第4話 火門
紙が燃えるような音の直後、爆炎を見た。蛍火ではなく、もっと人工的な物であった。集落からは無数の重い衝撃音、家屋が破壊されて、悲鳴が続く。襲撃は一年ぶりだった。
「二人とも来い!」
標的にならぬよう煙草の火を消し異変に震える。襲撃は初めてではないからか、姉弟は素早く、しかし涙目に鼻垂らして恵一の後を追った。家へ着くと、コルバがズボンの腰紐縛りながら、ネイトが乱れた髪を整えながら、屋外へ飛び出してきた。ネイトの胸元に赤い行為の跡が顕著だが、からかう余裕はない。コルバは武器代わりの蛮刀の鞘を払い叫んだ。
「何が起きたか、ケーイチ判るか⁉︎」
「匪賊だ!」
「当たり前だ!使ってる武器だ、爆発音の直後に屋根が燃えた!」
「俺も炎を見たんだ、一度凄く大きな火が出て、それで」
「君は先進的な銃を持ってきた、何か、その類か?」
「大砲か、いや、それなら大掛かりで、見張り番か誰か気づくはず・・・」
考え呟きながら地下の倉庫に家族で走った。そこにはカービン銃他恵一の武器が保管してあり、油紙を剥ぐと大鎌と同じ油臭さ、空弾倉にコルバたちが弾を込めてくれて、滑らかに初弾を装填する。
「それなら、そんなに大げさじゃない物、モノ、モノ、あんなに火を吹くやつ」
続けて拳銃も、時間はなかったから5発装填のリボルバーだけ持って、外に出ると鋭い音が空を裂いた。驚いて見上げると、空を流れ星のように火が飛んで隣家の壁に激突した。弾けた火は壁を焦がしただけでそれっきりだったが、住民はパニックに陥った。
不意に、高校の時の日本史教師が頭に浮かんだ。彼は元寇の解説、特に「てつはう」について言及した時、火薬兵器の成り立ちについてさわりを語る。眠たい恵一は、銃以前の兵器を一つだけ覚えていた。
「火箭ね、ロケット兵器が古代からあったんだ」
「火箭だ!」
「なに⁉︎」
「ロケット、なんていうかな、火薬燃やした火で飛んでくるんだ。そんなに威力の大きいものじゃない、みんなをまとめて避難を!」
「わかった!ケーイチも各家を回ってそれを話してくれ。とりあえず皆を裏の丘に!」
恵一はカービン肩に怯える人々をなだめ、丘への避難を求めたが、彼らの動揺甚しく、見当違いの方へ走る者や燃えかける家の中で祈りを始めたりとお話にならない。それでもまだ匪賊の突入がないのは、火箭の攻撃が威嚇であることを示していた。混乱状態になったところを狙う方が容易く、時を待っているようだった。
ならば、と、恵一はコルバの許へ戻り、頭に浮かぶ出来合いの計画を口早に話した。
「兄さん、俺いくよ、彼奴ら今威嚇して、こっちが慌てふためくのを待ってる。攻撃が始まらない内に、リーダーだけでも討ち取ってくる。そうなりゃ、なんとか引くだろう。今集められた分だけでも連れて逃げてくれ」
「一人じゃ危ない、僕も行こう」
「なんとか落ち着いてられるのは俺と兄さんだけ、カービン使えるのは俺だけだよ。皆は兄さんが頼りだ、行ってくれ!」
引き留めようとするコルバを振り払い、恵一は火箭が飛んでくる方に向かって走った。声が聞こえて優しいそれはネイトだったと思う。
「ケーイチ!無事でいて!」
恵一はニヤリ笑って心の中嘯く。
彼には死後世界の確信と経験があった。死ぬのもあんなに簡単、死んだ後だって簡単、無事かどうかは知らないけれど、その確信は大胆にさせる。この家族たちを守って死ぬのなら本望、あとはあっちで待つだけだと、あっちに皆で会ってから謝ればよろしい。本チャンの勇者とやらに会うことはなかったけど、どうでもいい。
しかし、恵一の頭からは一つ抜けていた。怪我を負ってからジワジワと死んでいくことと、簡単に死後世界に行けたのは、神様の手によるイレギュラーだったこと。彼の死の経験はあまりにも簡単すぎた。
村付近の草叢から迂回して、なんとか気づかれずに敵陣に辿り着く。火箭そのものはこの世界でも古式のはずだが、彼らは初めて扱うのだろうか、はしゃいでいるのが手に取るように判る。恵一はカービンの安全を解除し、一番偉そうな大男、腰の蛮刀に装飾が施されているのを確かめ、彼を狙って引鉄を絞った。
「ぐえ」
村の騒乱に比してここは静寂、破裂するような銃声で男は倒れた。首元に当たったはずで重傷を負わせたつもりが、馬から落ちただけで立ち上がった。
「いたぞ!あいつだ!」
松明が投げつけられ恵一の姿が火に浮かぶ。匪賊は思ったより数が多く、矢が飛び、白刃は火で茜色、火箭を扱う敵を撃っていたら矢を足下を擦り、目の前に敵がいた。
「この!」
弾がなくなり新しい弾倉を突っ込むと、敵を銃床で殴りつけそのままコッキングレバーを引いた。火箭に点火しようとした奴を射殺、倒れて派手な花火が上がる。だが身を晒しすぎた、数本の矢に狙われて、腿と胴を貫いた。
「痛ぇ!」
もんどり打って後ろに倒れると斜面を転がり、横腹に突き刺さったままの矢が内臓を抉る。口から自然と何かを吐き出し、手を当てると血がべっとり染まった。やられた!生まれて初めて味わう激痛に声も出なかった。
なんだなんだ、痛い、簡単に死ねたんじゃないのか、あの時みたいに。カッコつけて出てきたのにこんなザマで、ああ、馬が走っていく。村を犯そうと。それにしても痛い、なんでこんなに痛い。死ぬ、死ぬ、死ぬ、嫌だ、死にたくない、お母さん!
怯えたパニックに母親に助けを求め、それは元の世界の母親だった。しかし身体はもう動かず、急な寒気が内より起きて、斜面の上から敵が降りてくるのを、テレビの砂嵐の如く乱れた視界に映った。彼は平素より、友人たちとは、死ぬ時は煙草を喫いたいと、笑って語り合っていたものだが、もうなにもできず、ニコチンの香りも思い出せず、ただひたすらに目前に迫る死に恐怖し、だんだんと暗くなってきて、二つ目の短い生涯を終えんとした。
光が、これもまた流星によく似た光が、一瞬視界の端に現れた。それを最後に何も見えなくなると、頭の後ろが柔く温かく、女性的な、いや、それは母の膝だと、奇妙な安心を微かに与えて、気を失った。




