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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第一章 異世界に行くということ
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第3話 ルビヤ村

 シグ王国フォード県ルビヤ村、この村を正式にいうとこうなる。ルビヤ村では麦などの穀類の他、特別な産出品として高級野菜栽培を生業(なりわい)としていた。

 恵一が村に居着いてから程なくして一年が経とうとしていた。自警団長の他、村での決定権を握る青年団長をもコルバは兼任していて、彼は二つ返事で恵一を村に迎え入れた。そしてそのまま自分の家に住まわせている。初めは、得体の知れない、それに珍しい武器を持った青年を村に組み込むことに難色を示した者がいたものの、今では馴染みきっている。


 朝、恵一は早起きの同居人に激しく起こされる。


「起きてケーイチ兄ちゃん、朝だよ!」

「もーお兄ちゃんのねぼすけ!」


 渋々目を開けると、二段ベッドの上から降りてきた同居人、双子の姉弟(きょうだい)が体に跨り揺すってくる。五歳になろうともいうこの姉弟はコルバとネイトの子どもで、二人が十七で結婚した時にできた愛の結晶。名を、ケーナとアキトという。


「ねーもうちょっと、ほんとに起きるからさ・・・」

「だめ!そう言って全然起きないんだから」


 いくら寝起きの悪い恵一も二人の猛攻には勝ち得ない。ちょっと悪戯をしてやろうと、わざと勢いよく跳ね起きてやった。


「居間へ急降下!」

「きゃーっ!」


 二人を脇に抱くと、そのまま部屋を飛び出し階段を駆け下りた。居間ではコルバとネイトが朝食の準備をしている。


「おはよう、ケーイチくん。あらあら、ケーナとアキトったら」


 ネイトが木の椀に入った白いスープを運んできた。芋を潰したこのスープは恵一の()()()()好物だった。


「おはよう姉さん、うわあいい匂い。兄さんもおはよう」

「おはようケーイチ。もう少し早く起きてくれよな」

「はは、ごめんなさい」


 恵一はコルバとネイトのことを兄さんと姉さんと呼んでいた。それには訳がある。


「ケーイチ」という、少々間延びした村人の恵一の呼び方に慣れてきた頃、突然のホームシックに襲われた。それまでは新たな環境に溶け込もうと必死で元の世界のことを考える余裕がなかったのだが、ネイトの作った料理で様々なことを思い出した。彼女が食卓に持ってきたのは少々匂いのきついスープで、どことなく脂ぎっていた。


「豚の骨を煮込んだスープですって。お隣さんが教えてくれたの」

「なんか変な匂いだな」

「くさーい」

「まあともかく食べてみましょう」


 嗅ぎ覚えのある匂い、恵一の脳裏にふと行きつけだったラーメン屋のことが思い出された。店の換気扇から漏れ出る匂いは独特で、恵一と大学の仲間は「くせえなあ」と笑いつつのれんをくぐっていた。しかし味は天下一で、いつもこの匂いを楽しみに腹を空かせていた。


「この匂い、嗅いだことがあるよ」

「ほんと?ケーイチくんも不思議なもの食べてたのねえ」

「うん、大好きだった・・・」


 夕食後、木でできたオモチャで遊ぶ子どもたちを横目にコルバの晩酌に付き合っていた。恵一は酒にはそこそこ強かったのだがその日は酔いが回るのが早く、徐々に浮かべる涙を拭いもせずコップを仰いだ。


「ケーイチ、なんか様子が変だぞ。君は酒が入るといつも笑い上戸じゃないか」


 眉をしかめたコルバが言った。彼がパイプの火を着け直すのと同時に、自分で巻いた煙草の煙を吹き出すと嘆いた。


「ねえコルバさん、俺、別の世界から来たって言ったよね」

「うん、君が来た時に聞いたよ」


 神は自分の出自を秘匿しろとも言ってなかったので、ルビヤでの生活が始まると洗いざらい元の世界のことを話した。皆驚きはしたが不審にも思わなかったようで、むしろ他国の話を聞いているように受け止めた。国が多くの旅人が交錯していて、魔法使いがいるといわれるような世界では奇妙な出自は問題にされないのかもしれなかった。


