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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第二章 救世始
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第20話 帰還

 真夜中も真夜中になっていたため、その場で死体と共に夜を明かした。夜が明けるとエミリアに馬車の車軸を作ってもらって交換し、それに乗って帰還する。一度アジトに寄ってケーイチは私物の鞄を回収したが、ルーグを始めその他生き残りの捕虜は連行されたのか居らず、死体も片付けられていた。

 街では残っていたドントール団員と小競り合いがあったのか、数筋の黒い煙が認められた。

 出迎えてきたのは町長で、彼の背には昨晩脱出用に渡した小銃が硝煙の臭いを残し負われていた。


「やあみなさん、ご苦労様でした。馬に載ってる死体は?」

「これドントールです。抵抗したためやむを得ず殺害しました」

「なに!ドントールが死んだ!じゃあ賊は」

「滅んだろうさ」


 町長の声に付近にいた町民が集まってくる。彼らは口々に喜んだり抑えていた怨嗟の声高らかに、また何人か礼をしに来て、それは解放された人質と家族だった。ケーイチは娼婦たちの姿を探したが、この場にはいないようだった。

 一応の首実検、広場に捕虜たちがいるというから奴らにドントールの死体であるか確認させるべく馬上のまま向かったが、自然とできる人だかりにパレードの様態で、なけなしの食材で作った料理や隠し通した高級酒をこれでもかというほど振る舞われた。それまではよい、そこからが大変で、続く馬に揺られる死体がドントールだと人づてに伝わると、恨みを爆発させて投石が始まる。石やゴミを投げつけるだけではなく、棒きれを持ち叩きだす次第。服が切り裂かれた蒼い巨体は傷つけられ皮が破れた。町長他街の有力者たちも止めようとはせず民衆の為すがままにしていた。ハルトたちは戦い終わって、別に怒り狂っているわけではない、死体に惨い仕打ちが為されるのは討ち取った身としても望むことではなく、諫めようと骨を折った。


「やめろ!もう死んでるんだ!」

「ドントールを討ったのは私たち、だからこの亡骸も私たちに任せて!」

「みなさんやめてください!もうドントールの遺体に怒りをぶつけても仕方ないですよ!」


 死体の前に立ちはだかったケーイチを除く三人に対して、町人はいきり立った。中には家財を略奪され身内を殺傷された者もいる。彼らは一様に凶器を握る手を震わせた。


「勇者様たち、どいてくれ!こいつら、こいつらのせいで俺たちは!」

「私は息子を殺された。こうでもしなきゃあの子の気も私の気も収まらないよ!」

「気持ちはよく解る、しかしこんなことしても何にもならない!」

「ケーイチ!あんたもなにか言ってよ!」


 ケーイチは馬車の馭者席の上で、最後のシグ煙草を詰めたパイプを吹かし町人から押し付けられた分厚いベーコンをかじっていた。徹底した無表情を三人に向けると、ベーコンの脂身を飲み込んだ。


「好きにさせとけよ。死体は死体だ、それも大悪党の。今更どうってこともあんめえ」

「たしかに大悪党だ。しかし僕たちは、街や村々を平和にするために戦ったのであって、死体に対して鬱憤晴らさせるためじゃない!」

「鬱憤くらい晴らす権利あるだろうよ」

「命を懸けた相手、たとえ大悪党でも死体が粗末に扱われたとあっては、それは名誉にかかわることなの!」

「・・・あっそ、ならどうにかしてやる」


 ケーイチはパイプをくわえ直すと自動拳銃のボルトを引き、安全な方向の空に向かって二発撃った。群衆は騒ぐのをハタと止めると、馭者席に足を乗せ飄々と立つ()()を見た。風が吹き、パイプの煙が渦を巻いて目抜き通りを駆けていく。


「俺はルビヤ村のイシヅカだ!俺の村じゃ何年も前から襲撃を受け、ついこの間もこっぴどくやられた。家は焼かれたし子どもだって死んだ。しかしこの連中が駆けつけてきてくれて救ってくれた。いわば俺も貴様らと立場は一緒だ。そりゃ、俺も捕虜を殺そうとしたさ。しかし止められた。その時は喧嘩にもなったが、今じゃ納得してる。そいつら強制徴募で集められた奴らだったしな。恨みは解るが、貴様ら、子孫になんて語り継ぐ気だ、余所から来た勇者に助けられて、後から死体蹴りをしたと、それを以て被害を補填した気か。自慢になると思うか。俺たちもごめんだ、助けてやるために俺たちゃ来たんだ、退治した相手を被救済者に好きなようにいたぶらせたと、そう伝えられるのは我慢なんねえ。だからこの死体は放っておけ。とにかく、再び幸福になるための再建の道が、貴様らにはできたってわけなんだから」


