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こどくの亡霊  作者: 由遥
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お気は済みましたか

 誰かが話している。

 人はみんな特別なんです。一人一人が違って、必要とされている。

 大嘘だ、と叫びたかった。

 それなら自分はどうなるんだと言いたくなった。特別な事なんて何もできない自分は。誰からも取り立てて必要とされない自分は。誰にも選ばれない、いつまでも特別になんてなれない自分は。

 苛立ちに任せて歯噛みしていたら目が覚めた。上体を起こし額を手で抑えた所で夢を見ていたと気がついて、額にやった手で前髪を握り締める。夢の内容を思い返す。いつだったか、学校の講習会か何かで同じような話を聞いた。大きく溜息を吐く。最悪な夢だ。

 


 「どうしてトキはシーゲルの弟子になったんだ?」

 城に勤める魔術師たちが集まる建物への道すがら、ロビンが鴇に尋ねた。

 鴇の隣を短い足で歩くギイ。その上をふわふわ浮いて移動する半透明のロビンの顔に邪推や猜疑の気配はない。嫌味でこんな質問をする性格ではないから、単に気になったのだと思う。シーゲルが国王お抱えの魔術師だというのはすでにロビンも知っている。そんなお偉い人がなぜ鴇を弟子にしたかというのはもっともな疑問だ。

 さて何と言ったものかと鴇は思案する。鴇が違う世界から来た事、城の地下に巣食っているという亡霊を殺す手伝いをする為に呼ばれたという事は、ロビンに話していない。

 「……私が住んでいた集落に先生が来て、弟子にならないかと誘われました。手伝ってほしい事があるそうです。それでそのまま弟子になって、ここに連れて来てもらいました」

 以前、杏頭に話したものと同じ内容を口にする。

 「手伝ってほしい事?」

 「はい」

 「また危ない事か?」

 「分かりません」

 「なにやるんだ?」

 「すみません、勝手には言えません」

 はあ、とロビンは溜息をついた。

 「家族は反対しなかったのか?」

 「しませんでしたね」

 今度はすぐに返事ができた。もしこの世界に鴇の家族がいたとしても、何も言わなかったと思う。

 そんなもんなのか、とロビンは呟いた。

 「……情が薄いと思いますか?」

 「いや、昔から変わんねえよなって」

 「変わらない?」

 「シーゲルに聞いたんだけどさ、お前の住んでた場所って北の僻地なんだろ?僻地の集落って事は、人もそんなに多くない、多くが住めない土地なんだろうなと。なんかセーガンに似てる。あそこも実りのいい土地じゃなかったからなあ、人買いもたまにあったし。そういう場所は、親子の情も薄れるんだなって思った。食うもんがなけりゃ、人も獣も変わらないよな」

 さらりと出て来た人買いの単語に絶句する。この世界にも、人を商品とする考えは存在するらしい。ロビンの言葉を聞くに、養えない子供を売っていたのだろうか。素直に恐ろしいと思う。鴇も子供の立場にいるからだ。一方で、必要のない子供を売る親の考えも、なんとなく理解できてしまう。親は無条件に子供を愛する訳ではない。

 養えない、要らない、邪魔でしかない存在が金に変わるとしたら。生きる糧に変わるとしたら。進んで手離す親だってきっといる。

 目の前で飢えて死んでいく姿を見るより、自分たちの手で殺すより、罪悪感も少ないだろう。我が子の犠牲で生きていると、先の人生を懸命に生きようとする親もいるかもしれない。

 鴇がこの世界で、セーガンのような村に生まれていたらと考える。そうだったら、鴇も品物として売られていただろうか。十分にあり得る話だ。そうなった自分を想像すると、背筋が冷えるような恐怖があった。

 「先生に会えてよかったなあ」

 小さな呟きに、ロビンがこちらを向く。何か言ったか? という問いに首を傾げた。

 ロビンは自分の気のせいと思ったらしい。そうか、とまた周囲を見回し始める。

 「鴇、向こうはどうなってるんだ?」

 「さあ……行った事がないので分かりません」

 立ち止まったロビンに習って鴇も足を止め、同じ方向を見る。鴇達が立つ足元から続く地面は暫く先で芝生と石畳に変わり、遠く先に手入れされた低木や花が見える。庭園でもあるのだろうか。

