第19話 発見
「でっへへ、いいケツしてんな。こんなのに一発ブチ込みてえもんだ」
ジューコの手下はまだラスナの尻を眺めている。隣に倒れるケーイチの、筒が破れてカービンの銃床がはみ出しているのに全く眼中にない。二人ともピクリとも動かなかった。ちっとも動かないので、鑑賞だけでなくお触りくらいならいいだろうと小窓からヨイショと出て、抜き足差し足近づいて、手を伸ばす。
「いいねえこの柔らかさ。若い若い」
いやらしい手つきで撫でくりまわして、しかしその不快感はようやく目を覚まさせるところとなった。ラスナは気絶から覚醒すると目の前に仲間が倒れていて、尻の不快感よりケーイチの心配をした。
「け、ケーイチ!」
「うん・・・ラスナ」
「大丈夫?なんとか着地できたみたい」
「ジューコの事務所か。畜生、腰痛めた次は表が痛い。あ?」
「なに?」
「誰だテメエ!」
「へ?」
やっと尻を撫でるのをやめた。手下は、今度は固まってセクハラ相手の顔を目撃する。頭を上げたラスナの、顔が紅潮するのは恥じらいではなく怒りからだった。
「なにすんのよ!」
「オラァッ!」
「うべえっ!」
直突蹴りと加えてカービンの銃床が顔面に直撃した。気絶する前に素早く馬乗りになったラスナは剣の柄で殴り飛ばし寝かせはしない。ケーイチも額を銃口でつついた。二人同じく詰問するにしろ、ラスナはまずセクハラ行為への言及だった。
「思い出した、酒場でジューコといた野郎だな。妙な真似しあがるとドタマ吹っ飛ばすぞ、えーッ⁉︎」
「お前ら、ジューコさんの敵の!」
「見たでしょあんた!私のパンツ見たでしょ!それにお尻触った!」
「み、見たし触った」
「ぶっ殺すわよ!」
またカッと赤くなって憤怒の一撃、故意にスケベったらしいことしていた手下には当然の仕置きだった。更なる制裁はともかくとして、ケーイチはジューコの所へ連れて行くように脅迫する。
「口がお悪いこと。やい悪党、俺たちを貴様の親玉のとこ連れてけ」
「連れてくってなんでだ、俺たちは何もしてない」
「バックれやがってボケ!魔女と徒党組んで小娘売り飛ばしてるこたあわかってんだよ、俺たちゃ退治しに来たんだ!」
「人狩りと馴れ馴れしくしてたくせに、言い逃れはできないわ!」
図星を突かれた手下はグッと黙り込み冷汗を垂らす。今この状況を乗り切るだけの言い訳は何も思いつかなくて、しかし自分が自警団統率者第一の子分であることだけは思い出した。権力を誇示すれば引き下がるとの浅はかな考えはすぐ口に出た。だが仲間も奪われ、そしてジューコが本当の悪党であると確信している二人には、怒りを増幅させるだけだった。
「お前ら、自警団にこんなことしてタダで済むと思ってんのか!」
「ほたえるな馬鹿!急に権威チラつかせて、殺したろか⁉︎」
「早く連れて行きなさい!それとも今、遺言でも残す⁉︎」
「ヒィ!わかった!わかったから、連れて行く」
「初めっからそう言やいいんだ。ったく、女が降ってくりゃすぐケツ触りくさして」
手下の尻を、今度はラスナが蹴り上げて、銃口と鋩をうなじに突き付けられて血が滲む。予定外の人物を交えて予定の小窓から侵入した。そこは人気のない長い廊下で、階下の騒がしさはあまり聴こえない。サーカス団がある程度自警団を足止めしてくれたのかもしれなかった。しかしそれも長くは続かないはず、自警団がなだれ込むより前にジューコに迫りたかった。手下は恐怖からか諦めたからなのか無駄口を叩く。
「お前たちは結局何者なんだ。俺たちを人狩りだなんて」
「まーだ言いやがる。酒場に来た人狩りは俺たちが捕まえた奴だぞ」
「お前らがあいつを!あ、いや」
「そら、すぐボロが出る。大方、あの破廉恥野郎を出したのはジューコの金でだろうよ。あと、俺たちゃ世直し集団だ」
「あんたが文字通り自警団、正義の味方なら、無防備な女の子のお尻を勝手に触ったりしないでしょ。責任はきっちりとってもらうんだから」
「へいへい」
幾つかの扉を過ぎて階段を降り、ある部屋の前に来ると手下は止まった。彼は改めて後ろ向くと、眉間に皺寄る二人の武器に扉を指される。溜息一つ漏らすとノックして、扉が開けば手下を蹴り飛ばして乱入しようと、ケーイチは片脚をそっと上げた。だが手下が口走るのはおかしなことだった。
