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むかしむかし、とある国のとある城に王様とお妃様が住んでいました。王様とお妃様はたくさんの家来に囲まれて、なに一つ不自由なく暮らしていましたが、たった一つだけ、悩みがありました。それは旅に出た三人の息子が帰ってこないことでした。長男は北へ行き、王家に伝わる雪の中でも轟々と燃え盛る炎の剣を持って太陽の指輪を探しに行きましたが帰ってきません。次男は東に行き、王家に伝わる猛烈な嵐の中でも戦える剣を持って人々を苦しめる蛇竜を倒しに行きましたが、次男も帰ってきません。三男は西か南か迷いつつも西に行く事に決め、もう王家に伝わる宝剣は残っていなかったので城下町で買った青銅の剣を持って世界一綺麗で心優しいお姫様を探しに行きましたが帰ってきません。
ある日、困り果てた王様とお妃様は家来の一人を呼びつけて言いました。
「王子たちをこの城に呼び戻したいのだが、どこにいるかもわからない。探し物に詳しい人物を紹介してくれないか」
「どんなに卑しい身分のものでも構いません。とにかく心当たりのある人物を探し出してまいれ」
と、頼んだのです。
そして幾日からたった後、その家来は一人の娘を連れてきました。碧の髪を結い上げた綺麗な顔、ゆったりとした紫のローブに身を包み、首に手首、足首、指にそれぞれ豪華な首飾りや腕輪、足輪、指輪、耳飾りなどで体を飾り立てた娘です。燦々たる輝かしい姿もそのはず、娘は街で評判の占い師でした。
王様は早速、娘に王子たちの行くへを尋ねました。娘は水晶玉を出すと、さっそく占いを始めます。
「王様王様、恐れながら大変申し難いのですが」娘は口を結んで言おうとしません。
「かまわん、教えるのだ」
「そうです、正直に言いなさい」王様とお妃様は急かします。娘は耐え切れずに口を開いてしまいました。
「兄王子は煉獄の炎で焼かれ、次の王子は邪竜に食われ、末の王子は夢の中のお姫様に恋して永遠の眠りについています」と。
娘は正直に占いの結果を王様とお后様に伝えてしまいました。これを聞いた王様は怒ります。これでもかと怒るのでした。怒った王様に娘も怒りました。元はと言えば、大様やお妃様が「答えろ」と迫ったことが悪いのです。ですが王様は許しません。そして仕舞いには「娘を牢屋に入れろ」と言い出したのです。娘を兵隊たちが槍を構えて囲みます。そんな王様やお后様に娘は怒り疲れて、笑い出しました。
皆、あまりのことに驚きました。娘が気がふれたと思ったのからです。でも、真実は違いました。占い師とは仮の姿。娘の正体は魔女、妖術使いだったのです。
「この『シェルーゲンの魔女』に対して好きなことを言ってくれるじゃないか。そんな恩知らずはカエルになっておしまい!」と、どこから取り出したのか、風のような剣を一振り。ああ、無慈悲な魔法です。
王様とお妃様は王冠をかぶった二匹のカエルになってしまいました。 こうして、王様とお妃様、そして世継ぎの王子三人を失った王国は滅びたのでした。
ですから人は必要以上に欲張りをしてはいけないし、そして人の嫌がることを他人に無理強いしてはいけないのです。
~ノルドに伝わる母から子への御伽噺~
◇
森妖精と人間の子供二人は空を見上げる。蒼天だった。
「さぁ、森を抜けましたね。約束は森を抜けるまでの道案内でしたが。どうされます? もしあなた方が望むのであれば、私はあなた方と"帝国"の"都"までご一緒しても構いませんよ?」とのイングラスの問いに、エリアスとミーナ、まだ、あどけなさの残る少年少女たちは二人、顔を見合わせると、
「良いの!?」とエリアス、「良いんですか!?」とミーナが聞くと、
「もちろんです。エリアスさん、ミーナさん」とイングラスは顔をほころばせた。
かくして、蜥蜴人から取り返したもの、頂いてきたものなどの荷を背にした彼らは無限に広がる草原へと歩を進める。
◇
矢玉が襲う。何頭もの馬の蹄が大地を抉る。少年と少女は追い込まれていた。
