第13話 泣き別れ
雨はまだ止まない。街は自警団が血眼になってハルトたちを探していた。罪状書かれた手配書がちらほら貼ってあったが、盗人強盗、または人狩りと、末端自警団毎に統一を欠いており、ジューコは捜索命令に詳細な罪状を記すことを忘れていたと見える。おまけに人数人相の特徴も、男一人女三人またはその逆、赤髪眼鏡に短銃持った男が女を掠めて逃げたなぞとあったのには、さすがに脱力する。だが却って潜伏しやすく、二人一組になったり三人と一人に分かれたり、用意したポンチョとフードを被っていればよほど目をごまかせた。時折ラスナとエミリアが僅かにはみ出している髪色咎められても、いい加減な人相書きを以て指摘すれば追及してこない。
「おいお前、止まれ」
この時は先行するラスナ、離れて他三人が続いていた。自警団員に声をかけられたラスナは止まり、またか、と溜息を吐く。脇道に逸れて見守る一行、エミリアがそっとフードを目深に被り直した。ハルトとケーイチは一応警戒して彼女の前に立つ。
「今、我々自警団の統率者ジューコさんを襲った賊を捜索している最中だ。犯人の一味は赤い髪を後ろに結んだ若い女。お前、髪が赤い女だな。被っている物を取れ」
「雨が降ってるわ」
「こいつ、隠す気か。怪しいぞ」
「そんなに見たいなら見れば」
ラスナは、ついさっきも検められて濡れたままの頭を突き出した。彼女の赤い髪はいつも通り、しかしポニーテールではなくツインテールに、後頭部の下側で結んでいた。見ているケーイチが視線は外さず小声で言った。
「二つ結びも似合うな」
「うん。でも大丈夫かな」
「大丈夫さ。もう何度か呼び止められて慣れてるよ」
自警団員たちは顔を見合わせて手配書と照らし合わせた。一人が髪を結び変えたと主張するが、逆にラスナに呆れられる。
「いや、髪なんざ結び直せる。念のため詰所に・・・」
「あのね、私生まれてこの方この髪形なの。後ろに結ぶなんて、馬の尻尾みたいで嫌いだわ。それに探している賊は、眼鏡をかけた背の高い女、赤い髪は短い。さっきそう言われた」
「またか!どうも情報がいい加減だ。ジューコさんは一つの特徴に訂正しないのかな」
「もう行っていい?急いでるんだけど」
「ああ、行け」
「ふん」
気に入ってるポニーテール、ツインテールも嫌いではないけれど、無理に否定しなければならなくて苛立ち、思い切り足が突っ込んだ水溜りが跳ねる。手配書に首を傾げてる内に急いで三人も通り抜けた。今度は先行をハルトと交代する。
「次は僕が」
「ねえ、まだ着かないの」
「遠回りしてるから。でももうすぐだよ」
「歩き回って疲れちゃった。それに、罠のことは?」
「探っていこう。事務所に近づいたら何か兆候があるかもしれない」
「手探りね」
くたびれた息を吐いた。結局のところ上手くジューコに近づく方法はないのでとにかく行ってみることにし、罠に関しては、事前に気づければこれを排除、捕縛されかけてもハルトの打撃魔法がある。戦闘になっても若い男女は後々売りたいだろうから、下手に殺しにかかってくることもしないだろう。ジューコのことは事務所には何かしらの情報が残っているだろうし、自警団もいるだろうからとっ捕まえて吐かせるつもり。
チト地区はとっくに抜けていて、繁華街から横に伸びる路地裏の突き当たり、そこに事務所はあった。路地裏に踏み入れると陰でそれぞれ袋に入れていた武器を出しポンチョの下に隠す。人の気配はしなかったが、罠があるはずだった。ケーイチは煙草に火を点け煙を吐き、ニコチン欲しさに喫うのではない、煙を撒けば罠線の影が見えやすくなるはずだった。それに雨に冷えた気温なら目につく煙は多くなる。抜き足差し足、地面や壁にも仕掛けがあるかもしれないから慎重に、四方睨みを効かせて進んだ。だが罠線もなければ地面や壁にも特に異常は見られない。
「導かれてるわね」
「その通り。ここに至って監視がない、いや、どこかで見張ってるのかもしれないけど。だから建物にいよいよ踏み入れる時、何かがある」
「捕まっちゃわないかな」
