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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第二章 救世始
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第19話 最後の断罪

 ラスナの早馬は、そう時間はかからずにドントールに追いついた。彼はすっかり敵を巻いたと過信して丘陵の影で休んでいて、ケーイチから奪って喫っていたシグ煙草の煙はすぐに発見される。


「待ちなさいドントール!もう許さない!」

「げえっ⁉なんで来やがった!隊長が心配じゃねえのか!」

「ハルトが心配だからこそあんたを倒しに来たのよ!」

「やべえ!」


 シグ煙草の袋もパイプも取り落として馬にしがみつき腹を蹴る。馬はおかしな姿勢で前身の合図を受け走り出すのに手間取ったがなんとか加速を始めた。ラスナはリーチの差まで距離を詰めたものの、馬はバテ始めて速度が落ちてきた。このまま鬼ごっこを続けるわけにもいかず、ケーイチの言う通り威嚇にはなるかと鞍嚢から彼の拳銃を抜いて引鉄を握った。だが安全解除が為されていないため発砲はされなかった。倒れることは倒れたハンマーを戻し冷汗かく。


「なんで⁉そうか、安全がどうとか。どれだっけ、えーと」


 ハンマー横のセーフティレバーを下げれば安全解除だったのにド忘れして、焦って適当な部分を弄った。見ればフレーム左側面にも何やらボタンが付いていて、それを押し込んでみると右に動き、これで安全解除かと思い再度引鉄に指を掛けたが依然発射されず、ますます遠のいていくドントールに焦った。必死にケーイチの言葉を思い出そうとして、ようやく彼の声が頭で再生される。


「そうだ、左の突起を下に下げる!これのことね!」


 ようやく安全解除、ドントールに向けて今度こそ発砲した。引鉄が絞られトリガーバーだのシアーだのといった諸々の部品を介すとハンマーが落ち、ファイアリングピンを叩いて第一弾が発射される。そしたら後退するボルトに押されたハンマーが上がって止まり、次に引鉄が握られるのを待つ・・・はずだった。しかしラスナの撃った拳銃はハンマーが止まることはなく続けて次弾が発射された。


「わーっ!」


 その調子で全自動射撃(フルオート)、驚く間もなくたちまち全弾撃ち尽くされた。ラスナが安全解除する直前に動いたボタンはセレクターレバーで、要は単発から連射に切り替えてしまっていた。高速で発射されたため、反動で上がった銃身が下がる前に次々と弾が飛び出し最終弾はほぼ真上に撃ち出された。

 だが弾倉分バラ撒いた甲斐あってか、その内一発はドントールの腰に命中した。落馬して馬はそのまま消えていく。


「痛え!やりやがったな、クソ、こうなりゃサシだ!来いガキ!」


 最後の最後までしぶといドントール、一つだけ携えていた武器の短剣を抜いて、抵抗の兆しを見せつける。ラスナは鞍嚢に拳銃をしまうと大剣を抜き真横にぐんと伸ばした。


「ハルトを傷つけたあんただけは許さない!」


 ドントールに迫り彼の顔が徐々に大きくなっていく一コマ一コマ、脳裏にハルトとのまだ今は短い旅がダイジェストに映し出される。


 賊が領地の市場で暴れていると報告があり慌てて兄弟や門下生と共に戦闘態勢を整え、いざ出撃という時に父は帰ってきた。彼は見知らぬ異国の少年を伴っていて、件の賊は皆少年が倒したという。少年の名はマキタ・ハルトといった。別の世界から来た、と事もなげに話すのには当初少し不信感を抱いた。

 彼の腕に惚れ込んだ父は稽古をつけてもらえと、門下生や兄弟たちを引き合わせた。結果は皆赤子の手を捻るようなもので、最後は見習の中では一番腕が立つと目されていたラスナが立ち会った。結局は負けて、赤子の手を捻られた・・・とまではいかずとも、子どもと大人くらいの力の差を感じたのは確かだった。悔しさと対抗心が膨れ上がって、加えてハルトは優越感を持って自分に意見すると思ったのに、しかし彼は優しく身体をいたわってくれた。手を差し出してくれることには拍子抜けしたが、不信感は消えていた。代わって、不思議と心臓がドキドキする。翌日父から彼の街の案内を仰せつかって、鼓動をかき消すかのように少々荒っぽい態度だった。上ずった心で接しても、ハルトは優しく楽しく笑って時間を過ごした。

