冬の女王様のお悩み
◇――――
見習い魔女は春・夏・秋の女王様たちの元へと訪ねる為にお城へと向かいました。
四季を司る季節の女王様たちは、自分が担当する季節以外はお城の中で自由に生活していいようになっていたのです。
見習い魔女は女王様たちに会う前に、まず王様に会いに行きました。
王様はお城の謁見の間にて快く迎え入れてくれました。
「よく来たな若き魔女よ。して、そなたには冬の女王を塔から出す良い考えがあるのか?」
王様は見習い魔女に聞きました。
「まだ思いついておりません」
「何じゃと?」
「ですが、この国の人々が困っているのを放ってはおけません。私にできることがあれば何なりといたしましょう」
力強い意志をもって見習い魔女は答えます。
「その心意気はとても良い。期待しておるぞ……‼」
王様は声を震わしながら泣きそうな声で言いました。
王様も国の人々と同様に、春が来るのを強く願っていたのです。
「わしはこの国の王でありながら皆に頼むことしかできないのじゃ。不甲斐無くて情けない……」
「王様のせいではありません! それにこの国が今もやっていけるのは王様がしっかりと国を治めているからではありませんか!」
見習い魔女は続けました。
「王様のためにも、国の人のためにも、国のためにも、できる限りを尽くします」
「……ありがとう」
王様は小さな声でそう言いました。
◇――――
見習い魔女は最初に春の女王様に会いに行きました。
そこは豪華なシャンデリアが天井に取り付けられた舞踏会用の広い部屋。
その広い部屋の真ん中で一人、社交ダンス用の音楽をかけて優雅に踊る春の女王様がおりました。
「春の女王様、春の女王様。お話を伺ってもよろしいですか?」
見習い魔女はダンスの練習をする春の女王様に話しかけました。
春の女王様は答えます。
「よろしいですとも。私も一人で退屈でしたの」
見習い魔女は春の女王様の前まで行くと、冬の女王様のことについて尋ねました。
「春の女王様。冬の女王様はどうして塔から出てこないのですか?」
春の女王様は困ったように答えます。
「私も理由は分からないの。会おうとしたけど断られてしまったわ。冬の女王は恥ずかしがりだからそのせいかもしれないわね」
「そうですか。ところで春の女王様、女王様が召しているドレスはとても可愛らしいでございますね」
見習い魔女は春の女王様のドレスを見ながら言いました。
薄桃色の生地、所々に桜が刺繍されたド可愛らしいドレス。
『春』のイメージにはぴったりのドレスを身に着けておりました。
「ふふふ♪ ありがとう! これは専属のドレス職人が『春』をイメージして作ってくださったの!」
春の女王様は今にも踊りだしそうなくらい嬉しそうに答えました。
◇――――
見習い魔女は次に夏の女王様に会いに行きました。
そこは様々な植物が植えられたガラス張りの温室。ガラス越しには外にある庭園の雪景色が見れるような場所でした。
綺麗な花々に囲まれた温室に一人、花を愛でながら夏の女王様が水やりをしておりました。
「夏の女王様、夏の女王様。お話を伺ってもよろしいですか?」
見習い魔女は花に水やりをする夏の女王様に話しかけました。
夏の女王様は答えます。
「よろしいですわ。私も一人で退屈でしたの」
見習い魔女は夏の女王様の前まで行くと、冬の女王様のことについて尋ねました。
「夏の女王様。冬の女王様はどうして塔から出てこないのですか?」
夏の女王様はそっけないように答えます。
「私も理由は分からない。会おうとしたけど断られてしまったの。冬の女王は静かなのが好きだからそのせいかもしれないわね」
「そうですか。ところで夏の女王様、女王様が召しているドレスはとても清楚でございますね」
見習い魔女は夏の女王様のドレスを見ながら言いました。
水色の生地に、所々に紫陽花が刺繍された爽やかなドレス。
『夏』のイメージにはぴったりのドレスを身に着けておりました。