王城に住み始めて二月ほど経つが、寮の周りを走り込む以外ほとんど外出しない鴇は城内の地理に疎い。

 「……後で行ってみますか?」

 シーゲルがいいと言えばだが。もしかしたら、貴族や王族のプライベートな空間かもしれない。許可を取ったほうが良いだろう。

 「いいのか?じゃあ早く届け物を済ませよう」

 ぱっと笑ったロビンが進みを再開させる。ロビンの喜びが伝わるのか、ギイも垂れていた尻尾を振り始めた。

 「トキ、早く行こう」

 「はーい。先生がいいって言ったらですよ」

 最近、鴇の身の回りに変化があった。

 ひとつはギイとロビン。鴇を飼い主と認識しているのか、ギイは何かと近くに寄ってくる。ギイに取り憑いているロビンも自然と近くにいる。

 気がつくと、誰かしら側にいる時間が多くなった。嫌とは思わない。変に気を遣う間柄でもないし、ギイに懐かれたりロビンに気にかけてもらえるのは純粋に嬉しい事だった。

 魔術師たちが集まる建物に着いた。無闇に大きく重たい扉を押し開け、建物の中に滑り込む。入り口近くに人はおらず、鴇は奥へと進みながら声を出した。

 「失礼します。せんせ……シーゲルさんから届け物です」

 「ああ、アンタか」

 鴇に気づいたのは杏頭、もといカシュー。もうひとつの変化が彼だ。

 セーガンから戻って、彼の態度が目に見えて柔らかくなった。つっけんどんなのは変わらないが、睨んだりあからさまに顔を顰められることはなくなった。呪いから受けた傷で鴇が寝込んでいた時には見舞いにも来ていたらしい。共に死にかけたお陰で、仲間意識でも芽生えたのかもしれない。

 シーゲルからの預かり物を渡す。薬の材料らしい。

 「確かに受け取った。魔術師長にお渡ししておく」

 「よろしくお願いします」

 軽く頭を下げてその場を去ろうとした鴇の背をカシューの声が追ってきた。

 「シーゲル殿によろしくお伝えしてくれ。いつも助かっておりますと」

 「はい。確かに伝えます」

 「またな」

 鴇は振り向いて頷いた。人懐っこく笑って手を振るロビンに、カシューが目礼を返すのが見えた。


***


 届け物を頼んでいた弟子と使い魔が、帰ってくるなり行ってみたい場所があると言った。

 「行ってみたい場所?」

 椅子に座り、熱いお茶の入ったカップを両手で持ったシーゲルが鴇の言葉を繰り返す。鴇たちを見る目に瞼がずり下がる。半開きの目と締まりのない表情。今の自分はさぞかしだらしない顔をしているだろう。

 城外に用でもあるのかと思ったが違うらしい。シーゲルは頭の中で心当たりを探す。子供たちが気になりそうな場所があっただろうか。

 「はい。魔術師の皆さんがいる建物に行く途中にある場所なんですが」

 「石畳と芝生の道で、遠くに木が植わってたな。綺麗な庭みたいな場所だった」

 「んー……? あの辺に庭園は……あー、ああ、あそこかぁ」

 「行かない方がいいでしょうか?」

 「いえいえ、そんな事はないですよ」

 シーゲルはへらりと笑って首を振り、手を温めるために持っていたカップに口をつける。

 「ちょっと待っててくださいね。これ飲んだら一緒に行きましょう」

 「良いのか? でもお前眠そうだぞ」

 ロビンの気遣わしげな声に鴇も頷いて同意する。 

 「すごくお疲れに見えます。一緒に来てくれるのは嬉しいですが、先に休んでください」

 「トキ様とロビンの言う通りです。主はまずお休みになるべきです」

 鴇の分のお茶を淹れたリールも話に加わった。

 「魔術師長から頼まれた仕事のせいで、昨晩から寝てないのでしょう。体に障ります」

 「徹夜ですか」

 「機能から飯食ってるところも見てないな、そういえば」

 驚いた鴇とロビンの声にばつが悪くなり、シーゲルはカップの中身に息を吹き込んであぶくを立てながら顔を背ける。

 言い訳ではないが、魔術師長に頼まれた仕事は例年より期限が短かった。そこに他の私用も重なり時間がなかっただけなのだ。いつもはもっと余裕を持って対応している。決して夜を徹して作業する必要なんてなかったのだ。そうなのだ。