「そこにね、ラーメン屋があったの」

「らーめんや?」

「ガラガラって建てつけの悪いドア開いてつけ麺の食券買って、店員に渡して『がっつりご飯大盛り』とくらあ!」

「待て待て、なんのことだ」

「そのラーメン屋のスープとさっきのスープの味、似てたんだ・・・」

「ケーイチ・・・」

「わかる?つけ麺って、黄色い麺と肉とホウレン草と海苔が別にあって、濃くて濃くてドぎついスープあって、麺をそれにつけてすするの。そんでそれをすすって12分、ご飯をスープに入れて追いメシ、まくってまくって15分、店出たら早速煙草に火を点けて『石塚、おめえはニコチンがはえーんだから』って仲間が笑うんだ、ああ!」


 嘆きに身をまかせ突っ伏した。倒れたコップに驚いた姉弟とネイトがじっと見ていた。気の毒そうな家人の目に憐れな放浪者の姿が映る。


「帰れないんだ、帰れやしないんだ。午後の喫茶店にもレイトショーの映画館にも。仲間はみんなどうしてるんだろ、父さんも母さんも。腰痛いって言ってたのが酷くなってないといいけど。早く勇者サマとやらに会って仕事やって帰んなきゃいけないのにヤツは現れない。いい加減にしろ、ふざけんな、早く来い!」


 次から次へと浮かぶ()()()()()()()日常、なんだか夢のような気がしてきて長い夢を見てきたと感じる。だが先ほど飲んだスープの味を反芻させるたびに抑えられなくなる慕情はとめどなく、貴重と思い残していた神からもらった煙草に火を点けた。傷に染み入る味とかすかなラムの香りはいよいよ心を溢れさせた。


「泣いてるの?ケーイチさん」


 ケーナが顔を覗き込んだ。彼女の顔は見ず上を向き煙を吐いた。「ごめんなさい、取り乱して」言おうとすると涙声が詰まり、ただ涙を流した。


「ケーイチ、今日はもう寝なさい。酒が過ぎたようだね」


 恵一はこくりと頷き灰皿に吸殻を擦り付けた。ネイトの持ってきてくれた水を一気に呷り、挨拶もせずに寝床に向かった。


 夢を見た。実に平凡な夢で、神に殺されることもなく学校に行っていた。

 二限まで出て、三限をサボって仲間と昼食をとる。今日は定食屋のランチだった。地元の駅で電車を降りると、電子化されていない行先表示版がくるくる回っていた。これを眺めるのが好きだったっけ。行きつけの喫茶店でコーヒーと煙草に浸り、二時間もいただろうか、冷めきったアメリカンは入れ過ぎの砂糖でやたらと甘かった。家に着くとすっかり日が暮れていて、吹く風が汗ばんだ肌に心地よい。


