第15話 憐れむ
解体作業、ようやく最後の物件が終わって戻る深夜、集められた舎弟たちに紙片と包みが渡された。紙片の内容を読んで、以前なら激昂したであろうが今はその元気もなく、長い溜息と共に彼らは紙片を投げた。
「どういうことですかね」
「書いた通りだ。おめえたちゃその通りにしろ」
今一度投げた紙片に目を落とす。一文字一文字を脳裏に刻むほどに、彼らの顔は歪んでいった。それは他組への紹介状で、果たして極道この世界でそんなものを目にするのは初めてだったが、ただはっきりと判る、これは破門状。
「大体こいつは誰ですか。初めて見る名だ」
「昔世話になってた人だ。今若い衆が足りねえってんでおめえらを行かせる」
「筋が通ってねえですよ」
「てめえら青二才が、いつから筋なんざ解るようになった」
「カタギの言葉で言いやしょう、訳が分かんねえんです。この金だってなんですかい、退職金ってんですかね。鬱憤晴らさせてやると言ったのはこれですかい」
包みをルロットの膝元に滑らせると、解ける結び目に覗くロド金角貨、近頃とんとお目にかかったことのない大金だった。誰の世話にならないでもしばらくは暮らせるだけの額はある。
「第一、親方はどうするんで。あっしらなんざいなくても、そりゃ仕事はやりなさるんでしょう。でもいないのはあっしらだけじゃありませんぜ。職人連中いなくなってどうなさる」
自分たちがいようがいなかろうが、いちばん気になっていたのはそこだった。ここの本業として食っていく術は最早失われてしまって、今更街の人々脅して搾り取ろうものなら全てはゲーシン側に離反する。いや、恐喝するにしろ、ルロット一人でどうとなるわけでもない。
ルロットは窓際に立ち、舎弟たちに背を向けて街並を眺めた。重ったるく肩を落として腕を組む、裾のたもとがだらんと下がった。
「今はどうか知らねえが、男の背中一つで渡世を行く時代もあったもんだ。今のおめえたちくれえの青二才だった。昔に戻るだけよ」
言葉の威勢良さにそぐわない声色だった。極道の文字がどこかに消えて、ただの疲れた中年を目の当たりにするようで、彼らは一瞬憐れんだ。親方を憐れんだという事実が一番辛く、頼るべき背中を失った、ようやく落涙と共に諦めがついた。何一つ納得していないが、フイズの仇を取る元気も消えて、ルロット一家は全てこの街から去らなければいけないと、空気が浸透していく。訣別であるのだと思えば体裁もついて、幾らか感傷にも浸れた。
「明後日には迎えが来る。戻って荷物を纏めろ」
ルロットの最後の命令、舎弟たちは深々と頭を下げると手に手に紹介状と退職金を持ち足取りおぼつかなく部屋を出た。涙もいつしか乾いて、誰の頭も目先がぼんやりした夢を見るみたいに熱っぽく髪が乱れた。
誰がまともに荷造りなぞしただろう、腑抜けたまま手荷物だけを雑多に鞄に詰め、二日後には「お世話になりやした」と型通りの挨拶をして迎えの荷車に乗り込んだ。ルロットはうんと頷いただけで何も言わず組んだままの腕を固め、街を出て行く荷車をじっと見据えていた。舎弟たちもすし詰めの荷台から過去の走馬灯を眺めるつもりで親方を見ていた。
街そのものが森の向こうに消え、舎弟たちは揃って荷台の中心に俯いて向いた。長いこと黙ったままに、誰彼ともなく何か言いかけては途中で止めた。昼食時、やっと一人言葉を発した。
「なあ、本当にこんな流れるままに、親分は決めたのかな」
「何を?」
「職人の離脱や、俺たちの破門も。職人連中居なくなって仕事無くなって、俺たちを飼っとく余裕無くなったってんなら分かる。だが、職人連中だってあんなに薄情だったか?殺しがあっても俺たちの内部でのこと、連中が何か襲われたわけでもない」
「何が言いてえんだ」
「わざと放り出されたんと違うか。職人が出て行くように仕向けて、ついでに俺たちもそうするように仕向けて」
「だったらどうした、今更どうしたってんだ」
「どうもしやしない。ただ、どんな計算があってこんなこと決めたんだ」
「俺たちを遠ざけようとしてんだろうよ。何かを起こすのには相違ない。しかし俺たちは邪魔なのさ」
「親分だけで鬱憤晴らすってのか。ずるいじゃないか」
「ずるいっておめえ、じゃあ帰るのか」
黙っていた分流れるように文句が出た。だが出戻りを指摘されるとまた口を閉ざす。言い澱む理由は別の奴が話し始めた。誰もが、荷車から飛び降りて戻らない理由を同じくしていた。
「どの面下げたって帰れねえよな。俺たちゃ最大限の侮辱を親分にしちまったんだから。親分にとって、本人が知らなくたって、憐れまれたってのはそういうこった。俺もお前も、皆も、親分のことを、ああかわいそうだなって思ったじゃねえか。思わなかったなんて言わせねえぞ。可哀想だと思ったからおとなしく離れていったんだ。現に誰もあそこで死ななかったじゃねえか」
「わかった、もう分かった。帰るなんて言やしねえよ」
死ねというのは極端である。しかし、義憤に駆られて自殺をしなかった、もしくはゲーシン一家にでも斬り込んで死ななかったというのは、彼らが常々考えていたルロットの側で如何に劇的な最期を迎えるかという夢を霧散させ、生きる意味を一つ失わせたように思わせた。だからしばらくは生きる屍として腑抜けて流れていくのは判っている。皆一様に不貞腐れていた。
「そういや、あのおかしな連中はどこ行ったんかなあ」
なんとなく思い出して呟く奴がいる。次には歯の隙間に肉が挟まって苦い顔をし、もう忘れ去った。




