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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第六章 異世界残侠伝
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第10話 無責任に唇は踊る

 夕暮れ時、夏の夕陽みたいに射し込むオレンジが、引っ叩いても起きなかったケーイチを除く六人を染め上げていた。祭りは、いつの間にか開催の儀式を終えてきたというシャルとジネットの、姉が誇らしげに語る妹の自慢話から始まった。


「シャルの晴れ姿はすっごいきれいだったんだからな!みんなにも見せてやりたかったよ」

「もう、やめてよジネット。それに毎年私の方に気が取られてるって注意されるようなら、お役目を外されちゃうわ」

「しょうがないよ、ほんとにシャルはかわいいんだから!」


 びったり頬を摺り寄せるジネットの頭を、シャルは困ったように笑って撫でた。姉の溺愛行き過ぎて、甘えすぎるのは、どちらが妹なのか判らなくなる。気配り上手なシャルは、本人不在であってもケーイチを心配した。


「ケーイチさん、あのままにしといて大丈夫だったんでしょうか」

「いーでしょ別に。起こしてって言っといて起きなかったのはあいつなんだから」

「そのうちきっと起きてくるよ。飲んだっていっても何時間も寝たんだし」

「でもラスナさん、いちばん熱心にケーイチさんを起こそうとしてましたよね。そんなに一緒にお祭りしたかったんですかあ?あっいいんですよ。ケーイチさんとデートしてきたって。ハルトさんのことはわたしがちゃんと楽しませますから」


 きゅっとハルトの腕に抱き着くレッタ。相手がレッタなのに、彼の頬が少し染まるのを発見してヤキモキする。ラスナは、さっきまでケーイチを揺さぶり往復ビンタを繰り返した手で、彼女のリンゴみたいなほっぺたを伸ばした。


「えいこのナマイキな口め!だぁれがハルトを楽しませるですって!」

「いひゃいいひゃい!はるひょひゃんひゃひゅけて!」

「それにしてもよく伸びるな、レッタのほっぺたは」


 ハルトは変に感心して頬をちょっと摘んでみた。レッタはもちろん嫌がらず、くすぐったそうにニヤけてみせた。


「ふふん、そうでしょ。ハルトさんならずっと触ってたっていいんです」

「じゃあ私も」

「エミリアさんはだめです。ハルトさんだけなのです!」


 笑うエミリアも、腕に抱きつくまではせずとも肩をぴったりハルトに付けている。もっとヤキモキした。モロに胸を押し付けるわけでもなく、意図的か無意識か肩をぎゅっとウブそうに寄せるのが、ラスナを妙に焦らせた。

 エミリアの、歳は変わらないのに不意に大人の魅力を漂わせそうな、彼女が眼鏡を光らせて、レンズを透す大きな瞳で見つめると、ハルトは赤面して固まるだろう。現に目の前で、肩の温い柔らかさに気づいたハルトは真面目な顔してエミリアをふっと見た。彼女も密着は予期せぬ偶然だったのか、零距離を意識して一瞬はっとすると、照れたように目を細めた。ハルトは紅潮した頬で目を逸らす。このエミリアの自然で素直な素振りはラスナにはとてもできない芸当で、しかし男の子をドキリときめかせる仕草であることはなんとなく解った。面白くなくって、ふんとそっぽを向くとスタスタと足を早めた。向かう先には祭りの入口、住民のほとんどと幾らかの余所者が凝縮してひしめき合っている。


「早く行くわよ」

「あ、ちょっと待って」

「もう、早くしてよ。この人混みなんだから、急がないと全部回れない・・・」


 五歩十歩進んだだけと思っていた。しかし自分でも気づかずかなりの早歩きで人混みを割っていたから、一度立ち止まって振り返ると一行は見当たらなくなっていた。自分一人迷子になったと判ると、これは間違いなく自業自得だと、理解したらしたでますます不貞腐れた。


「なによ、もう」


 小さく呟くと目元が熱く沁みた。よっぽどこんなことで泣くはずもないのだけれど、確かに一つ現れた涙粒を弾いてゆっくり無目的な足を踏み出した。脳裏にチラつくハルトの、彼のことを探さなきゃと一瞬思って、頭を振る。


 ケーイチは急に増えた足音によって目を覚ました。既に職人たちもおらず、もちろんハルトたちもいなかった。


「なんでえ起こせってのに。アイテテ・・・」


 ぼやきながら、頭より痛む頬をさすった。両頬とも少し腫れていて、酔いながら自らをビンタした覚えもなく首を傾げる。シャツの上から適当に祭り着を羽織るとジャケットと短いズボンを帯で結んで肩に吊るした。昼間よりずっと人は増えていて、その数多の人数から会場が数千倍にも広がるような錯覚を覚える。息苦しい熱気はテキヤの裸電球を彷彿とさせた。

