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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第二章 救世始
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第5話 娼婦スーミ

 護身用の拳銃と金入が入った袋を持って外に出ると、酔客まばらに他の街の夜と変わりはない。ガラの悪そうな奴はいるか、と思っても全員そんな人間に見えてしまう時間で、ケーイチも煙草をくわえて飄々としていた。大体、泥酔した者の逆に、またほろ酔い程度の者等に従って歩いていけば自ずと店には着くはずだった。


「なにも取って食われるわけじゃない。初めてと言えば相応に楽しませてくれる。金はたっぷりあるんだからサービス満点だ」

「う、うん」


 おずおずと緊張の色隠せないハルトにケーイチは得意げだった。なにせ、ようやくハルトより上位に立てそうな事柄である。女の性を仄めかされ初々しい反応を起こす彼に対し、ケーイチは劣悪な優越感を覚えずにはいられなかった。性体験の有無がステータスのようにいわれてきた社会に生きてきて、その経験を持たない頃は、非常に悩んでいたケーイチである。だから却って、今は童貞でないことをさも誇りのように感じていた。これは非常に醜いことで、個々のライフスタイルや性格、悩み方の思想を全く無視した独りよがりな感覚に違いなかった。このことを頭では理解していたはずなのだが、なんでもできるハルトといて感情の抑えは効かなかった。

 しかし、自身の醜さにいきなり気づかされた。それらしき店が見えてきて指をさし、娼婦が近づいてきて手を振る。饒舌に話を続けようとするとハルトは立ち止まった。


「だいたい、女ってのは・・・」

「やっぱり、僕戻るよ」

「え?」

「ケーイチには悪いけど、やっぱり僕には自分自身の理想とした初体験がある。実は・・・キスだってまだしたことない。女の子と付き合ったことも。だから、まずは自分の手で切り開いて女の子を好きになって好かれて、それから・・・ちょっと言い方が恥ずかしいけど、結ばれたい」

「あっ」


 ケーイチは目を見開いて髪をかき上げた。少年の生真面目な純情に襲われて真っ蒼になり、彼の優越感は脆く崩れ去って後悔の念が積み上げられる。劇的な経験もないのに通ぶって、女という生き物がどうのと語る寸前であったことが唯一の救い。性に向き合ってそれをどう扱うのかは、自分と相手だけの問題であることを思い知らされずにはいられなかった。ケーイチが娼婦と遊ぶことはケーイチ自身で良しとしてもハルトには無関係であったし、またハルトが如何にして恋愛体験をするのかということも、誰も侵してはならない領域であった。おそらくハルトはそこまで深くは考えていないのであろうが、ケーイチは脱帽する思いで己を恥じた。「16歳のお子様を娼館に連れてくのもなあ」あんまりの非常識さにも今更気がついた。


「悪かった。今夜の俺は謝ることばかりだ。君は偉い」

「偉くはないと思うけど、わかってくれたのならよかった。ケーイチはどうする?」

「俺は・・・何か食ってくよ。さっき吐いたから腹減っちゃって」

「じゃあ先戻るね。出かけた理由二人には内緒にしておくよ、はぐれちゃったって言っておく」


 来る時の何倍も軽い足取りでハルトは帰っていった。手を振って見送るケーイチの横に、娼婦はぽかんと口を開けて立っていた。ケーイチは幾分申し訳なさそうな顔を作って娼婦に向き直ると、彼女ははっとして彼の腕を抱いて店に誘った。


「あんたたちの客を一人減らしてしまった。すまない」

「若いものね。純情が過ぎるっていうのか」

「少年だからさ。あんな純情は誰しもが持ち得るわけじゃない。代わって、俺がたっぷり楽しむよ」

「あら景気の良い言葉。ご飯食べるだけじゃもちろんないんでしょ?うんと可愛がったげる」


 娼婦は頬にキスをして妖艶な笑み、ケーイチも鼻の下が伸びる伸びる。


 今晩の相手も案内してくれた娼婦を選んだ。名をスーミという。歳は大して変わらないだろう、背はケーイチより少し低く、長いブロンド髪にドレスから長く脚が覗き、胸はこんもり膨らんで派手すぎない化粧、ぱっちりした目の少女らしさが残る美人だった。しかし商売上ムード作りに長けているのか大人びた雰囲気もあって、月影に赤い口紅が浮かび上がる。ロド金丸貨を数枚並べると素ではしゃぎ、飛びついて唇を奪った。奪われるままにケーイチは沈んでいく。


