第4話 悪酔
「外で待とうか。どんな格好してくるのかな、エミリアの服は制服じみた雰囲気があるし、ラスナもまさかビキニ着てくるわけでもあるまい」
「そっか、ケーイチは二人の私服を見たことがなかったっけ」
廊下に出て女子部屋の扉をノックする。返事は衣擦れの音に交じりまだ着替えは終わらないようだった。しばらくしてようやく出てきた二人、意外な恰好で、特にラスナの服装にケーイチは思わず声が出た。
「うあ」
「お待たせ、待った?」
「なにケーイチ変な声出して」
エミリアは質素な感じのブラウスで大人びて見えよく似合っていたが、ラスナは白黒のゴシック・ロリータチックな服で短いスカートにはフリルが浮かんでいた。そしてポニーテールを纏めているのも、可愛らしい模様あしらわれた大きなリボンになっている。似合っていたが、戦闘民族のようなビキニアーマーからは想像がつかなかった。
「よう似合ってる、エミリアは大人びたし、ラスナも可愛らしいじゃないか」
「ふふん、これお気に入り!」
ラスナは胸を張って嬉しそうにしていた。男友達に服装を褒められる女友達といった具合で、少し背伸びした顔は「でしょ!」と言っている。見ているハルトに同意を求めると彼も目を細めて頷いた。
「なあハルト?」
「うん、可愛いよ」
ハルトからの賛辞に対する反応は少し違う。ラスナは顔を真っ赤にするとしばし固まった。湯気が出てくるような額でちっとも動こうとせず、ケーイチが背中を叩くとようやく一歩進んだ。並んで歩きながら半ば呆れて、彼はラスナの顔を覗き込む。
「なんでえ顔真っ赤にして。カレ、初めて君の私服見たわけでもないだろうに。そんなによかった?」
「かわいいって、初めて言われた・・・」
「俺も言ったじゃん」
「それとこれとは違うの!」
「ほーほーホの字だ。いいんか?ハルトはエミリアと仲睦まじく喋ってる」
「むう、べつに、エミリアとハルトが何話してても気にしないし。それに、好きとは違うから!」
「じゃあなに?」
「なんというか、そう、憧れよ!私を倒したんだし、強いし。それからライバル!」
「それをな、男女の中だとコイシテルって言うんだよ」
「違うって!もう!」
「ん?なにが?」
突如振り向くハルトにまたもや赤面。実に判りやすい彼女の不器用さに、じれったく、なんとなくおかしくてケーイチは笑ってみせた。
「かわいいかわいい、見てて実に面白い」
「いじわるねえケーイチって!」
男女交互にテーブルにつき、ローストビーフが美味いというからそれを、ビールもあるというから頼もうとして指を人数分出そうとした。しかし、思えばこの子どもみたいな三人が酒を飲むのかは知らなかった。酒やら煙草やらの嗜好品に年齢制限はなく、ルビヤ村では、習慣的に十代後半から始める者は始めていた。
「酒って飲むの?」
「僕は飲んだことないよ、まだ16だし」
「私もあんまり。お師匠の付き合いで少し飲んだくらいかな」
「お師匠って魔練術の?」
「そうそう。よく飲む人だったよ」
「私も飲んだことない」
「じゃあ一つでいいか。ビールも一つ」
三人分のは果実ジュースで、ケーイチはビールを持ち乾杯した。ビールは街にしかなく久々で、喉が渇いていたこともあって一気に飲み干した。エミリアは目を丸くする。
「ケーイチくんよく飲むね!」
「あたりきよ、エミリアのお師匠さんはどうだった?」
「お師匠は自分でお酒の開発してた。それが趣味だったみたいでいつも飲んでたよ」
「やるね、俺も負けちゃいられない」
「ケーイチ、飲み過ぎじゃないか?」
「まだまだこれから。ビールもう一杯!」
「お酒代だけで破産しそう」
