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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第六章 異世界残侠伝
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第12話 櫓

「あ~らこんなところにいたのねン。この子が探してたわよ」


 ()()が入った。ルロットが涙目のレッタの手を引き現れたのだ。

 ハルトが赤髪を思い出す頃、当のラスナは踵をそっと上げたところだった。ケーイチとラスナは我に返り、彼は抱き寄せて頬を包んだ動作の下手な言い訳を発する。


「あ、いやね、ラスナの歯に枝が挟まったもんで、見てたんす」

「そ、そうそう!サクランボを枝ごと食べたから欠片がどっかに、ね」

「ふうん、サクランボは実だけ食べるものよ」

「つい食べちゃって。えへへ」

「そら、もう取れたぞ」

「ありがと!」


 身体を離して作り笑い。わざとらしい笑顔で向き合っていると、急に恥ずかしくなってきた。あと、たぶらかしてきたことに対する怒りが少々。クサい口説き文句ともいえない戯言にその気になったラスナもラスナだが、俄かに沸騰するとケーイチの頬をピシャリとやった。


「サイッテーっ!」


 腫れ方で変に迷いのあるビンタだと判る。二度三度掌でさすると赤みは消えていった。くるり背を向け肩をいからせるラスナと入れ違いにルロットがケーイチの顔を覗き込みしたり顔で笑い、彼には何もかもお見通しだった。少年じみた眼を背けると、からかう声で尋ねられた。


「ねえ、あなたたちってそういう関係だったの?若いわねェ」

「そんなんじゃないんですよほんとに」

「ウソ、あんなに静かに燃える様見せつけられて。おジャマだったわね」

「そんな風に見えた?」

「ええ。レッタちゃんは泣いちゃって気づかなかったみたいだけれど」

「白状すると、唇いただこうとしましたよ。確かに。でもね、ほんとにそんな関係じゃないんです」

「なら、あなたはワルい男ってわけね。痺れるわァ」

「そんなんでもないんだけれど」


 頭をかいてやっと煙草をくわえた。唇はなんともうらめしそうに紙巻を濡らして、望むべくもない夢を名残惜しそうに音立てた。

 しかし、未遂とはいえどの道ハルトを好くラスナを傷つけたのではないかとの懸念が思い起こされるのはすぐだった。この行為そのものというよりも、ケーイチにとっては『いともたやすく』、どういうつもりか知らないが彼女がハルト以外の男の唇に吸い寄せられたことは、想い人への根拠を揺るがすことでもあった。それに自分だったから惹かれたと考えるほど彼は愚かでもない。少し年上の青年で、そこにいたのがたまたま彼だったというだけの話である。万が一恋を勘違いしてしまったならそのままでも良いが、ラスナは自身の心を疑うに決まっていた。

 また、ハルトとエミリアの関係を悩む隙につけ込もうとしたのだと、今更自覚した。


「どこ行っちゃってたんですかあ!探したんですからあ!」


 迷子で慟哭するなんて、レッタの歳でもそうそうない。しかし彼女は泣きじゃくってラスナの胸に染みを作った。


「もう、泣くことないじゃない。他の四人はどうしたの?」

「ぐすっ・・・シャルちゃんとジネットちゃんはこれから舞台があるからって。ハルトさんとエミリアさんともはぐれちゃうし」

「ハルトたち、二人で?」

「知らないですよ!でも、そうなんじゃないですか。わたしもエミリアさんみたいに、ハルトさんにしっかりくっついてればよかった」

「そう、二人で」


 考えると、エミリアに頬を染めるハルトに対してなげやりになったり、照れるケーイチに嬉しくなってみたり、彼との唇にその気になったりと、あまりにもこれまでのハルトに対する想いに裏切ることばかりで、だからといってケーイチに恋してみようとも思わない。ただ、ひどく落ち込む気がした。二人きりでどこかに消えたのを頭に浮かべると嫉妬よりも悲しくなり、舞台から降ろされる空想があった。

 ケーイチはラスナの背を眺めて、彼女の考えていることが大体察せられたが「落ち込むんならちゃんとハルトが好きなんだろうよ」とは声をかけられなかった。


「まあまあ、あとのお二人もそのうち見つかるわよ。それよりほら、始まるわよ」

「なにが?」


 ルロットは、おセンチな空気に水を差してくれて頭上に指を立てる。広場中央に幕が張られた櫓が立っているのだが、今になって点々と蝋燭が灯されていた。レッタは涙を弾いてはしゃぎ始めた。


「あ!シャルちゃんとジネットちゃんが踊りますよ!」

「ああ、舞台ってこれのこと」

「もっと近くに行きましょう」


 ケーイチはルロットに肩を抱かれて、片腕ではラスナも誘われる。櫓周囲の人だかりはルロットが現れると挨拶して場所を空けた。二人は人々の中にハルトとラスナいないかと左右それぞれ顔を向けたが、依然姿は見えなかった。しかしこの場を離れてまで探しに行こうとはしなかった。


「二人の晴れ姿よ。見てやって頂戴」


 場が静かになる。周囲の明かりは落とされて櫓が浮かび上がり、頂上の舞台にはまだ人影はなかった。どこから二人が登場するのかと見守っていると、下で楽隊の演奏が始まり、昇降装置に乗って櫓の中から現れた。並んで目を瞑るシャルとジネットは、ティアラみたいな冠を着け、装飾された丈の長い祭り着を纏っている。重ね着のしてある祭り着で、ケーイチにとって雛祭りを彷彿とさせるそれは、草木花のラインが月光と蝋燭に煌びやかだった。