 しかし市場を訪れた昼下がり、ドントール団の襲撃があった。ハルトが制圧した賊のいる組織で、あたりきな報復、だがより狂暴に好戦的で手が付けられなかった。護身に持ち歩いていた短剣だけではどうにもならず、しかも銃に狙われた。もうダメだ、観念して目を瞑った。直後身体が温かく包まれてふわり宙に浮く。ハルトに抱きかかえられて難を逃れたと、降ろされた瞬間理解した。幼く熱い感情とは別に確固たる信頼が生まれたのはその時だ。もちろん、心臓は派手に跳び上がり燃え上がる頬は戦い終わっても冷めなかった。

 父はハルトに多大な礼を捧げ絶大な支援を約束するとともに、領地に留まって修行して将来剣術の振興に携わってほしいと申し入れた。とんでもないことも言う、ラスナが気に入りさえすれば、ゆくゆくは婿に迎えてもいいと。赤面するラスナが恥ずかしさのあまり理由なき反論しようとしたが、ハルトは丁重に断った。彼にはこの世界でやるべきことはたくさんあって、まだ旅は始まったばかりだと語る。父も無理強いはせず、間もなくグライス家を去ることとなった。

 ハルトが去る、居ても立っても居られなくなったラスナは、同行の許しを請うた。ハルトの旅に連れ立ってより強くなるための修行をしたいと、家族は初めは悩んだが、彼の強さや誠実さはよく解ったから、可愛い子には旅をさせよと許可を出した。ハルトも少女を連れ添っての旅、少し照れた素振りを見せたけれど、快諾して堅く握手を交わす。力をつけるための修行、ライバルとも思えるハルトとなら鍛えられるとはもちろん心から思っているが、根底に彼と一緒に居たいと感じたのは間違いない。

 出立後しばらくしてエミリアと出会い、そしてケーイチに出会った。旅の仲間が増えて友情が生まれ、ケーイチもまた男だけれど、やっぱりハルトは特別な存在である気がした。


 そのハルトが薄汚い悪党に、卑怯な手によって不意を突かれた。怒りは募りに募って、薙ぎ払う大剣は空を鋭く切り裂いた。噴き上げられた血は乾いた地面に染みて、どす黒く固まった。


「こ、こんな小娘に・・・」


 絶命を見届け、鋒から血を払いながらラスナは舌打ちした。意味のない舌打ち、口の中はカラカラに乾いて大した音も鳴らず、怒りは急速に冷めて戻ってきたドントールの馬に死体となった主を載せた。帰りの道中、パイプと煙草の袋を見つける。確かこれは、ケーイチの持っていた物。なんの気無しに拾うと鞍嚢にしまいこみ馬の腹を軽く蹴った。


「見ろ、勝者のお出ましだ」


 エミリアに膝枕されて眠るハルトの横で、ケーイチが煙草を挟んだ指で馬上に揺られる少女のシルエットを指した。ラスナは馬を降りると拳銃と煙草を差し出し小さく笑う。


「使いにくかったけど役に立った、ありがとう」

「それはどういたしまして・・・あれ、フルオートになってる。よく撃てたな」

「間違えた操作をしたみたい。それと、これケーイチの煙草じゃないの?」

「おお懐かしいシグ煙草!恩に着るぜ。しっかしあいつらパカパカ喫いあがって、もうほとんど無えじゃねえか」

「これを機に煙草減らしたら」

「やあよ」


 ケーイチはすっかり薄っぺらくなった袋の中身を覗き込み、最後これはパイプで喫おうと思い畳んでポケットに入れた。彼は馬に積まれた死体に近寄り、憎たらしい顔を軽くはたいた。ラスナはエミリアとハルトの許に立ち膝ついてしばらく少年の寝顔を見つめると、彼を治療する若き魔錬術師に向いた。


