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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第六章 異世界残侠伝
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第14話 なにもかも宙に浮いて

 フイズの葬儀を終えて幾日もしない内に、傘下の職人たちが次々と離脱を申し出てきた。平身低頭長ったらしく謝罪を述べてくるのならまだ良い方で、家族ごと夜逃げするのも数多に上った。組の維持どころではない、崩壊状態なのは間違いなく、食すらも離脱する職人が持ち出せないからと置いていった物で補っていた。

 ルロットはその全てを無条件に受け入れていた。まるで初めから知っていたとでもいうように驚きもせず、一つ頷いてこれまでの仕事を労った。慰謝料みたく差し出される金は断り、生活に窮するであろう者にはむしろこちらから金品を与えている。無論離脱に対する制裁は何も加えない。何度か、舎弟たちが夜逃げする職人を襲撃しようとしたこともあった。しかしいつもルロットが現れては街の外まで職人を見送り、逆に舎弟たちが制裁されていた。


「今にてめえらの鬱憤を晴らさせてやる。それまでは大人しくしてねえか」


 制裁の時の言葉である。しかしいつになっても彼らの鬱憤は晴らせなかった。ルロットは何やら書き物をしているばかりで特別な指令も出さず、舎弟たちには連日離散で空いた家屋の解体手伝いに行かせていた。彼らはクタクタになっていつも帰り、逃げる職人への襲撃も数日経たずして誰もしなくなった。

 真綿で首を絞められるような日々の、しかしハルトたちはまだ街に留まっていた。理由を問われると皆決まって答える。


「別に出てったっていいとは思うんです。だけど、このまま発ってもきっと寝覚めが悪いだろうから」


 ハルトたちは客人の立場であるから、きつい解体作業は断られた。ただ何もせずにいるのも居心地悪く、引き続き獣人姉妹を探すほかは専ら家事を手伝っていた。とはいっても調べられることはもう無く手詰まりに、ならば推理と意気込んだが、少ない情報ではますます混乱するばかりだった。


「ケーイチの言う通りゲーシン一家が怪しいとして、なんであの二人を攫ったのか、そこの理由付けからなかなか出られないわね」


 二人以上居れば推理大会が始まっていた。膨大な洗濯物を片付けに行くハルトとエミリア除く三人で、埋まらぬ相関図前に腕を組んだ。


「あの二人の特徴として、犬から変身すると服も新しくくっついてくること。素材としてはとても良品だから、服を生産させるために捕まえたのだと、それ以上の動機も考えられないけど」

「でもやっぱり、あの生地はゲーシン一家のお店で売られてないんですよね」

「裁ち鋏がこっちにあるからな、あの服バラせんて。しかあ鋏を盗みにくる気配もないし」

「・・・服じゃなくて本体が売られたのかしらね」

「いっちゃん考えたくねえけど、()()()の娘は人質にはとっても売るには面倒だ」

「じゃあどうしたっていうのよ」

「知らんよ。あーあ」


 相関図を掴んで投げ仰向けになった。まるで同じ会話と結果の推理大会は終わって、結局何の進展もないのがもどかしくって気持ち悪い。何に対して怒鳴っていいものなのかも判らないが、いい加減にしてほしかった。

 落ちた相関図の前に、扉が開かれて男女の足が一組並んでいた。石鹸の香りがほのかに漂って、ハルトが図を拾い上げた。ラスナは二人が揃って現れると、そっと膝を抱えて窓に向いた。


「埋まらないね」

「なーんも。洗濯物は?」

「終わったよ。相変わらずすごい量だね」

「彼らの服は塵と埃まみれで汚れたろう。風呂行ったら」

「ううん、私たちはついでに水浴びしてきたからまだいいよ。先に行ってきて」

「じゃあ、私行くわ」


 ラスナは素早く立ち上がると着替えを取り部屋を出た。ハルトの横を通る際あまりにも彼から間を取り過ぎて柱にぶつかる。おかしな態度に変な空気になる理由をケーイチは知っていて、溜息を吐いた。

 瀕死のフイズを発見した時ハルトに毒づいたのは寧ろ自然であった。ラスナが彼と一緒じゃなかったことに端を発して悩み、やっと再会したのがあんな非常時でエミリアとは一緒だったから。しかしその後は、打って変わって献身的に進んでエミリアのフォローをしている。だが緊急事態を脱したらまた悩みある影を落とし始めていた。