馬人の集団を見つた二人。彼らを先導していた森妖精はエリアスとミーナに前に出るように指示したまま姿を消しており、少年と少女ら二人は途方にくれた。
矢玉がはねる。どんどん正確になってくる矢の狙い目。ずんずん近づいてくる馬人の集団。
エリアスは腰に佩いた魔剣を抜き、ミーナを自分の影に隠す。
来る、来る、来る。
蹄の音とともに馬人の集団は怒涛のごとく押し寄せ、エリアスとミーナを射る。エリアスはどうしたことか、そうであることが自然であるかのように、ゆっくりと見える斜線。まるで英雄その人であるかのように、次々と射られる矢をエリアスは片っ端から叩き落し、ミーナを守る。馬人の集団は通り過ぎるときびすを返し、再びエリアスとミーナに襲い掛かる。
「ミーナ、守りきって見せるから」と、エリアスは呟く。
ミーナはこくりと頷き、小さな体をさらに丸める。
蹄が大地を叩く音は大きく、地響きのように襲い来る。
矢玉の密度は高くなり、エリアスはそれを全て叩き落すと、またも馬人の集団は通り過ぎて行く。
彼らは三度、反転し襲ってこようとしてた。
ミーナは祈る。彼らの信ずる神の加護を。
三度目に馬人の集団がエリアスたちに向かって突撃を敢行しようとしたとき、彼らの頭上に火星があった。
神の怒り、その火の玉は馬人の集団の上で弾け、全てを炎に包み込む。勢いのままにエリアスの方へ抜けてきた馬人を彼は容赦なく切り捨てる。そこに手加減の色は無い。
その場にはエリアスとミーナの他に動くものは無く、大地は火の玉の爆発にて無残な地肌をさらし、焦げ付いた馬人の集団の骸が転がる今となっても、依然、森妖精のイングラスが戻る気配は無い。
◇
「イングラスさんいないね」ミーナが両肩を自分自身の手で抱きながら呟く。
「そうだね、でもきっと戻ってくるよ」と、エリアス。それは自分自身に言い聞かせるような声音だった。
「これ、美味しいよ? ミーナも食べてごらんよ」と、エリアスは馬人から奪った、程よく射焼けている乾酪を二つに割り、その片方をミーナに渡す。
「ありがとう、エリアス」ミーナは一口噛むと「美味しい」とこぼした。
「そう言えば」ミーナが話を切り出し、
「イングラスさん、一体どこに行ったのかな?」と早口に問うと、
「そう遠くない所だと思うけど。まさか自分一人で逃げちゃったわけじゃないだろうし」エリアスは青く澄んだ空を見上げつつ、ゆっくりとした口調で推測を述べた。
「まさか、一人イングラスさんやつらに立ち向かって殺されたんじゃ!?」
「あっ……そうかもしれない、そうかも」
ミーナの物騒な予感にエリアスが同調し、
「そうだとすると、私たちを守るために……」ミーナの目が光を失うと、
「くよくよしても仕方ないよ」エリアスがそんなミーナを慰める。
「そうね、そうだよね、エリアス」言葉を噛み締めるにつれて、ミーナの目が光を取り戻す。
「そうだよミーナ。ここからは元の二人だ。何も心配することは無いって。俺が英雄の力で、いや、俺自身の力でミーナを守るし、ミーナは──」
「神様のお力で救いを求めると良い」ミーナがエリアスの言葉を継いだ。
「先に言われた」
「……先に言ってみた!」
二人はお互いの顔を見て頷きあい、そして笑いあった。
命あることが喜びだったのである。
生を感じ取れる今こそが喜びだったのだ。
その時。
エリアスの目が一頭の馬を捕らえる。
「ミーナ! 後ろへ!!」
「うん、わかったエリアス!」
土煙を上げながら接近する馬は一頭。碧髪の髪の長い人物を乗せて走ってくる。
凄まじい速度で走って来たその馬は、剣を抜いて警戒するエリアスの目の前で、けたたましい嘶き声を立てて止まった。
「どうどうどう」と、女性の声がする。
エリアスは剣を持つ手の力を強くする。
「人間の子、エリアスとミーナ。君たちは面白い。本当に面白わ」
切れ長の目を伏せながら、腰まである碧髪を草原の風のなすがままにさせて流し、女は言った。
「名乗れ女! ふざけた口を利くな! それにどうして俺達のことを知っている!」
「名乗るほどの名はなくて」エリアスの怒声に彼女は歌うように鈴の音を転がすような声で話した。