「なあに、ハルトの魔法がある。大抵のことならなんとかなるし、よっぽどの素材で檻でも作らなけりゃ・・・あ」
「どうしたの?」
ケーイチは突然立ち止まって屈んだ。靴紐が解けていたのだった。道はギリギリ二人が並んで歩けるだけの幅、前列にハルトとケーイチが、後列にラスナとエミリアがいたから、後ろのラスナも止まらざるを得なかった。
「先に行け、靴紐が解けた」
三人は頷いて、エミリアの後にラスナは続いた。すると今度はラスナのポンチョがカービンの銃口に引っかかり、エミリアとの間が空いてしまう。銃口は雨除けに布で塞いであったが照星は剥き出しで、繊維が絡んだのかなかなか解けない。ケーイチは靴紐を結び直したが、真横にポンチョから覗く寒そうな生脚が目に入って頭上を見上げた。
「あれ、なにやってんの」
「あんたの銃が引っかかったの!ああ、行っちゃうじゃない」
先行する二人は気づいたが先を急いで、エミリアが「先行ってるよ」と片手を上げた。二人がかりで解こうとするが繊維は雨に濡れて引き締まりなかなか外れなかった。焦ったくなって銃剣抜くと切り離し、やっと追いつこうと駆け足した。ハルトとエミリアは建物の前、出入口に通じる階段まで来ると止まろうとした。
ジリジリと小さく紙が焼ける音、エミリアの耳にだけ入った。壁の両側から聞こえてきて、彼女はハッとして横を見る。真新しいポスターが貼られていた。糊が乾かぬ内に貼られたのか剥がれて、落ちるとその下に札が貼ってあった。札は呪文が書かれていて、点火された導火線のように文字を伝って青い火が燻る。エミリアは叫んだ。
「だめ!来ないで!」
「なに⁉︎」
「来ちゃだめ!」
ラスナが突き飛ばされると掌が光った。レッタの時見たような光、ただ身体と接触する部分だけでなく、エミリアとハルトを囲って箱状になった。これが罠であった。
「やられた!クソ二度目だ、なんで魔法使いのことを考えなかったんだろう!」
青い光で作られた箱は徐々に緑色に変わり、ケーイチが発砲しラスナが斬りつけるも効果なく、内側からもハルトが打撃魔法を繰り出したが穴一つ空かなかった。
「だめ切れない!」
「どうしようってんだこの!」
「!!!!!!!」
「聞こえないんだ!」
目の前の謎めいた壁越しに互いに声を張り上げるが何も聞こえなかった。防音にもなっている。エミリアは涙目になりながら何かしら叫んでいた。ハルトも無駄だと判りながら汗かいて打撃魔法を続けている。そのうち箱は浮かび上がった。ケーイチは箱に飛び付こうとしたがほとんど摩擦のない壁で、程なくして尻から落ちる。どんどん上がっていって5デールも昇ると空中で停止した。
なす術なく見上げていると箱の横から現れる影が、箒に乗った美女、スタイル抜群に黒染魔女衣の盛りと引き締まり、繁華街の光で浮かび上がり、トンガリ帽子の庇をくいと持ち上げる。なんとまあステレオタイプな魔女なんだと、ケーイチは怒りに狂って罵倒する。ラスナも同じく叫んだ。
「ゴラァ豚野郎!無個性な魔法野郎!降りてきて勝負しろ!」
「二人を降ろしなさいよ卑怯者!」
「やあだよーだ。そんな口の悪い人には降ろしてあげなーい」
雨音弱まったとはいえ空の上、なのによく聞こえる小悪魔的な声は、なるほど色っぽいかもしれないと一瞬思って頭を振り、ケーイチはカービンを構える。リーネは照準付けられないように飛び回って、果敢にも接近までしてきた。挑戦的な煽り文句も近づいてくる。
「いいの〜?私を撃ったらあ、あの二人の魔法が解けて落ちちゃうかもよ〜」
「そ、そうよ、ケーイチ、撃たないで!」
「でもさあ!あだぁっ!」
「はい、おしおき」
撃つのを躊躇っていると前方から突撃され、額に箒の柄が直撃する。よく尻もちつく今日この日、痛む腰をラスナに抱えてもらい立つと、リーネは元の位置に戻っていた。
「大丈夫⁉︎」
「すまん、いてえよ。オイコラ女!二人を菓子折みたいに詰めあがって、どうする気だ!」
「どうするって、興味があるから捕まえたの。これで魔術を持ってる二人は私のもの。何もないあなたたちには興味ないわ」
「なんですって⁉︎」
