プロローグ
「さぁ、ベッドにお入り。もう寝る時間よ」
母親はそう言って、娘を寝かしつけようとベッドの傍の明かりを消そうとします。
すると、娘は眠く重い瞼をこすりながら言いました。
「おかあさま……いつものえほんのおはなし、きかせて?」
娘は母親にねだるようにお願いします。
母親はニッコリと微笑むとベッドの明かりをほんの少し弱くして、『いつもの絵本』を手に取りました。
「ユキはこの絵本を読まないと眠れないものね。少し長くなっちゃうけど大丈夫?」
娘はこくりと頷きました。
母親は慣れた手つきで布団の上から娘のおなか辺りを優しくポンポンとリズムよく叩きながら,もう片方の手で絵本の最初のページをめくります。
「それでは『見習い魔女と冬の友達』。はじまりまじまり」
何度も読むうちに癖がついてしまった絵本を手に、母親はゆっくりと子守歌代わりに語り始めました。
「これはむかし、むかしのおはなしです――――」
◇――――これは昔、昔のお話です――――◇
あるところに大きな国がありまして、たくさんの人々が幸せに暮らしていました。
その国には他の国には無い大きなお城と一本の塔がありました。
そこには国を治める王様と、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
冬の女王様が塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べるものも尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出しました。
『冬の女王と春の女王を交替させたものには好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。』
王様からのお触れが出ると、国の内外からこぞって名乗りを挙げる者がおりました。
隣国の若い王子様はもちろん国一番の屈強な狩人、素敵な歌を歌う吟遊詩人、美しい舞を披露する踊り子、国を守る近衛騎士団、様々なものを生み出す錬金術師……武闘家、研究家、神父、薬師、料理人、商人、宿屋、占い師、羊飼いなどなど役職は異なる者たちばかり。
大勢の人々が「我こそは」と名乗りを挙げては、冬の女王様の元へ向かいました。
しかし、誰一人として冬の女王様を塔の外へと連れ出す事は叶わなかったのです。
時だけが過ぎていき、草木は枯れ果てて国の周りから動物たちも姿を見せなくなりました。
春・夏・秋の女王様たちも冬の女王様に会おうとしましたが、冬の女王様は自分以外の他の女王様たちと会うのを固く拒みました。
次第に冬の女王様の元へ向かう者も減っていき、やがて冬の女王様がいる塔へ行く者もいなくなってしまいました。
それからというもの、国には毎日のように真っ白な雪が降り積もるようになってしまったのでした。
◇――――
冬になり、春が来なくなって200と45日が過ぎたある日のことです。
その日も空はどんよりと灰色に曇っており、国には雪が降っておりました。
国にある家のほとんどには煙突が取り付けられていて、至る所から空に向かって白い煙が出ている様子が見られました。
国に住む人々は日課になってしまった朝の雪かきをしようと服を着こみ、スコップを片手に外に出て皆で一緒に雪を退かしていました。
するとそこへ、
「こんにちは!」
通りの道を雪かきをしていた人々に向かって女の子が話しかけてきました。
女の子は先がとんがった黒い帽子を被り、流れるような白銀の長い髪、瞳はルビーのように燃える赤、全身を黒いローブで身を包み、黒いブーツを履いています。女の子の手には背丈ほどの箒がありました。
国では見かけない格好の女の子に、人々は珍しいものを見るように集まり始めます。
集まった人々のうちの一人が女の子に尋ねました。
「君は誰だい? この辺りでは見ない服装をしているけど、どこから来たんだい?」
女の子は大勢の人に戸惑いながらも、白い息を吐きながら答えます。
「お、驚かせてしまったのならごめんなさい! 私は遠い国からやってきた見習いの魔女です。一人前の魔女になるために色んな場所を巡っています!」