ラスナは文句言いつつも、どこか気にしてケーイチのジョッキを見ているようだった。彼はそれに気づいていてラスナの分もと二杯頼んだが、ハルトという想い人の前でへべれけにしてしまってはかわいそうで、またの機会にしようと二杯とも飲んだ。
しかし前夜もよく飲んでいた。肝臓は気づかずと限界迎えていたようで、ローストビーフの最後は味が解らず黙りこくってテーブル中央を見つめていた。皿を片付ける女主人は注意をする。
「ここで小間物屋広げないでよ、トイレはあちら」
指差す方は見ずゆっくりと頷き、エミリアはやれやれと自分の水を差し出した。ケーイチは片手を拝むようにお礼の仕草、だけど吐き気は募るばかりで、酒代をテーブルに置くと立ち上がった。ハルトが横から抱えて階段を登るのを手伝ってくれて、エミリアは背中をさすってくれる。
「ケーイチ、本当に飲み過ぎだよ。吐きそうなのか?」
「まだ・・・大丈夫・・・」
「負けちゃいられないなんて、会ったこともない人に見栄張るからよ」
「私たちの部屋に運んで。少し助けてあげる」
女子部屋に運ばれたケーイチはベッドに寝かされ、エミリアの治療を受けた。肝臓と頭に手が添えられ、冷たさが心地よく、段々と悪気が収まっていく。彼女は、アルコールの分解なら使う力はたかが知れてるのか、ちっとも疲れた様子なく手を離した。しかし、気持ち悪くはないが矛盾した吐き気があった。
「一度吐いておいでよ。それできっと大丈夫だから」
こくこくケーイチは頭を下げトイレに駆け込み、吐くだけ吐くとスッキリ素面に戻った。不思議なのは出てくるのは液体だけで、消化途中の汚らしい固形の吐瀉物はなかった。口も嫌な臭いが全然せず、一度口をゆすげば元通り。ただ、介抱させてしまった自己嫌悪に背を丸くして戻った。
「すまない、迷惑かけた。あっ」
だけど間が悪い。女子部屋にハルトは既に居らず、エミリアが湯浴みの準備で服のボタンを解いているところだった。ラスナは後なのか服を着ていて、エミリアも全て脱いでいないのと下着は身につけていたから最後の一線目撃するのは避けられたが、ふくよかな胸の谷間露わに、眼鏡外した目を丸く赤面した顔が行水用の大きな桶の水面に映っていた。
「バカ!男はあっち!」
「悪かった!知らなかったんだ!」
ラスナから枕を投げられるケーイチは投げ返すと慌てて扉を閉め、錠のかけられる音がした。心臓の鼓動を収めて収めて、溜息大きく吐き男子部屋に戻るとハルトが服を脱いでいた。
「おかえり。体調は?」
「すっかり元気。しかし間違えてあっちの部屋入ったら、エミリアが服脱ぎかけてた」
「え⁉︎」
「なんだ、見たことないのか」
「あるわけないよ!」
ハルトの頬も染まる。ウブっぽい反応で彼女らに手を出していないことはなんとなく判った。しかしあの二人のの想い寄せる態度に無関心なふりしてるのか鈍感なのに、それでも全くの興味がないわけではなさそうなのは、少女たちにとって少々酷な気がした。
「それくらいの仲かと思った」
「違うってば!」
「罪作りだな君も」
「え、どういうこと?」
「なんでもいい。背中流してやるよ」
「あ、ありがとう」
世話好きでもある(にも関わらず今さっきは周囲に世話さしたが)性分でケーイチはリネンを取った。タオル地のようなリネンはハルトの腰にも巻かれている。
「なんだ、男同士なんだから取っちゃえばいいのに。いや、同性でも他人に裸を見られたくないか」
「そういうことにしておいて」
背を屈めて赤い彼の態度は、裸を見られたくないからというよりは股の間が気になるからであろう。苦笑いして湯に浸したリネンを背に当てた。しばらく互いに無言で背中を流し流されていたが、大体洗い終わる頃ハルトが変に上ずった声で尋ねた。
