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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第三章 羽根ッ子騒動
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第9話 手がかり

 観光客気分で歩いた街、しかしそれでは地下を彷徨うおぞましい存在には気づけ得ない。なら行政府に引き渡した人狩りに情報の糸口を求めた。目立たない悪事を探すのに当てずっぽうに歩き回るのも損で、あの人狩りがこの街で商売をしていた経験があるのかないのか判らないけれど、ぐっと解決は近くなるはずだった。


「だけどあいつ男だったよな」


 行政府の入口、ケーイチがくわえた煙草の煙を吐いた。頭にはレッタが見たという魔法使いの情報が錯綜している。その情報そのままをラスナが口にした。


「契約魔法は書面、文字を書くと字から光が出た。背はハルトかケーイチと同じくらいの女性、暗がりでよく顔は見えなかったけど肩に落とした茶髪、目は鳶色。庇の広い尖った帽子、緑の宝石が付いた指輪。そして色っぽい声」

「なんやん色っぽい声って。話す言葉やトーンにもよるぞ」

「ケーイチは得意じゃないの、そういうの」

「アホ抜かせ。しかし色っぽいっていうのは、こーいう・・・ネーエ、オニーサン、アナタッテスゴイノネ」

「わー!変な真似しないで!」

「二人とも静かに」

「そうだよ、もう建物の中」

「ごめんなさい」


 注意されるとしょぼくれて、二人は声を合わせた。

 件の人狩りが魔法使い本人ではない。それは魔法なんぞで抵抗せずいとも簡単に捕縛されたことと単純に男であることから判っていた。もしかしたら、魔法使いは仲介業者の如く利益を得ているのかもしれない。

 だがアテが外れた。人狩りは釈放されたという。


「なんで⁉︎」

「あなたたちの言った少年を追っていたのはたしか。だけど殺すつもりはなく相棒が勝手に手を下したとのこと。それに初犯だから」

「そんなはずあるか。もしそうだとしても人狩りのクズ、殺してなくても牢にブチ込むとかそれくらいの判決は出るでしょう」

「彼の判決は罰金です。二度と人狩りをしないとの誓文書もあるし、そもそも無理にやらせられた仕事でした。罰金は保証人も現れてその方がお支払いくださいました。よって放免です」

「保証人って誰?」

「申し上げられません。しかしお詫びとして行政府に寄付までくださいました。それより、あなたたちは我々に感謝してほしいですな」

「は?」

「証言の食い違いです。あなたたちはさも大悪党の如く話しましたが、我々は被告の証言を真実と判断しました。探す手間が省けた、今ならその勘違い、罰金だけで済みます」

「そんなことって!私たち法廷にも呼ばれてないのに」

「払わないのなら、偽証罪として本格的に起訴しますよ。いいんですか?」


 めちゃくちゃな論法、だが行政府を敵に回すのは得策ではなく、悲しいかな、金入の口を開くしかなかった。しかし、保証人とやらから賄賂を受け取っているのには違いなかった。怒り心頭、踵を踏み鳴らして行政府を後にする。


「ケッ!同じ官吏でも、ドントールのアジトから脱出した時の官吏の方が骨があったぜ!」

「なによあの態度!あいつは正真正銘の悪党に決まってるじゃない!」

「でも保証人って誰なのかな」

「その保証人を当たるしかないだろうね。行政府に取り入ろうとする有力者、これだけは判った」

「ケッタクソ悪い、今の俺たちだって賄賂渡したようなもんだ、全部終わったら告発して巻き上げてやる!」


 息巻くケーイチは次々と煙草に火を点けた。例の着火袋は一気に煤臭くなる。

 はて、有力者。大きな街ならいくらでもいた。良いやつも悪い奴もいることだろう。豪邸ばかり狙っても何か判るわけでもなく、それでも何万という住民の中からは随分と絞り込めた。

 ここまでは皆同じく考えた。しかし当たり前の疑問が浮かぶ、有力者の力で出された人狩りが果たしてレッタと関係があるのか、それすらも判っていないのだ。人狩りを突き止めたとして、解決の糸口となるのかどうか、先の自信はどこやら、すっかり萎縮して溜息が出る。レッタの解放がだんだん遠のいていく気がした。

 

