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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第二章 救世始
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第3話 賊の出る街

 夕方。馭者は街に着くとやたらと怯えて、彼は何度も何度も、注意を促すようにその街を訪ねることを思い留まらせようとしていた。


「ほんとにここで降りるのかね、こんな危ないところで」

「危ないたって、街の入口に酔っ払いがいるくらいで平和そうじゃないか。家々から光も漏れている」

「そりゃ、きっと今は奴らはいないんだ。だが知ってるだろう、賊がよく来ることを」

「馭者さん、その賊を退治しに来たんだよ」


 ハルトが言うのは、今回この街に来た目的だった。

 ルビヤ村では匪賊と呼ばれていたのは、大きな賊の集団の一つの隊だった。ドントール団といわれる賊の、それは行政の手に負えなくなった大集団で、村々の火付け強盗はもとより男を殺すか攫って戦闘員を強要し、女も大勢餌食になっていた。ルビヤ村で負けた賊が従順になったのは、彼らもまた強要されて賊になったからで、ドントール幹部を討伐することを約束されたからだった。フォード県はこの賊に悩まされていて、そもそもハルトたちがルビヤ村を訪れたのも、県幹部から討伐を依頼されていたからだった。


「そんな大それた、軍隊でもあいつらは駄目だったんですぜ。それを、あんたたちだけで」

「僕たち三つの村を平和にしたよ。だから大丈夫」

「しかし幹部が直々にこの街に出入りしてる。ああ、もう止めんが、早く行きたい。代金を」

「はい」


 代金を受け取ると馭者は早々に退散した。残された四人は荷物を抱えて街に入る。入口に検問所もなく、一応街に賊らしき人間はまだ見えなかった。だけど賊のスパイがいないとも限らず、武装していては怪しまれるかもしれないので、身を隠すつもりで一番に見つけた宿に入った。


「一部屋一晩50リマ銀、朝晩付きで、昼と酒は別」


 宿の女主人は不愛想に言った。事前に生活費を持たされていたケーイチが金入を出す。

 50リマ銀と言えば日本では5000円程度で、他にリット銅とロド金という貨幣があった。ケーイチは買える物との比較から、1リット銅は1円、1リマ銀は100円、1ロド金は10000円と換算している。金銀銅それぞれにコイン状の丸貨と花札のような板状の板貨があり、リマ銀で例えるなら丸貨は100円、板貨は1000円と価値は10倍違った。異世界に飛ばされたケーイチが真っ先に心配したのは貨幣社会であったが、慣れれば長さや量の単位の言い方に違いがあるのと同じで扱いやすかった。ルビヤ出発の際与えられた金は金銀の板貨ばかりである。一晩50リマなら中の上といった位の宿だった。


「部屋は二つ取るのかい」

「そうします、金はあるし」


 100リマで1ロドだからロド金貨一枚を出して渡す。宿帳に記入していると女主人はジロジロ見てきて、視線の先はカービン銃や剣だった。怪訝そうな顔で、声を潜めてハルトに耳打ちした。


「あんたたち、冒険者かい?」

「はい、冒険者です。今あちこちを探検してる最中なんです」


 ハルトは当然嘘を言った。冒険者というのは本当であるかもしれないが、探検と言えば武器は護身と狩りの道具と言い訳できそうだった。現に三人は、ダンジョンのようなものを探検して獲得した物を換金する資金繰りをすることも考えているとケーイチに話した。今回の目的は違うのだけれど。


「ならいいけど、武器を持って外をうろつかないでちょうだい。ドントールの連中に見つかると厄介だから」

「そんな頻繁に来ます?」

「夜になると増えるよ、悪事から帰ってきてね」

「よくこの街は潰されずに済みましたね」

「旅人の往来で栄えた宿場町だからね。飯も美味いしサービスもいいってんで、今ではめっきり減ったけど時折あんたたちみたいな旅人も来る。奴らは、生かす代わりにタダで遊んで金を搾り取るのさ。人質も取られて・・・」


 言葉に影がよぎるのは、彼女の知り合いでも人質に取られているからかもしれなかった。なるほど、人質を取られていては街は平和状態に見せかけても支配することは可能であろう。


「だからせいぜいここで金を落としていくんだね。鍵だよ」

「どうも」


 隣り合った部屋の二つに男女分かれることになって、少女たちが少し残念そうな顔をするのはハルトと同じ部屋にならないからだろうか。ハルトは表情の変化には気づかず鍵を渡した。


「着替えたら夕飯を食べに行こう。きっと僕たちの方が早いから、部屋の前で待ってるよ」

「わかった。でものんびりでいいわよ」

「ハルトくんもケーイチくんもちょっと休んでてね」

「はいよ」


 部屋に入って荷物を置き、ケーイチはベッドに寝転んだ。灰皿を見つけて、早速シガレットケースを出す。


「煙草、いいか?」

「構わないよ、って、さっきまで普通に喫ってたのに」

「それもそうだが一応。ありがと」


 移火をランプの隙間に突っ込んで少々煤っぽく煙草に火を点けた。紫煙くゆらしハルトの方を見ると、彼は立襟高いダブルのコートじみた白い勇者の()()を脱いでいた。シャツに包まれた肉体は線が細く、どこにあんな狂暴な力が秘められているのか、鞘ごとサーベルを振り回せる腕には到底見えなかった。視線に気づいたのかハルトは振り向き、白い煙の幕が下りて目が合った。


「どうかした?」

「いや。細い身体してるんだな」

「そうかな?」

「俺が太り気味だったせいかもしれない。ルビヤで過ごしているうち幾分マシになった。しかしその身体にあんなに力が秘められているのは不思議だ」

「急にもらった力だから僕にもよく解らないんだ。コントロールはできるけど」

「ふーん」

「ケーイチの射撃は?」

「言ったろ、訓練されたって。どれくらいの期間かは、神の部屋じゃ時間の流れ方が意味を為さないけど、きっと現世なら相当な時間だったはずだ。あそこじゃ疲れもしなきゃ腹も減らなかったけど」

「あの部屋そうだったんだ。すぐこっちの世界に来たからあんまり実感ない」

「ま、いいやそんなことは」


 煙草を消して別の服、持ってきたよりラフな服に着替えて戦闘靴も他の布靴に代えた。横に立っているハルトの足元は革靴で、光る爪先に出来合いのニヒリズムを無理やり絞り出すケーイチの顔が映っていた。

 対比される自分とハルトの違いは、一体何であるのか、悩みか、あるいは無能をどこか弱々しい男のハードな中身と勘違いして歪む頬を神経がニタニタよじ登るのは、そうとは判っていても、なかなか消せるものではなさそうだった。なれもしないのにニヒリストぶるのは、どちらかといえば全てを持っているハルトの全能へのアンチテーゼからくる孤独に怯えているのだった。実際のケーイチは、運よく孤独を回避できていたと考えてよかった。村では元よりハルトたちに加わっても打ち解け始めていて、しかし時折彼の脳裏には勝手な僻みが過ぎりそうになった。

 どうにもならないことを自分勝手に考え込むのは悪い癖で、痛みかける頭を指で押さえつけた。

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