「うふふ♪ ありがとう! これは専属のドレス職人が『夏』をイメージして作ってくれたの!」
夏の女王様は今にも鼻歌を歌いだしそうなくらい嬉しそうに答えました。
◇――――
見習い魔女は次に秋の女王様に会いに行きました。
そこは床から天井までびっしりと本が詰まった本棚に囲まれた書庫。
そんなたくさんの本に囲まれた書庫に一人、秋の女王は椅子に座って静かに本を読んでおりました。
「秋の女王様、秋の女王様。お話を伺ってもよろしいですか?」
見習い魔女は本を読む秋の女王様に話しかけました。
秋の女王様は答えます。
「……よろしいですよ。私も一人で退屈でした」
見習い魔女は秋の女王様の前まで行くと、冬の女王様のことについて尋ねました。
「秋の女王様。冬の女王様はどうして塔から出てこないのですか?」
秋の女王様は落ち着いたように答えます。
「……私も理由は分からないわ。会おうとしたけど断られてしまったのよ。冬の女王は雪のような白が好きだからそのせいかもしれないわね」
「そうですか。ところで秋の女王様、女王様が召しているドレスはとても優雅でございますね」
見習い魔女は秋の女王様のドレスを見ながら言いました。
薄紫色の生地に、所々にコスモスが刺繍された優雅なドレス。
『秋』のイメージにはぴったりのドレスを身に着けておりました。
「ふふっ♪ ありがとう! これは専属のドレス職人が『秋』をイメージして作ったの!」
秋の女王様は今にもスキップしだしそうなくらい嬉しそうに答えました。
◇――――
春・夏・秋の女王様たちに話を聞いた見習い魔女は、最後に冬の女王様に会いに行きました。
そこはお城のから少し離れた国の端の方。そびえ立つのは『季節の塔』と呼ばれている一本の塔。
キッチンやバスルームなど住むのに必要なものは全て塔の中にあります。
そんな『季節の塔』の頂辺に季節の女王たちが住まう部屋はありました。
こじんまりとした部屋の中。天井にあるシャンデリアはお城のものと同じで、天蓋付きのベッドと着替えが入ったクローゼット、小さな本棚とテーブルとイスだけの寂しい部屋でした。
部屋のベッドでは、雪のように白くて何の刺繍もない平凡なドレスを身に着けた冬の女王が身を投げ出すようにして静かに眠っておりました。すると、
「冬の女王様、冬の女王様。お話を伺ってもよろしいですか?」
どこからか女の子の声と共にガラスをコンコンと叩く音が聞こえます。
声が聞こえると冬の女王様は浅い眠りから覚め、部屋に一つだけある窓ガラスの方を見つめました。
なんと、窓の外には全身黒い格好の女の子が箒に跨って宙に浮かんでいるではありませんか。
冬の女王様は驚いて、窓ガラスに慌てて近づき鍵を開けました。
よく見ると箒の跨った黒い格好の女の子は帽子や肩や箒の上に雪がほんの少し積もっておりました。
「あなたは誰ですか? とにかく中へお入りください」
そう言うと、冬の女王様は箒にまたがった黒い格好の女の子を部屋の中へと招き入れました。
女の子は箒を降りると窓ガラスから部屋の中へと入りました。
「ありがとうございました、冬の女王様。私は遠い国からやってきました見習い魔女です。ここへは冬の女王様にお願いをしに参りました」
黒い格好をした女の子――見習い魔女は言いました。
「見習い魔女? お願い?」
「はい、冬の女王様。塔の外では国の人々が春が来ないと困っております。どうにか春の女王様と交替してはいただけないでしょうか?」
見習い魔女は懇願しますが、冬の女王様は首を縦に振ろうとはしません。
「なぜですか? 国の周りの動物たちはいなくなり、畑の植物は枯れ果ててしまったのです。このままでは国に住む人々は飢えてしまうのですよ!」
切羽詰まった様子で見習い魔女は冬の女王様に言いますが、それでも首を縦に振ろうとはしませんでした。