「ただいま」


 玄関を開けると焼けた醤油の匂いが鼻をくぐった。今日は鶏肉団子を煮たやつだ、そうに決まってる。昼に唐揚定食にしなくてよかったな。ああ、お腹すいたな。


「けーちゃんおかえり」


 リビングの扉が半分開いていて奥の台所に母が立っているのが見えた。恵一は疲れた声で父と母に言おうとした。


「今日は肉団子だね」



 目が覚めた。目の前には笑う母の顔も神妙にマッサージチェアに座る父の姿もなく、二段ベッドの梁に渡された板が見えるだけだった。


「お母さん、お父さん」


 答える者は誰もいない。もう涙は出なかったが焼け爛れたような胃のむかつきもあり心は下がりきっていた。


「ケッ、ルビヤ村か」


 悪態つくように吐き捨てると、高く昇った日差しが目を焼いた。もう昼近くになっているようだった。


「あ、ケーイチさん」


 アキトが部屋の外から覗いていた。心配そうに見つめる彼に力なく微笑み返すとベッドから立ち上がった。


「おはよう、もう昼だよね。コルバさんとネイトさんに謝らないと」

「そんなのいいよ」

「いいよったって、仕事をサボっちゃったんだから」

「ほんとにいいよ、今日はお父さんもお母さんも仕事を休んだんだから」

「・・・アキトもケーナもいいね。お父さんとお母さんが近くにいて」

「え?」


 自分にとっては当然の言葉に首をかしげるアキトを横目に部屋を出た。休日でもないのに仕事を休んだという夫妻を不思議に思いながら階下に降りると、昨晩と同じ匂いがした。また件のスープを作っているようだった。


「おはようございます。すみません、今日は寝坊しちゃって」

「おはよう。ちょうどお昼ができたから食べましょう」

「やっと起きてきたか。さあ、昼にしよう」

「コルバさん、今日は仕事を休んだって」

「ちょっと作るものがあったからね」

「作るもの?」

「これだよケーイチさん!ケーナも手伝ったんだよ!」


 ネイトが運んできたのはスープと黄色がかった麺だった。恵一はこの家族が何を作ってくれたのか理解した。


「ネイトさん、これって」

「昨日ケーイチくんが言ってた食べ物。お口に合うといいけれど」

「苦労したんだぜ、なんせ黄色い麺なんて見たことないから」


 恵一の言ったつけ麺を作ったのは明白だった。麺はトウモロコシでも練り込んだのか少し黄色く、スープも昨日より油が増していた。驚きを隠せない恵一をコルバが食卓に座らせた。


「召し上がれ」


 恵一は震える手でフォークを握りパスタのように麺を巻いてスープにつけた。スープ以外、似ても似つかない味と食感。口の中ですぐに崩れてしまう麺に彼らの試行錯誤がうかがえた。こんな麺だと客はつかないな、と失礼なことを思い浮かべるとまた涙が出てきた。