「4号の部屋、お客さんがここに来てるよ」
「はあ?」
呆気に取られていると手下は素早く中に飛び込んだ。閉められかける扉に慌てて足を突っ込んで、体当たりして入るとケーイチの頬に鋭く痛みが走った。
「なっ⁉︎」
もう一人の手下がナイフを突き出してきたのだった。またまた罠にかけられて、部屋にはジューコの姿はない。ナイフの手下はケーイチがよろけると後ろに続くラスナにそのまま向かい、彼女は咄嗟に剣を振った。
「やーっ!」
剣の達人に敵うはずがない、そ奴は袈裟懸けに斬られると、次なる攻撃を行う前に倒れた。頬からダラダラ血を流すケーイチは、二度も同じ場所で罠に嵌められた怒りが最高潮に達して、傷も抑えず初めの手下を見た。彼は涙ぐましい努力で、マスケット銃の銃口から槊杖で弾と火薬を詰めていた。発射可能状態まで待つことはしない、腰回りにカービン弾を三発ぶち込むと倒れるままに胴を踏みつける。
「ヘタ打つなってんだよああ⁉︎もう許さねえ殺す!」
「ゆ、許してくれ・・・」
「馬鹿野郎!さっきは助けてやったがもう我慢なんねえ、俺は自力でジューコを探す、死ね!」
ドントール団討伐の際はハルトが荒れるケーイチから少女を離していたが、今彼はいないし、怒りはラスナも同じだった。それに彼女は、なにも離されないところで荒っぽい彼を軽蔑するわけでもなかった。ケーイチは真上からカービンを垂直に立て手下の額を銃口で押さえた。先より恐怖甚だしく、安っぽい抵抗をしたことを後悔した。死ぬよりは断然ジューコの居場所を吐く方がいいと、限界に叫んだ。
「上の部屋だ!今降りてきた階段の、ちょうど上がったとこの目の前の!」
「あれだけ騒がしくして顔出さんかっただろうが!」
「寝てるんだ!さっきまでアレしてたから女と寝てる!」
「寝てるゥ?」
「ギャ!」
ケーイチの頬から落ちる血とかきまくった汗で銃口が滑り床を叩いた。ゴンと鈍い音で、銃声と勘違いしたのか手下は気絶した。射殺しようとしていたのが、標的が実は寝ていたとの呑気な事情を知ってしまうと呆れて変に殺意が収まった。泡吹いて倒れたままの手下は死ぬのか死なないのか判らないけど放って、いよいよジューコの場所を知ることができた。ラスナの剣を食らってまだ生きているもう一人の手下は彼女にベッドへ投げられて、苦悶している。殺すのも、もう向かってこないから考えず無事な脚をシーツでがんじがらめに縛った。
「自分の服で傷口を押さえてなさい。そのうち自警団が来て助けるでしょ」
「そうだ、自警団が来るな。聞いてたと思うけどジューコの部屋に向かうぞ!」
「うん!」
怪我人の敵は放置して廊下に出る。銃声だの悲鳴だの派手に響いていたから流石に自警団も到着していて、階下から上がってくる連中と鉢合わせしかけた。ケーイチは階段にカービンを構えるとラスナに先に行くよう促す。
「牽制するから先に!殺すなよ!」
「わかった!ケーイチも!」
自警団はやはり味方につける必要があるから手荒なことはできない。ラスナが階段を駆け上がる音を確かめて、剣やら銃やら手に取り向かってくる自警団の足元に乱射した。生まれて初めて対峙する自動火器に、彼らは一度引き下がった。あと何発か階段の下に撃ち込んで、ラスナを追う前に一つ伝える。
「悪党二人、そこの部屋で怪我してる。ふん縛って手当てしてやれ!」
屋根での騒ぎには起きなかったジューコも、階下での乱闘には目を覚まさざるを得なかった。彼は飛び起きると床に落ちている下着を取って履く。連れ込んでいた娼婦は眠そうに目を擦って上体を上げた。全裸のままの涼しさに腕を摩擦する。
「ふわあーあ。なに?」
「何か知らねえけど騒ぎが起きてる、銃声もした!」
「銃声?なんで?」
「俺が知るかよ!おい、そこの机の紙束を棚にしまっておけ」
「なあに、あれ。ひゃあっ!」
ケーイチのカービンを乱射する音は娼婦の耳にも入った。ジューコは上着を羽織ろうとする手を一瞬止めて、扉をじっと見つめた。ラスナの階段を蹴る音も近づいていたが、彼は緊張して動けずにいた。足音は部屋の前に来ると少女の吐息が聞こえて扉が開かれた。立ちはだかる美少女、束ねた赤髪を揺らして、それだけなら胸を覆う下着みたいな胸甲剥ぎたいけれど、手には血糊こびり付く大剣が握られている。反応は娼婦の方が早くて、闖入者の登場で裸をシーツで隠した。