「ふざけるな!」エリアスは怒る。
「女辺境公」女は眼光鋭く、
「と、でも言ったなら?」と嘯いた。
「「なっ……」」エリアスとミーナは息を飲む。
「君たちが私の事を呼ぶときは、魔女、妖術師、そして、──セェルーゲンの妖術使い」またも女は歌うように。
「『森の魔女』!」ミーナが叫び、
「嘘をつくな!」エリアスは断じて認めない。
「嘘をついて私に得があるとでも? 魔女が不快に思い、カエルにでもされて良いとは思えないわ」女は言い捨てる。
エリアスとミーナはお互いの顔を見合わせた。
お互いに目配せし、二人はゆっくり、ゆっくりと女から離れて後ずさる。
「大地に壁を、ウォール・オブ・アース」
少年と少女の背後、そして両側面、そして魔女の後ろの土がせり上がり壁となる。
「君たちに興味があるの。逃げられては困るのよ」
逃げ道は無い。エリアスとミーナはある意味覚悟を決める。エリアスは剣の柄を強く握り締めた。
「そうよ、その目よ。……では始めるわ。竜爪兵、出てあの子たちを殺しなさい」
魔女が大地に何かを撒くと、剣と楯で武装した骸骨が二体現れた。
「畜生め!」エリアスが魔女目掛けて突き進むも、二体の骸骨が立ちはだかる。それに──。
「彫像と化せ、足止めを」
女の声と共に、エリアスの足は全く動かなくなりそのまま大地に固定される。骸骨兵士がエリアスを殴る。
エリアスは楯で受け止めて、剣で払ってなんとか流し、流した剣で骸骨の頭を殴り、楯でもう一方の骸骨の胸を押す。
ミーナが祈る。神は彼女らに火の玉を降された。
火球がエリアスを中心に弾け飛ぶ。爆裂、骸骨剣士が吹き飛んだ。
「竜牙兵では足りなかったようね。でも、ね?」
女は怪しく微笑み、目を細めて、
「風よ、天より地に吹き降ろせ」と動けぬエリアスへ神の一撃を叩き込んだ。
エリアスは苦痛に呻き、血を吐き零す。だが、よろめいた。足が動いて……!
「動けるんだ。でも、そろそろ終わりにしましょうね」
魔女の唇が呪文を紡ぐ。その名も偉大なる、口に出すことすら憚られるその呪文、その名も──。
「神様、お願します!!」ミーナは加護を祈り、
「速き風よ、光と共に吹き荒れよ!」魔女の言葉は光を呼んだ。光は一点に収束し、灼熱を伴なった猛烈な風となってエリアストミーナに襲い来る。
閃光と爆音が世界を包んだ。
◇
「……」ミーナの指が動いた。
「い、生きて、る?」ミーナは呟く。神の奇跡がミーナを救ったらしい。
と、言うことはエリアスも──いた。
視線の先で、剣を魔女真っ二つに裂いていた。魔剣が魔女を両断していたのである。
魔女の体は光と共に砂となり消える。
しかし、依然として魔女の声はどこからとも無く聞こえてくるのであった。
「良く耐えた、よく生き残ったわ君たち。そして、良くぞこの私を倒した……」
エリアスとミーナは声の主を探す。四方を見──土壁はなくなっていた──、天を見、そして大地を見た。しかし、声の主は見つからない。
「この草原を出るまで、この馬を君たちに貸してあげよう。今日の勝利を記念してね。二人乗れるように、専用の鞍を装備してあるから大丈夫」
見れば、女の乗ってきた馬だけが無事な姿で静かに佇んでいる。少年と少女は声の主を探した。
「これからも生きて。そして私をもっと楽しませて。もっともっと死線を潜って。もっともっと強くなって。そして、もっともっと冒険をして」
声は好き勝手なことを言う。だが声の主は見つからない。
「それが、君たちに望む私の想い」
声は、それを最後に消えた。
◇
今、南へ向かう馬がいる。馬は、二人の子供を乗せていた。
エリアスとミーナの二人である。
彼らは南にあると言う"帝国"を目指して馬を走らせていた。
やがて、イングラスから聞いていた城壁が見えてくる。無限に続く城壁が。
長城である。
そして、長城の要所に築かれた砦に門が設えてあるらしい。
"帝国"への入り口、玄関口。彼らはそこを目指して駆ける。
彼らは駆ける。
ただ、先を目指して駆け行くのみであった。




