第8話 小騒動
ハルトは道すがら、ケーイチのことを考えていた。
ほんの少し前、平凡極まりない高校生だったハルトは神の部屋らしき場所に誘われ、様々な能力とアイテムをもらい転移した。とある世界の平和を促すための力が元より備わっていたから選ばれたという。その時伝えられたのが、大学生が一人同時に転移してしまったから探して旅に同行させて欲しいということだった。
件の大学生にはなかなか会えず、初めて着いた街で暴れていた賊、ドントール団一味を瞬時に制圧したことから領主グライスの目に留まった。その力の強さから家に招かれ、そこは道場ともいえるような場所、娘のラスナと出会う。娘の相手をしてやってほしいとの頼みから彼女と立ち会ってハルトは勝った。当初自らの力を過信していたラスナは自信を失ったようでぶっきらぼうな態度でもあったが、彼女に街を案内されている時、再び今度はより強大なドントール団に遭遇して、ハルトは危機に陥ったラスナを見事助け出す。同時に信頼も手に入れた。これが縁となってラスナは修行の旅としてハルトに同行するようになった。実際彼女は初恋じみた想いを抱いたのだが、ラスナは初めてのことで自身の感情を上手く認識できず、当のハルトはそんな感情を抱かれているとは気づかない。
ドントール団を追いながら次に着いたのは魔練術師の里。世話役を任されたエミリアと親しくなった。そこでもラスナの時と似たような経緯でエミリアを救う。ただ相手はドントール団ではなく反魔練術集団の過激派だった。エミリアもまたハルトに想いを寄せて魔練術を用いた恩返しをしたいと、同行を願い出る。
ようやくケーイチと出会ったのはドントール団に襲撃されているルビヤ村だった。無謀にも一人敵に立ち向かい返り討ちにあった男をエミリアが治療しているのを見ると、譫言に口から漏れる『お母さん』の言葉、この世界で初めて聞く日本語で、彼が神の言っていた大学生の迷子だと知った。起きているケーイチとの対面は、怒りに駆られた彼が捕虜を殺そうとしている時。冷静だったハルトは諫めようとしたが、ラスナとエミリアのことをまるで情婦の如く吐き捨てるケーイチに激怒し喧嘩に発展した。だが彼は一年もルビヤ村で待ち惚けを喰らいその上村人を殺されたこともあって、ぶつけられる怒りを理解せざるを得ず、会食の際謝罪もあったから特に恨みには思わなかった。
しかし同国人としての親しみは感じられなかった。日本語で出身地のことを話しても、ラスナやエミリアの方が出自に関しては近いものを感じていて、それは自身が元の世界の日本にあまり未練を持たないのにケーイチが望郷の念に駆られているからかもしれなかった。温度差といってしまえばそれまでだが、ケーイチは、服装から装備も元の世界のものなら酒の飲み方まで日本大学生そのままだった。この世界で日本人然としている彼は少々奇妙に見える。
だけどケーイチを阻害したいとか邪魔に思うわけでもなく、仲間としての共通意識は持てそうだったし、なんなら兄貴のように慕うことができればとも考えていた。だからか、自分にはない女性経験について聞いてみたりもしたのだった。要は、仲良くすることに疑念の余地はない。ただ相手がどう思っているのか、仲良くしてくれようとはするが、歳下の自分の方ができることは多いことに、悪感情を抱かなければいいのだが。
「なるほど、大体わかってきた」
ケーイチに対して思い巡らせるのとは別に、情報収集はきちんとやっていた。話を聞いてみると店の儲けをピンハネされるのは当たり前、街の有力者は人質に取られて金銭の要求をされるのはしばしばだった。金銭だけならまだしも、拉致されて団員にさせられた者もいて、抵抗した者はもちろんタダでは済まず命を失うこともあった。しかし、どれだけ聞き込みをしても本拠地だけは掴めない。
「ケーイチは幹部が出入りする店に話を聞きに行ったわけだし、何か本拠地についての情報を掴んでるかも」
2時間は過ぎていて市場に戻り、ラスナとエミリアを探して回った。なかなか見つからずやっとそれらしき人影を見かけると、二人は畳まれた露店の側で、若い男たちと話していた。近づいてみると、ラスナは苛立ち隠さずエミリアは明らかに困っていた。どうもナンパらしい。