 熱が入っていた、という感じでもない。しかしケーイチは淡々と語る傍から、瞳から涙を流していたのだ。話の内容と彼の涙によって、町民はある種の共通意識を持った。この勇者の仲間も同じく被害に遭っていて、その人間が自分たちの心を理解して止めるというのなら仕方ないと、死体から離れて散った。群衆をなだめることができたと見えて三人は再び馬車に乗り込んだが、ケーイチは膝を抱えて顔を伏せていた。声をかけにくい空気の中、ハルトが耳元で小さく言った。


「ケーイチ・・・ありがとう」


 ケーイチは、顔は伏せたままはっきりとした口調で涙声にもならず返答する。だが膝には染みが広がっていた。


「今とあの時とじゃ立場が違う。だけど、俺が捕虜を殺そうとした時とあいつらは同じ、死体蹴りでも何でもさせてやるべきなんだ。きっとあのまま捕虜を殺していても、俺は後悔しなかった気がする。死んだ者たちだって、ひょっとしたらそれを望んでいるんだ。お前たちが死体蹴りを止めろという言葉はもちろん間違ってない。その通りだ、戦いはそれを生業とする者がやるべきことでああした市民の怨嗟はどこかで断ち切らなければならない。でも、どこか割り切れない」


 涙の理由は、自分と町民を重ねた急なセンチメンタルに依るものなのか、重ねようとして現在の立場はまるで違うことの矛盾と戦っているからなのか、単に語りすぎたからなのか、自分自身でもよく解らない。ただ非常に不安定だった。躁鬱的な不安定さは戦闘前後にも表れていたし、妙な感傷と興奮がないまぜになっていた。今こうして縮こまっていると、ルビヤ村に来た初めての夜、よくもああ簡単に引鉄が握れたものだと、不思議にすら思える。だがどうせひとたび戦闘ともなればいとも簡単に変わるのだろうと考えて、変な例えが浮かぶ。


「セックスした後みたいだ。ほんとにこの女と、あんなことしたのかって」

「はあ⁉」


 一同、ケーイチはふざけたのかと思って呆れた声を上げた。反面泣くのはやめて落ち着いたのかと安心して、いつもの軽口も叩き始める。とぼけたふりをするけれど、ケーイチは自分の例えは的を得ていると変に感心していた。


 ルーグら捕虜たちは広場にいると聞かされていたが、ここでもまた町民に皆殺しにされそうな雰囲気であったため、早々牢に移されていた。戸板に乗せられ運ばれてきた死体に一同恐怖の色、ルーグは震える声でドントール本人だと告げた。


「確かに団長だ、間違いない。この斬り方、只者じゃない。誰がトドメを」

「私よ」

「なんと、キリエが。騙された。みくびっていた」

「私の名前キリエじゃないわ。ラスナ・グライスよ」

「グライス家の!噂は聞いていた、あそこの長女が他の男兄弟を出し抜いて強いって」


 グライス家の名は各地に轟いていたようだった。ルーグはがっくり腰を落とすと溜息を吐き頭をかいた。


「勝てねえわけだ。お前たちに。これでドントールも終わりだ」


 吐き捨てるのを聞き届け、あとは行政に任せる。背を向けて退出しようとすると、牢の中の誰かが嘆くように言った。


「あーあ、いい思いできたのになあ」


 耳に入ったケーイチ、素早く牢まで戻ると鉄格子をカービンの銃床で叩き威嚇した。何かとてつもなく凹ませるような罵倒をと、思ったけど出てこず、何度も鉄格子を鳴らすと叫んだ。


「馬鹿野郎!」


 それで終わりだった。少なくとも、組織としてのドントール団との関係は。

 各地に残っているドントール団の残党は、これから王の名の下に帰順命令を出すという。素直に従わない場合は警察軍が討伐を行うらしい。上からの統率を失った残党は烏合の衆で大した抵抗はできないだろう。しかし強制徴募で集められた団員ならともかく、望んで悪党になった奴がいないとも考えれない。まだ全てが済んだわけではなかった。

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