「ねえ、ケーイチ」
「なんだい」
「変な事聞くんだけど」
「なんだって聞きなよ」
「あのさ、ケーイチは僕らと違って大人だけど、その、したことあるの?」
「ああ、なるほど」
突飛な質問だが笑いはしなかった。かつて自分がそうであったように、一緒にいる男が経験者であるかどうかはこの年頃なら気になることであった。
ケーイチはこの世界に来る少し前、付き合っていた彼女相手に童貞を喪っていたし、世界転移後も仲間と女遊びをしていた。ここでは男が娼婦を求めるように女もまた男娼を求め、ある意味男女平等な性への倫理観があった。ただ大っぴらというわけでもなく、もちろんコルバとネイトには内緒だった。もしかしたらある程度黙認されていたのかもしれない。
「童貞ではないよ、最もそうなったのは21になってからだったけど。こっち来てからもそういう店で遊んださ。ハルトは童貞?」
「う、うん」
「その歳じゃあな。俺もそうだったし。しかし女への興味は尽きないだろう」
「正直に言うと少しは気になる・・・でも、ラスナとエミリアに手を出したいとか、そういうことじゃないんだ!」
「聞いてない」
「さっき聞いたじゃないか」
「そら悪かった。ほら、おしまい」
「ありがとう。今度は僕がやるよ」
「頼む」
ケーイチも服を脱ぎ、彼は腰に何も巻かなかった。ハルトは目を逸らしがちだったが、その脱ぎっぷりには感心したのか背を磨く手に力がこもる。ケーイチは悪戯っぽく笑い思いついた提案を口にした。
「な、ちょっとこの後出てみないか」
「出るって、どこに行くの?」
「女の子に興味がある、しかし仲間の美少女には手を出さない、なら一つ、新たな選択肢がある」
「ま、まさか」
「実は、黙って俺だけで行こうと思ってたけど。まあついてくるだけついてきたらどうかな」
さっぱりして二人で桶を廊下に持ち出すと、少女たちもまた桶を持って部屋の扉を開けた。ネグリジェ様の寝間着に着替えていた二人に、ケーイチは再び謝罪をする。
「ああ、エミリア。さっきはほんとうに悪かった」
「べ、べつに事故みたいなものだから、仕方ないよ」
「あんたは本心から事故だったと思ってるの?ケーイチは良くも悪くも大人だから、どうせいやらしい気を持ってんじゃないの」
「まさか。俺は相手が女だからって、無条件で盛りがつくわけじゃない」
「盛りがつくって嫌な言い方ね」
「もう大丈夫だよ、ラスナ。ハルトくんたちの格好、まだ寝ないの?」
身体を清めても寝間着でないことにエミリアは気づいた。ハルトは震えて紅潮し目が泳ぎ始める。ケーイチは慌てて言い訳を考えた。
「え!あ、いや」
「俺とハルトはちょっと気になることがあるから調べてくる。なあ?」
「そう!そう、だから外出してくるよ」
「気になること?なら私たちも」
「いやいい、いい。あんまり女の子が夜中外出るもんでもない」
「でもドントール団に関わることなら私たちも知っておかなきゃ」
「気遣いは嬉しいけど私たちは戦士、甘く見ないでよ」
「ううん!ドントール団のことじゃないんだ、だからラスナたちは先に寝ていて。すぐ帰るから」
「そんなに言うなら・・・」
「気をつけてね」
「ほんじゃおやすみ」
扉を閉じる時、少女たちはいつまでも訝しんで男たちを見ていた。ケーイチと対比して明らかに緊張した様子のハルトを見るのは初めてだった。それも顔が赤い。蒼ざめるような緊張ならともかく、頬を染める緊張はなぜなのか見当もつかない。これから初体験を終えるという緊張であるとはなおさら、考えが及ぶわけもなかった。