 「まさか先生、魔術師長のところまで歩けないほど疲れて……」

 「寝ろシーゲル! 俺たち急ぐわけじゃないから!」

 ハッと気づいたように言う鴇に反応して、ロビンがシーゲルを寝室へと追い立てようとする。食堂の出口へとシーゲルを押しやろうとする手は椅子の背もたれやシーゲル自身をすかすかと通り抜けた。足元でギイがロビンに同調して吠えている。

 「トキ様やロビンたちもこう言っています。今日はお休みになった方がいいでしょう」

 諭すようなリールの言葉が駄目押しだった。シーゲルは眉間を揉みながら頷く。事実、眠いしだるい。不調なのは明らかだ。 

 「ずっと疲れた顔晒すのも嫌ですし、そうですね。今日はもう寝ます。お目当ての場所には、明日一緒に行きましょう」

 あの場所に行くなら、話しておきたいこともある。こんな回らない頭では、まともに話せやしないだろう。



 翌日、シーゲルに先導されて訪れたそこは、確かに庭園といっても差し支えない場所だった。

 足元一面には柔らかい芝生。茎の根元から葉先まで手入れの行き届いた庭木や花。この場所を描くだけでも価値のある風景画になるだろう。

 しかし、ここを無闇に訪れる者はいそうにない。男女の逢瀬には打ってつけの雰囲気だが、それもまたなさそうだ。

 なぜなら、ここは墓地。この国の王族たちが死後の眠りに就く場所だ。なるほど、憩いの場とするにはいささか不適切だろう。

 洒落た背の低い煉瓦塀で芝生の敷かれた場所の一角が仕切られ、中心に見上げるほど大きな石碑が鎮座している。あれが墓石であるらしい。表面に彫り込まれた文字は、今は墓の下にいる王族の名前だという。

 「ここに彫られてるやつら、全員この墓の下にいるのか? 窮屈そうだな」

 「地下に棺を安置する場所があるんですが、王族全員入ると流石に手狭になってきたらしいです。新しい墓を増やそうって案が出てるそうですよ」

 「へー」

 ギイとロビンが興味深そうに辺りを散策していると、シーゲルが鴇の肩をそっと叩いた。さっきまで傍にいたリールがいない。

 どうかしたかと尋ねようとすると、口の前に指を立てられる。鴇が口を閉じ、ギイとロビンがこちらを見ていないことを確かめると、シーゲルは墓地の奥を指で示して歩き始めた。


 足音を全て吸い込むほど柔らかい芝生は、しばらく歩いたところで姿を消した。シーゲルの後を追って小石が散るむき出しの地面を進んでいく。

 「王族が眠る墓ですが、歴代の王で一人だけ、あそこにいない王がいます」

 不意にシーゲルが口を開く。雑談のような気軽な声だった。

 鴇はシーゲルの言った意味を考え、すぐ答えに行きついた。

 「……初代国王」

 そうです、とシーゲルは肯定する。

 「初代国王には専用の地下廟があります。単に権威付けのためにそうするつもりだったのか、後の王たちもそこに弔うつもりだったのかは分かりませんが……後者のつもりだったら、ご破算になってしまいましたね」

 シーゲルが言わんとするところは察することができた。内心までは分からないが。

 初代国王の地下廟。初代国王の遺体がある場所。すなわち、そこに亡霊がいる。シーゲルにただその存在が憎い、必ず殺さなければならないとまで言わしめたものが。そこにいるだけで災厄を撒き散らすものがいるなら、後の王たちをそこに入れるなんてできないだろう。第一亡霊の存在は隠蔽され、一握りの者しか知らないと言っていた。

