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ミーナが歯を食いしばり、小声で漏らす。
エリアスが彼女の怒りに答えるように「突撃しよう」と囁いたその時、
「待って、相手は二十人よ? 無謀だわ。私に任せて。この場で使えそうな呪文があるの。敵を半分にするから、その後で突撃して」
「わかった」
エリアスが頷くが早いか、ミーナは目の前に拳大の光の玉を作り出し、その輝きはミーナの顔を朱に染めた。
「神よ、 力を貸して! 火球を!」
そしてミーナは玉を投擲。
ミーナの操る小さな火の玉は弧を描いて、敵の陣取る広場中央の焚き火の中に吸い込まれていき──ほぼ中央、中心部で爆音と共に爆発した。飛び散った爆炎と衝撃波は焚き火に炙られていた保存食や家畜の肉と共に周囲の敵五、六人を巻き添えにする。
「よし!」
ミーナは会心の笑みを浮かべた。
「やったなミーナ!」
「褒めるのはあいつら全員を倒してからにして。とにかく今よ。エリアス先に行って! 私はエリアスの後ろから手伝うから!!」
エリアスは敵の体勢が整わないうちに切り込もうと森の中から駆け出す。狙いは敵の大将だ。エリアスは吼える。
「神よ、俺に力を貸してくれ! 貸さなければもう二度とお前には祈らんぞ!」
エリアスは天を見上げ、これでもかと叫ぶ。
「お前が自ら俺達に力を与えたんだからな!」
神は答えない。だがエリアスは全身に力が漲るのを感じる。この高ぶり、全てを破壊してやろうとする止まらぬ気迫、逆らうものは全てを薙ぎ倒すであろう力。そして大切なものを守ろうとする強い意思。人を救いたければ何かを殺さなければ願いは叶わない。エリアスはミーナを守るため、父母の復讐のために剣を取る。
「神よ、俺に敵を倒す力を!!」
エリアスを歓迎するように、彼を見つけた敵が散々に言葉を紡ぐ。
掲げる剣は先程と違い、思いの外軽かった。
「突っ込んでくるぞ!」
「なんだ? ガキじゃねぇか。やんのかコゾー!?」
「とにかく捕まえろ! ああ、もちろん殺ってもかまわねぇ!」
敵がエリアスに達しようとしたとき、木々に隠れたミーナが再び先ほどと同じ呪文、火球を打ち込む。エリアスに近づこうとした五人が吹き飛び、家が半壊して燃え始めた。
一方でエリアスは気合と共に「大将よ、出て来い!」と、ミーナが作り出した新たな火炎地獄に跳び込み前に出る。
「エリアス、あなたを死なせはしない! 神よ、エリアスに力を!」
神の加護か、炎を抜けたエリアスの体が黄金色に輝く。剣は紫の燐光を妖しげに放ち、掲げられた斧ごと男を袈裟懸けに切りかかる。男の鎖帷子が飴のように切れた。
エリアスは返す刃で棍棒を持った男を股間から切り上げる。男二人は血飛沫を撒き散らしつつ雪を赤に染めた。
「小僧に気を取られるな! 魔法使いをやれ! 魔法使いを探せ!!」
「どこだ! 森の中から……!」
「森だぁ!? って、このガキ!」
言い終わらないうちに男はエリアスによって頭を割られる。
敵は右往左往するも、敵の何人かが森へ向かった。ミーナ耐えてくれ、エリアスは仕方がない事だと自分に言い聞かせ、混乱している敵を倒すことを優先する。
そして接敵。
エリアスは剣を掲げた男の手首を切り飛ばし、槌を振るってきた革鎧の男の攻撃をかわし腹に剣を打ち込む。そして槌使いの胴を蹴飛ばし力任せに剣を引き抜くや、手を押さえて転げまわっている男の喉に剣を突き立てた。
「落ち着け! 突っ込んでくる敵は一人、しかもガキだ! 囲め!」
残った五人に取り囲まれるエリアスがいる。
「コゾー、ふざけろよ? とは言え、一応は名を聞こうておこうか」
隊長各の男だ立派な顎鬚、鉄の装備。他の海賊が革鎧、せいぜい鎖帷子なのに対してこいつだけ違う。そして、血に濡れた宝剣が炎に照らされて明々と煌く。きっと名のある業物に違いない。