 ハルトたちであれば大デール単位でも見分けがつく自信があったが、ちっとも見つからなかった。だから人々の頭のてっぺんに集中して、一番目立つ髪色、まあラスナが妥当であろうと赤を探す。それでも、燈色の空が藍服に着替えてようやく文字通り紅一点を見つける。ただ、他にいるはずの金銀黒はいずれもいなかった。紅は一人屋台の影に、蝋燭でジトリ汗まとわりつく肌を淡く光らせていた。ケーイチは軽口叩きながら自らの存在を示そうと、煙草くわえる口元を開きかけたが、彼女との会話を始める前に足を止めた。

 ラスナはエミリアよりよっぽど少女らしい風体で、可愛らしいというのが常日頃ケーイチの評価であったが、今夜ばかりはまず美人であると思ってしまった。不覚だった。エミリアの年上じみた魅力にばかり気を取られて、彼女の自然と大人になりかけてる少女の面影を、もっと意識してやればよかった。

 唇の桃色が艶やかに光って、ケーイチは自分の口元を軽く舐めた。接吻なんて望むべくもないのに。


「ひとり?」

「見てのとおりよ、はぐれちゃった。声だけはかけられて、あんたが7人目」

「お前もよくそんなにスケコマシに引っかかるよな。エミリアとどっちが上かな?」

「エミリアなら大丈夫よ。ハルトと一緒だから、悪い虫はつかない」

「妬んでやんの」

「ふん」

「ええじゃん俺がいるし」

「実際そうなのよね。なにかと縁があるのはケーイチ」


 戯言に対し呆れた罵倒でも予測していたが、違った。呆れたというよりは不貞腐れて、柱にもたれる背を少し動かした。同じ個所にばかり体重がかかって痛かったからであろうが、動かして肩がケーイチに触れても、そのままだった。

 ラスナの言う縁というのが、重要な局面で二人きりになった状況を示しているのはなんとなく解る。レッタを救い出さんとして罠にかかり、別れ離れになった時は生命辛々逃げ出し二人で寝た。エミリアの方は、相手をハルトとして共に脱出を図り成功した。生命を賭した特別な思い出を共有しているはずだった。そして今度もまた、二人きりならロマンチックという場面で、相手はケーイチだった。

 

「俺ばっかりオイシイ思いしてるわけだ。ハルトに妬まれるね」

「妬むのかな、エミリアがいるわよ」

「ラスナは綺麗でいい()だから」


 いつもみたいに大騒ぎはせず、少し頬を染めて静かに笑んだ。ケーイチからそう言われるのはだんだん慣れてきていて、飴玉舐めるみたいにゆっくり言葉の甘さを味わった。彼の言葉に飽きがないことは、素直に嬉しかった。


「探さないの?」


 少し間があってケーイチが尋ねた。からかうような声ではなく、かといって真面目でもなかったが、珍しくふざけてもいなかった。ラスナはちょっと考えて首をもたげる。首元に頭を挟むみたいにしてきたので、ケーイチは意外だった。ハルトにするならともかく、自分にこうした触れ方をしてきて、淡い香りを独占できる優越感がないとはいえない。肩の重さがくすぐったく熱かった。


「どうしようかな」

「ハルト、エミリアやレッタとは一緒なんしょ。行かなくていいの」

「なんか、そんな気分でもない。疲れてるというかなんというか」

「ふぅん、レッタとも張り合ってたのにねえ」

「なーに言ってんのよ。レッタと張り合うわけなんかないでしょ」

「いや、真面目な話レッタと一番バチバチやってたのはラスナだよ」

「そうかな?・・・そうかも」


 ついさっきを思い出して、確かにあったヤキモキはレッタのことも含む。ついでにエミリアの前でそんな火花を飛ばしていたのかと思うと、自らの態度は彼女より数段落ちる気がした。なぜもっと素直な女の子らしく振舞えなかったのかと、溜息が出る。

 ケーイチにはラスナの状態がなんとなく判った。ただ「諦めてるのだな」とはっきりは言わなかった。


「で、俺とイチャついてても仕方あるまい」

「イチャつく?なんのことよ」

「俺には、こうやって肩に頭乗っけたりできるのかよ」

「良い位置に枕があるから、それだけ」

「ハルトにはできないくせに」

「うっさい。あ、それください」


 通りがかった果物売りに、急にしゃべってばかりで口元乾いたラスナはサクランボを一つ所望した。大した額でもないからケーイチが金を出そうとする。自分の金入を摘まもうとするラスナの手をそっと押さえた。


「お前には小遣いあげてないから」

「ありがと。レッタにあげたお金ならカゴごと買えたけど。ほら、お礼」


 ラスナが実の片方をケーイチの口元に持っていき、指先が彼の唇とキスをする。やはりどうってことないみたいに、彼女はそのまま同じ指で果実を口にした。


「枝ごと食ってるじゃないか」


 ケーイチは些か裏声で指摘した。ついでに種が口から飛ぶ。ラスナの唇からは僅かに枝の先が見えたのだ。彼女は彼の半開きの口を一瞥すると、枝を口の中にしまってモゴモゴと動した。


