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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第三章 羽根ッ子騒動
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第15話 逃げ込む

「ナローッまだ来るか!」

「うわあ!」

「ケーイチ!殺さないように!」

「わかってるって!」


 朝市に紛れて街へ抜けたまではよかった。だが最後の最後の検問で、立番の自警団員、路地裏に追ってきた奴だった。顔を覚えられていて騒動になり、グリーク・サーカスのいる宿へ急いだ。自警団員をむやみやたらに殺すと抑えようのない怒りを引き起こすからケーイチには慣れない格闘、それにエミリアがいない以上弾も無駄にはできず、足首を狙っての発砲。当たらなくて仕方なしに道を撃って牽制した。大分周り道をして宿に着くと、サーカス本日公演のポスターが貼られていた。


「見てこれ!今公演中だって!」

「じゃあ団長は楽屋より劇場にいるな、武器を隠せ、劇場裏に!」


 宿の角から追ってくる自警団が見えた。イチかバチか、劇場裏に走って、いつぞやの守衛がいる。彼は目を丸くして二人を見つけた。


「あ、あんたら!」

「あのね、この子の格好、剣術を見せるの。団長に頼まれて。遅れちゃった」

「そうですか?確認してきます」

「時間がないの、大丈夫だから!」

「じゃあ、では」


 咄嗟に出たケーイチの嘘、ラスナの格好を舞台衣装だと信じてくれたのは幸いで、そのまま通されると舞台裏に駆け込んだ。何人か見覚えのある団員もいて、愛想笑い作って紛れ込んでいると聴こえてくる拍手、舞台袖に上がると間が良く団長が汗拭きながら退場してきた。


「おや、イシヅカさんにグライスさんではないですか。どうしました?」

「自警団に追われてるんです、無実なのに!」

「もうそこまで追手が!」

「わかりました。ではそこの箱に」


 物分かりが早い。団長は、横に置かれていた箱を開いて舞台道具を出した。すっかり空になった箱は人間一人入れそうな具合で、二人が入るのには狭苦しそうだったが、文句は言ってられない、外に出された道具の上に武器と鞄を置いて外したマントで隠し、二人は箱に押し込まれた。自然と腕を回し抱きしめ合う格好になる。さすがに脚を動かして多少なりとも隙間を開けようとしたが、騒々しい足音が舞台袖にも聞こえ始めた。団長は足音の方を一瞥すると蓋をした。


「うわうわ、あ!」


 胴の腹側が密着し、ラスナの胸甲でケーイチが圧迫される。お互い息苦しい最中に、ようやく首だけは伸ばせた。ちょうど顎の下にラスナの顔が、形良い鼻が生えかけた髭に当たって熱い吐息が耳にかかる。ケーイチは耳が弱い。思わず悶えそうになって、少し目線を下げると箱の隙間から光が差し込んでいて見える。なんとまあ可愛らしい顔が押し付けられているんだろうと、緊張がなぜか懐かしく切ない美少女の汗の香りでまぜっ返り、当のラスナも熱気と息苦しさで惚けた目元。美しかった。しかし何かが弾ける音で幼い艶がかった目は大きく見開かれた。


「ちょっと、やだ!」

『来ますよ、静かに』


 ラスナの悲鳴が団長の声にたしなめられる。彼は、どうも箱の上に座っているようだった。ラスナはというと、無理やりケーイチの首元から頭を離すと胸元に腕を突っ込もうとする。だが肝心の指が届かない。ケーイチは小声で耳元に囁く。


「無茶すんな、どうした」

「み、見ないでえ・・・」

「そこはなんも見えんよ。なんで?」

「その・・・胸甲が外れちゃって・・・」

「んなっ⁉」


 驚く声を無理やり押し殺し、なんでそんなことになったのかと問い詰める寸前、自警団員の声が外から聞こえた。ケーイチは反射的にラスナの頭を抱いて自身の胸に抑え込んだ。緊張だけが身体を支配して、ただその中に、ああ、確かに腹の上の方で何かがずれてる、と他人事のように思った。

 あと今更になって、絆を信じてこの劇場に来たはずなのに、身動きできないという心理条件から改めて団長を疑った。ここで手配書の二人を差し出せば、相応の報酬をもらえるに違いないのだ。信用を置いてレッタの身柄を預けようとしていたものの、本当の犯罪者であると信じてしまえば、善良な市民なら犯罪者に嘘ついてでも閉じ込めておこうとするのは不思議ではない。同じことを考えて、息を止め会話に耳をそばだてた。


