第20話 酔狂はなくて
ジューコの手下が全て自白し、ハルトたち一行の指名手配は急速に解除された。代わってジューコの手配書が街中に現れて、自警団統率者の悪事に皆震撼した。こんな悪党を統率者に据えていた自警団への文句はどこからも噴出していた。批判に燃える人々の影では、ジューコから解放された人々が家族や恋人、友人との再会に密かに喜んでいた。グリーク・サーカスのように騙されて売りつけられていた業者は善意の第三者だからともかく、知っていて買った者には相応の罰が与えられるという。ジューコから賄賂を受け取り人狩りを釈放した官吏も更迭されたと人伝に聞いた。
ケーイチはなんとなく、件のヒントをくれた少女のいる娼館に立ち寄ってみたが、店は閉まっていた。夜逃げでもしたのかほとぼり冷めてから再開するのかは判らない。
相変わらずグリーク・サーカスに世話になる一行は、舞台でサーカス団を擁護するレッタの声を聞いていた。騙されたとはいえ人狩りが捕らえていた人間を使っていたことは人々の心象を悪化させ、こればかりはレッタの望むことではない。
「仕方ないことだけど気の毒ね。お客さんも減ったみたい」
「本人が、サーカス団は知らずと自分を受け入れて、でも良くしてくれていたってことを話せば、まあ人の噂も七十五日、そんなに悪くは言われないさ」
「広告を出していた新聞にもレッタの談話を載せるんだって」
「そのことは団長さんに任せよう。僕たちはまだやることがある」
ハルトの言葉に各々頷いた。解放された人々は自警団に命じられて街の外に出れるかどうか試してみたが、僅かな例外を除いてレッタと同じく魔法の壁にぶつかった。リーネの魔力増強の指輪を破壊したとはいえ、魔法の解除は未だ成されない。ただ魔法のことを書いてある魔導書と拘束の契約書自体は手に入った。
「この本だけでなんとかならない?」
「読んでみて魔法解除の方法も載ってた、けどリーネ本人がいないと」
「奴が街を出たって情報はないからどこかにはいるはずなんだよな。外周はもちろん空も見張ってるし」
「穴を掘った跡がないかも探してるんだ」
「魔力ってどれくらい落ちたの」
「元の力だけになったんだけど、空もまともに食べてなかったよ。もっとも、動転して力を上手く使えなかったからかもしれないけど」
「ハルトに抵抗らしい抵抗もしなかったってんなら、大したことはないか」
「ジューコは」
「ほっとけあんなクズ。新生自警団に任せるさ」
「あら、終わったみたい」
拍手はまばらでも、開場時に聞こえた野次はなかった。最後飛行演技を見せてから舞台袖に飛んで現れたレッタは四人が駄弁る机の前に降り立った。ケーイチのくわえる煙草の灰が割合遠くまで散る。
「お疲れ様。お客さんの反応はどうだった?」
「まずまずってとこです。数は減っちゃいましたけど」
「悪いことしたかな?」
「そんなことはありません!ありませんけど・・・団長さんたちが文句言われるのは辛くって」
「そりゃあな、善意の第三者だから」
「どういうことです?」
「要は、知らなかったってこと」
「そう、そういうことです、ゼンイノダイサンシャ」
舌っ足らずな言い方でケーイチの言葉を繰り返して、でも理解した風。エミリアは開いたままの魔導書を閉じると申し訳なさそうに、レッタに対し伏し目がちだった。
「ごめんね、まだこの街から出してあげられなくて」
「ううん、いいんです。この街が嫌いなわけじゃないし。それにまだ時間があった方が好都合です」
「というと?」
レッタは明るく笑ってみせると、雑談に興じたり舞台の片づけをする団員たちを眺めた。懐かしそうな眼差しは幼い彼女には似合わないはずだったが、ごく自然な情景として皆の目に映った。グリーク・サーカスに対する未練からそんな色の瞳を作るのかと思ったが、むしろレッタは心置きなくしばしの別れを告げるべく、落ち着き払っていた。
