第7話 一件落着、と思いきや
二日経った。レッタの気持ちも聞いて納得させるまで待ってほしいと団長から言われていて、ハルトたちは宿で待ち続けていた。レッタを連れて行くことには異論なく、この旅もカーレ島へ向かうことにすればよいのだから、いつになるかは判らないけれど送り届けると決めた。あとは、グリーク・サーカスに恩義を感じている彼女がどうするか。曲芸飛行だってあんなに上手かったのだ、きっと頑張って身につけたに違いない。その晩、団長が訪れた。
「レッタが決心しました。カーレ島に帰ると」
やつれた様子、説得に相当骨を折ったのは聞かずとも判った。それに彼らとて、本当はレッタを手放したくはないのだ。
「しかし、無理に帰そうとしなくてもいいんじゃないですか。サーカスにいることは好きみたいですし」
「でも、親御さんが可哀想です。それにお兄さんのことも伝えにいかなければなりますまい。たしかにレッタは、我々と共にいたいと言いました。私も将来一緒にサーカスをやっていければとも思います。でもあくまで将来のこと、今は一度帰ってほしいのです」
「そう仰るなら・・・でも僕たちも、安全な旅をできるかといえばそうとは限りません。各地の悪事を改める、それが旅の目的ですから」
「2000大デールの旅、人狩りだけでなく様々な心配もあります。誰かに守られて行く方がいいのです。最近聞き及びましたが、あなた方は大悪党の賊を退治したというではありませんか。皆さんなら安心です」
団長の笑顔に比して、はにかんだり苦笑したりして、超有名とまではいかなくてもある程度名が知れていることを知った。しかし小さな少女を戦闘に巻き込むかもしれないと思いが過ぎると少々苦しい気がした。
翌日、旅支度を済ませると街の出口まで見送りを受けることになった。荷物を、背に翼を持つ鳥人族の習慣なのか腰に巻きつけたレッタは、団長夫妻の両手に繋がれて俯きがちだった。泣き腫らした目元が赤い。
「じゃあレッタ、しばしのお別れだ。ちゃんとご両親にお話しをして、その気があるならまた来なさい。今度は安全に万端な準備をして。私たちはこの街で待っているから」
「元気でね。ハルトさんたちにしっかりとくっついて、離れちゃだめだからね」
「レッタの芸なかなか受けてた。才能あるぜ」
「あなたならスターになれるわ!」
「団長さん・・・奥さん・・・みんなも、お元気で!」
一人残らず抱擁を受けて、どれほど愛されていたのか目の当たりにする。エミリアに至っては感受性豊か、涙を滲ませた。
「ハルトさん、ラスナさん、エミリアさん、ケーイチさん、よろしくお願いします」
「確かに預かりました。必ず無事に送り届けます。よろしく、レッタちゃん」
「ち、ちゃんだなんて、レッタでいいんです」
「じゃあレッタ、と。よろしくね」
「お姉ちゃんたちが守るからね。安心してね」
「は、はい!」
「初対面の印象はよくなかったみたいだが、よろしくな、レッタ!」
「・・・よろしく」
ケーイチに対してはどこか無愛想、彼女の目にはどことなく不審者と映ったのか、気に入られていないらしい。遺品も渡してやったのに、なんだこのガキと、少しだけ思って顔には出さないようにした。
「人狩りじゃねえって」
「そうだとしても・・・あなたはなんだかいけすかない、そんな感じがします!」
「なんで」
「口は悪いけどねケーイチ」
「大丈夫だよ、みんな優しいから」
「イケスカナイなんて、薄情な」
「みんな行くよ。馬車の停まる駅までしばらく歩くよ。いい、レッタ?」
「はい!」
「ハルトに対しては元気なんだから、もう」
またね、またねと手を振り合って、レッタを含む五人は一歩を踏み出した。新たな仲間を加えた新たな旅が始まる、懐かしい人々の見送りを受けて。グリーク・サーカスの人々がどんどん遠のいて、次第に見えなく・・・ならなかった。
「ぷぎゃ!」
少し行った所、まだまだ別れの言葉が聞こえる距離で、レッタは夜店の景品、安っぽい音の出るおもちゃみたいな悲鳴で張り付いた。大の字になった彼女の身体の、子どもっぽい色気なしのスタイルがぺちゃんこになっている。身体前面が青く光っていた。
「えっなに⁉︎」
素っ頓狂な声に四人が振り向くとレッタがぶつかった鼻を赤くして擦っていた。慌てて近寄って立たせ、何が起きたかを問う。しかしエミリアは固まってそのまま動けずにいた。
「い、いたた・・・」
「どうしたの、大丈夫?」
「はい、急に、壁にぶつかったみたいに動けなくなって」
「しかし何もない。俺たちは普通に行けたしな」
「位置をずらしてもう一度歩いてみて」
今度は手探り、腕を伸ばして暗闇で道を探す仕草でゆっくり歩き始める。だが数歩いたところで指先が光り、そこから前へは進めない。ラスナは彼女の指の上に手を差し込んでみたが特に異常は起きなかった。
「どうして?」
「わ、わかりません」
「なんだこの青い光」
「さあ、初めて見る」
「力づくで腕を引いてみたら」
「やってみよう」
ハルトとラスナがレッタの両腕を掴み力任せに引いてみる。見えない壁に掌が押し付けられるばかりでびくともしなかった。困り果てていると、エミリアが突然上ずった声を出した。
「れ、レッタ!飛んでみて!」
「あ、はい!そうだった。ちょっと離れていてください」
レッタは、両端までの距離が優に自身の身長を越える翼を広げた。どうやってこんな長大な羽根を体内に収納しているのかはまったく謎である。それ以上にケーイチは、背も覆われている服のどこから飛び出しているのか気になり後ろに回って見た。なるほど、小さなスリットが設けられている。
「器用なことしてんな、こんな小さな隙間から」
「飛びますよ、どいてください!」
「むわ!」
はばたく翼、優雅に滑らかに太陽の光を湛えて白く煌き、ついでに砂塵を舞い上げる。ケーイチにだけ派手に被さりくしゃみを連発させた。
「クシャン!うええええええ!やりあがって!」
「だからどいてくださいって言ったでしょ!このまま高く飛んで進んでみます!」
「気をつけて!」
ぐんぐんと高度を上げていき、10デールも舞い上がっただろうか。目の前は透き通る空の青と大地の茶のコントラストで、壁があるとは到底思えない。飛んで滑空するのなら行ける気がした。
「これなら・・・ぎゃ!」
またしても失敗。前傾姿勢をとっただけで額をぶつけ、仕方なくそのまま降りた。なかなか進もうとしない一行を見かねたサーカス団も集まってくる。
「どうした、なかなか遠のかないしレッタは飛んだり降りたりしてるし」
「それが・・・進めないんです。わたしだけ、前に行こうとしても見えない壁にぶつかって」
「これはもう魔法としか考えられない。しかし、なんだってレッタだけ」
「エミリア、何かわからないか?」
「・・・レッタ、壁のあるところに手のひらを押し当ててみて」
エミリアは静かに言った。どこか翳りのある態度で、ハルトたちもこんな顔しているのは見たことがなく、思わず唾を飲んだ。
「こうですか?」
レッタが壁に手を当てる。それをエミリアは、彼女の正面に回って掌から発せられる光を見つめた。真剣そのものの表情、眼鏡が光り険しく影を作った。数十秒経って冷汗一つ落とすと顔を上げて、出す声は震えていた。
「これは契約魔法、レッタをこの街から出さないようにしてる」




