第12話 惨めの中に酔狂と
折悪しく降り始めた雨は急ごしらえの屋根では防げても布を垂らしただけの壁では風が入り込み、四人の身体を冷やした。焚き火も消えがちで、最も渇いた材料が無ければ仕方なく、何度も使った着火袋で移火を摩擦するのは、点きが悪くなり始めていた。
どんよりと膝を抱えるハルトたち。逃げ込んだのは例のチトー区であるらしかった。栄える街の影、初め人狩りを探していた時には目に入らなかったのに、追われ人となって放浪していたらすぐに着いた。どんなオンボロの廃墟にも先住者がいて、彼らに他人を家に招き入れる余裕はない、他の浮浪者がしているように丈夫そうな壁に面して廃材を用いた屋根と囲いを作った。
本拠地を襲撃する元気も疲労の最中に無くして、震えていた。食べる物もない。いつ何があっても行動できるように戦闘時の仕事着、ラスナとエミリアは裸に近いか薄着で、ハルトとケーイチは同時に同じことを思い上着を脱いだ。
「女の子が身体を冷やすといけない、着なさい」
「着て、エミリア」
「ありがとうハルトくん」
「私はいい。マントがあるから」
「そんな薄っぺらな物で。俺のジャケット春用だから、あったかいって」
「・・・ありがとう」
ラスナが礼を言ってジャケットを羽織る。ケーイチは、高校の時着てた中間服のようなシャツの上から腕を擦り、場所を取るザックからやたらベタつく革水筒を出した。中身は宿にあった酒、慌ててじょうご無しに詰めたものだから上手く入らなかった分が外側にまとわりついている。壁の隙間から手を出して雨水で湿らすと水筒を拭いた。栓を開けて口につけ、喉に熱く流れる蒸留酒、腹に届くと痛く逆流してくるが身体が温かくなった気がした。
「効くなあウィスキーだったか。飲みなよ」
「こんな時に酒だなんて。僕飲んだことないし」
「温まる、いいから皆んな飲め。そっと、舌を湿らす程度に飲むんだ。強いぞ」
「わかったよ」
ハルトに酒を渡して傾ける。順番にエミリア、ラスナと、間接キスだのなんだの思う余裕もなく、ハルトとラスナはむせたがエミリアは熱い息吐いただけでケロッとしていた。
「げほっ・・・酒ってこんなものなのか?」
「強すぎるわ」
「酔い方覚えてから酒は上手く感じるもの。エミリアはその様子だと慣れっこ?」
「もう一回」
「え?」
「もう一回!」
三人はエミリアの初めてを再度目撃する。前はレッタにかけられた魔法を見抜いた時の翳り。今度彼女は怒ったように、ヤケッパチな態度を見せてケーイチに腕を出した。酒を求めている。
「あ、はい」
「ありがと。んっんっ・・・はぁっ!」
「びっくりした!」
「だ、大丈夫かよ、それ強いんだから」
「どうしちゃったのエミリア!」
「・・・ほんとうに、ほんっとうにもう、魔法使いときたら!」
荒っぽい語気、一同目を丸くして怯えながら次の言葉を待つ。ケーイチはエミリアの酒癖がようやく判ったような気がした。この前ドントールを退治した時二人だけでこっそり乾杯して、その時は何も起こらなかったのに。
「魔法使い、あのね、あのね、魔練術師の里と魔法使いの里が時折対立してるから言うんじゃないんだよ。私の里では恨みはなかったし。でも、最低!どんな人か知らないけど、とにかく最低!魔術を、力を、こんなことに使って、あんなちっちゃな罪のない子をここに閉じ込めるなんて!許せない!私たちは力を人々のために使えって、そう教えられた。でもここの魔法使い、サイテー!」
「そ、そうだね、最低だ」
「え、ええ。許しておけないわね」
「でもあんた落ち着きなさいよ」
「なあにい、落ち着くなんてむり!会ったら、必ず魔力剥奪してやるんだから」
「そんなことできるの?」
「魔練術師も魔法使いも、共通で、力を奪うことができる。魔練術師にとっては唯一の力を使った攻撃、無力化!ねえみんな、がんばろうね。きっと倒そうね!」
「は、はい!」
「じゃあ乾杯、かんぱいしよ!」
不穏なことを口走ると、エミリアは突然地面にグラスを出現させる。グラスというより大ジョッキで、こんなのに入れて飲ませられたらたまらないと、ケーイチは後ろ手に水筒の中身を捨てた。しかし全てを捨て切る前に取り上げられて、彼女は耳元で容器を振った。
「もうこんだけしかないの。じゃ、これだけ」
酔っているのにそこはしっかり、均等にジョッキに分けた。ショットグラス半分程度のウィスキーが注がれて、底に溜まらずに広がった。エミリアは大袈裟にジョッキを掲げると、酒乱の叫び、どこか楽しそうに音頭をとった。