「わたしはあと少しの間、精一杯楽しんで演技をしようと思ってます。わたしが楽しんでここにいたってことをお客さんに伝えられたら、きっとまた戻ってきてくれると思うんです」
「そっか、前向きに考えていてくれてよかった」
「はい!ですからみなさんも慌てずゆっくり探してください。いつまででも待ってますから」
ニカと目を細める少女、フォローする立場なのに逆に労わられてしまって、笑顔を返すとここ数日の疲れがどっと出てくるようだった。一同それぞれに伸びをするとあとはもう面倒なことは考えたくなくなって、すると腹も減ってくる。腹が鳴るのはレッタも同じだった。
「お腹すいちゃった。そろそろご飯ですから、みなさんも一緒に食べましょうよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
「団長さんからも誘われてたわね。でも私たちに出費割かせちゃってなんだか悪いな」
「寝るとこも用意してくれたもんね」
「甘えましょう甘えましょう。今回も結局、タダより高いものはなかったんだから。あーあ」
ケーイチのあくびでまた少し疲労の色が濃くなり、レッタの後に続いて食堂に向かった。豪勢な食事も食欲半分眠たさ半分、食べ終わるとすぐ風呂に入って寝床についた。明日からリーネを探すということでは一致していたが、特に詳しく何をするか決めるわけでもなく、毛布を被って、久々に枕を高くして目を瞑った。
ケーイチは一度は寝付いたものの、近くの部屋から聴こえる物音で目が覚めて、逆に冴えてしまった。横のベッドで眠るハルトは心安らかに寝息を立てている。寝酒でもと思い立ち、ジャケット肩に掛けると団長がくれたワインと煙草を持って廊下に出た。斜め向かいの部屋はラスナとエミリアも眠るレッタの居室で、即ちケーイチたち男子の部屋は猛獣小屋の隣だった。廊下にじっと立って耳を澄まし、少女たちの寝息に被さって動物のいびきが聴こえた。なんとなく足音立てないように、爪先立ちになって出入口に向かおうとした。すると背後から光が浴びせられペタペタと足音、振り返るとエミリアが目を擦ってケーイチを見つけた。
「あ、ケーイチくんだ」
「シーッ!」
「え、なに?」
「あ、いや、なんでも」
動物に動きを悟られまいと不思議な行動、唇の前に立てた食指を収めて頭をかいた。エミリアはおかしそうに小さく笑って手の蝋燭をケーイチに近づけた。見ると、彼女は眼鏡をしていない。
「エミリアはどうかしたの?」
「お手洗い。目が覚めちゃって」
「なるほど。眼鏡してなくていいの」
「あまり動き回らなければね。明かりもあるし」
「力で矯正すりゃいいのに」
「生まれつきだから仕方ないよ、治す治さないの話じゃないし。ケーイチくんはどうしたの?」
「外で寝酒。なんだか起きちゃったから」
「じゃあ付き合おうかな」
「あらそう?大歓迎」
嬉しい言葉にニヤと笑い、エミリアの酒乱の件はすっかり忘れていた。一応眼鏡なしの彼女を気にしながらゆっくり外に出て、守衛には、見張りは代わりにしておくからと言ってしばし休ませた。彼が中に入ってしまうと辺りは誰もいない、舞台道具の箱に行って腰かけた。酒を二人分注ごうとしたら、入れ物を持たずにきていたことに気がついた。
「しまった、グラスがない」
「そう?」
「俺の口つけたやつにエミリアも飲ませるのは。取ってくるよ」
「ケーイチくんさえよければ気にしないよ」
「そう言ってくれるならいいか」
「お先にどうぞ」
「じゃ、失礼して」
瓶を逆さにしてラッパ飲み、だが泥酔する気はないからそこそこを口に入れて飲み込んだ。それでも大袈裟に飲み込んで、胃をじわりワインが伝うのが判る。
「美味えなこれ。はいどうぞ」
「ありがと」
エミリアは渡される瓶の口も拭かずに、実に柔らかそうな唇で自身の唾液を上書きしていた。緩く風が吹き銀髪がなびく。どことなく色気を感じ喉と唇の動きに見惚れて、酔いではなく別の意味で頬を染めていると、重大なことに気づいた。前の前の時は大丈夫でも、前回彼女に酒を渡した時はえらく荒れたのだ。でも飲んでしまったものは仕方なく、今回はどう転ぶのかと固唾を飲んで見守っていると、気持ちよさそうに息を吐いた。