ラスナはジューコの情事の名残を目の当たりにすると指差して叫んだ。
「どいつもこいつもスケベなんだから!ジューコ、大人しく捕まりなさい!」
「お前は酒場の!」
「来る来る、ラスナ、ジューコは、あっ!」
「お前も酒場の!」
「間に合わねえ!」
続いて入るケーイチは、立て直す自警団も到来間近と、ジューコに飛びついて拳銃を抜いた。喉元掴んでタコ殴りに殴って反撃の隙を与えなくする、切羽詰まって目が血走っていた。殴られる間に不良の暴言みたく虚勢張る声が耳に不快を残す。
「てめえ、おい、ざけんじゃねえよ!クソが!ザコがよ、おい!どけよ!」
「ガキみてえにギャーギャー騒ぐなアホ!鬱陶しい声しやがって、死ねクズ!」
「ケーイチ、証拠探さないと!」
「今聞く!どこだ、人売った証拠はどこだ!貴様の悪事は割れてんだよ!」
「知らねえつってんだろ!」
「ジューコさん大丈夫ですか⁉」
「あっ!」
そこまでで、ジューコは証拠を言わずして自警団が到着した。戸棚を漁っていたラスナは一時手を止め剣を構え、ケーイチはジューコの後ろに回ると首を絞める形で拘束し、天井に発砲、銃口をそのまま敵の顎斜め下に当てた。人質を取られては自警団も実力行使は控えなければならず、双方ギリギリ歯ぎしりさせて睨み合った。自警団の指揮者らしき男が前に一歩出たのに呼応して、ジューコの頭を銃身で叩いた。
「は、早く捕まえろ!こいつらが指名手配犯だ!」
「やかましい!動くんじゃねえ、全員ぶち殺したるど!」
「何が目的だ!ここは我々が包囲して逃げられんぞ」
「逃げないわ。私たちはある物をあなたたちに見せたいんだから」
「ある物?とにかく、そこの女性はこちらへ渡してくれないか」
「この野郎の女か。いいだろう」
ジューコ本人がいるから彼の情婦は必要ない。ケーイチが目配せするとラスナがベッドで震える女を立たせて、羽織らせたシーツを押さえ指揮者のところに連れて行こうとした。ジューコは机の紙束がそのままになっていることを思い出す。これが見つかれば万事休すと唾を飲んだが、女は一度机に寄るとそれとなく紙束を取ってくれた。だが厚い紙束を持とうとすると揺れて一枚舞い落ちる。ラスナは自然の親切で素早く落ちかける紙を摘まんだ。
「はいこれ・・・えっ⁉︎」
「どうした!」
「これ!これが証拠よ!」
「なに⁉︎」
「返せ!」
ジューコの手が伸びるがもう遅い、ケーイチに抑えられて殴られる。ラスナは、何が何だか判らないがトチってしまい蒼ざめる女から紙束を取り上げて、それ即ち人身売買の記録。人の名前出自年齢特徴と幾らで売ったか、また魔法使いへの配分もきっちり記されていた。加えて業者を騙すために作った契約書の写しにジューコのサインがあって動かぬ証拠。ラスナが自警団の方に書類を投げつけた。
「ジューコがしていたことは奴隷商人よ!見なさい!」
「これは・・・」
「見てんじゃねえよおい!こいつらが仕組んでんだよ!」
ジューコの必死の否定も、ある程度冷静に見える指揮者はひとまず無視して書類を拾った。彼が目を通すのに合わせてレッタのことを説明し理解を促す。
「このことを教えてくれたのはレターナ・リメア。鳥人族の女の子でカーレ島出身。金髪の子よ。グリーク・サーカスには入団希望だと騙されて売りつけられた。ジューコと結託した魔法使いに呪いをかけられて街から出られなくなってる」
「レターナ・リメア、れ、レ、あった。しかし、君たちが仕組んでいないという証拠は」
「本人に聞いてみろ。俺たちはあの子がサーカスに来てからが初対面だ」
「それから私たちが捕まえた人狩りを釈放させて親しい関係にもある。生きていたら、下の階の怪我人に聞いてみなさい」
「ふむ」
指揮者は今しばらく真剣に書類を読んで、全てを信用してジューコばかりを疑うことはしないけれど、双方の言い分も聞いてみようとは思った。彼は書類を手に提げると落ち着き払った声で伝える。
「わかった。ともかく君たちを含め双方の身柄を預からせてもらいたい。事情を聞こう。まさか、今この書類のこと全部を信じろとは言わないだろう」
「聞いてくれるんならいいんです。ついでに書類に書いてある憐れな子たちも呼んだらいい」