だが、エリアスは自分でも不思議に思うほど動じない。まるで恐怖という感情が欠落してしまったかのように心が揺れないのだ。
「神に誓ってオマエが先に名乗れ!」と、声を吐き出した。
◇
海賊の長が笑う。エリアスが生意気なのが興味を惹いたのだろう。
「おや失敬。神に誓う。俺はアーロンの息子サロモンだ。色々あって海賊をやっている」
「俺はリクハルドの息子、神の寵愛厚き戦士エリアスだ!」
名乗りあうと、サロモンの表情が人懐っこいものに変わる。
「ほう? 神ね。その黄金色の輝き、おそらく本当に神の加護があるというわけだ。その手品の種を知りたいね、俺はさ?」
「父リクハルドと母アイラの仇サロモン、黙って俺に討たれろ! 俺はお前に一騎打ちを申し込む!」
エリアスはサロモンに剣先を突きつける。
「ふん……」
サロモンは顔を顰め、視線を逸らしつつ、
「良いだろう。クソガキ」
エリアスにとって意外にもサロモンは一騎打ちを受ける。
「お頭!」「サロモンの兄貴!」
男の部下が途端に騒ぎ出す。
「お前ら、手出しをするな。万が一でも俺が負けたら、こいつに手を出さずに引き上げろ」
シャリッと鞘から音がして、剣を抜き放つサロモン。
「うぉおおお!」
雪深い地を蹴るエリアス。踏み締めた雪をものともせず黄金の軌跡を残してサロモンに向かい突進する。サロモンは剣で直線に突っ込んでくるエリアスの剣を軽く弾いて──と、サロモンの思いと裏腹に剣先がぶれない。エリアスの剣撃が予想以上に重いのだ。
びくともしない少年の怪力にサロモンの目が見開かれる。
そしてエリアスは強引にサロモンの剣を上に弾くと剣で突きに入ろうとし、
「お頭!」
誰かが叫ぶ。とっさにサロモンは横に跳んで回避する。
エリアスの突きは空振った。
「危ねぇな、ガキの玩具にしては良くやる……」
海賊の親玉が一息つく。
だが、次の瞬間、燃え盛る家屋の炎を背後に金属を打ち合わせる音、鋭い火花が弾け散る。
鉄を焼く匂いと共に二人は交差した。
次手はサロモンが先だった。
サロモンは振り向きざまに、エリアスの背中を狙って剣を振るう。胴体を両断したかに見えた剛剣だ。しかしその剣先は金属の打ち合わされる音によって阻まれる。
背中を見せていたエリアスが早くも体勢を立て直し、下段からサロモンの剣を弾きつつ相手の剣を浮き上がらせたのだ。
力任せの強力と言える。サロモンも知ってのとおり、それはすでに子供のものではない。剣を跳ね飛ばしたエリアスはすぐさま突きをサロモン目掛けて繰り出す。
海賊の親玉はエリアスの剣をまたもかわした。いや、かわしたはずだった。エリアスの剣はサロモンを微かに傷つけたのだ。血が流れる。サロモンは額に汗を浮かべた。そして汗が傷口に染み込む痛みを感じて。
途端、サロモンの凶相が更に険悪なものへと変わる。
「本気で殺しちゃうぞコゾー……!」
サロモンの視線が一瞬逸らされる。
「ガキが!」
サロモンはそう叫ぶなり、剣を繰り出す。上段、下段、胴薙ぎ。しかしそのこと如くがエリアスの操る剣に阻まれ、金属の擦り合う衝突音が雪深い寒村に刻まれる。エリアスは無数に繰り出されるサロモンの剣を全て弾き、焦るサロモンに反撃の一撃を繰り出そうとし、一進一退の攻防を続けた。そしてまた十合ほども打ち合った頃であろうか。
──エリアスはミーナの悲鳴を聞く。
「キャァア!」
エリアスの耳にミーナの声が聞こえた。
二人の海賊に両手を押さえられ、動きを封じられて決闘の場の真ん中に引きづられて来たのだ。呆然とするエリアスと、勝ち誇った笑みを浮かべるサロモン。
サロモンが一歩引いたと同時に、エリアスの動きも止まった。
「そうだ。待てよクソガキ。抵抗するとこのメスガキがどうなるか、判っているんだろうな?」
エリアスの体から黄金の輝きが消え失せる。
絶望に染まるエリアスの表情は血の気のない死人のそれに似ていた。
「俺の勝ちだな、コゾー?」
サロモンはエリアスに剣を突きつけ、
「剣を捨てろ」との声がエリアスの耳朶を打つ。