第13話 潜入
ドントール団アジトで夕食が出る少し前、一台の馬車を幹部たちは迎えた。第三幹部のベドー、第二幹部のルーグという男、そして第一幹部の中年はその名もドントール、本人だった。
「新顔の、いい女だってなあ、しかしわざわざアジトで奉仕したいとは、奇特な女よのう」
「そりゃ、我がドントール団の勢力が広がったってことですよ。きっとファンってやつで」
「それよりベドー、お前あのイシヅカとかいう男の連れ、まだ見つからんのか」
「宿を突き止めたんですが、出て行ったとか。すみません」
「アホウ。スーミなら何か知ってるかもしれんて、それでもわからなけりゃ殺しちまえ」
「はい、仰せの通りに」
物騒な会話の最中、馬車からスーミを筆頭に数人のの女が降りた。中に着飾ったラスナも混じっていて、幹部たちの目を惹いた。
「だんちょーさーん!お久しぶり、待ってたあ?」
「待っておったわい。それより、あの娘が新顔かのう、いい味しよるんだろうな」
「なんたってハ・ツ・モ・ノ、いじめちゃだめよ?ほら、キリエ、挨拶」
「き、キリエと申します。どうぞご贔屓に」
ラスナは偽名のキリエで呼ばれ前に出た。自身の私服より何倍もヒラヒラしたドレス、胸元も大胆に開いていて、普段ビキニアーマーで戦っているもののモノが違う。ドレスの端を摘み軽く一礼、慣れないヒール靴でよろけそうになる。
「初物たあいいな。ルーグ、この前の略奪の褒美だ、お前が好きにしろ」
「いいんすかあ、へっへっ、可愛がってやるぜネーチャン」
下卑た笑い、それだけでも不快極まりないが、尻を撫でられて限界を超えそうになる。顔を背けて険しい表情になるが、隣に立っているスーミに小声でたしなめられた。
「今はだめ。耐えて」
「は、はい」
「なんだって?」
「ううん、なんでも。優しくしてあげてね」
「わかってるわかってる。まずは酒だ」
再び尻に手が触れる。ラスナは舌打ちしそうなのを堪えて作り笑い、付き従ってアジトに誘われた。
「女が来たみたいだな。まったく、もう何人もここで囲ってるのに、飽きない連中だ」
酒宴の騒々しさは牢内にも伝わって、金貸しが吐き捨てるように言った。ケーイチはほとんど空になった皿の食べ滓と格闘していてまた腹が鳴る。
「やはり足りんようだな」
「ええ、ええ、足りないったらありゃしない。食ったそばから腹が減る」
「今日はそのうち、夜食が出るさ。待つこった」
「夜食、なんで?」
「酒の肴の、おこぼれをくださるんだよ。商売女に我々を捕らえたことを自慢しにくるついでにな」
「ふーん、何くれるんだろね。これじゃ本物の囚人より惨めだ」
「おい、来たぞ」
廊下見ていた庄屋が、言うが早いか自分の食器を掴んで格子に飛びついた。千鳥足とすぐ判る靴音と酔ってはいないシャンとした足音が聴こえてきて、例の見世物になって施しをくれるのであろう。しかし振り返ってみて驚いた。
「いいかあ、こいつらみな町長に高利貸し、百姓の庄屋もいれば、最近とッ捕まえた外国の豪商なんてのもいる。大したもんだろう!」
「すっごーい。みんなあなたたちの手柄なのね」
千鳥足はルーグ、少女が伴っていた。聞き覚えのある声がへたくそな媚びを振りまく言葉、ラスナに違いなく、ただ煌びやかな且つ大胆なドレスに大人びた化粧が香った。まさかドントール団に帰順したのではなかろう、助けるためにどういったわけか入り込んで目の前に居るのだと理解して、驚嘆の音を飲み込んだ。無理やりにこやかな顔を作っていると見え額に筋が浮き、ケーイチと目が合うと瞳は鋭く光った。
「ねーえ、外国って、どっから来たの?」
『Japan、日本、Japon』
「こっちの言葉でしゃべろバカ!」
「ミカワの国」
「へーそうなんだ。知らなーい」
酔い立ち回るルーグは嘲るラスナにバカ笑いし、ラスナもケラケラ笑っていた。彼女は仰け反るルーグの隙を突き座るケーイチの頭の高さに屈み囁く。
