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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第三章 羽根ッ子騒動
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第4話 劇場に飛ぶ

 ケーイチは元来映画マニアであった。バイトをしなかった理由を映画を()るためと称して、年間二百本くらいは映画鑑賞に勤しんでいた。こっちの世界に来て以来、映画どころか映写技術も見当たらず閉口していたが、代わりに演劇なぞを観るようになった。

 ここでは各所に大小劇場があって露店でもちょっとした芸や芝居を演じる所が多い。ケーイチは日中は「調査のため」と皆を連れ回していたが、一人になっても、娼婦と遊ぶのも忘れて劇場を回っていた。レッタ嬢をある意味一番探していたのは彼なのかもしれない。ただ火を吹く大男や耳の長いエルフ族の男装演技は観ることができても、なかなか鳥人族には遭遇しなかった。


「おかえりー今夜は何観てきたの?」


 宿に帰るとソファに寝っ転がるラスナがそのままケーイチを見た。かれこれ四日間、もう鳥人族の少女がいたかどうかは聞かれない。ケーイチはラスナの隣に座るとテーブルのクッキーをかじった。


「王族と農民の悲恋物語。この手のが多いな最近」

「そりゃ、物語になるからでしょう」

「多すぎる、これだけでジャンル化してる感じもあるし」

「おかえり。曲芸やサーカスは何か観た?」


 エミリアがクッキーの皿に別な菓子を足す。この街で見かけた珍しい物、中国の煎餅みたいな穀物の皮に甘かったりしょっぱかったりする餡が包まれている物。出された側からケーイチは一つ摘んだ。


「うんにゃ。そっちは芝居ほど数がなくて大体見回っちゃった」

「いや、そうでもない。劇場へ行こう」


 ハルトが外出の支度をして出てきた。帰ったばかりで風呂でも行こうと思っていたケーイチは目を丸くする。


「劇場ってどこの?」

「ここの劇場。ちょうど休止してたサーカスが再開するんだって」

「ああ、この宿にも劇場くっついてたっけ。じゃあ行こうか」


 灯台下暗し。宿に劇場が付いていたのは知っていたが、催し物もしばらくはないらしかったから無視していた。ハルトは時折宿の広告欄を見に行って再開の情報がないか確かめていたのだった。ちょうど今夜、しばらく休止していた宿専属のサーカスが再開すると言って皆をポスターのあるロビーまで連れていった。


「これ。怪しくないか?」

「なにが」

「ここに描かれてる人物」


 ハルトを除く三人が顔を寄せ合って指差す先を見つめた。団名であるグリーク・サーカスの文字とよくある演し物の絵が点々としてる中に、たしかに羽根の付いた少女が描かれている。鳥人族の演者とみて違いなさそうだった。


「この子かな?」

「まだ判らない。けど可能性としてはないこともないだろう」

「まあ観てみるか。兄妹なら、そこそこ顔は似てるかも知れないし」

「もうすぐ始まるみたい、行こ!」


 ロビー横の通路から劇場に入れた。開場したばかりの劇場にはもう人で溢れていて、料金を払うのにも一苦労。一人5リマ銀なら高くはなかった。かなり広い劇場だったがなんとか入ったものの立ち見席、柱々にも押し込まれた客が登って見物している。換気が追いつかず人々の呼気で劇場内は蒸れていた。


「暑過ぎんか」

「もうダメ、身体中サウナみたい」

「そんなに人気があるのかなあ」

「かなり有名みたいだよ。このサーカスを観にここに泊まる人もいるんだって」

「暑過ぎんか」

「そればっかり。て、ケーイチ汗かきすぎじゃない?」

「もう風呂行きたい」


 異常な発汗量は体質で、頻繁にかく分キツい臭いはしないのだが、大雨にでも降られたみたいにケーイチの肌を溶かした。すっかり垂れた髪の端から汗の玉が落ち目に沁みて何度も擦る。三度服で額を拭うと、次の濁流が起きる前にやっと演し物が始まった。どこのサーカスも同じな口上は耳に入らなかった。

 音楽が始まって前の方の席から湧き上がる歓声、相当素晴らしいものなのかもしれない。しかし、一行の位置からは舞台がよく見えなかった。客席にはある程度の傾斜がつけられているとはいえ立ち見席は平坦で、目の前には群衆の頭ばかり大デールも続いている気がした。それでも時々隙間から後脚で立って芸をする動物の前脚は見えた。その度にエミリアがはしゃぐ。ケーイチは音楽ばかり聴きながらぼんやりと映画のことを考えていた。そしてそれは自ずと口から出る。


<フェリーニの映画、ニーノ・ロータの曲で8 1/2だっけな、道だっけな、あれと似てる>

<それなに?>

<イタリア映画。家と、今池・・・名古屋で観た>

<名古屋で今池なら桜通線の>

<よく知ってるな>

<千種に親戚の家があって>

「また知らない言葉でしゃべってる」


 暑さに頭が浮かれて自然と日本語になっていた。答えるハルトも疲労が嵩んだのか母国語になり、ラスナに言われるまで二人とも気づかなかった。水を注された気がしてそのまま黙ってしまう。

 鑑賞しているとは言い難い演し物が30分も続いただろうか。拍手に紛れて団長の声が微かに聞こえた。


「サアサみなさんお待ちかね、可憐な鳥人族の少女、レッタが場内を縦横無尽に飛び回ります。とくとご覧あれ!」


 疲労が一気に吹き飛び、四人は身を硬くする。鳥人族の少女レッタ、間違いなくそう言った。


「クソ、前へ!」

「押すなバカ!詰まってんだから」


 腕を群衆の隙間に突っ込むケーイチが怒鳴り飛ばされる。間を縫って行くのは無理そうで、どこか抜け道はないかと見回すが、その前に驚愕の声が上がる。


「あ!」


 ラスナが天井を指差した。指先に頭を上げると、白い衣装を着た少女、美しく翼を伸ばし白に頭髪の金を混ぜて光った。


「あれはまさしく羽根ッ子!」


 レッタは飛ぶ。速く、身軽に、しなやかに。ケーイチは兄ルシーの飛ぶ姿を目撃した時にはなかった感動を覚えた。それはそのはず、彼は負傷していてしかも逃げるために飛んでいたのだから。命の危険がなく健康な状態で繰り広げられる飛行は美しかった。劇場の上には棒が渡されていて大小さまざまな輪が下げられている。彼女は一つも揺らさずに潜り抜けると棒の上に立ち、背中から落ちた。観客は息を吞む。だがそれも芸の内、群衆の頭にぶつかる寸前で翼を広げると高く高く舞い上がり曲芸飛行に移った。誰も一言も漏らさず呼吸の音も抑えて、音楽と心臓の鼓動だけが劇場を揺らしていた。あっという間に出番は終わり、舞台に高々と設けられているポールの上に止まるとスカートの両端を持ち上げ一礼する。割れんばかりの拍手に包まれてレッタは舞台袖に滑空して消えた。

 次の演し物が始まる前に、四人は顔を見合わせ強く頷いた。考えることは同じだった。


「よし出よう!」

「そうね、暑い!」

「今のうちに出なきゃ帰りで押し潰される!」

「もうちょっと観たいけど仕方ないよね!」


 そしてもう一声。


「フロ!」

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