「もちろんだ。おい、ここに書いてある店に行って名前の人間を呼んでくるように。私の詰所にだ」
「はい」
「お前裏切る気か!どうなるか分かってんのか⁉︎」
「お話を聞くだけですよ。本当に何もないなら、ジューコさん、あなたもその通り話していただきたい」
「駒のくせしてイキってんじゃねえよ!」
「駒とは結構な言葉ですね。どうしてそう怯えてるんですか?我々は貴殿の味方なのに」
「そ、それは」
言い淀んでしまう自信のなさは罵倒に比例していた。確実に近づいてくる破滅の足音、急に響いてきたが、逃げる方法ばかり考えてもこの地味っぽい男に取り押さえられては仕方がない。連れて行かれれば大勢の被害者が出てきて富も自由も地位も何もかもを失う。リーネが来てくれればと思ったが、彼女は都合よく現れてくれなかった。
背後のガラス戸が開かれた。もしやリーネの登場かと淡い期待が起きて拘束される頭を無理に向けたが、下から覗く顔は二つだった。無論、色気有る挑発的な声で、突きつけられる拳銃を魔法で弾き飛ばしてくれるわけでもない。歓喜に叫んだのはケーイチとラスナだった。
「ハルト、エミリア!」
「ラスナとケーイチくん!いたよ、いた!」
「ほんとだ!無事でよかった!わっ」
まず窓から入ってきたのはエミリアで、彼女はリーネと同じ服を着ていた。要は魔女の黒衣で、体型は似ているのかピタリ合っていた。ハルトも窓枠に手をかけて嬉しそうに再会を喜んだ。そのままバランスを崩してベッドに落ち、ラスナが起こす。
「ちょっと大丈夫?」
「平気へいき。それより、あの時は逃げ切れたんだ。どうしたのかなって・・・というわけでもなさそうか」
ハルトは自警団を見た。運良く辿り着けたものの、追い詰められた状態であると思ったのだ。ある意味合っているけど少し違う、ラスナはどこか得意げに、またどさくさに紛れて、ハルトの肩を抱いてみた。
「いいの。悪事の証拠は見つけたし、自警団も話を聞いてくれるって」
「またなんか増えた。君たちは何者だ」
「この子の仲間です。ジューコと手を組んでいるリーネという魔法使いに監禁されていました」
「それはお前らさが犯罪者だろうがよ!」
「ジューコさん、犯罪者の拘束は自警団本部か行政府で行うものです。どういうことですか」
「クソクソクソ!どいつもこいつも舐めやがって、どけよ!」
「おへっ!あ、この!」
ケーイチは再会の喜びから少し力が抜けて、銃口も頭を逸れていた。キレたジューコは渾身の力で立ち上がり、ベッドにいるハルトに対して拳を固めた。恐怖よりいよいよ窮地に陥ったことに苛立ち、怒りの矛先は美少女に肩抱かれる少年に向いた。こいつも酒場で反乱起こしたいけすかない奴、とっ捕まえたら娼館に売る前に味見しようと思ってた美少女と仲睦まじく、理不尽に許せなかった。
「イチャついてんじゃねえ!死ねよお前!」
「やあ!」
「がはあ!」
拳は避けられてしかも剣で鞘ごと殴られる。気を失いそうになるのを堪えて、ちょうどそこには窓がある、今度は怒りより逃亡の欲求が膨らんで飛び出した。
「待て逃げるな!」
射線上に仲間がいるから銃を使えなかったケーイチが窓に飛びつくと敵を探した。屋根に落ちたジューコは遁走を図り、建物の隙間から滑り落ちるところだった。発砲しても影になって当たらず、ハルトが上で打撃魔法を撃つが、次見えた時は路地の人々をかき分けてやがて消えた。
「もうちょっとだったのに。でも自警団諸君、これで分かったでしょう。無実なら、味方であるはずの貴殿らから逃げることもない。すぐ非常線を張ってください」
「うむ、君たちの言うことの方が正しいみたいだな。詰所に来て詳しく話を聞かせてください」
「そりゃもう喜んで」
ここ数日緊張しっぱなしだったのがようやく解けて、揃った四人、互いに顔を見合わせると笑った。疲労は垣間見えるが特に異常はなさそうで、安堵に息を吐いた。言葉はそんなに交わさず自警団に付き従って事務所を出ようとすると、ケーイチの前にエミリアが立って、頬に手を添えた。
「傷ができてるから、治してあげる」
「あ、そうか。そうだったな。この手がまた気持ちいいんだ」
じわり温かくなる頬、傷口が塞がっていくのが判る。ようやく会えた魔練術師エミリアの魔力注入してくれる掌に指を重ねて、ケーイチは嬉しくなった。