 一度コトが終わって、腕の中にスーミを抱きつつ髪を撫でた。彼女は優しく微笑むと唇をくわえるようにキスをして胸をなぞる。


「もう一度する?」

「ちょっと休憩しよう。朝までまだ時間はある」

「わかった。んふ、ケーイチさんみたいな気前の良いお客さん、なかなかいないよ。優しくしてくれて私も楽しい」

「あらそう?ならよかった。俺も久々にこんなに楽しくできたよ。ありがとう」

「いっぱい愛してあげる。何かお酒でも持ってこようか?」

「寝る前にしよう。ちょっと煙草」


 腕を伸ばして袋を取り、中からシガレットケースを出した。スーミは煙草と聞き移火を用意してくれたが、ケーイチがくわえる紙巻煙草を珍しそうに見つめた。


「やっぱりこれ珍しい?」

「うん。煙草なの?」

「そう。薄い紙で葉を巻いたんだ。味は落ちるが、喫うのに手間がかからない。この先に火を点けて」

「はい。変わったことを考えたのねえ」

「ありがとう。俺の国では皆こうしてたんだよ。この形で商品になってた」

「外国の人なんだ。旅人?この国と変わらない服を着てるから気づかなかった」

「そう、旅。長いのか短いのかわからんような」


 煙を吐くとスーミは目を細めた。シグ煙草の香りは富豪の香りで、それは彼女にとって懐が豊かになる予兆、目を細めてケーイチに脚を絡ませた。


「じゃ、もう一度。大丈夫?」

「私はいつでも」

「そんじゃ再び」


 少々わざとらしく声を湿っぽくさせて、スーミはケーイチを受け入れようとした。しかし楽しみは長くは続かない。しばらくすると廊下を伝ってくるがなり声、続きちゃんと施錠されていた扉の鍵が開かれた。扉を蹴り開げる音にびっくりして、ケーイチもスーミも闖入者の方を見る。視線の先にはいかにもチンピラ風の若者、不機嫌そうにベッドに近づくとケーイチを引き剥がした。


「くせえな、どけ。スーミ、俺の相手をしろ」

「ちょっと私のお客よ!お金はもらってるんだから邪魔しないでよ!」

「うるせえな、俺が来た時はいつでも俺の相手をしろって言ってあるだろうが。おい、さっさと失せろ」

「なんだと?この野郎、なんのつもりで来やがった、邪魔しゃあがると叩ッ殺すぞ!」

「偉そうな口聞くなよ、ほら!」


 男は腰に差してあった短刀を抜き(きっさき)をケーイチの額に向けた。彼は自分の持ち物の方を見て中の拳銃を思い出したが、手が届かず、それに発砲したらこの街にいられなくなることくらい想像はついた。仕方なしに引き下がり、悪態の一つでもついてみる。


「畜生、覚えてろよ」

「覚えてない覚えてない。とっとと消えな」

「アホ!」

「は?喧嘩売ってんのか。俺はな、泣く子も黙るドントール団第三幹部だぞ。それでも盾突くか、え?」

「えッ⁉︎」


 ケーイチは男が思いもがけない人物であったことを知り驚きを隠さなかった。討伐対象のドントール団員、それも幹部。男は、彼の驚きは自分の身分に対する畏怖だと確信し居丈高に脚を組んだ。


「やめて!せめて、お客さんを送ってくるわ。ちょっと待ってて」

「早くしろよ」


 スーミに連れ出されて見送られることとなった。さっきハルトと別れた場所まで来ると彼女は溜息を吐き、金をいくらか返そうとした。


「ごめんなさいね、怖がらせて。余分なお金は返すわ」

「いいっていいって。しかしなんだあの野郎、ドントール団だって?」

「この街を支配に置いてるの。彼は護衛料だって言って店からお金をとって、なのに自分はタダで私を抱こうとする。困っちゃうわ」

「『ミカジメ料』ってやつか」

「なんて言ったの?」

「なんでも。警察や軍隊も討伐できなかったってね。君も大変だな」

「また来て欲しいけど、早くこの街から出た方がいいわ。お金、やっぱり受け取れない」

「いいんだってば。じゃあ代わりにキスしてくれ。その料金分」

「そんなのでいいの?じゃあ・・・」


 双方神妙に目を瞑り、スーミは頬を両手で包みケーイチは腰を抱く。別れの挨拶としては長ったらしく、スーミはケーイチの良すぎる気前に惚れこんで、多少の情を取り交ぜて口を吸った。


「・・・惜しいなあ、さっきは途中だったし」

「・・・もし街を出れることがあれば、違う土地でまた店を開くから。どこかで会ったらサービスしたげる」

「若女主人か、そりゃいい」

「あら、あのお店も私のよ」

「どうりで、いいテクニックだと思った。もうちょっと・・・」


 そんなこんなでまた数十秒。スーミには招かれざる客が待っているが、彼女もケーイチの相手をしている方が楽しかった。

 数人の足音が近くで止まった。人に見られていても、客と別れの挨拶をしている娼婦は他にもいて気に留めなかった。しかし足音が止まると別に変な音が聞こえてきて、ケーイチは唇重ねるままに聞く。


「き、きき、き、ききき・・・」

「ん、変な音。鳥の鳴き声かな?」

「こんな声の鳥、いないわ・・・もうそろそろ行かなきゃ」

「寂しくなるぜ」

「き、キスしてるーっ!」


 最後の最後、軽く口づけを交わしていると、変な音は聞き覚えのある声に変わった。ラスナの声だった。

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