『手配書の二人を探してる。つい今ここに入ったと目撃情報があった。どこに行ったか見てないか』

『ええ、その二人なら劇場に来ましたよ』

「‼」


 心臓が口から飛び出し遁走しそうになる。このまま箱を開けられたら動きのとれないまま、手が後ろに回るのだ。ハルトとエミリアの救出ももうできないだろう。まさに人生の分かれ道といった感じ、二人は抱き合う腕に力を入れて震えた。しかし杞憂に過ぎなかった。


『この舞台袖から飛び出して観客の中へ。ああ、もうほとんど帰ってしまった。紛れたんなら面倒ですよ、早くお行きなさい』

『そうか。協力に感謝する』


 ドタドタ足音の団体は去っていった。しばらくして団長の大きな溜息が聞こえると蓋が開かれ箱の中と外界が繋がった。ケーイチの腕がニョキと飛び出しバタバタ掴むところを探していて、やっとこさ縁を掴むと身体を起こした。固く結びついて離れないラスナも一緒。


「助かったあ!」

「もう行きましたよ。間一髪でしたね」

「いやもう、なんてお礼を言ったらいいか。よくぞ信じてくださいました。ラスナ、暑いから離れよう」

「ええ。ほんと一時はどうなることかと・・・あ!」

「なに?」


 横に離れたラスナの方を()()()()()()。彼女の外れた胸甲、どんな素材で繋がれていたかは判らないが、下着で言えばフロントホックというもの。多量の汗でへばりつきそこそこある膨らみに乗っていたから最悪の事態は逃れられたが、少し浮いた隙間から、確かに影に身を潜める桃色が見えた気がしたようなしてないような。鉄拳飛ばす衝撃でついに胸甲は外れ、露になる直前辛うじて抑えられた。吹っ飛ばされたケーイチ、たしかにあれは、たしかにあれはと、瞬きの度星が飛び頭の中で確認を試みた。


「ヘンタイ!」

「不可抗力でしょーがあ!」

「ほんとに見えたの⁉︎」

「見てない見てない、多分」

「見たんだあ!わあーん!」

「見てねってば!泣くな!」


 嘘か本当か自分でもわからないけどなだめてなだめて、落ち着かせると団長が楽屋に呼んでくれた。疑ったことを申し訳なく思いながら紅茶を頂き、今度もまた事情を聞かれる。団長夫人も話に混じっていた。ちなみにラスナは壊れた胸甲の代わりに、少々余り気味な夫人の下着とワンピースを借り着している。


「手配書を見た時、もしやと思いました」

「はい。我々は全くの無実なんです。信じてもらえないかもしれないけど、魔法使いを追う過程でまずルシーを撃った人狩りに話を聞こうと思っていて、そしたら、人狩りは自警団統率者のジューコとグルだったんです」

「もうお二人、たしかマキタさんとオルドリンさんという方がいらしたけど、その方たちは?」

「魔法使いに捕まってしまって・・・どうして助けたらいいか、私たちだけでは力不足に思って、それで」

「この、我がサーカス団に来たというわけですか」

「はい、この街でお知り合いになれたのは、あなた方しかおりませんもんで。誤認襲撃なんて大それたことしでかした後で、厚かましい限りなんですが・・・」

「ふむ」


 顔を険しくして団長は、ティーカップを置くと黙った。吹かすパイプの煙ばかり漂って、しばし考え込んでいる様子に、ケーイチとラスナの顎から冷汗垂れた。厚かましい限り、まったくその通りで、自警団をやり過ごしてくれただけでもめっけなものだった。面倒ごとに関わりたくないと突き放されても文句は言えず、そればかりはすがりつかず去る気でいた。しかしこの団長は、全てを見抜いてその中から善ばかり拾い上げてしまえるような、どの世界の全人類も必要とすべき性格を持ち合わせていた。


「それで、私たちはどんなことをすれば良いのですかな」

「協力してくださるんですか!」

「ええ。無実ということも信じます。今だって、全てが終わればレッタを預けようとの考えは変わっていません。オルドリンさんのレッタにかけられた魔法を見抜いた時の真剣な瞳、真実なのでしょう。ともかくあなた方に協力する以外、レッタを親御さんに会わせる方法もなさそうですし」

「重ね重ねありがとうございます!」

「あなた、ジューコっていえば」

「私のところへ、護衛料を求めて来た人だね。少し怪しいと思った。行政府からは何も言ってこないから断ったけど」


 どうやらあまりよろしくない印象の対面があったらしい。団の警護をするからその護衛料を取る、まるでヤクザみたいな手法で、やはり彼は善人だから断っていた。だからケーイチたちの味方をする気にもなったのだろう。

