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聞けノルドの子らよ、ユマラの祝福を約束されし者たちよ。

ユマラの恩寵高きその者は、火星との戦において剣に賭けて皆を守りたる。その命に賭けて皆を救いたもう。

彼は戦士の中の戦士、ノルドの中のノルド、そう、雄々しき英雄ヴァルトなり。

ユマラの祝福と、神々の嫉妬はヴァルトの身と魂を焦がしたる。彼は炎の中に溶け消えたもう。

されど英雄ヴァルト、火星の再来の日に蘇らん。

聞けノルドの子らよ、敵を恐れることなかれ。父祖の大地に賭けて栄光を。

我らノルドの子らに祝福を。祈れ英雄ヴァルトの再来を。

さすれば英雄ヴァルト、ユマラの使徒と共に蘇らん。

祝福されし英雄ヴァルト、再び我らノルドのために戦わん。

おおユマラよ、かの英雄ヴァルトの力、願わくば我らノルドの民の全てに授けたもう。


 ~ユマラに祝福されし者の唄~


 ◇


「敵だ、逃げろ!」


父の声がする。男たちの罵声と怒声、そして女子供の泣き叫ぶ声。金属の打ち合わされる音が聞こえる。年の頃を十二三、全身に毛皮の衣を纏った金髪を流した少年がいた。

声は少年の背後から聞こえてくるのだ。続けて何かが振るわれる音。即座に断末魔の悲鳴が悲鳴が上がる。悲鳴の主は剣を持って戦っていた少年の父、少年に「逃げて」と叫んで引き倒される女は少年の母。下卑た笑いが続いた。

少年は恐ろしい声を聞いたのだ。悪魔の笑い声を聞いたのだ。聞いた瞬間、意を決し、森に向けて積雪を蹴散らし走り出す。涙を殺し、心を殺す。彼も辺境に生きる少年だ。迷いなどなかった。

そんな少年の目の前に、見知った少女がいた。毛皮をまとった彼女は少年の姿を認めると、目尻に溜まった涙が堰を切って流れ出す。ついには大きな声で言葉を口に出そうとし、


「エ……んぐっ」


──少年の手に口を塞がれた。


少年は人差し指を唇の前に立て、少女が沈黙したのを確かめると、手招きした。


「ミーナ、静かに。ついてきて」


少女、ミーナは耳元で囁かれる少年の声を聞く。彼女はこれでもかと目を見開いて、涙を流しながら無言で頷く。彼女の頭の中を支配していた黒い霧は、冷静な少年の声で晴らされる。少年はミーナに手を伸ばす。


「……エリアス」

ミーナは彼の名を呼ぶ。

「──っ! 黙って!」

彼、エリアスはミーナを黙らせる。


ミーナはエリアスの手を取った。彼らは森を掻き分け山を登る。敵は海からやってきた。ならば山へと向かうしかない。逃げるなら深い森の先、つまり山だ。

お互い父母を、兄弟姉妹を失った身だ。だが、力なき彼ら二人になにができよう。エリアスとミーナは駆ける。追っ手を恐れ、彼らは何度も転んだ。しかし逃げることを止めたりはしない。止まればそれは、すなわち死。

走りに走り、山へ走りこむこと四半時(しはんとき)。いつしか彼らの村には男たちの勝ち(かちどき)や蛮声と共に黒い煙が上がっていたのである。


 ◇


革の手袋に包まれたエリアスの手が汗で蒸せていた。口からは白い息が絶え間なく出て止まらない。雪の中、息が切れて、汗にまみれる少年少女。山の中腹、丘の上、彼らはついに足を止めていた。

今、彼の掌を握ったまま離さないミーナがいる。エリアスは先を急ごうと、手を握る力を強める。彼の手を握り返す彼女。ミーナの態度に安心を感じたのか、エリアスは彼女に問いかける。


「まだ行けるかミーナ?」

「もうだめ。エリアス、休憩しちゃダメ」

「ここまで逃げれば追って来ないかな?」

「もう大丈夫だと思いたいけれど」


二人から彼らの家族を奪った悪魔どもに追ってくる気配はない。だが、気を緩めるわけにはいかない。


「ミーナ?」


ミーナが天を指差す。黒雲、雪雲が見える。エリアスが天を見上げ、今度は彼が無言で頷いた。雪を掻き分け逃げてきたのだ。足跡を辿れば当然この場所に行き着くだろう。

だが、エリアスには彼らが追ってくるとは思えなかった。ユマラの悪戯か、先ほどから降り出した雪が彼らの足跡を埋めるだろうし、敵は今頃、血に酔いながら略奪に精を出しているだろうから。