「エミリア、ハルトの様子は?」

「うん、もう大体治って、よく寝てる。ラスナは身体なんともない?」

「私はなんともない。エミリア、ありがとう。あなたがいなかったら、ハルトは・・・」

「ラスナこそ。ラスナがいなかったら、この仕事をやり遂げられなかったよ」


 互いに褒め合って微笑んだ。でもやっぱり、ハルトを膝枕をしているエミリアのことは羨ましく思えてしまった。仲睦まじく見えて、治療の意味合いではあるけれど彼に触れられる頻度は高いし、そしてきっと彼女もまた自分と同じ想いをハルトに抱いてるのだろうと感じた。だからこそ、危機から助けてもらったときなんかに素直な性格からハルトの胸に飛び込めることも、ちょっとヤキモキしてしまう。

 今こそ、ラスナは触れたくなった。ハルトの手助けをできて、平和な寝顔が起きても穏やかであることを確信して。汗ばんだ掌を拭ってそっと手を伸ばした。包む頬が温かい。


「ん・・・ラスナ?」


 ハルトはゆっくり瞼を持ち上げる。目の前の美少女、真紅の髪が風が吹いてもないのに広がって、長いポニーテールも逆立ち月面に棘を刺しているかのようで、顔中もまた赤く染まる。頬に添えられた掌が冷たく心地よく、上から手を重ねた。


「ドントールは?」

「わ、私がちゃんと倒した!」

「そうなのか?大変だっただろ。僕はこのザマで・・・でも、ラスナが無事に帰ってきてくれてよかった」


 重ねた手をきゅっと握る。ラスナの頭は沸騰して、煮立つままに固まった。優しく笑うハルトの無邪気さは鈍感にも彼女の心に気づくことなく、ラスナはラスナで大騒ぎを始めた。


「やられるわけないんだから!ハルトとだっていい線で戦った私が、あんな汚い男に、そりゃもう一瞬だったんだから!討ちそこなって、残念ねハルト!悔しいでしょ、悔しいって言いなさい!」

「悔しくなんかないよ、ラスナには感謝ばかりだ。ほんとうにありがとう。でも大丈夫?顔真っ赤で、熱でもあるんじゃないのか?」

「熱?この私が?ない、ぜーったいない!」


 ぎゃーぎゃーわーわーと賑やかしく、潰れた馬車にあぐらをかくケーイチは呆れて三白眼に流し見ていた。手にはワインの瓶と煌びやかなティーカップ、馬車から見つけ出した物で、少々青臭い少年少女を肴に一杯と、ティーカップにワインを注ぐ。口を付けようとすると、隣にスタイル抜群の美少女が腰かけた。エミリアは腿に肘をつくと掌に顎を乗せ、いたずらっぽく笑う。


「それ、返さなきゃいけないんじゃないの」

「ちょっとくらいならバレんよ。どうだ、エミリアも。お付き合いじゃたまに飲んでたんだろ」

「それじゃ、ちょっとだけ」

「そら」


 もう一つティーカップを荷台から取り出すとワインを注いでエミリアに渡し、「乾杯」カチンと金色の縁がキッスする。彼女はワインを傾けつつにこにこ二人のやり取りを眺めていた。


「混ざってこなくていいの?ラスナとハルト、なんやかんや楽しそうだし」

「あの場はラスナに任せるよ。ラスナはすごく頑張って決着をつけてきたし、きっとハルトくんとああしてるの、とても楽しいと思う」

「しかしラスナに取られちゃうんじゃないか。どうせ、君たち二人とも、ハルトに恋してんだから」

「こ、恋だなんて!どれが恋かなんて、そんな気持ち、これまでなったことないからわかんないよ・・・たしかにハルトくんと出会ってから、初めて感じるようなことはたくさんあるけど、それがまさか」

「まさか、そうなんだよなあ。解らん感情を持ってるってのは、そういうこった」

「こ、これからこの気持ちはじっくり時間かけて分析するの!その時は、ケーイチくんにも検証を手伝ってもらうからね!きっと、たくさん恋してきたんだろうし」

「そうそう、恋多き男さ、俺は。いくらでも協力したげる。しかし、なんだね」


 ワインをぐっと飲み干す。緩く腹を焼いて上気し、ラブコメを地でいく彼らをおかしく思ったり羨ましく思ったり、懐かしくなったり。込み上げてきて、高らかに笑った。


「ほーんと、甘くて青臭くって、どーしようもないんだから」

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