「ぷはー!美味しいねこれ。はい」
「う、うん。エミリア、飲ませちゃったけどなんともない?」
「ないよ?うん。あ、そっか!この前チト地区で飲んだ時、私ったら」
てへ、と舌を出して苦笑い。これなら大丈夫、前はのっぴきならない状況にあったから荒れていたのだと一人納得して再び瓶に口をつけた。エミリアが飲んだ後だと、心なしか甘く感じた。
「覚えてんだね。俺と一緒だ」
「飲んで忘れるってことはケーイチくんはないんだ」
「ないね、全部覚えてる。もっとも、エミリアみたいな荒れ方は滅多にしないけど」
「自警団には追われるし卑劣な魔法使いを見つける手掛かりはないしで、追い詰められていたから」
「同じ魔力を使う身、君の正義からくる怒りは俺たち三人よりもまた苦々しいものだったろう。よくわかったよ」
「・・・早く見つけて魔法を解かなきゃ。同じ魔力を使う者として、私の手で」
荒れるどころか甘酒一滴分たりとも酔った気配はなかった。エミリアは顔をまっすぐ前に向けると降ろしていた脚を箱の上に畳み膝に頬を押し付ける。上目遣いに月を見上げて、瞳に蒼い光を湛えていた。眼鏡の有る無しで雰囲気に違いが現れるのは当然として、知性の表象を外した今の方が、悩み多き大人びた女性のベールが覆っていた。きっと、夜の海岸沿い片手にハイヒール提げ砂浜に素足の跡を付けていたら余程絵になっただろうと、ケーイチは不思議と思い描けた。エミリアには、最後に残った悩みの種であるリーネよりも別のことを聞きたかった。
「ハルトと二人だけに、それも力を奪われた状態にあって、何か心境の変化はあったかい?」
「変化?」
「虜囚の身となった若い思春期の少年少女、二人は仲間とも離され抵抗の術なく震え、しかし少年は少女の想い人・・・君たちはどう意識し合ったのか」
「もう、想い人だなんて。でも、意識し合ったかっていうか、私はハルトくんに甘えちゃった」
「甘える?」
ケーイチは些か好色な期待を持って聞き返した。目覚めた牢が同じだったことは知っている。そこで甘えたなんて言葉が出てきたのは、もしかしたら、古い言葉でいえば、枕を交わしたのかもしれない。というよりそうであると決め込んでいた。もし自分が同じ立場になったとしたら、互いの身を慰め合うのは自然であろうと。だがそれは、純情廃れて且つ犯されるかもしれないという恐怖を知らない彼の浅はかな妄想に過ぎなかった。エミリアの声色は、いつしかセックスの不思議を尋ねた好奇心はどこやら、プラトニック一色に染まっている。
「私は力を失ってしまえば何もできない弱虫だって、自暴自棄をハルトくんにぶつけた。実際、戦いはみんなに任せて守られてばっかりだから」
「しかし、守ってくれるのはむしろエミリアの方じゃないか。防壁を出したり危機回避の道を作ってくれたり。怪我だって治してくれる」
「ありがとう。ハルトくんも同じことを言ってくれた」
「ラスナだって間違いなくそう考えているさ」
「うん。あとハルトくんは、たとえ私たちに力が無くてもラスナとケーイチくんは助けに来てくれるって励ましてくれたよ。もし置かれた状況が逆でも助けにいくでしょって」
「そうあってほしいな。もっとも、俺たちは二人を探し出す前に先にそっちから来てくれたけど。ジューコなら二人の居場所も知ってるかと思ったんだ」
「私はハルトくんが助けてくれたからね。代わりにジューコを捕まえてくれてて助かったよ」
そんな話をしていてくれたのなら、真っ先に二人の居場所を探すべきだったかなとケーイチはあの日のことを思い出す。真っ先にジューコを抑えに行ったのは、少なくとも彼が居る可能性のある場所は事務所であったし、尋問して監禁場所を聞き出すつもりであったからだか、いざ突入すると夢中で探したのは書類だった。そして突入する自警団、なんとかして懐柔しようとしてレッタたち被害者の話ばかりをした。二人を助けるための情報を聞き出そうとしていたのは本当だが、なんとなく心につかえた。