 それにしても、なぜシーゲルはここで亡霊の話をはじめたのだろう。もしかして、という疑問が浮かぶ。

 「先生、今どこに向かって……」

 シーゲルに疑問を問う前に、剣呑な空気を感じて口を噤む。ひりひりと肌を焼くような敵意を感じた。

 思わず足を止めた鴇だが、それに気づいて足を止めたシーゲルは「大丈夫ですよ」と言って歩みを再開させる。ここに置き去りにされるよりはと鴇も後を追った。

 城の角を曲がった先に二人の兵士がいる。油断のない視線をこちらに向けている。

 「彼らは見張りです。僕たちの声が聞こえて警戒してるんでしょうね。ここにあまり人は来ませんから」

 ついさっき感じた剣呑な空気に納得がいった。あれは敵意というより警戒心だったのだ。

 見張りの兵士たちの目鼻立ちが分かる程度に近づくと、兵士の一人が声を発した。

 「シーゲル殿でしたか。失礼ですが、この場に何かご用でしょうか?」

 言外に止まれと言われた気がしたが、シーゲルは構わず近づいていく。鴇もええいままよと足を動かす。若干やけっぱちだったのは否めない。

 「用というほどのことじゃないよ。弟子に初代国王様の地下廟を案内するのを忘れていてね。こうしてやって来たわけさ」

 そう言われては見張りの兵士たちも引き下がらざるをえない。

 シーゲルは悠々と兵士たちの近くまで行くと足を止め、城の壁の方を見た。

 つられて鴇も同じ方を見る。そして気づいた。

 隠されていたわけではない。見えないほど小さい訳でもない。それでも、シーゲルがそこを見るまで気づかなかった。

 壁に埋もれるようにそんざいする、大きな扉。これまた大きな閂がかかり、扉が開くことを開くことを許していない。表面にうっすら走る模様は封印などの魔術だろうか。

 シーゲルは見張りの兵士たちに背を向けて鴇に向き直り、手で扉を指す。

 「これが初代国王様の地下廟への入り口だよ。この扉の先に地下へ続く階段があって、そのまた先にある初代国王様の遺体が安置されているそうだ」

 続く講義めいた話の内容は、悲しいかな殆んど鴇の耳と頭に入ってこなかった。

 見張りの兵士たちは幸運だ。シーゲルの顔を見ずに済んだのだから。

 朗々と語る声はそのままに、話せば話すほどその顔からは表情が抜けていく。染料の付いた布を水で洗って、色が抜けていく様を見ているようだ。

 爛々と光る眼差しだけが最後まで残っていた。



 「トキ、シーゲル、どこ行ってたんだよ」

 初代国王の地下廟から戻った鴇とシーゲルをロビンのどこか不満げな声が出迎えた。

 「気づいたらいなかったから心配したぞ。リールが探しに行って行き違ったら面倒だって言うから待ってたけど」

 ロビンの輪郭がさわさわと揺れている。心配していたというのは本当らしい。

 「ごめんごめん、せっかく外に出たから、トキさんに付き合ってもらって散歩してたんです。一声かけるべきでした」

 ね、と同意を求めてシーゲルが鴇の方を見る。鴇もそうですね、と頷いた。

 「先生と散歩してました。勝手にいなくなってすみません」

 「んー、気を付けろよ? トキはまだこの辺に明るくないみたいだし……」

 「はい。気にかけてくれてありがとうございます。嬉しいです」

 「お気は済みましたか」

 「……どうかな」

 シーゲルの肩にリールが乗る。鴇を伴ってどこへ行っていたかなんて予想がついているのだろう。くり、くり、と動く目は全て見通している気さえした。

 気は済んだか。何に対してだろう。亡霊に対する葛藤か。その一端を鴇に見せたことに対してか。

 シーゲル自身にもわからなくて曖昧に笑うしかなかった。


 恨みも憎しみも余りある。

 亡霊を殺すためにこの数十年を生きてきた。だがこの有り様は何だ。怨敵を前にして息巻くことはできても、いざ殺すとなれば途端に決意が揺らぐ。

 亡霊を殺すためにこの数十年を生きてきた。この数十年、亡霊を殺すために生きてきて殺せなかった。憎い敵を目前に、ただ手をこまねいていた。

 こんな自分が、果たして亡霊を殺すことができるのだろうか。

 唇の端が上がる。目元が歪む。自嘲の笑みだった。

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