 事務所の地図を出して、どんな協力をしてほしいか提案した。つまり、再び事務所の近くまで行けるようにすること。一度かかった罠ならもうないだろうけど、魔術の罠でなくとも自警団の目があるだろう。


「ハルトとエミリアが捕まっていて魔法使いが同じ場所にいるかは判りませんが、とにかくジューコはここにいるそうです。今も留まっているかはともかく、まずはここに潜入したいと思います」

「一昨日ここの目の前まで行って、ハルトたちは捕まった。それに自警団に顔も見られてしまって。だから団長さんには、私たちをここまで隠して運んでもらいたいんです」

「なるほど、繁華街の裏ですね」

「この繁華街の通りは広いわ。明日は劇場での公演がないし、パレードみたいな形にしてここで興行したらどうかしら」

「なるほど、団員の中に紛れ込ませるわけだ。道の使用を周辺の店に連絡するのと、明後日を代休にするから明日は公演することをみんなに伝えてくれないかな」

「わかったわ」

「頼む。目の前で捕まったというのなら、この細い道ですか」

「はい、魔法使いの罠が張られていました」

「それでは細道を行くのは危険ですね。しかしここから以外入れる場所もなければ、この位置まで芸をするのは難しい」


 一同考え込む。道は走って抜ければ大した時間はかからないが、警戒厳重な自警団相手に使う弾と体力は道中でなく潜入後に取っておきたい。要はモロに事務所へ一足飛びの瞬間移動できればよいのだが、こちとら魔法使いではない。ただケーイチは、昨夜ラスナに話した自身の言葉を思い出した。


「あのー、レッタに運んでもらうことはできませんか。空から」

「レッタを?」

「そう。彼女は荷役の修行のために旅してたから、僕たち二人を飛んで運ぶこともできる気がするんです。ショーの一環として我々を運び、屋根の上にでも降ろしてもらう、とか」

「とんでもない!あの子は確かに荷物配達の仕事に就く訓練をしていましたが、それを芸の一つとして飛び回れるようなことは教育してませんし。第一、人狩りの側に連れて行くなんて」

「いや、そうですよね。すみません」

『わたしやります』

「へ?」


 ダメもとの申し出が当然のように断られてレッタ個人の手を借りるという方法は霧消しかけたが、部屋の外からの声で留められる。夫人が扉に手をかけるようとするとその前に開いた。視線が集まる小さな少女、舞台衣装からの着替えを終えたレッタが立っていた。うんと唇を結んで、数日前の弱々しく楽屋へ帰った背中からは思いもつかない佇まいだった。彼女は団長の前まで来ると手を握り固く力を入れてじっと見据える。


「話は聞いてました。この人たちを持ち上げることくらいできるはずです。もっと重い荷物だって、わたしは運んでいたんです」

「しかし、人狩りの親玉がいるかもしれないところだ。もしバレた時、レッタにも危害が及ぶとも限らないんだよ」

「でも、ケーイチさんが言った通り、上から降ろすことが一番いい方法だと思うんです。それができるのはわたししかいません!」

「レッタ、俺が変なこと言って悪かった。団長さんの言うこと聞いておとなしく待ってなさいよ」

「ケーイチさんは黙っててください!」

「俺には当たり強いんだから」

「怪しい顔してるからじゃない」

「うるせ」

「それだけじゃないんだレッタ。君はどうやら、ここにずっといられる方がいいって、迷っていたみたいだから。静かにそっとしておいてあげたいんだ。何も心配しなくていいんだよ」


 団長は努めて優しく諭した。自警団と対立しかねないことをするのは大人だけでいいと、また、そうした迷いがあるまま危ない仕事をさせるのはますます危険であると考えている。だがレッタは、自分なりに迷いにケリをつけていた。


「何も解決できなれば、わたしは大好きなこのサーカスにいられると、そうも思いました。でも、閉じ込められて、どこにも行けないからってここにいるのは嫌です。ちゃんと自由にどこへでも行けて好きなことができて、それからわたしはここに帰ってきたいんです。もちろん、団長さんの言う通り一度は家に帰ってから。だから、魔法が早く解けることならなんでもします。お願いします!」


 説得力のある力強い言葉に言いまくられて、これ以上反対することはできない。戸惑いながら頷いて、レッタの表情笑いはしないが、心なしか顔色が良くなった気がした。


「じゃ、乗せてもらうか」

「よろしくね」

「はい!」


 今度は素直に、ケーイチにも元気に握手を返した。

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