 ケーイチだけではない、エミリアもラスナの態度には理由を勘づき始めていたのだった。あの日は連れ立って事件現場に来た姿でしか二人きりを目撃されていないはずであったが、どうにも林での密事を見られていた気がしてならなかった。実際見られていないのは確かだが、ハルトに関しての態度であることには違いなかった。


「ラスナ、なんだか変だけど何かあった?」


 頭をかくハルトの、鈍感は仕方がない。ただ呑気すぎる気もしてケーイチは苦笑した。


「風呂行ったと思ってたよ」


 部屋を出たケーイチはラスナを探した。どうせ本当に入浴しに行ったわけでもないだろうと、敷地内をウロウロしていたら、やっぱり浴場以外の場所にいた。物干場、揺れるシーツの前で佇む姿は、あの祭りでの彼女と重なった。ケーイチに顔を向けて、少し睨んだような目つきでラスナはぶっきらぼうだった。


「私に何か用?」

「どうってわけじゃないけど」

「私の唇には用があるんじゃないの」

「考えもしなかったさ。今ここはあの時間あの場所じゃない」

「私だけ置いてけぼりにしてきたの。ずるいわ」

「なんだ、まだあそこに残ってんのか」

「でなきゃあんな態度、取らないわよ」


 心を残してきたなんておセンチなセリフ、感心しそうになる。しかし、ずるいとは何なのか、まるでケーイチも悩んでいてくれればよかったとでも言うような口ぶりだった。


「私はどうすればいいの?」


 声が震えるのを無理に抑えつけて発した。カッと開いた瞳がやたら光るのは月明かりが強すぎるからではなく、染み出た涙にシーツが歪んでいた。零れていないのが幸いだった。「どうしたらいいと思う」とは言えない、そんなのは密かながら答えを隠し持っている人間に聞くことである。ラスナは純粋に答えを探していた。彼は外壁を背に眩しい月に目を細めた。


「過去形現在形ごっちゃでいい、ハルトを好きなのは確かだな」

「ごまかしきれない、前好きだったのは確かよ。でも今は、分からなくなっちゃった」

「祭りの時から?」

「うん。祭りの前まで、エミリアがハルトと自然に良い感じで接しられてるのに私は嫉妬してた。でもケーイチと色々話した後、あなたの言葉に乗せられた」

「俺が言葉巧みだとはまるで思わないけど、ラスナは雰囲気に乗せられただけだろう。今更言っても遅いな、俺が悪いことしたって話だ」

「ケーイチの、私といて嬉しいって言葉に軽さを感じられなかった。それが、きっと私も嬉しかった。ケーイチの腕だって、最低と言いつつも、望んでいたのかも。言葉だってキスだって、いくらでも受け流すことができたのに、私はそれをしなかった」

「俺だってラスナを独り占めできて嬉しかったのは確かさ。唇欲しくなったのはラスナがあんまり綺麗だから。今も、もしこんな会話でなきゃきっとラスナといれて嬉しいって思うだろうよ」


 ド正直にケーイチも言う。ラスナの声はそのままに、でも割合落ち着いて話ができているはずだった。しかし妙な間があって嫌な予感がする。まさかと思って首を曲げると、彼女の頬は信じられないくらいの涙で濡れていた。


「そう言われるのがいちばん辛い。素直にそんなこと言ってくれるケーイチのことを好きになれたらいいのにって考えもするのに、ハルトへの好きだってどんどん曖昧になっていきそうなのに、だけどケーイチのことを恋みたいに考えようとすると、どうしても私に寄り添うハルトが自然に浮かぶのよ。結局あなたに本気で恋してみようとも思ってない」


 最早抱き寄せてやることも新たな罪を作るだけだった。涙を拭うハンカチだって渡してやれない。ラスナは腕に掛けてある着替えを顔に押し付けた。結局ケーイチは、祭りの時言い損ねたことを伝えるしかなかった。


「なにもかも分からないじゃない。これほどまで自分があやふやだってそれだけは痛いくらい分かってるのに、なのにエミリアに嫉妬もしてみる自分がおかしくて変になりそう」

「どうしてやりゃあいいかな」

「私が聞いてるのよ」

「そんだけ悩んで、最後にハルトが出てくるならそれでいいじゃないか。きっとハルトを好きなんだろうよ」

「簡単に言うわね」

「難しく考えることでもなかろう。エミリアのハルトとの接し方を見て自信を無くし、そこにつけ込むように俺が来た。で、少し変な具合になってそれを引きずってる。今じゃ心の整理をつけるのは無理だろうけど」