吹雪の中を歩く。木々を掻き分け、上へ、上へと。そして彼らは導かれるようにそれを見つけた。エリアスが見つけた。山肌をくり抜いて作られたような大きな(くぼみ)だ。吹雪の中、地肌が広く見えていた。


「見てエリアス」

「ルーン文字……」


窪みにはルーン文字が刻まれた苔むす古い石塔があった。ミーナが神の名を呟く。精霊を(まつ)った跡であろうか。二人は石塔へ跪き、つまりユマラに祈りを捧げる。


エリアスは、とりあえず命があることに。一方でミーナは、もう帰らないであろう父母兄妹の魂の救済を。


祈りの時間は終わり、エリアスは土がむき出しになった場所へ腰掛ける。そんなエリアスの態度に安心したのか、大きく息を吐いてミーナもエリアスにならった。


「ねえ、ミーナ」

「なに?」

「父さんたちは──っ!?」


と、一息ついたエリアスがミーナに何気なく声を掛けた時だった。土が崩れる音と共に土炎が湧き起こる。エリアスは石塔の裏、つまり土壁に背を預けていたのだが、エリアスが体重をかけると、それがいきなり崩れたのだ。


「おぅわ!」

「エリアス!?」


エリアスが背中から倒れ込んだ先。そこは暗い中でもぼぉっと光を放つ、ヒカリゴケに覆われた洞窟があった。自然のものではない、削られた跡。明らかに人の手が加わったと思われる空間に見えた。


「ミーナ。なにかある……」

「え? なにがあるの?」

「凄いんだ。とにかく中を見てみよう」

「ちょっとエリアス!?」


エリアスはミーナの手を離すと、土を掻き出し、穴を大きく広げ始めた。


 ◇


エリアスの見込み通り、誰かの墓であろう。土壁はすぐに石造りのそれにとって変わり、唐突に広間に出て終わる。不思議と生き物の気配は無く、水が染み込んだ気配も無い。

二人の頭には『魔法』の二文字が思い出された。確かに長老たちがエリアスやミーナら子供らに語って聞かせた話、『魔法』であれば、なんでもアリなのだろうと思えるのだ。


通路は直線状に延びており、数十歩と歩くことなく、すぐに玄室に行き当たる。


「エリアス」

「大丈夫」


ミーナの手が震えている。

エリアスはそれを優しく握り返す。


墓の主は棺に横たわる代わりに、古びた玉座に座っていた。座る人数は二人。つまり、玄室ではなく玉座の間であろうか。


「王様とお(きさき)様が共に並んで? ミーナ?」

「右が剣を持った王様、左が指輪を嵌めたお后様? うん、きっとそうよエリアス。でも大丈夫かな? 私、なんだか怖い」

「大丈夫だよ、怖がりだなミーナ。今、村に来ている連中に比べたら、怖くもなんともないさ」


《ノルドの子らよ、来ましたね》


「──っ!? なに!? 聞こえる……今なにか言った!? エリアス!?」

「いや、なにも聞こえないけど」


《少女、后ソフィアの指輪を取りなさい。そしてその真の銀(ミスリル)の指輪を右手の中指にはめるのです》


「──ちょっと!? また聞こえた。また聞こえたの! お后様の指輪を取ってはめろって! 指輪を取れって女の人が!!」


《少女、取りなさい》


「──っ!? ……はい……」


ミーナが后のミイラに近づくや、手を取ろうとする。


「ちょっとミーナ、何してるんだ!」


エリアスが見れば、ミーナの瞳に光が無い。エリアスはミーナの肩を持って振り向かせようとするが、ミーナの細い肩は頑として動かない。

そんな中、ミーナは后のミイラから七色に輝く指輪を外し、エリアスが止める隙すら与えず自分の右手の中指に指輪をはめた。はめた瞬間、ミーナはエリアスと向き合い口を開く。