冬の寒さに負けないように答える女の子――見習い魔女は元気よく言いました。
話を聞いた人々は感心しました。
「可愛らしい魔女さんだねぇ」
「一人で色んな所に行っているのかい? 若いのに立派なものだ!」
「今までにどういう所に行ったの? お話を聞かせて!」
たくさんの人々が話しかけてくるものですから見習い魔女は少し困ってしまいました。
すると、その場にいた一人の宿屋の主人が言いました。
「こんな雪が降る中で立ち話をしていては風邪を引いてしまいます。わたくしと妻が営む宿屋の中へ入りましょう。暖かいスープもご用意いたします」
見習い魔女はお礼を言うと、集まっていた人々に一旦別れを告げて宿屋の主人に連れられて宿へと足を運んだのでありました。
見習い魔女が連れられてやってきた宿屋は小さいながらも、木でできた温かみのある宿屋でした。
見習い魔女は宿屋に入る手前で箒を扉の横に立てかけて、肩や帽子に積もってしまった雪を手で払い落として中へと入ります。
中へ入ると入り口付近には受付が、その奥にはお客様用のソファーとテーブル、そのすぐ横にある暖炉には火が焚かれておりました。
宿屋の主人に案内されてお客様用のソファーに腰を下ろすと、奥にある厨房から宿屋の奥さんが暖かいスープを持って現れます。
「今日は寒い中、よくお越しくださいましたね。ゆっくり休んで体を温めていってくださいな」
そう言いながら宿屋の奥さんは見習い魔女の前に湯気が立ち上った暖かいスープを置きました。
「ありがとうございます! いただきます!」
見習い魔女はお礼を言うと、スープが入った器を手にゴクゴクと飲み始めます。
器いっぱいにあったスープは、あっという間に無くなりました。
「ごちそうさまでした」
「あらあら、そんなに美味しかったのかしら」
美味しそうにスープを飲んでいた見習い魔女に、スープを作った宿屋の奥さんは満足そうに尋ねます。
「とても美味しかったです! それに、この国の近くに来た時から凍えるように寒くて寒くて……スープのおかげで体もポカポカと温まりました」
見習い魔女の言葉を聞いた宿屋の主人は、
「おやおや、それは大変だったでしょう。この国には長いこと春が来ていないからすっかり冷え切ってしまってね。おかげで作物は育たずに動物たちもどこかへ行ってしまったんだ」
困ったように言いました。
その様子に、見習い魔女は尋ねます。
「春が来ていないとはどういうことですか? この国は毎日が寒いのではないのですか?」
見習い魔女の質問に宿屋の奥さんが答えました。
「この国はもともと、春・夏・秋・冬の四季が廻る国だったの。それは国にある一本の塔に春・夏・秋・冬の季節を司る女王様が交替で入ることでそれぞれの季節が廻ってきていたわ」
「では今の時期、塔には冬の女王様がいるから冬の季節なんですね。次の春はいつですか?」
見習い魔女が尋ねましたが、宿屋の奥さんは元気なく首を横に振りました。
「もうとっくに春になっている時期なのに、今年は春がやってこないのよ」
そう言って宿屋の奥さんは話し始めました。
長らく冬の女王様が塔から出てこないこと、国の王様がお触れを出したこと、お触れに対して大勢の人々が集まり冬の女王様の元へと向かったが駄目だったこと、他の季節の女王様も会おうとしたけど冬の女王様がそれを拒んだこと……。
宿屋の奥さんはポツリポツリと話していくうちに、目には涙が溜まっておりました。
「今はまだ蓄えた食糧で生活できているけど、それもいつまで持つか分かりません。このままではこの国は飢えてしまいます……どうかどうか。誰か――誰か……‼」
最後の言葉を祈るようにつぶやくと宿屋の奥さんはその場に泣き崩れてしまいました。
宿屋の主人は奥さんを支えようと手を差し伸べます。
二人の悲しげな様子を見ていた見習い魔女はソファーから立ち上がると決心したように言いました。
「私が何とかして女王様を交替させ、この国に春を来させましょう‼」
見習い魔女はそう言うと、話を聴くべく春・夏・秋の女王様たちの元へと訪ねることにしました。