 踊るというよりは、舞う。櫓上は狭いはずだが、手摺も何もない舞台で二人はくるくると回った。身体だけでなく位置も巧みに変えながら、全周の人々に姿を見せていった。獣人としての良バランスがなせる技か、大道芸を観ている気分になる。観客は皆見惚れて呼吸も忘れるくらいに、楽曲と祭り着が空を裂く音しか聞こえない。クライマックスが凄かった。また並んで立った二人は殆ど膝も曲げずに跳躍し、しかし再び舞台に落ちるのは祭り着とティアラだけ。すると、犬二匹の影が櫓の柱を駆け伝い、楽隊の足元をすり抜け、観客たちに柔らかい体毛を当てていった。それは一瞬のこと、だが三人の肌には、シャルと初めて会って抱き上げた時の心地よさが確かに蘇った。

 再び櫓を駆け上がる。二人はいつもの服の上に祭り着を重ねて初めと同じく立った。閉じた瞳を伏せると舞台は櫓の中に降りていき、ようやく起こった万雷の拍手は誰の鼓膜をも激しく震わせた。


「すごいすごい!二人ともとってもきれい!」


 レッタは感極まって翼まで飛び出させる。ケーイチは彼女の羽根に鼻をくすぐられてくしゃみを一つ、ぐずらせながら同意した。


「ほんとになあ、レッタが羽根を出す気持ちもわかるよ。あんな芸当見たことない。可愛いってか、たしかに綺麗だな」

「あの二人だからこそ、こんなにも盛り上げられるわね」

「楽しんでもらえたみたいでよかったわ。会いに行ってやってちょうだい。櫓にはフイズがいるから、声をかければ入れてくれるわよ。私は終わりにあたってやることがあるからこれで」

「じゃあまた後で」


 満足げなルロットは櫓とは反対方向に足を向ける。元より三人は今から直接会って賛辞を浴びせるつもりで、早足に櫓へと向かった。ルロットが終わりと言った通り、家路をたどり始めた人々はまばらになって、楽隊も各々楽器を片付けていた。祭りの余韻引きずって寂しくなる手前の、実に気分が良い時間。少し道を逸れて買う揚げ菓子、ふと思い出した獣人姉妹との約束で、ついでにラスナとレッタにも買ってやる。気まずさ残るのかどうかは判らないけど、ともかく「ありがと」とラスナが笑うので、変に安心した。

 フイズの姿を探すが見当たらないので、幕をめくって顔を覗かせる。もぞもぞと二人の影が暗がりに動き、どちらかがフイズであろうと声をかけた。


「フイズ、シャルちゃんとジネットちゃんに差し入れ持って来たんだけど、入っても構わないかい?」


 返事はなかった。代わりに一つの影がよろめいて昇降装置にぶつかり、派手な音を立てる。揺れる装置から何かが降ってきてケーイチの頬についた。油かと思いきや、やたら鉄臭い。血であった。

 揚げ菓子取り落とすのと片方の影、男が幕を払うのは同時で、差し込む光に装置を背にしてへたり込んだフイズが浮かび上がる。彼の上半身をべっとり血が覆っていた。


「フイズさん!」

「レッタ、上の様子を!」


 ラスナとレッタはフイズに駆け寄り、ケーイチは男を追おうとそのまま幕から出た。「殺しだ!」と拳銃掴んで叫ぶとあたりの人々は何事かと立ち止まるが、あからさまに逃げていく人間はいなかった。それに、目撃した男らしい姿もなく、また、今になってハルトとエミリアが見つかった。


「ケーイチ、殺しって何があったんだ⁉︎」

「フイズがやられた、犯人は逃げやがった」

「フイズさんは⁉︎」

「そこの中だ。殺しとは言ったが実際まだ安否はわからん。エミリア診てやってくれ」

「わかった!」


 中に戻りフイズをよく見ると、喉元斬られて胴にはメッタ刺しの傷が甚だしい。だが、まだ胸は上下していた。すぐさまエミリアが治療を始め、その場しのぎでも延命を祈る。

 やっと現れたハルトの姿に、ラスナは紅髪逆立つような理由なき怒りを覚えた。何で怒るのか自分でも解らないままに彼に食ってかかった。


「今まで何してたのよ!さんざん探してたのに!」

「ごめん、僕たちもラスナを探してたんだけど、こっちまで迷子になって」

「バカ!なんで、見つけてくれなかったのよ!」

「理不尽抜かしてる場合かアホ!お前、いきなり怒り始めるな!」


 ケーイチの言う通りで、この場にそぐわない理不尽な怒りだった。それでもラスナは、突然の緊急に狼狽する苛立ちをハルトにぶつけようとしていた。エミリアは何も言わず、治療に専念して汗の玉を額に浮かべていた。


「あ!ハルトさんもエミリアさんも!大変です!」


 レッタが上から舞い降りてきて翼を収める。彼女は上から降った血の正体を確かめに行ってくれていて、半泣きで事情を伝えた。


「上に、男の人が二人、血だらけで動かないんです!呼びかけても反応しないし、それに、いくら探してもシャルちゃんジネットちゃんどこにもいないんです!」


 この櫓にいないと、そんな訳はない。幕から二人が出てきた様子はなかったのだ。突然の凶事に逃げてしまったか、しかしケーイチたちが重傷のフイズを見つけるまで何の騒ぎも起こらなかった。


 誰の頭にも誘拐の情景が浮かぶ。加えてケーイチは、ゲーシンの文字を、日本語のままにして同時に思い出した。

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