「エリアス、その人から剣を貰って」


ミーナの瞳には炎が灯っていた。それは(まさ)に魔性の瞳、ミーナがエリアスを急かす。


《ノルドの子、ヴァルトに繋がる者よ、剣を取り敵を討ち果たすのです》


エリアスは耳を疑った。


「この剣で敵を倒せと、ユマラが今、俺に……」


紅く輝いたのは一瞬のこと。エリアスが行動するとミーナの目に灯っていた炎の輝きは消える。


「そうよ。私もユマラ様の声を聞いたわエリアス」


エリアスのミーナを捕らえていた猜疑の目が、いつもの優しさを持った目に変わる。ミーナはユマラの声を聞いたと言う。そしてエリアスも声を聞いた。こうして二人が二人とも不思議の声を聞いた今、ユマラの実在を疑う理由がどこにあるというのだろう。


「これが、ユマラの声?」

「そうよ。ノルドは決して臆病者じゃない。私もエリアスもノルド。両親を、兄妹を、そして村のみんなを殺した奴らに復讐してやるの。だって私たちは力を得たんだもの。そうでしょ? エリアス」


エリアスはミイラの王に目をやる。鎧兜と剣で武装した骸骨だ。鎧兜は朽ちていて使い物になりそうに無い。そんな中、剣だけが時の流れを感じさせずに薄く紫の炎に覆われていた。不気味極まる呪物だが、不思議なことにエリアスは恐ろしさをこれっぽっちも感じない。


「エリアス、剣を手に取って」


エリアスは迷う。自分を急かすミーナはユマラの名を騙る何者かに心を乗っ取られているのではないのかと。


《さぁ、取りなさい。偉大なるノルド、英雄ヴァルトの剣を》


エリアスは首を左右に振って声の主を探した。だが、そんな存在はどこにもいない。


《さぁ、剣を取るのです》


再びの催促。

ミーナが聞いたと言うユマラの声か。


──ええい、ままよ。


エリアスは心を決める。

エリアスは死者に一礼すると、ミイラの握っている剣、すなわち刀身を紫の光に揺らめかせる剣を恐る恐る取る。彼がそれを手にすると、ずしりとした重さを感じた。両刃の刀身にはびっしりとルーン文字が刻まれ、今も妖しく光っている。

死せる英雄の手から離れた剣をエリアスが振ると、紫の光を放ちつつ、振るわれた剣を追って光の軌跡が残る。エリアスは、ふと剣を思うがままに使いたい衝動に駆られた。


動く。


上段、下段、薙ぎ、払いの連続。剣の技の組み立て。


それはエリアスが剣の練習をしても中々身につかなかったものであった。それがどうだろう。それが今のエリアスは凄まじいまでの太刀筋を、まさに舞うように剣を扱って見せたではないか。


「エリアス、今のは何? いつの間にそんな剣術を覚えたの?」


ミーナが不思議そうに聞いて来る。


「英雄ヴァルトが力を貸してくれるんだと思う。きっとそうだ」

「私も同じ。神様ユマラが魔法を教えてくれるの」


エリアスの前でミーナの顔が綻んだ。


「ヴァルト様って伝説の英雄?」

「ミーナこそ、ユマラ様が?」


エリアスとミーナはお互いに新たに得た力について話し合う。


ユマラ様は私たちに父さんや母さん、そして村の人たちの仇を討てと確かに言ったのね?」

「ああ。間違いない」


二人は決意を新たにする。


「この剣があれば奴らを圧倒できる」

「私の魔法があれば、あんな連中なんて一掃できる」


道は決まった。まずは復讐だ。自分たちから全てを奪った憎き敵を討つ。とりあえずの目標として、この二人はそれを目標にしようと誓うのだった。


エリアスとミーナの二人は山肌に刻まれた窪みを出る。雪は既に止んでいた。雪を掻き分け下山すること暫く。二人の目に、村の方向から白煙が立ち上っているのが見える。今から死地に向かおうというのに、足取りはなぜか軽かった。

騒ぎ声や歌声が聞こえてくる。敵である男たちは鎖帷子や革鎧、得物は斧、槌、剣、槍とそれぞれ統一感の無い一団だ。それがざっと二十人。敵は村の広場で呑み食いしているのだ。


「あいつら、俺たちの冬の食料を勝手に……許せない!」

「奴らに神の鉄槌を! 行きましょう、エリアス!」

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