「あんまり似てないや」

「あら・・・」

「でも素敵だ」


 嬉し涙で食べ続ける恵一に家人たちは安心し、穏やかな笑顔で完食を見届けた。

 嗚咽してつけ麺を食べるのは初めてだった。この世界に来てから食べた一番美味なもので、彼の中で第二の故郷の味と結びつけた。


「美味しかったです。ありがとう」

「ごめんなさいね、あんまり似てなくて」

「似てなくたっていいんです、この世界で食べた最高の料理です」

「まあ!」

「ふふ、仕事を休んだ甲斐があったな」

「よかったね!ケーイチさん元気になったみたい!」

「ケーイチさん、麺の黄色いの、トウモロコシ入れたらいいってぼくが考えたんだよ!」


 口々に発する嬉しそうな言葉。心から家族を感じさせてくれた。涙を拭きうん、うんと頷く恵一の肩をネイトが抱いた。母そっくりの温もりが心を包んだ。


「全く知らないところに来ていつ帰れるかわからないだなんて、不安だったよね」

「は、はい」

「その救世主様が来るまで、ケーイチくんが仕事を終えて帰れるまで、私たちを家族と思っていいのよ。ケーイチくんの本当の家族とは違うかもしれないけど」

「ええ、皆さんはもう一つの家族だと、はっきり感じました」

「やっとそう言ってくれた。それだと、僕は父親、ネイトは母親かな」

「わたしにとってはお兄ちゃん!」

「ぼくだって!」

「お母さんって、呼んでもいいのよ?」

「たしかにケーナとアキトは妹と弟です。でも、コルバさんとネイトさんは何歳も変わらないし・・・そうだ、兄さん、姉さんと呼んでも?」

「大歓迎!」

「兄さん、姉さん!妹と弟よ!」


 いくらか芝居掛かった恵一は立ち上がり、精一杯手を伸ばして四人を抱き寄せた。そして改まって言った。


「俺の家族、この世界の俺の家族」



 スープとおかずを平らげた恵一はコルバと玄関に立ち家族に挨拶した。


「いってきます。今日は夕方に帰るから」

「夜はつけ麺だといいなあ」

「ほんとにケーイチくんはつけ麺が好きねえ。でも一昨日も食べたから、今日は違うのにね」

「そら残念!行ってきまあす」

「いってらっしゃい!」


 三人からの見送りを受け、農具庫から出した鎌を担いだ。恵一は見たこともなかった巨大な鎌で、油が敷かれ手入れされた刃は朝陽を眩しく反射させていた。


「今日は草刈りだな。畑を増やすから大変だ」

「次はキャベツ?」

「そう。王都で大人気の店がここの野菜を使ってくれたから注文が増えたんだ」

「いいこといいこと。俺たちが王国を支えてるんだ」

「ケーイチも言うようになってきたな」

「えへ、やっと農民らしくなってきたよ」


 ここでの仕事は主に農業だった。肥沃な土地は良質な野菜を育て、国中で評判だという。かつて王が巡幸に訪れたこともあり、村の集会所にはその時の様子を描いた絵があった。


「おはようございます。コルバさん、ケーイチ」

「おはよう、新しい共同畑の手入れだからお互いがんばろう」


 同じように鍬を担いだ村人と挨拶を交わす。恵一はにこりと頭を下げ彼らのくわえるパイプを見た。


「どうです、紙で煙草作ってみちゃ」

「ケーイチはそれが好きだねえ、パイプの方が味がいいよ」

「俺の国では紙巻が主流だったんでね」

「ケーイチもパイプを練習したらいい。紙も無駄にならんぞ」

「あはは、パイプだとどうにも火を保たせれんから。こっちで紙が高騰してなくてよかったよ」


 煙草を嗜む村人は決まってパイプを用いており、その形と喫煙方法は恵一の世界と変わらなかった。しかしこれまでパイプに縁がなかった恵一は、コルバのパイプを使ってみたものの上手く吹かせず、薄紙で葉を包んで喫煙していた。紙は生活に浸透しており、貧富関係なく消耗品であった。そのために、暇な時間にシガレットケースを作ってある。廃品の農具で作ったものだった。

 着火には「移火(うつしび)」という竹串のような棒を用いた。「火炎木」といわれる芯が発火する木を加工して作ったもので、持ち手に木の皮を巻いて使った。長いシガーマッチみたいな物で、剥き出しの棒先に熱を持つ物を近づけると頭だけ火が点いた。煙草がある場には、大体この移火と火縄が置いてあった。


「さー始めようか!」


 始業の一服を終え、パイプを置いたコルバが言った。村人たちはそれぞれ伸びをすると腰だめに鍬を構え草刈りを始めた。恵一もそれに混じった。

 これまでバイトというバイトもしてこなかった恵一は、初めのうちはアゴが出た農民の仕事だが今では慣れ、他の村人に劣らぬ動きができた。作業中の歌、汗を拭いパクつく弁当や固い皮で作った水筒、移火で吸う煙草、どれも今では好きだった。


 帰宅してから夕食を終え子どもたち遊んでいると、おずおずとネイトが歩み寄ってきた。紅く染まる頬と上ずった声で目配せする様子に恵一は何をするのか察した。


「みんな、今日は天気もいいしきっと星も綺麗よ。見てらっしゃいな」

「えーまだ遊んでるのに」

「星ならここからでも見えるよ」

「ここらへんは明るいから、丘にでも登って見るといいわ。頼んだよ、ケーイチくん」

「それもいい。ケーナ、アキト、行こっか」

「お母さんたちは?」

「お父さんとお母さんは忙しいんだってさ。ほら、行こうよ」


 ニヤリと含んだように頬を歪めるとネイトは明らかに照れて頬をかいた。食卓に座るコルバもそわそわしてパイプの灰を過量に落としていた。


「あ、忘れものした」


 門を出るとどことなく手持ち無沙汰な懐に、いつもの習慣を忘れていることに気づいた。ケーナとアキトにことわって家に戻ると、暖炉の前にコルバとネイトの影が一つになって浮かび上がっている。突然戻ってきた恵一に驚き、(つい)ばみ合っていた互いの唇を離した。


