第16話 レプリカ
誰かが一瞬勇者一行を思い出した頃、どこからともなく現れた五人は包みを持ち、立ちん坊のルロットを下から見上げた。石像の如く固まっている彼を、爪先から、ケーイチに肩車で乗るレッタはつむじまで舐めるように眺める。「おなか空かないんですか?」彼女の無粋な一言にやっと反応があった。
「お腹も・・・心も空いたわねぇ」
「まずは何か食べましょう。そりゃ心を裏っ返したまま舎弟を送り出さなきゃいけない辛さもありましょうが、そうしなきゃいけなかったための一大事の前、腹は満たしましょう。何時間もずっと立ってて疲れたでしょう」
もはや調理器具も残っていない。エミリアが鍋一つ作って穀物を炊き塩をかけ、保存食に持ち歩いていた干肉で空腹を満たした。食への満足感も何もないままに食事を終えると、ルロットは急に膝を正す。つられてハルトたちも、少女たちにとって慣れない正座をした。
「改めてお礼を言うわ。こんな無茶に付き合ってくれるなんて思わなかったわ」
「いえ、ルロットさんには本当にお世話になりましたから。でもよかったんですか、舎弟の方たちと別れてしまって」
「いい気分とはいえないわね。でも冷静に行動できるとは思わないわ。きっと皆、討死するまでやるでしょうね。若いんだもの、殺したくないし、街を必要以上めちゃくちゃにはできないわ」
「街の破壊はともかく、それが本望かも」
「そうでしょうね、間違った考えとは言わないわ。でも、私の気持ちとして、若いあの子たちを死に追いやることはできないわね。私と別れてしまうことになっても、生きていればもっと美しく過ごしていけるわ」
「ルロットさんも死んじゃいけないんですよ。それが私たちが働く条件なんですから」
「ええ、よくわかっているわ」
変な笑い方、どこか残念そうに諦めた頬の皺が深く落ち込み、目を逸らした。五人の親たちそれぞれそこまで老いているわけではないけれど、老父の面影その幻を見た。やること済んだら隠居してほしいと切に願うが、タダじゃ終わらなさそうなのが筋の通った声。
「それで、私の人形というのは」
「あ、これです」
包みを開いて現れた、マネキンみたいな木人形。頭や胴体を繋げていくとやたらいかめしいシルエットができあがり、背格好はルロットとよく似ている。顔立ちに関してはもっと優男に仕上がっていた。
「ン~私にしちゃちょっと顔が良すぎるわね。でもこれはこれでいいかモ」
やおら頬を染めるルロットに、一同おかしな顔してそっぽを向く。ついでに蒼ざめた額を掌で覆って、エミリアが鋏を渡した。件の、犬娘の服を裁ち仕立てる唯一の鋏と針そっくりのレプリカである。彼はしげしげと眺めてうんと頷いた。
「申し分ないわ。何から何までありがとう」
「どういたしまして。でも、やっぱり私の力じゃ完全な複製はできませんでした。特別な精錬で作られてるんだと思います」
「そうなんでしょうね。でも形だけをここまで似せてくれたから意味があるのよ。裁てたら困っちゃうわ」
「囮ですからね」
木人形も囮、鋏も囮、そして舎弟たちの破門自体も職人の離反も、この意味では囮だった。何をおびき寄せるつもりで囮を使うことになるのか、敵は結局、予想通りだった。
ルロットはフイズが死んだ時より、ゲーシンの下でシャルとジネットが監禁されていると確信していた。他の誰もが、実際ゲーシンの手によって仕組まれた事件であるとは思っていたが、彼に関しては明確な根拠を持って行動を起こした。フイズが遺言に残した自身に手を掛けた者の名を聞き、それはかつてゲーシン一家において職人もやっていた男だった。裁ち鋏を武器に立ち回る職人の風上にも置けない奴だが、布も人間の皮も裁つのは一流。しかし最近まで余所へ修行に出ていたはずだった。呼び戻された理由が敵の始末か裁縫仕事か、知れないけれどルロットらとコトを構えるために相違ない。
だから、材料の元手が手に入ったならば、次は間違いなく裁ち鋏kと縫い針が狙われる。ルロットは自らを囮にするために鋏と自身のレプリカを所望した。
「あとは、あちらさんの出方を待つばっかりね。噂は流してくれたかしら」
「ええ。言われた通り街中で悪い噂ばかり流しておきました。ここが隙だらけって思わせられるように」
「かなり心苦しかったですよ」
「悪いわね」
「ケーイチの、すらすらと罵倒が出てくる癖が存分に発揮されたわね」
「癖とはなんだコラ」
ここ数日、溜り場や道中で彼らは非常にガラの悪い集団と化していた。ルロットが如何に落ちぶれてガタガタになっているか、陰口レベルならハルトたちにもできたが、周囲から顰蹙を買うような口の悪さで、ケーイチは吹聴して回っていた。「あの気色悪さじゃ仕方ねえ、気色悪いってだけで何もできやしねえし、ほれみろ、職人共だけじゃなく飼ってたチンピラだって縄切って逃げちまうって話だ」
先にルロット配下の職人たちを他所へ逃がしておいてよかったと本当に思う。事情を知らないルロット派の職人がいたら、ルロット自身でなく彼らの手で半殺しの目に遭っていただろう。
「まあ、なんですか、それが直接ルロットさんの耳に入らないことを祈るばかりです」
「それはそれで気になるわね」
「聞かない方がいいわ。ケーイチの特級罵倒ですからね」
「でも、向こうはかなり油断していると思います。道行く人々の話が耳に入ると、ルロット一家の没落を噂し合ってます」
「隙は十分にできたみたいね」
「今日お弟子さんたちが出発したことも知ってるはずです。万が一にも引き返せないくらいの距離にまで引き離すため、明日以降に襲撃されるでしょう」
「明日でしょうね。いつでも動ける準備はできてるはずよ」
「なら、我々も」
「ええ。先手を打つわよ」
すっくと立ちあがり裾を払う、濃い女化粧がますます似合わない面構えであった。舎弟たちが本当に見たかったのはこの顔である。しょぼくれた演技を最後に別れなければならなかった彼らが気の毒でならなかった。
裁ち鋏と縫い針が光る。二揃い、片や複製品であるが、姉妹の銀髪の如く青銀に陽を背負った。