「かんぱい!」
「か、かんぱーい」
一人だけ一瞬にして飲み干す。時期を失ったハルトとラスナは固まったままで、幸せそうなエミリアはケーイチ以外飲んでいないことにも気づかずそのまま横になってしまった。ラスナの腿に頭を乗せ、しばらくすると寝息を立て始める。ほっと溜息吐くと残っていた酒を外に捨てた。
「ケーイチ・・・余計なことしたわね」
「でもさ、あのさ、実はエミリアと酒飲んだことあるけどこんなにならなかったよ。弱くない酒だったけど落ち着いてた」
「酒って怖いな」
「テンションによるのかな」
「敵の一人が魔法使いだから、思うこともたくさんあったんだろうね。それは悩みになって」
「酒飲むと決まった行動をとる奴はいる、予測ができないのは珍しい。どんな時に飲むのか、気をつけないとな」
互いに頷き合う。ラスナは腹が一度焼けるとポカポカしてきたのかとろんと目を瞬かせ、小さくあくびをした。
「エミリアのことはともかくちょっと温まれた。私も寝ようかな」
「そうしろそうしろ。寝てりゃ腹も減らない」
「何かあったら起こすから」
「お願いね。ふわあ」
エミリアの頭を腿から退けることはせず、座ったまま身体に折り重なるように身をもたげた。彼女もまた寝息を立て始める。二人が寝たのを見届けると、ハルトは火を見つめて何やら考え込んでいる様子だった。時折件の地図を灯りにかざす。ケーイチは銃を取り出して整備を始めた。
「魔法使い相手にどれほど銃が役立つかな」
「え?」
「もしハルトやエミリアと対峙したら、銃では対抗できそうにない。先に弾き飛ばされるか盾を出されるか。ましてや魔法使い、どんな手を使ってくるか見当もつかない」
「それは僕も同じ。魔法使いがどんな技を使ってくるか、まだ戦ったことがないから知らないんだ」
「ハルトはきっと大丈夫さ。魔法が使える。魔法対魔法ならやりようがある」
「でも、どんな罠があるか」
「罠、ね。もし地図通りに行ったら罠があるだろう。でもそこに飛び込むしかないんだろう」
「うん。もうあまり出歩けないし」
「じゃあ飛び込むしかないさ。そこに行くまでは簡単だ、敵が罠張ってるんなら、その場所までは導かれるようにして行けるさ」
「罠にかかるよ」
「罠があるって判ってんなら、これもまた、やりようがある。俺は大した何もできそうにない、囮にでも何にでもなる」
「そんなことしなくていいよ。きっと銃に助けられることもあるから」
「ま、ともかく行ってみよう」
組み上げられるカービンのボルトを滑らせ、引鉄を握り撃針を前進させた。カキンと空撃ちが雨音を制して響き、ハルトは顔を上げた。険しい表情でリアサイトを睨んでいたケーイチはふっと息を吹きかけて埃を飛ばし、ニヤリどことなく寂しく笑う。
「頼りにしてんだから。ハルト」
ハルトがためらいがちに頷く。銃の心配をしているのかと思えば、おかしな激励だった。それに歳上なのになんとも頼りない。しかし少しだけ楽になるのは、歳が歳なりにどこか斜めに構えていていいかげんでもそれっぽいことを言う姿が、まあどうとでもなるかと、奇妙な落ち着きを与えてくれるのだった。
ケーイチはカービンの機関部と銃口に布を巻きつけると火から遠ざけて立てかけ、煙草を一服、あくびと共に煙を吐いた。
「酔いも覚めたし酒もないし。くっついて寝よう。女の子たちはどうだい、重なっててあったかそうだし」
「え⁉」
「変な気起こすってんじゃないんだから。寒くねえか?」
「まあ、寒いね」
「こっちゃおいで」
おいで、という言葉、恋人をベッドの上で呼ぶような口の形で、確かにケーイチは「おいで」から始まって恋人と身体を重ねていたけれど、純粋に少年と暖をとりたいから、またちょっぴり年上ぶって温めてやろうと思い立った気に応じたのか、ハルトは素直に大人の肩にぴったりついた。先に瞼が重くなってきて、ケーイチのもう一本くわえていた煙草が短くなって弱まる焚火に投げ込まれるのが擦れて見えた。
「ケーイチ『さん』、おやすみ」
「なんだい『さん』だなんて。おやすみ」
いきなり敬称付きでケーイチの名を呼んだもんだから吹き出した。なんとなくそう呼んでみたくなったのは、不思議な包容力に甘えたくなったからなのか。ケーイチはハルトが寝つくまで見守り、寝返り打った彼が肩を枕にしてきて、頭の重さに心解けると眠りについた。