口答えする前に、どこからともなく自警団員らしき声も聞こえ始めた。彼らは、箱が出現した時ケーイチが撃った銃声の元を探していた。
「リーネさん、銃声聴こえたけど何があったかわかります⁉︎」
「賊を見つけたわ。事務所のすぐ目の前、二人追い込まれてる」
「わかりました!」
絶体絶命、物騒な足音はだんだんと近くなってくる。ラスナは今にも血管が膨れて破れそうなケーイチの腕を引いて、対抗手段を失った今、もはや退くしかなかった。しかし腰に激痛が走り彼はよろけた。
「腰がダメだ、行け!」
「そんなことできない!」
「ここで俺が引きつけるから、行けって!」
「あんたくらい担げるわよ!」
「おおぅ⁉︎」
「ごめんね、ハルトとエミリア!」
ケーイチの身体とザック銃器その他装備、まとめてかなり重いはずなのに、ラスナはパッと担ぎ上げて、細身な身体に秘められた力が発揮される。一度空中仲間を見て顔を前に向けると早馬の如く駆け出す。路地裏に曲がろうとした自警団員を蹴散らして彼らが来た方とは逆に逃げた。
「あの野郎!逃がすな!」
「ちょっとラスナ、拳銃撃つぞ!」
「はい!」
揺れるラスナの上でやっとこさ拳銃を抜くと、照準も付けずに、周りの民間人にだけ気をつけて発砲した。10発撃って何発も当たらず、威嚇にだけはなって追手の足並みは乱れた。そのままだらんと少女の背に垂れて、捕まった二人はどうなるのかと目だけ空に向けたが、もういなかった。
なだれ込む自警団の横を抜いて繁華街に出たらしく、ケーイチとラスナの姿は見えなくなった。逃げ切れたのか捕縛されたのか、リーネにとってはどうでもよく、それより早く二人を持ち帰ろうと、飛んだまま箱を誘った。
「僕たちをどうする気だ!答えろ!」
「お願いだから降ろして!」
「ちょっとそこの少年少女、うるさいわよ」
空の上でも叫んでいたハルトとケーイチの声は、魔法をかけた本人であるリーネには聞こえていた。無視していたから同じことばかり繰り返し、いいかげんうんざりして、箱のハルトに向けた指をヒョイと振った。突如彼の方は塞がりモゴモゴと、鼻から空気ばかりが漏れた。
「!!!!!」
「ハルトくん⁉︎」
「あなたとはもうちょっとおしゃべりしたいから口は塞がないでおいてあげるわ。でもあんまり騒ぐようなら、そこのカレ、もっと酷い目に遭わせちゃうかも」
「やめて!ハルトくんに乱暴しないで!」
「いいセリフよねえそれって。あなたは魔練術師だから普段は攻撃せずその子に守ってもらってたんでしょ。その彼がこんな風になっちゃって、いつもは守られてるあなたがなんとかして助けてあげなきゃと私に哀願する。シビレちゃう!」
「ふざけないで!ハルトくんの魔法を解いて、早く私たちを降ろして!」
「それ言っても聞かないことくらい、解ってるでしょ。でも答えてあげる、やぁよ」
いやらしく答えると投げキッスまでしてきてますます憎たらしい。悔しくて悔しくて涙が止まらず、口の塞がれたハルトの魔法を解けないかと、治療魔法を試みるも無駄だった。というより、全ての魔術がこの箱の中では無効化されている。便利な箱だった。自由を奪われている、おそらく想い人であろう少年を前にして何もできない、泣きながら、せめてもの強がり、ハルトの頭を胸に抱いてリーネを睨んだ。
「・・・許せない、あなたを絶対に許さない!」
「強がりも素敵ね。あなたみたいな子が。その目、その目よ。ゾクゾクするわ。でもね、あなたは私に全て奪われるの。それも憎くて仕方ない私から、快楽を与えられて悶えながら。羞恥と絶望の狭間の中で、全てを私に沈めていくの」
何を言っているか理解する。自分の魔練術師としての力を奪う気でいるのだ。それも正直言っておぞましい方法で。恐怖から涙も止まってしまう。もうハルトたちの役に立たなくなってしまう。彼を抱く腕の力も少しずつ抜けて俯いた。しかし抱かれていたハルトが代わりに抱いてくれて、優しい瞳を向けると今度はリーネに同じく憎悪から睨んだ。
「楽しませてよね、あなたたち」
リーネは更に自らの狂気に目を細め、紅い舌で唇を舐めた。