「やっぱり有力者を当たるしかないか。徒労に終わっても、何も無いよりは」

「そうだね。でも目的だけでも判ったらなあ」

「人狩りが人を売って終わりじゃない、その理由か」

「見当もつかないわ」


 また溜息が出た。長く尾を引く澱んだ吐息は四人の肩を一層落とした。


「街の有力者?」

「そお。犯罪者の更生とかそういうのに力を入れてる」


 暗い心を晴れやかにする命の洗濯、結局ケーイチは娼館へ遊びに来た。終わってからのピロートーク、裸の娼婦の腿に頭を乗せて、戯れに聞いてみた。もしもということだってある。女はしばらく首を傾げていたが、しかし望む答えは出なかった。


「ごめんね、知らないや」

「そっか」

「でも有力者に会ってどうするの?」

「べつに。ちょっと用があるから」


 それ以上は互いに聞かず、女はケーイチの頭を撫でたり耳を揉んでくれたりする。次第にまどろんできて、混沌とのしかかっていたモヤモヤはさっき性病予防避妊具(サック)の中に出してしまったのだと、考えるのを止めた。彼が元の世界で使っていた物より原始的で高価な動物の腸等で作られているソレは、ベッド下の盆に白い悩みをドロリとはみ出させていた。

 解決したと思い込んでいた事件が別の形になって再燃するというのは非常に疲れることで、しかも事態はより不明瞭で複雑になっている。もう何もしたくなくなってしまった。


「酒、頼んだっけ」

「うん。遅いから聞いてみる。ちょっとごめんね」


 ケーイチの催促に女はベッドを降り、裸のまま扉を少し開けた。ぼんやりと、浮き出る背骨の形と尻ばかり眺めて戻るのを待つ。


「お酒、さっき頼んだけど!」

『は、はい!すぐに行きます!』


 少女然とした慌てる声が階下から聞こえた。女はベッドに戻るとケーイチからキスを受け、彼の手を取りサービスを与えた。


「ごめんね、まだ店に入ったばかりの子で気が利かなくて」

「構わない、急いでもないし。幼そうな声だったけど世話係?」

「今はね。だけどもうすぐお客を取らせるんだって。でもねえ・・・」

「なに?」

「あの子、人狩りから買ったって噂があるの。怯えた感じがしていて、それとなく聞いてみたら処女だって。若すぎるし。本当だったら嫌なんだけどね、話が広まったら店の印象が悪くなりかねないし」

「え、マジ?」


 昼間人狩りの姿が消えて散々参っていたのに、降って沸いた手掛かりにシャンと身を起こした。ケーイチの目に突如宿った光に女は眉を顰める。急に元気になって抱かれている時よりも溌剌としているのだ。


「ほんとかどうかわかんないけど。なんでこれ聞いて元気そうなの?」

「い、いやあ、そんなこともあるんだなって驚いた。この世界じゃありがちなのかもしれないけど」

「そう、ね。昔はよくあることだったらしいけど、人狩りから買うなんてことは、まともな店なら今はよっぽどない。お上がうるさいし。借金のカタとかで仕方なく働くのならともかく、その時は諦めきって却って落ち着いてるものだから」

「君は?」

「あら、娼婦とお客さんは、そういうことは話さないものよ」

「そうだな、悪かった」

「まあ、これだって仕事だから。私はプロ、あなたは求めているものをプロから提供されるお客さん。それだけよ」


 扉を叩く音で会話が中断された。例の「プロ」は小さく笑ってノックに応え、件の少女の声が聞こえた。


『お待たせしました。お酒をお持ちしました』


 レッタほどではない、が、ラスナやエミリアよりは僅かに年少に見えた。年の頃14、5歳か、短く切った髪、化粧っ気のない肌は子どもそのものに自然な滑らかさを保って、薄く結んだ唇が震えている。だが身体つきが早熟なアンバランスさを持って、胸と腰の下は丸く膨らんでいた。女が語ることが本当ならどこを見られてここに売られたのか、買った本人にしか解らない。

 ケーイチと女はベッドで、辛うじて男の股間に毛布が掛けられているだけである。明らかに男女の営みを見慣れていない少女の瞳は、二人の裸体を目撃して目を丸くした。頬は染まらずに恐れを為して蒼ざめる。ケーイチは妙な罪悪感で、女が酒を受け取りに立つと毛布をずり上げた。