「だーかーら!人を待ってるって言ってるの!」
「いーじゃん別に。俺たちと遊ぼうぜ。いい店ならいくらでも知ってるよ」
「またここまで送ってあげるからさ、な、少しだけ」
「や、やめてください。もうすぐ来るんですから」
「やめてください、はないだろ。いじめてんじゃないんだから」
「鬱陶しいわね、どっか行きなさいよ!」
「人がこうやって頼んでんのに、ちょっとくらい言うこと聞けよ。話し相手するだけでいいんだからよ」
男は二人、一人がラスナの手を握った。彼女は間髪入れずに振り解き、エミリアを背に後ずさる。しかし後ろは壁だった。
「いってえな、調子乗るんじゃねえよ。どうする?逃げ場はねえんだからおとなしくついてこいよ」
「あんたたち・・・いい加減にしないと」
「おい、嫌がってるだろ、やめろ」
ハルトは背後から、凛と物怖じせず警告した。まるで白馬の王子様よろしく現れて、少女たちはパッと輝く笑顔を見せた。二人が惚れる道理はここにもある。
「ハルト!」
「ハルトくん!」
「なんだお前?邪魔すんじゃねえ失せろ」
「そうはいかない、その子たちは僕の仲間だ」
「こいつを待ってたのか。ヒョロっこいガキだな。俺たち今からこの子たちとデートすんだよ。怪我したくなきゃ引っ込みな」
「誰がデートなんて!」
「ほら嫌がってる。そんなことするのはかっこ悪いよ。失せるのはお前たちの方だ」
「このガキ言わせておけば!」
「やっちまえ!」
お決まりのセリフ、チンピラは拳固めて飛びかかった。だがハルトにとって脅威でもなんでもない、ヒラリ軽く躱して一人に脚を引っ掛ける。二人ともぶつかり合って盛大に転び、何が起きたのか判らず頭を振った。
「こいつ、よくもやりやがったな!」
「転んだついでに早くどっか行けよ」
「なめやがって。もう手加減しねえ、フクロにしちまえ!」
また飛びかかるが同じこと、今度は攻撃を避けると背中から引っ掴み、弱めた打撃魔法をぶち込む。弱いとはいえ強烈なパンチを喰らわされるのと変わりはなく、壁に激突してノびた。残った一人は震え上がり凶器を探し始めた。
「二人とも大丈夫?怪我は・・・」
「ハルト危ない!」
「うおおお!」
ハルトの背後から、なんとか掲げた露店の支柱を振りかざし、チンピラは気勢を上げる。その攻撃も読めていて、素早く振り向くと魔法も使わず胴に拳を入れた。支柱が派手な音を立てて転がり、チンピラもまた腹を抱えてへたり込む。魔法を用いない腕っ節の強さもなかなかのものだった。この辺の身のこなし方、ケーイチと違う。
「わかっただろ、これ以上は怪我させるから消えろ」
「け、怪我って、もうこんなんじゃねえか!」
「もっと相手してやろうか?」
「ひい!やめてくれ!くそ、覚えてろよ!」
チンピラは這々の態でなんとか立ち上がるとどこへともなく遁走した。汗一つかかなかったハルトが笑顔を作り少女たちに向き直ると、エミリアが胸に飛び込む。突然のことで頬が赤らんだ。
「怖かったよハルトくん!」
「け、怪我なかった二人とも?もう大丈夫」
「なんとか助かったわ。ほら、エミリア暑苦しいから離れなさいよ」
「私の魔練術は攻撃には使いにくいし、ラスナも剣がないから・・・怖かったよお!」
「剣だけが能で悪かったわね!格闘だってやろうと思えばできるのよ!ただ、力加減が・・・」
「ラスナもがんばったね、エミリアを守ろうとしてるのがわかったよ」
「そ、そりゃ私はエミリアよりは戦えるから?当然よ!」
褒められたラスナは嬉しさのあまりにやけてる顔を背けた。そして、素直に抱きつけたエミリアを少し羨ましくも思うのだった。
遠巻きに見物していた群衆から拍手をもって近づいてくる女がいる。三人ともその方を向くと見覚えのある顔で、そういえば昨晩、ケーイチと唇交わしていた女だった。
「やるわね、あいつら札付きのチンピラよ。どっかの誰かさんとは大違い」
「あなたは昨日の」
「名前はスーミよ、よろしくボーヤ、おジョーちゃん」
「よ、よろしく」
「お嬢ちゃんなんて、失礼しちゃう」
「よろしくですスーミさん。何かご用ですか?」
「そういえば、ケーイチがあなたの所へ行ったはずですけど」
「そうだ!そのこと。大変なことになったのよ!」