「春の女王様が仰っていたように恥ずかしいからですか? 夏の女王様が仰っていたように静かなのが好きだからですか? 秋の女王様が仰っていたように雪のような白が好きだからですか?」
見習い魔女は春・夏・秋の女王様が言っていたことを口にすると、冬の女王様は首を横に振りました。
「いいえ。そうではないのです」
重く閉ざされた冬の女王様の口が開くと、
「私にはまだ――ドレスが届かないのです」
ゆっくりと語り始めました。
「春・夏・秋の女王たちに会ったのなら見たでしょう? 彼女たちの季節に合わせて作られたドレスを……」
冬の女王様は悲しげに語り続けます。
「春・夏・秋・冬の女王には1人の専属のドレス職人がいて、それぞれが担当する季節ごとに職人がドレスを仕上げてくれるの。春の季節には春の女王の元に、夏の季節のは夏の女王の元に、秋の季節には秋の女王の元に、それぞれの季節をイメージしたドレスが届けられたの」
冬の女王様は涙をこらえながら続けます。
「私も冬の季節が終わるまでの間にドレスが届けられるはずだった。でも、冬も終わりに近づいたある日、ドレス職人が私の元へとやってきてこう言ったの」
冬の女王様はドレス職人の声を真似ながら言いました。
「『――申し訳ありません、冬の女王様。実はまだ冬のドレスが仕上がっていないのです。ですので冬の季節をあと少し、あともう少しだけ続けてください。お願いします‼』」
女王様は少しの怒りと多くの悲しみを込めて言いました。
「勝手なことだとは思いました。ですが、職人である彼のため……いいえ、何より私も他の女王たちのような素敵なドレスを着られるのなら、と自分勝手な考えでそのお願いを引き受けてしまいました」
「では、まだ冬の女王様の元へはドレスが届けられていないのですね?」
見習い魔女の問いかけに冬の女王様は頷きました。
「ドレス職人は私に言いました。『ドレスが完成したら必ず持って参ります。それまではどうか、どうか……冬を終わらせないでいただきたい』。そう言い残して私の前を去りました。それからずっとドレス職人を待っていましたが、私の前に姿を現すことはありませんでした」
見習い魔女を見つめると、冬の女王様は申し訳なさそうに言いました。
「ごめんなさい……ごめんなさい……! 私の勝手な理由で国の人々に迷惑をかけてしまって‼」
冬の女王様は何度も謝りました。
「塔には色々な人が来てくれたわ。でも、でも……こんな自分勝手な自分が情けなくて……恥ずかしくって――‼ 誰にも会おうとはしなかった‼ ましてや可愛らしく清楚で優雅なドレスを着た他の季節の女王たちとなんて会えるはずもなかった――‼」
冬の女王様は今まで一人で抱え込んでいたものを、言えなかった悩みを見習い魔女に縋るようにしながら吐露しました。
目からは雪解け水のように大量の涙が止まりません。
見習い魔女は何も言わないまま、冬の女王様を優しく抱きしめました。
――しばらくして冬の女王様も落ち着き、涙もおさまってきた頃に冬の女王様は再び口を開きます。
「……国の人だけでなく大勢の人々にまで迷惑をかけるくらいなら、冬のドレスなんていりませんね……」
「……」
冬の女王様は涙をぬぐいながら見習い魔女に言いました。
「冬のドレスは諦めます。皆に謝って春の女王と交替いたしましょう」
そう言って冬の女王様は見習い魔女から離れようとした時でした。
「私は冬のドレスを見てみたいです」
「えっ?」
見習い魔女の言葉に冬の女王様は目を丸くしました。
「春・夏・秋の女王様たちにお会いしましたが素敵なドレスを召しておられました。私は、他の女王様のようなドレスを冬の女王様が召している姿をこの目で見たいです!」
見習い魔女はルビー色の瞳をキラキラと輝かせながら言いました。
「冬の女王様、あと一日だけ時間を下さい。私がドレス職人の元へと赴き、必ずや冬の女王様の元にドレスを届けることを約束しましょう」
見習い魔女は冬の女王様に約束すると、箒に乗って再び窓から空へと飛び立ちました。