「お、遅くなって申し訳ありません!失礼します!」


 少女はざわつく心を垣間見せて、足早に、しかし力なく去った。階下に走る音は最後どしんとこけていた。この場から逃げ出した脚であるのは明白だった。


「おい、あの子大丈夫か」

「大丈夫よ、お客さんに物を持ってくると大体こけるから。慌てちゃって」

「じゃ、酒もらってもう一回してくれっかな」

「あんまり時間ないわよ?」

「自慢じゃないけど()()から。それにさっきよりは元気だし」

「おかしな人」


 皆無と思っていた手がかりが見出されて、希望を得たということでは確かに元気になった。ついでにもう一度抱いていこうと思えるくらいには。ただ少女に見られた時に感じた罪悪感、この罪悪感を押し殺してまた明日彼女に接しなければならないと、自身が即席に思いついた計画の下劣さを今女相手に解消しようとしている気がして、俄かに沸いた興奮は気を抜くと冷めがちだった。


 翌日、ケーイチは再び訪れた。出迎える娼婦たちの中に昨晩の女がいないことにほっとして、主人を呼ぶと耳元で下品な囁きを作った。


「ねえ、小さい給仕の子いるよね。あれは?」

「ええ、いますけど、まだ客を取らせてないんです。それにそっちの仕事は仕込んでもないし」

「そういうの俺好みなんだ。処女なのも仕込むのも、ちいちゃいのも。金は弾むさ」

「でしたらまあ」


 通常料金の倍握らせると、一も二もなく奥へ走っていった。間も無く件の少女が連れてこられると、他の娼婦たちはあからさまな嫌悪を顕す。変態の客が来て、憐れな少女を買うんだと。

 少女は震えを抑えるのに必死なようで、時折口を開くと小刻みな吐息が漏れた。ケーイチは好色示すふりに骨が折れて、寧ろ憐憫に耐えずぐっと詰まった。


「この人が全部やってくれるから。お客さん、お手柔らかに頼みますよ」

「ああ・・・」

「で、ではこちらです。手を繋いでも?」

「ん」


 女の店では普通のことをわざわざ聞いてくる。冷たい小さな手を握られて、ケーイチも強く熱く握り返した。何の会話も交わさず無言で部屋に着き、ケーイチがベッドに座ると少女は扉を閉めて、俯きがちに対面した。さっさと話題を切り出そうとするも空気が重すぎて、息が詰まる思いで服の首元を少し広げた。急に少女が向かってきたのはその時だ。


「え、え?」

「す、すみません、私、お客さんを悦ばせることをなにも知らないんです。キ、キスも、これからあなたにするのが初めてで・・・」


 抱きつかれると口早に言って、相手の胸に押し付けていた顔を上げると唇を突き出した。きゅっと目を瞑り下手なキス顔、困ったのはケーイチの方で、唇与える代わりにそっと指を当てた。


「ち、違うんだ。本当は、君には話を聞きたいだけなんだ」

「え?」

「まあ座ってくれ。何もしないから。このことは内緒に、何されたかって聞かれたら凄かったとか痛かったとか適当に答えておいて」

「は、はあ・・・」


 少女は客の言うことが理解できず、しかしこんな形でファーストキスも初体験も終えなくていいことが判って、震えるのを止めるとベッドに座った。ケーイチは苦笑いして髪をかき上げるといよいよ聞き込みを始める。


「名前は・・・まあ聞かなくてもいいや。噂で聞いたけど、人狩りに売られたって?」

「どうしてそれを!」

「シーッ!小さな声で」

「は、はい」


 思いもよらないことを尋ねられて仰天し、上ずった声をたしなめられる。今度は声のトーンを随分下げて質問に答えた。


「どこで捕まったの?」

「はい。私はここから70大デールほど離れた街で暮らしていました。この街にはお母さんと来ていたんですけどはぐれちゃって。そしたらお母さんを探してくれるっていう人たちがいて、ついていったら捕まっちゃって、一週間くらい前にここに売られました」

