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闇夜の京に鵺二匹  作者: 惜本大祐
第一章 源頼政
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主君


 頼政は馬に乗っているとはいえ、急いでいるわけではない。

 その上、あの老いぼれた馬である。夜盗で足を鍛えた夜鳥はすぐに追いついた。彼女は頼政の顔を見つけると、話しかけようとした。

 が、やめた。

 他の男と頼政が話していたからだ。

 夜鳥は隠れて、聞き耳を立てた。

 その男は頼政とはちがい、立派な馬にまたがって、綺麗な衣装に身を包み、家来たちをたくさん引き連れていた。


「小松殿、今日は何用で?」

「すでにご存じのことでしょうが、先日の宣旨について御礼を申し上げに」

「東山道・東海道・山陽道・南海道の山賊、海賊の追討……でしたな、申し遅れました、古今無双の大権を任されましたこと、執着至極と存じます」

「……そうですが、非才の身には過分な役目です」


 なんだか、元気のない話し方をする人だ。

 夜鳥がそう思ったとき、頼政がいった。


「どうやら、ご気分がすぐれない様子ですが、平家の後継者といえど、さすがに激務は堪えるものと見受けられますな」


 驚いた。

 小松に居を構える平家の後継者、平重盛(たいらのしげもり)という名は京では知らぬ者はない。

 しかし、近ごろ威張りちらしている平家の人間にしては、彼の態度はあまりにへりくだり過ぎていた。平家の後継者などとは、とても見えなかった。

 その重盛が力なく笑って言った。


「どうやら、そうらしゅうございます」


 頼政は心配そうである。


「今日は帰られては? 言伝でもありますなら、この頼政が承りますぞ」

「いえ、畏れ多くも治天の君(ちてんのきみ)に骨折りいただいたこと、言伝で済ますわけには参りません」

「……あの方なら気になさらぬと思いますが」


 重盛は首を横に振る。


「そうであっても、平家の跡継ぎたる私が上皇をないがしろにすれば、一族みなそれに倣いましょう。お言葉は嬉しいですが、やはり私自身が行かなければ」

「さすがは小松殿、見事な心がけ」


 頼政は感心したというふうに何度もうなずいた。

 そして重盛のうしろに控えている家来に


「忠清殿も鼻が高うございましょう」


 と、親しげな軽さのある調子で言った。

 その家来も軽く受け答える。


「まさしく平家自慢の若殿にございます」

「よさぬか、忠清」


 ずいぶん親しいみたいだ。

 鵺が不審に思っていると、ちょうど院庁とやらについたようだ。


「では、失礼を」


 頼政は重盛に先をゆずられると、そう断って中に入っていった。

 夜鳥は院庁を見上げた。

 さすがに政治の中心というだけあって大きい建物である。

 警護役の武士もたくさんいた。


(忍び込めないほどじゃないが、この昼間にいくにはちょっと危ないな)


 夜鳥は当初の予定を変えて、このまま外で頼政が来るのを待っていることにした。




 さて、頼政である。

 彼が行くと、後白河上皇(ごしらかわじょうこう)はすぐに出てきた。

 満面に笑顔を浮かべている。

 この方は頼政が挨拶しようとするのも遮って、いきなり言った。


「鵺の正体は何であった」


 気になって仕方がない、という様子なのである。

 それで頼政が


「鳥にございました」


 と答えると、露骨に悲しそうな顔になって


「なんだ、盗賊ではなかったのか」


 と、おっしゃった。

 笑顔は消えているが目じりは下がったままだ。元からこういう、温和で人のよさそうな印象を与える相貌なのである。

 頼政は動揺した様子もなく


「恐れ入ります」


 とだけ言った。


「まあよい、これへ」


 上皇が言った。もうケロリとしている。

 近臣は一度下がって、すぐに一振りの刀をもって再び現れた。


「これは?」

「鵺退治の褒美だ。抜いてみよ」


 押しいただいて、刀身を抜いてみると、なるほど見事な刀である。頼政がいつも身に着けている刀とは比べ物にならない。


「ちかごろはまた山法師がうるさいゆえ、強訴があればそれで内裏を守れ」


 頼政はもう一度、平伏した。

 そこで上皇は急に押し黙った。

 それから何やら考えるようにジッと頼政の顔を見て、おもむろに歌いだした。

 よく響く声だ。


「ほととぎす名をも雲居にあぐるかな」


 頼政もすかさず歌う。


「弓はり月のいるに任せて」


 上皇は大笑いした。

 しばらく笑ったあと、よしとうなずいて、また歌った。


「五月闇名をあらはせる今宵かな」


 もう一度、頼政も下の句を継いだ。


「たそがれどきも過ぎぬと思ふに」


 上皇、また笑い出す。

 笑いながら、ときおり


「まて、まてよ」


 と声にだし、また上の句を考えている様子であった。これは長く付き合わされそうだと思ったのか、頼政は話を変えた。


「小松殿も参っておるようにございます」

「ほう、重盛が」


 瞬時に真面目な顔になる。

 感情が素直に顔に出る方なのだ。


「なにやら気分が優れぬ様子でございました。私はこれで退出させていただきます。 おはやく会って、今日は休むようにと言葉をかけてさしあげるべきかと」

「そうか、ならば仕方がない」


 上皇は名残惜しげにうなずくと、近臣に


「重盛を呼べ」


 と命じた。

 頼政は退出した。

 行きちがいに、まだ気分が優れない様子の重盛と会った。

 頼政が軽く頭を下げて行き過ぎようとすると、呼び止められた。


「近ごろの平家を、どう思われます?」

「どう、とは?」

「……いえ、これは平家の問題でございました。お忘れくださいますよう」


 それだけ言うと、今度は重盛のほうから


「では」


 と頭を下げて、そのまま行ってしまった。

 頼政はしばらくその後ろ姿を見送ったあと、何もなかったように再び歩き出した。

 院庁を出ると、夜鳥が待ち構えていた。


「来ておったのか」

「上皇と何を話してたの?」

「上皇様といいなさい」

「……で、上皇様と何を話したの?」

「お主を退治したことで、お褒めにあずかったのだ」

「へえ、なんて答えたの?」

「月の方向に弓を射たら、たまたま当たったと答えておいた」

「なにそれ」


 夜鳥はコロコロと笑った。



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