとは聞かなかった」

「せめて、せめてもっと楽な方法だったら。火が点いて、消せなくて、この子は時間が経って苦しみながら死にました。こんなに苦しむなら楽に殺してやった方がいいと誰かは言いました。でも私は、せめて希望がないかと思って、できませんでした。思えば辛い思いをさせただけでした」

「俺も死にかけました。でも魔練術師とかいうのが助けてくれたみたいで。助けてくれなかったんですか」

「あの方たちが来る少し前に、この子は息絶えたんです」


 それ以上恵一は耐えきれなくて、その場から離れるとパイプを取り、激しく嘔吐した。死体なら前も見たが、しかしその時は敵の匪賊で、それも実に戦争映画の中でみたいに死んでいった。今は、先程体験した死の実感が伴い、同じことを感じて子どもは永久に死んでいったのかと思うといたたまれず、この子もどこかで叫んだはずだ、助けて、お母さん!と。


「ケーイチ!大丈夫⁉︎」


 ネイトの声、恵一に気づいた三人が駆け寄ってきて、皆が吐瀉物が足にかかるのも気にせず背をさすってくれた。吐きすぎて声帯でもちぎれたのか、吐く唾に血が混じった。深呼吸を繰り返し吐き気が収まるとケーナにパイプを渡して、広場の方を思い切り睨みつけた。


「あン外道!」


 三人を押し除けて走り、広場に着くと十数人の捕虜の集団が座らされて、立っている一人が誰かに話をしている。その誰かというのが、如何にも勇者らしい服装、白っぽい丈のやたら長いジャケットに身を包んだ少年で、大剣を左腰に吊っている。側には物語の女騎士風の少女もいた。彼らと話をするはずだったがそんなことは念頭になく、捕虜を監視する群衆の一人が自分のカービンを持っていて、駆け寄ると取り上げた。


「俺んだ!」

「あ、ああ」


 同時に取り上げた弾帯を肩にかけ、早歩きで捕虜の群に足を進めながらチャンバーを確認した。弾が装填されている。


「どいつだ!ガキ殺しあがったのはどいつだ!ええ⁉︎」


 向けられる銃口に怯えた捕虜は口々に自分は違うと言い張った。そこそこの距離で威嚇のため火箭を撃っていたから誰が誰に当てたか判るわけもなく、捕虜の言うことは正しいのだが、ケーイチは皆殺しにしてやろうと燃えていたから関係ない。手前の捕虜が立ち上がって事情を説明しようとした。


「ダンナ様、すまないです。遠くから撃ってたから誰が誰かは・・・」

「殺したらぁ!」


 蹴り飛ばし倒れる捕虜の、腹を踏みつけて撃った。弾は右肺を貫通し第二弾でトドメを刺そうと再び引鉄を握った。しかし発射されず、見るとボルトが開きっぱなしになっていて弾切れの合図、銃床で殴りつけてもまだ死なず、弾帯に手を伸ばして再装填を試みた。

 だが一つの衝撃があり、気づくと恵一は弾倉握る手の向こうに空の蒼さが誇っている。横殴りに弾き飛ばされてその方を見ると、数メートル先に件の勇者が掌を向けていた。なんとなく、その掌から発射された衝撃波で飛ばされたと理解できる。恵一は素早く新たな弾倉をはめ装填すると飛び上がった。


「おいコラ邪魔すんじゃねえよ、殺して殺して殺しあげるんだ、てめえも殺すぞ」

「戦う意志のない者を殺すな。もう降伏した。辛いことがあっただろうけど、今は抑えろ」


 銃口向けられても動じない勇者の顔はそこそこ整っていた。モデルや俳優の整い方というより、学校のクラスに何人かいるような大人しめの顔立ちの癖っ毛が二、三本、モロ日本人。変声期を終えてまだ間もない少年の声で諭されると一層苛立った。彼の後ろには少女が、赤髪の長髪をポニーテールにして、ナントカ戦記ナントカという好きなアニメに出てきた主人公に似た格好、お飾りのような肩当てに小さな胸甲が胸を覆っていた。彼女が剣を抜くと勇者に押し留められた。


「偉ぶるな勇者サマ!あの子は死んだんだ!今更ノコノコ、(スケ)共連れて冒険か、イイ身体しあがって、乳繰り合うだけが能かてめえら!」


 言いたい放題言って発砲しようとすると、勇者の顔が険しくなり掌が光った。恵一はまたも吹き飛ばされ、弾は誰にも当たらずどこかに飛んでいった。起き上がろうとすると勇者が上にまたがって胸倉を掴んだ。


「たしかにもうちょっと早く来れればよかった。でも、仲間のことは侮辱するな!彼女たちも精一杯戦ったんだ!」

「入れ込んでんじゃねえよ、なんで今更なんだ!一年も俺は待ってたんだ!新しい家族ができて幸せになってて、お前、どうせ来るなら、幸福を知りたくなかった!」


 泣き面に吠えて、待っていたことを言うと勇者はハッとした。彼もまた、転移時におまけが付いてくることを神に聞かされていたのだった。


「じゃあ君は、異世界から来た」

「こっちが異世界だよボウズ。ほんとにおめえたちだけが夢物語だ。あの娘たちとヤっちゃったんか、え?モテるんだろ」

「馬鹿なこと言うな!」


 勇者が色をなした隙に弾き飛ばし、ビンタを張った。


「ハルト!」


 きっとそれが勇者の名前なのだろう、女騎士が叫んで駆け寄ってきた。さらなる攻撃を与えようとしたが今度は村人たちに取り押さえられる。


「こいつ、ハルトに!」

「いいんだ。しばらくしたらきっと落ち着くよ」

「落ち着くだと?殺す!」


 なおも暴れたが、号泣していることもあって力が出ずだんだんと殺意が収まっていった。収まりきると虚脱甚だしく、振る腕を止めて村人から解放された。

 恵一は勇者の方も見ずカービンを肩に吊るし、家に向かおうとした。取り巻く群衆の中にコルバたちを見つけ、さっきのことを聞いていたんだと、後悔が膨らみ家に駆け込んだ。


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