「割と最近だな。人狩りはどんな姿?」

「背はお客さんと同じくらい、体型も普通、顔形は、帽子を深く被って襟巻してましたから、よく・・・」

「そうか、しょうがない。他に悪者で君に接した人はいた?」

「それが、その、なんだろう、女の人が。変わった人でした。手品師なのかな?」

「手品師?」

「その人によく解らない文字が書いてある紙を渡されて、無理やり名前を書かされたんです。紙を返すと、女の人も何か書いて、その時に文字から緑の光が」

「光!」


 よっぽど大きな声で叫んだのだろう、階段を登る足音がして、主人らしき男の息が聞こえる。ケーイチは咄嗟に少女をベッドに倒すと被さって毛布をかけた。


『どうしましたお客さん?』

「いや、なに、今前戯だ。ゆっくりじっくりと。つい力んじゃってもう」

『そうですか、ごゆっくり』


 主人は扉を開けずに去った。一息吐くと驚く少女の上からどいて隣に横たわり、目が合うとバツが悪そうに笑って、寝ながら話を続ける。


「ごめんね、変なこと言って」

「い、いえ。びっくりしましたけど」

「何もしてねえのにね、ほんとに。それで、どんな姿だった?」

「暗くてよく見えなかったんですけど、三角の帽子を」

「魔法使いみたいな?」

「そうそう、それです。手品師も似た格好する人いるから気づかなかったです」

「当たり、当たり、大当たり。それで、他には?」

「そうですね、あと、なんというか、声が、その、え、エッチな感じがして」


 ちょっとズッこけそうになる。レッタですら色っぽいという言葉が使えたのに、エッチというのはおかしかった。しかし魔法使いの女であること、書面での契約のやり方、妖艶な声であることはレッタの証言と一致する。手がかりは思った以上だった。


「あと、髪が肩まであって、茶色で」

「うん、よくわかった。聞きたいことは皆聞けたよ」

「そうですか?ならよかったです」

「時間、は・・・まだかなりあるな。ちょっと寝よう、時間になったら起こしてくれ」

「はい、わかりました」

「長い時間を取ったんだ、君も好きなことをしていなさい」

「じゃあ、必ずお客さんより早く起きるからこのまま寝ててもいいですか?」

「いいよいいよ。一緒のベッドでもよければ」

「はい!なんだか久しぶりに、話を聞いてくれる人に会って安心しちゃって」

「そうかそうか、それはよかった」


 ベッドは狭い。ケーイチはできるだけ奥に寄ってやると少女は枕を整えて、毛布をかけ直してくれた。眠たい子どもの熱っぽい体温で少し汗ばむ。


「おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

「そういえばお客さん、何者なんですか?」

「何者ね。俺はある子をこの街から出すために、君を売った人間と魔法使いを退治しなけりゃならない人間だ」

「じゃあ、それができたら、私も家に帰れますかね?」

「もちろん」

「嬉しい!いつですか?いつやるんですか?」

「もうちょっと調べたら。なるべく早くやるから」

「楽しみにしてます!急いでくださいね、おやすみなさい!」


 今度の声には、店主は現れなかった。ケーイチは横で聞こえ始める寝息に「急いでくださいね、だって」と静かに笑うとまどろんだ。だが寝入る寸前、少女は起きて眠たそうに重要なことを呟いた。


「・・・言い忘れてた。自警団、ですって」

「うん、なにが?」

「魔法使いの紙に名前書いた時、誰かがそう言って・・・」

「え、なに?詳しく」

「・・・」

「寝かせとくか。大事なことは聞けたし」


 自警団、また繋がった。自警団が検挙に来たのかそれとも悪党自体が自警団なのか、どちらにしろ探せばいい存在がはっきりした。ケーイチも安心すると人心地つき、睡魔に覆われた。

 時間前に起きると少女はまだ寝ていた。起こすのも忍びなくそのままにして、音を立てないように身支度整えると部屋を出た。受付時間外なのか娼婦はおらず、あくびをする主人が下卑た笑いで手を揉み近づいてきた。


「どうでした?」

「まあ、そこそこ。楽しかったよ。でも身体が痛むだろうしもっとやりたいことあるから、次俺が来るまで店に出さないでくれると助かる。これ前金」


 こうしておけば、ケーイチが訪れない限り少女の身体は守られるだろう。主人はニヤニヤ金を受け取るとそのことをメモに残した。


「しかし見送りにも来んで、あの子は」

「よく寝てる、そっとしといてくれ。じゃあまた来る」


 言い残すと店を出た。月が大きく降りていて路地を照らし不敵に笑ってみせる。しかし軽くなった金入の寂しさが、寒く風に吹いた。

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