「整理つける心も無いわ」

「まあそう言うなよ。実際君は今だってハルトに恋々としてるんだ。焦れったいのさ、急いているのさ。だけど回り道のドン詰まり、どっかで元の道に戻るよ」

「今の私に言っても仕方ないわよ」

「だったらこれからだって何度も言ってやるから。道に戻るまでの責任くらいは持つ」


 ケーイチは疲れた笑顔に瞼を歪ませた。しょぼくれた笑みに励ましともつかないことを言われても呆れるばかりだが、ともかく溜息吐いて涙を拭った。


「・・・あなた、てっきり私に付き合えと言うかと思ってた」

「言ったでしょ、()()()()を約束するほど無責任じゃないって」

「ふん、どの口が。相変わらず無責任よ」

「あっそ。しかし、そんな面倒な気持ち抱えて、全力でエミリアのサポートしてくれたのには助かった」

「あの緊急事態で、悩みにかまけてやるべきことをやらないような人間じゃないわよ」

「それだけ聞けりゃ当面の心配はないよ。エミリアにくっついてるのが、ハルトへの当てつけでないとも感じなかったけど」


 その問いには答えず、ようやく壁から背を離したラスナは着替えを持ち直した。「当てつけだってあるにはあるわよ」と言っているような流し目でケーイチの前に立つ。ポニーテール解く髪が月に煌いてふわり垂れた。


綺麗(チレー)な髪ね相変わらず」

「あんな話した後に言うこと?」

「これもね、ラスナだろうとエミリアだろうと、俺が言い続けたいことなの」

「レッタにも言ってやんなさいよ」

「あの子も元気ッ子でかわいいのは違いないんだけどね。君たちとは異質のかわいさ」

「あーあ、かわいそ」


 別に何も解決したわけではないが、先より幾分空気は持ち直したか、余裕はできた。ラスナも、ケーイチは悩みの元凶の一種であるかもしれないが、どの道打ち明けられるのは幾らか内面知ってくれている彼しかいないし、ともかく吐露したいだけ話せたのはよかったのかもしれない。心を潰してくるような重さは少し軽くなった。


 ただし、ラスナのことで多少の余裕が持てたところで、別の不安は付け込んでくる。最も今はそちらの不安が重大だった。彼女の身の上話がするりとどこかに抜けていくくらいには。要は、本題に引き戻されようとしている。


「異質な可愛さはレッタだけじゃないんだよな」

「翼じゃなくて犬耳のある方」

「もうそろそろ関知せず去るってのも、考えなきゃなんねえよ」

「あんたにそれができる?」

「そういう手を取るのも必要になると思うよ。しかし、そうしたら気持ち悪いってのは、皆と同じだろう。どうだっていいとは言えない」

「ただ、居候のままじゃ、仕方ないわよね」


 本当にどうする気なのか、誰にも判らなかった。職人の管理は廃業同然で慣れない解体の仕事ばかり、傾くところまでは傾いてどうにもならぬ。ハルトら居候の経費も払うというのに受け取らず、事件を投げるからではなくいたたまれなくなってここから出なくてはならないかもしれなかった。


「無理にでも、金だけは受け取ってもらおうよ。これまでの寝床と食費くらい払ったって、俺たちまだ貧乏しない」


 ラスナと連れ立って屋内に戻ろうとする傍ら、移火を煙草に灯した。暗い廊下で丸く火灯りに浮かび上がる、巨木の如くルロットはじっと立っていた。彼は移火が消えると同時に目を閉じて笑いかけ、枯れた頬を持ち上げた。


「ルロットさん」

「あら、またまた邪魔して悪かったかしら。まだ若いんだから、避妊はちゃんとしなくちゃダメよ?」

「ひ、ひにっ⁉︎」

「はい、ええ、いや、そんなんじゃないんですったら」

「ほんとかしらね。かなり怪しいと思うけど」

「それで、我々に何かご用でも」

「そうね。あることを伝えにきたのよ」

「あることって」

「ここと部屋に、私の舎弟はいないわね」

「そのはずですが」

「なら、部屋で皆さんに話しましょう」


 言いながら部屋への廊下に足音を立てる。ルロットの履物はカラコロと甲高く、しかし落ち着いた足取りで却って耳が痛かった。彼がこの状況で何かを告げると言って、それが焦っても疲れてもいない足取りなのが、二人には怖かった。

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