鵺
皺だらけの顔をふせ気味に、老いさらばえた馬に乗っていく。
髪は十年前から白くなりはじめ、今では総白である。身につける具足はいかにも貧しい。至る所にほつれが見え、かぶる兜も傷ばかり。
とてものこと、今をときめく平家と肩を並べていた武家たる源氏の長老で、位階は正四位下という、歴とした貴族だとは見えなかった。
彼の名を源頼政という。
歳は六十を過ぎているだろうか。
当時としては長生きな方である。
「近ごろ、御所に住みつき、帝を悩ませる『鵺』なる妖を退治せよ」
そんな頼政が受けた命令は、どうにも要領をえないものだった。
そもそも『鵺』とは一体何者なのか。
話によれば御所に住みついている妖で、夜になると不気味な声で鳴くとか、黒煙を吐くとか。顔は猿で、胴は狸で、手足は虎で、尾は蛇だとか。
要は誰もよく知らないのだ。ただのうわさの産物であるとも十分に考えられる。いないものなら退治できるはずもない。
(さて、どうしたものか)
頼政は老いた体を、老いた馬に揺られながら思案に暮れていた。
その晩である。
頼政は御所の内の最も高く、見晴らしのいい木に登って鵺が現れるのを待っていた。
彼の思案は、こうだ。
まずは不気味な鳴き声の主を見つけ正体を見極める。
他愛もない生き物であれば生け捕りにして、本当に妖であれば撃ち殺して、帝の御前に差し出す。
要は、鳴き声が止めばいいのである。
鳴き声が止んで、あとは死体にしろ、生け捕った生き物にしろ『これが鵺の正体でありました』と、報告してしまえば誰にもわかりはしない。
頼政は、じっと鵺を待っている。
「アハハッ!」
時は夜もふけきった子の刻。
満月の下、嬌声を響かせて鵺は御所の屋根上にあらわれた。
しかし、その姿は頼政が想像していた姿とはちがっていた。
それは紛れもなく、人の子供であった。
そういう子供が鵺であると頼政にも理解できたのは、身のこなしが軽く、慣れを感じるものだったからだ。
何度も同じことをしていたに違いなかった。
「アハハッ!」
鵺は何が楽しいのか、笑い声をあげた。
まるっきり子供が遊んでいる姿なのである。
こんな子供を殺さなければならないのかと胸が痛んだ。
しかしながら帝の命である。やらないわけにはいかない。運がいいのか、悪いのか鵺は頼政に気づいていない様子である。
今なら射殺すのに造作はない。
すこし迷ったあと、頼政は木のかげで弓に矢をつがえ、弦を引きしぼり、放った。
矢はまっすぐ鵺に向かっていく。
嬌声が止んだ。
矢は狙い通り、その脇腹に突き刺さった。
鵺は糸のきれた傀儡のように落ちていった。
役目を終えた安堵のためか、一つ息を吐いた。
それから弓を背負いなおし、老いた体で意外なほど軽く地面に飛び降りると、鵺が落ちていった方にゆっくりと歩み寄った。
「……」
鵺の傷は深い。
傷口からはドクドクと血が流れていた。
すでに意識も薄れはじているのか、ぼんやりと開かれた目は虚空を見上げている。
頼政は一歩ずつ近づいていく。
刀身と鞘の擦れる音が闇にひびいた。
姿をあらわした凶器が月明りに反射して白く光った。
新人賞に落選した小説を改訂してあげています。
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