「また後で来るから。元気そうね」
「まあ、な。ご苦労さん」
「ほんとに」
「そら人質ども、くれてやるぞ!」
ルーグが片手に摘まんでいた食べさしのローストビーフを牢内に投げ込み官吏は上手いことキャッチした。べトンと木皿に張り付いたそれは、汁が跳んで管理のシャツに染みを作る。夜食はこれだけで、人数分スプーンで切り分けると無いに等しく口に放り込むと僅かに塩気と油の味があった。
ラスナは耐えて耐えて、肩に腕を回されることには慣れてきてしまい、胸に触れようとしたり唇を頂戴しようと汚らしい顔の口を尖らせて迫ってくるのには、ひたすら「あ・と・で」と湿っぽく言ってやった。するとスーミの言った通りそれ以上しつこくはせず、後々に発散すべくその興奮を溜め込むのか唇を舐めた。しかしルーグはいい加減焦らされすぎて、人目も憚らず本番を望む声が大きくなる。
「なあ、もうベッドは用意してあるんだ、いいじゃねえかここらで。これ以上待たされちゃ暴発するぜ」
「じゃ、そろそろ行きましょうか。その前にちょっとお手洗い」
「アソコ綺麗にしとけよ!」
男共の下品な笑に吐き気を催しそうになり、食堂を出るとベタベタ触られた箇所を必死に擦った。唾らしき跡もあり、顔を背け服がちぎれそうになるくらい手に力を入れた。
別にトイレに行きたいわけではない、尾けてくる者がいないことを確認すると牢に向かった。見張りは居ることは居るのだが彼らもまた酒を浴び、倒れたジョッキを枕に夢路をスキップしている。ラスナは見張りの机に散らばる移火を一本掠めると廊下の灯りで点火し、既に暗い牢を照らして回った。ケーイチは格子近くで毛布にくるまり派手な鼾をかいている。足下に転がる小石を三回ぶつけると嫌そうな顔をしてしょぼつく目を擦った。
「起きてケーイチ、あなたも手伝って」
「眠い。暴動起こすのか?」
「察しがいいわね、その通り」
「俺だって計画してたんだ。お前らが来たら実行に移そうと思ってた」
「ただ捕まってただけじゃないみたいね。あなた、ミカワの国って何?」
「なんだっていいだろ、適当に言ったまでだ。それで、どうする?」
「第二幹部のルーグに、その、ベッドに誘われてる。かなり酔わしておいたから、二人だけになった時襲うわ」
「襲うって性的にか」
「バカ言わないで。朝までたっぷり寝てられるくらいには叩きのめす。そこで武器庫の情報を得て、火を点けるわ。できたら、ここの牢の鍵も手に入れる」
「そこまでしなくていい、指揮が執れない程度にボコしてくれりゃ。武器庫の場所なら判ってる」
「ほんと?」
「ええとな、ちょっと待て」
ケーイチは鞄から手帳を出しラスナに火を近づけさせた。日本語で書かれた情報に首を傾げるのは当然で、適当に図を書いてやる。もう見張りに内容を咎められることもないだろう。
「ここだ。武器庫に火を点けるのはいい考えだが、持ち出された銃のいくつかは返納されていない。だから少なからず武装している奴もいるから気をつけろ」
「わかった」
「あと火薬と弾、銃を何挺か、持ち出せるだけ持ち出してくれるとありがたい。こいつら叩き起こして、脅してでもなんでも戦力化させる。じゃあ後で会おう」
「銃は持ち出せたらにする、期待しないでね。じゃあ行ってくる」
「あ、それから」
「なに?」
「綺麗じゃんラスナ。ハルトも惚れるぜ」
「もう、バカ!」
ケーイチのことを想っているわけではないし私服を褒められた時も得意げになっただけだが、今こんな状況で口説き文句の如く言われて、なんとなくおかしくて照れる。頬を染めたラスナの、これから起こすオオゴトを前に緊張は少しほぐれた。
「じゃ、オッさんたちを起こしますか。ほら、起きなさい」
ラスナの影が牢場から消え、ケーイチは近くで大の字になっている町長を蹴った。