悪いことしたなと一言謝ろうとしたが、ケーイチがさっき聞いたことへの話をエミリアが続けた。
「前にも言った通り私は初恋の経験がないの。だから恋してるかどうかって言われたらはっきりとは言えないけど、ケーイチくんから見たらどうかな?」
「恋だと思うよ」
「やっぱりそうなのかな。ハルトくんが慰めてくれた時の目、なんていうか優しくて。私はずっと見つめていたかった。ずっと居たいとも思った。でも、それが恋なら、ラスナもきっとそうなんじゃないかな」
「あ」
ケーイチは、ラスナもハルトに恋していると確信を持っている。エミリアがふと向ける悩みある瞳に、これまでからかい半分に二人に恋のことを聞いてきた自身を咎められた気がした。これまで焦ったく、発展すれば面白くなると思うばかりだったのは、三角関係になりかねない危うさを意識させなかった。しかしハルトにも二人に気がないわけではなさそうだと感じている。二股と言って悪ければ、彼が博愛を以て複数の少女を愛することができるのかどうかは未知数だし、また当人たちがそれを許していけるのかはますます怪しい。ケーイチの責任なき発言がなくともどうせいつかはぶち当たる問題であっただろうけど、聞かれるとどうしたらいいかは解らず困ってしまった。もちろんどちらかだけを応援することはできない。どんな道を選ぶのかは結局ハルト次第であるのだが、アドバイスは見つからなかった。
「そうなのかもしれないね」
「どうしたらいいかな?」
「わかんないよ。ハルトがどちらかだけを好きになるか、両方好きになってどちらとも・・・というのを許せるかはわからないけど。恋敵ってわけか」
「敵なんて、そんな風には思わないよ。でも、同じ人に対する同じ感情を、別の子が持っているとなると」
「だけど告白することは平等だよ。どうするかはハルトが選ぶ。俺はラスナにも同じことを言うさ」
「そうだね、ハルトくんが選ぶこと。でも告白かあ」
「するの?」
「ううん、まだ。もうちょっとこの心の動きを見ていたいから。恋なら恋で、違うなら違うで。よく考えなきゃ」
「その間にラスナに取られちゃうかも」
「それがもしハルトくんの選んだ道なら・・・納得できるようにしたいな」
「そうか。エミリアがそうと決めたならいいことだ。どうも無責任に聞きすぎたな俺は」
「いいの、色々気づいたり考えたりするきっかけになったから。ふわあ」
エミリアの心が決まったように見えて何も結果的には進まないことだけが判って、彼女はあくびをした。ケーイチは何本目かの煙草を喫い終わると彼女の背にジャケットを被せてやり立たせた。
「戻ろうか。まだやらなくちゃいけないことあるのに、色々聞きすぎた」
「ううん、お話してくれてありがとう。眠くなっちゃった。手を借りてもいい?」
「どうぞ」
ケーイチはエミリアの細い手を引き中に戻った。異性に手を引いてもらう、ケーイチがハルトだったらきっと自分からは言い出せなかっただろう。逢引きの後みたいな容態で、肩抱いたり手を握ったりと、これがハルトならはにかんで照れてくれるのだと、羨むのか妬むのか、アテのない悩みで部屋に送った。
「おやすみケーイチくん」
「おやすみエミリア。いい夢見ろよ」
「うん、ケーイチくんも」
笑顔を見せて扉が閉じられた。ケーイチはしばし佇んで、自分だって愛しやすい性格なのだ、でも彼女たちを愛してしまうことは許されないと、互いにいやに面倒なことになってると、考えると溜息が出た。
自室に戻って穏やかなままの寝顔変わらず、ハルトは眠りこけていた。少々憎たらしく映り、ふんと笑ってボヤいた。
「色男。皆んなおめえのこと好きなんだど」
目を瞑ると今度こそ寝れそうだった。




