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闇夜の京に鵺二匹  作者: 惜本大祐
第四章 保元の乱
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回避

 それから義朝の様子は一変した。

 忠通が来訪した翌日から目に隈ができ、次の日には頬がこけてきた。

 日課としている弓の修練にも精が出ず、自分から的に向かっていくようだった矢が見当違いの方向に飛んでいく。

 食事もろくに喉を通らず、すぐに箸を置いてしまう。

 そんな主を家人達は心配した。


「どうなされてしまったのだ」

「おそらく関白に何かを言われたのだろうが、よくわからぬ」

「いや、大殿との悶着のせいかもしれんぞ」


 しかし義朝が何も言わない以上、彼らはこうして噂話をしているしかない。

 ただ日に日に痩せ、眼光だけが病的に鋭くなっていく主を遠巻きに見つめていた。


 その状況に変化らしい変化があったのは七日目だった。

 彼は手紙を書くと、腹心の家人に何事か耳打ちして、その手紙を持たせたのである。


「よろしいので?」


 その家人は屋敷を出発するときに、すがるような目で言った。

 義朝は小さくうなずいた。


「良いも悪いもあるか。こうなれば義賢も父上も敵だ」


 家人は進まぬ足を無理に急がせて、東に向かった。

 屋敷に残った家人のあいだで


「これで義朝様は元気になるのではないか」


 と、ささやかれたが、義朝はよくなるどころか一層病的に痩せていった。




 それからさらに十日後、義朝が地獄の餓鬼のような容貌になってきたときに、その報せはとどいた。

 よこしたのは関東にいる義朝の嫡男、義平だ。


『仰せのとおり、叔父義賢をその居館にて襲い、討ち取り申した』


 義朝はうなずいた。

 それから家人達に、こう命じた。


「義賢の子、仲家(なかいえ)が屋敷にいるはずだ。殺せ」


 彼の家人二百騎が義賢の屋敷に押し寄せた。




 ほとんど同じころ、為義も同じ報せを聞いていた。


『突如、義平が館に攻め寄せ、主義賢は討死、その子駒王丸も行方知れず』


 その報せを聞くと為義は烈火のように怒った。

 ついに息子と戦わなければならないか、という恐怖と呼んでいい感情もあった。

 それを隠すため、あえて大音声で命じた。


「皆の者、武器をもて! これから義賢の屋敷に行くぞ! 孫まで殺されてなるものか!」


 従うものは百騎。




 為義が義賢の屋敷に来たときには、すでに義朝の家人達が集まって屋敷を包囲していた。

 しかし、どこか様子がおかしい。

 屋敷から戦っている音が聞こえないのだ。

 為義はこういうときにこうも静かなはずがないと知っていた。


 違和感を覚えながら屋敷をうかがっていると、義朝の家人らしい男たちが為義の前に立ちふさがった。


「おそれながら大殿、ここから先は通すなと主からの仰せ、お引き取り願います」


 おそらく関東から連れてきた家人なのだろう。

 その武士は為義を何ら恐れていないようだった。

 しかし、為義とて歴戦の武士である。

 彼をほとんど無視して、耳をそばだてて屋敷の様子を探ろうとした。


「……?」


 違和感があった。

 たしかに障子か襖かが乱暴に倒される音はする。

 棚などの家具はことごとく破壊しているようである。

 足音も十人や二十人ではない数だ。

 しかし剣戟の音も、屋敷にいるはずの女どもの悲鳴も聞こえてこない。


(もしや、危険を察して逃げられたのか?)


 と一瞬思ったが、どうもそうは考えにくい。

 屋敷に残っていたのは義賢の幼い息子と、その世話をしている女中くらいしかいなかったはずだ。

 為義が報せを聞いたのは、つい先ほど。

 義朝も同じくらいだったはずだ。

 屋敷の者が全員そろって逃げられたとは考えられなかった。


(だが、戦っているようではない……)


