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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第二章 救世始
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第11話 密偵紛い

 誰も知らない言語を持っているということは、それだけで強大な力となり得るほど便利なことだった。秘密の計画を作るのにも暗号を作るのにも重宝できる。実際ケーイチの元いた世界の第二次世界大戦では、薩隅方言を作戦に用いたり話者の少ないナバホ語を扱うナバホ族の暗号要員が従軍していた。

 ケーイチは時折運動のため中庭に出してくれることがあると目に見える情報はなんでも覚えて備忘録に書き連ねた。聞こえてくる賊の会話も聞き逃さず情報になりそうなことを書き留める。日本語で書いていたため、覗き込む囚人(仲間)には何のことか解らなかった。彼らにはまだ脱走の決意を話していない。しかし書き物をしているのは怪しく見られ、ある日見張りに問い詰められた。


「お前何書いてんだ、毎日毎日」

「日記ですよ、習慣でね」

「怪しいな、よこせ!」


 取り上げられても蒼ざめる素振りは抑えなければならない。図でも載っていれば見破られたのであろうが、もしもの時ごまかせるように文章だけにしてある。


「何書いてあるのかわかんねえ、おい、正直に内容を答えろ」

「い、嫌ですよ」

「なに⁉︎痛い目にあいてえのか!」

「わかったわかった!言いますってば・・・弱ったなあ、耳貸して」

「ン」


 ボソボソ小声でデッチ上げの内容を伝える。すると見張りはいきなり爆笑して牢内に手帳を投げた。


「なるほどなあ、他のジジイと違ってお前は若かったな。うん、金の出さえよけりゃ考えてやらんこともない」

「ほんとですか⁉︎嬉しいなあ」

「代わりに、お前の連れと連絡がついたらすぐ金を持って来させるんだ、いいな」

「はいもちろん!」


 笑うままにケーイチを突き飛ばし見張りは離れた。気になる牢内の面々は顔を見合わせて、官吏がケーイチに聞いた。


「何が書いてあったんだ?彼奴らひどく笑っていたが」

「いやあ、なに」


 ケーイチは照れたように頭をかき唇を舐めた。できるだけいやらしい表情を作ってもじもじ身をよじらせる。


「女とアレしたいってね、長々と書いちゃったもんですから」


 牢内一斉に脱力し、夢中に身を乗り出していた官吏は尻もちついた。興味失った囚人たちはそれぞれの暇つぶしに戻り町長が嘲るように笑う。


「女か、なるほど」


 こうして脱走計画の重要情報は守られた。ほっと一息ついて手帳を開き、改めて情報を読んでみる。

 見張りがどんな武器で武装しどこに武器庫があるのか、大体掴めて、他の牢にも囚人がいることも把握した。ただ幹部がどこに居座っているのかと安全な脱出路がいまいち判らず難儀する。それさえ詳らかになれば、暴動を起こして幹部を殺害、混乱の内に脱出できるというもの。また、一度牢外で武器を手にしなければならない。できることなら取り上げられた拳銃を奪取したいところだった。黒色火薬を用いた緩やかな発砲音は訓練か何かで聴いたが拳銃の.38スペシャル弾の音はまだで五発残っていると思われる。


「結局、()()()を待つほかないのかな」


 暴動を起こすにしろ囚人が皆恭順であるとはまったく限らず、誰が協力的であるか信頼し得るほどの時間は過ごしていない。計画を打ち明けられないのはそのためで、逸って密告でもされたら全て水泡に帰す。考えれば考えるだけ実行が遠のく気がした。


じゃ、いつ来るかって話だ。きっとそのうち助けに来てくれる。それまでに何も考えてませんでしたじゃ示しはつかない。しかしある程度親しくなったとはいえ昨日今日知り合った仲、そこまでのことをしてくれるのか。いや、ドントール討伐は今回の目的、きっと来るだろう、きっと・・・


 不安が身体を這いずり回って気持ち悪く、鳩尾あたりで溜まって吐き気にも近い不快感が夜ごと身を(さいな)んだ。別に何日も居るわけではないけれど、居眠りのできない講義の時間が無限に感じられるように、何ヶ月もの監禁を強いられてる感じがする。

 

 不安がるケーイチの耳元にまだ救いの蹄鉄は感じられない。しかしそれは確実に迫ってきていた。

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