「わざとやってるの。まあ見てて」


 舌で歯の隙間に挟まった食べ滓でも取ろうとしているかのような口の動きで、一体何をしているのかとラスナの唇に注目した。

 ケーイチは、無意識に顔を近づけていた。小さく動き続ける唇の変化が柔らかさを伝えていて、触れてみたい衝動に駆られる。夢中になるというよりも、電源が途端に切られて視線を動かせなくなったみたいに、音も消えて桃色ばかりが脳裏に映し出されるのを劇場のスクリーンで見ている気がして、何も考えられなくなった。ただただ、()()()なる。

 チュ、と耳に響く水音を合図に引き戻された。キスを受けたのではもちろんない、ラスナは紅い舌先を唇から這い出させて、上に枝を乗せていた。思考を失いかけて首を振るケーイチはまたもや仰天する。枝は端同士結ばれて円を作っていた。無論これは、彼のアイデンティティとする元いた世界の社会観では、キスが上手い、いや、飛び越してセックスが上手いということも意味しかねない。ぬらぬらと光る舌と枝、上目遣いで得意げに微笑み、彼女の火照る頬の熱さにケーイチは燃やされた。


「ね、すごいでしょ。これできる人なかなかいないんだから」

「そうっすね」

「どうしたの顔真っ赤にして。そんなに暑い?」

「なんでもないったら」


 実際ケーイチは照れに照れて、むしろ弱っていた。それは相手にも気づかされる。ラスナにとっては、ただ昔偶然見つけた得意ごとというだけで他意はない。だから今この時間どこでケーイチが照れる瞬間があったのかは判らないが、いつもイロゴトに関して大人ぶる彼がやたらと頬を染めているのが面白くて、からかってやろうと思った。ふざけて腕を抱くと、身体を押し付けられて跳ね上がる心臓が伝わる。


「なあにどうしたの。誰かとびきりかわいい子でもいたの」

「そうじゃない、そうじゃない。しかしまあ、動悸が収まらん」

「なんでなの、あんたがこんな風になるって珍しいじゃない」

「ラスナよ、どういうつもりで口の中で枝結びなんかしたんだい」

「どうって、珍しい特技じゃない?私は自分でそう思ってるけど」

「あのな、俺のいた世界じゃな、キスの上手い奴だけその枝結びができるんだよ。それを見せつけられるってことはな、その気がないってのは承知でも、俺にとっちゃはだな、やっぱり照れる」


 赤いポニーテールが跳ね踊る。慌てて枝を舌から離すと銀糸を引いて、自分の唾液であってもひどく艶めかしく見えた。チリ紙に包んで帯に押し込み、ケーイチの腕から離れると、恥じらいの気まずさから却って熱くなった。無性にドキドキと心臓をまぜっかえすのは、彼が気性に似合わない照れ方を自分に対してしたからだとラスナは確信した。恥ずかしいだけではない、嬉しさもあるのだと、彼女は思ってしまった。

 ケーイチもケーイチである。彼は、改めてやはり唇が欲しかった。この瞬間だけ誰かを愛するという、無責任かつどこか不純な動機で。


「ハルトになれたらなあ」

「どうしてよ」

「君のことを好きだと言ったって、自然じゃないか」

「な、なんでそれが自然なのよ!ハルトがそんなこと言うわけないじゃない」

「そうでもないと思うよ、俺の代わりに彼がいて、ラスナの魅力を胸いっぱいに取り込んで、勇気が湧いて、キスはともかく、きっと君を抱きしめる」

「そんなこと・・・あるわけない。私がエミリアだったらわからないけど。彼女こそ、自然にハルトを好きにさせてしまう」

「そうかもね」

「私はエミリアみたいにはできないもの」

「でも、それはそこにエミリアがいるか、ラスナがいるかの違いしかない。お前からしたら惜しかったかな。でも、ハルトがもしここにいたらきっと感じるほど、俺は今嬉しい」


 その言葉を合図に、二人は互いの顔に向いた。ケーイチはそっとラスナの肩に触れて、彼女も、戯れつくだけの触れ合いではなくもっと別の意味を感じたが、嫌がりはしなかった。掌はそのまま背中に、ほんの少し抱き寄せられる。心臓の音が伝わりはしないかと、焦れば更に鼓動は増した。


「ハルトだったらって、ケーイチは言った。私に『好き』って言いたいの?」

「そうしたい感情が俺の中にあったとしても、それは今言いたいだけだ。この状況が終わってしまえばおそらくどこかに仕舞われる」

「じゃあ、言わないんだ」

()()()()を約束したいほど、そこは無責任じゃない。君にはハルトがいる」

「・・・ケーイチの腕は無責任よ」

「無責任に、ただ欲しいものだけ俺は欲しいから」

「最低」


 罵倒の言葉、当然ケーイチには浴びせられる言葉、彼だって自覚している。しかし二人は離れなかった。軽く腕に力を入れてより身体を近づけると、ラスナは半歩踏み出して両手を彼の肩に添えた。突き放すためではなく身体がぶれてしまわないように。ケーイチの頭が僅かに下を向いて、ラスナの踵が浮いた。

 ハルトとだって接近したことない距離で、互いに目を瞑った。

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