 為義は困惑した。

 義朝が出てきたのはそんなときであった。


「ああ、父上ではありませんか」


 声が聞こえたとき為義は刀を抜いていた。

 息子を殺した敵が、そこにいる。

 しかし義朝の顔を見た瞬間、沸き起こったばかりの怒りが萎んでしまった。

 顔から肉がなくなって皮だけを張り付けた髑髏のようになった息子が、そこにいた。


「……義朝」


 義朝が何かを押し殺しているのが為義にはありありとわかった。

 その義朝はつとめて平静な声で言った。


「父上、単刀直入に聞きます。屋敷の者をどこに匿っているのです」

「俺は匿ってなどいない。だが、まあ、よくわからんが仲家を殺し損ねたわけだな」


 義朝がいぶかしげに目を細める。

 しかし、それもほんの一瞬のことで、すぐに身をひるがえした。

 そのまま引き連れていた家人達をまとめて引き揚げていった。

 為義もまた、これが親子の交わす最後の会話になったかもしれん、と思いながら自分も屋敷に帰ることにした。




 義朝が為義と別れてから関白忠通の屋敷にむかった。

 まずは首尾を報告する必要がある。


 さすがに関白だけに邸宅は広い。

 女中なども多くいて、その内の一人に案内されて客間に通された。

 話を聞いてみると、先客がいるらしい。

 まあ、関白には訪ねてくる人間も多いだろうと思っていると、何やら激しく言い争うような声が聞こえはじめた。


 忠通の声である。

 もう一人の声も、聞き覚えがあった。

 気になったので聞き耳を立てていると、義朝は笑いがこみ上げてきて、それを抑えるのに必死になった。


 これは言い争いなどではなく、ただただ忠通が怒りを爆発させているのであった。

 相対している方は、言を左右にして忠通の怒りを巧みに受け流している。それに忠通はイライラして、よけいに怒りを爆発させる。相手はそれすらうまく躱してしまう。

 相手の方が一枚も二枚も上手なのである。

 実に痛快だった。


 最後は


「貴様はこの私が命じたと知っていて、なお匿おうというのだな」

「これは異な仰せ、まさか関白さまともあろう御方が、そのように国を乱すような命を下すはずがないと心得ておりますれば、そのようなことは考えたこともございませぬゆえ、何ともお答えしかね……」

「もうよいッ! 失せよッ!」

「恐れ入りましてございます」


 と、ついに相手の方に退出の許しが出たようであった。

 そのころには義朝ももうこらえきれず、声だけは何とか殺して笑いこけていた。


 ほどなくして女中がやってきた。

 案内されるままに立ち上がり、客間を出ると、見知った顔が向こうからやってくる。

 白髪の混じった中年の男である。

 その顔を見て、義朝は先ほどの忠通との言い争いをしていたのが誰だったかを知った。


「やあ、これは義朝殿」


 愛想のいい笑顔を浮かべているその男は、摂津源氏の源頼政だった。

 政治的には独立した別の集団とはいえ、もとをたどっていけば共通の先祖をもつ親戚である。

 当然、義朝も会ったことがある。

 義朝はいくぶん崩した口調で言った。


「これは頼政殿、関白様と言い争っていたようですが、何をなされたのです」


 答える頼政の口調も、軽い物だった。

 それだけに義朝はそれを軽く流してしまいそうになった。

 しかし、すぐにその言葉の意味を理解して、それがどれだけ重大なことかに考え至った義朝は大きな衝撃を受けた。

 頼政は、こう言ったのである。


「いや、なに。貴殿の甥にあたる仲家殿を、拙者が養子にしたと報告したまでのこと」


 その意味を理解したあとも、義朝はしばらく呆然として何もすることができなかった。

 頼政の養子になったということは、義賢の息子でなくなったことも意味する。

 義賢の息子でないなら義朝が手をかける理由もない。


「なぜ」


 義朝の口から出てきたのは、疑問であった。

 そんなことをすれば忠通に敵対すると宣言するようなものだ。

 頼政のどこにそんなことをしなくてはならない理由があるのか。

 頼政は相変わらず軽い調子で答えた。


「幼子を養子にすれば、その財が養父の自由になるは世の常。いまなら仲家殿を養子にしても、貴殿や為義殿から異論はでますまい」


 そう言うと頼政は、機嫌よさげに笑った。

 つられて義朝も笑ってしまった。

 どんな理由であるにせよ、これで罪もない子供を、自分と同じ血の流れる甥を殺さなくて済むのである。

 心の臓に突き刺さっていた針が一つ抜け落ちたような気分だった。

 だから義朝は頭を下げた。


「頼政殿、かたじけない」

「何を申される。一家の不和に乗じて私腹を肥やす者に、そのような言葉をかけるものではありますまい」


 頼政は相変わらず機嫌よく笑っていたが、義朝が女中にせかされるのを見ると、最後に低い声でこう言った。


「武士の世は来ます。いまは辛抱されよ」


 そう言い残して、頼政は長い廊下を歩いていった。

 それから忠通と相対した義朝の胸中は、これから起こるであろう父との殺し合いを予感しつつも、いくらか晴れやかであった。


読み速様ならびに読み速様で感想をお聞かせしてくださった方々ありがとうございした。

これからも精進して参ります。


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