「き、急に戻ってきたら驚くじゃないか!どうしたんだ?」

「ごめんごめん、邪魔する気はなかったんだ。忘れものしちゃって。どうぞ心置きなく続きを」

「もーできるわけないじゃない!」


 困ったように声を上げるネイトは、先ほどコルバを見つめていたであろう湿った瞳のままで、男の胸にピタリと身を寄せていた。

 急いで紐で綴じた手帳と木軸に黒鉛を詰めた原始的な鉛筆を取ると踵を返し、家を飛び出した。抱き寄せ合う二人がじっと見送っていた。


「若いんだから、二人とも」


 少し苦笑すると子どもたちの待つ所に戻った。


 ケーナとアキトを両側に手を引き、息を切らせて丘の上まで来た。恵一が初めてルビヤ村の全貌を見渡した場所だった。初夏前に残された風が涼しい。


「ほんと、月も星もきれいだ」


 アキトがぐっと背伸びして、身体を反り返らせて静かに言った。

 この世界の月は大きく見えた。こちらの天文学の本を読んだことがないのでよくわからないが、明らかに月は近かった。それによる影響はないらしい。しかし柔らかな光で、クレーターまでぼんやり見える。黒い模様は餅つく兎とも蟹とも似つかず、何にも例えようがない。「炎の形」と子どもたちは言ったが、恵一にはそう見えなかった。

 先程取ってきた手帳を取り出し書き物を始めた。ケーナはそれを横から覗き込んだ。


「また書いてるね」

「うん、忘れないようにしないと」


 恵一が書くのは日記と備忘録のようなもので、その日あったことの他に、徒然に思い出す元居た世界のことを書き留めていた。今夜思い出すのは無くした双眼鏡の形だった。絵も交えて、祖父からもらったことも音楽を聴きながらそれで星を覗いていたことを、曲の歌詞も書く。


「なあに、それ」

「ソーガンキョ―ってんだ。遠眼鏡。ここの筒を通して遠くのものを見るんだ。えーっと、この歌続きなんだっけ。Wishing well on his knees・・・」


 この世界には、実際望遠鏡が存在している。だがとても高価な物として存在していて村には一つもなかった。ケーナとアキトはもちろん見たことがない。

 英語の歌詞は正直ほとんど思い出せず、ハミングに変えてごまかす。それでも覚えていた断片的な単語が漏れ出て、口をもごもご動かした。アキトが笑う。


「へんなうたー」

「良い歌なんだよ。英語の歌詞はようわからんで、フニャフニャだけど」

「えーご?」

「英語は・・・自分がいつも使ってる言葉じゃない他の言葉、いや、それは外国語か、母国語ってのがまずあって」

「よくわかんないよ」

「いいんだ、俺もわからん」


 実際落としかけてる英語の単位、一年前召されたあの日だって本当は文法テストがあって、ふと不安になる懐かしさ。今ではもう、この大きすぎる月の下では必要ないのに、一抹の不安は戻れた時のことを頭の片隅どこか考えているからなのか。


「ちょっと煙草。風下は、と」

「あっちだよ、ケーイチ兄ちゃん」

「ありがと。ランプ預けておくけど、火だけこれに」


 恵一は移火に点火して、消えないうちに風下に移動した。風を確かめて妹たちに煙が被らないよう気をつけると煙草をくわえる。家の中では二人にそっぽ向いて煙を吹き、外では風の動きに気を配った。煙一服吐き出して、古い葉を使ったからか、痺れる辛さの後味。べえ、としかめっ面で舌を出しもう一度くわえると、火種越しにぽつぽつと灯りが先の森林に重なった。

 

「蛍、かな。こんなとこにもいるんだ」


 紙の燃える音が二つある。恵一はもう一人誰か煙草を()んでいるのかと、辺りを見回した。また、音がする。複数の、五人ばかりか。

 蛍のことをすっかり忘れた恵一は、彼が蛍火だと思っていた灯りが急に大きくなり、突如消えたことを知らない。

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