短編『lasat Xmas』
「なぁ、鈴」
時神鈴の部屋でベッドを占拠し、手元の漫画をパラリと捲った風間辰人は、隣で「くっそ!勝てねーってこれ!」と奮闘する親友に話しかけた。
しかし、聞いていない。
鈴は乱暴にコントローラーを操作して、懸命に格闘ゲームに取り組むが、コンピュータが強すぎるのか、ひたすらにコンボを叩き込まれて一方的に攻撃されていた。
「あああーーーーッ! 勝てねぇえええええええ!」
ボコボコボコ。ドスドスドカガンベキベキズドン。
GAME OVER。
コントローラーを投げ出した鈴は頭をかきむしり、テレビ画面に映るコンティニューの文字を睨み付ける。
「ざっけんなよこのクソゲー! いくらボス戦だからって時を加速させるのはねーだろぉ!」
再びコンティニューして挑戦しようと、コントローラーに手を伸ばそうとする鈴だったが、この敗北はかれこれ数十回目。流石にコンティニュ―する気力がない。
「……貸してみろ」
漫画から手を離した辰人は、鈴の放り投げたコントローラーを握って。
「コイツにはな、ハメ技があるんだ。速すぎるせいで、普段は行えないコンボが決まるんだぜ」
カチカチ、カチカチカチカチ。
どんどん、ドゴンドゴン、ズドドドドドドドドドドド……。
YOU WIN。
「え、俺の努力なんだったの……」
「失敗は成功の元だ。次に生かせ」
絶望の表情で、鈴はエンディングテロップを見守った。
エンディングが終わってゲームを切ったところで、鈴は「ところで」と辰人に問いかける。
「お前さっき、何か言いかけたよな。何かあったか?」
「……ん、ああ。もうすぐクリスマスだろ、だからクリスマス会をやらないかって話をしようと思ってな」
「クリスマス会かぁ。いいね。去年みたいに、またいろんな奴集めてやるか?」
「いや、今年は三人でやらないか?」
「三人?」
「ああ。俺とお前と、飛鳥の三人だ」
「三人か。クリスマス会にしては寂しい人数だな」
「嫌か?」
「そんなことないさ。クリスマス会としては寂しいかもしれないけど、そういうクリスマスもありだと思うぞ」
「じゃ、決まりだな」
――というわけなんだが、どうよ。
辰人の企画したクリスマス会について飛鳥に話すと、飛鳥も「いいね」と頷いた。
飛鳥は、苛められていた経験もあってか、人見知りが激しく、また多人数の存在する部屋に長時間いるのは苦手だ。そのことを毎年気にかけていた鈴からしてみると、辰人のこの提案はありがたい。
こうして、三人はクリスマスを迎えることになる。
「メリークリスマス!」
鈴の家に集まった三人は、ぱーん! 小遣いをはたいて購入したクラッカーを鳴らして年に一度のその日を祝う。
「もうすぐ今年も終わりかー。思えば、いろんなことがあったよね……」
クラッカーをゴミ袋へ入れた飛鳥は、あらかじめ注いでいたジュースを持ち上げる。
「いろんなことがあったな、本当に。落ちた鈴の順位を引き上げるために、みんなで泊まりで勉強会とかな……」
「それは本当にすまんかった」
「けどま、そういう楽しかったこと大変だったこと全部まとめて今年なわけで、そういうのまとめて俺たちの中学生活になるわけで。そんな綺麗な思い出と、これからの俺たちに。――乾杯といきますかぁ!」
「「「かんぱーい!」」」
これは、どこにでもあるクリスマス。
誰もが思い描く当たり前の日々。ありきたりの時間。
けれどその一瞬はその瞬間にしかなくて、それだけに大切にするべきもので。
当たり前の中に感じられる幸せが、真に尊いものであると、きっと時神鈴と風間辰人はまだ知らない。
中学一年生、初めてのクリスマス会。そこでは三人が三人とも、幸せそうに笑っていた。
ジュースの一気飲みに失敗し、吹き出してしまった時神鈴。
プレゼント交換で引き当てた鼻眼鏡を、最後までつけていた風間辰人。
そんな彼らを見て、ケーキを前に口を抑えて笑っている水無月飛鳥。
こんな時間がいつまでも続けばいいな、と願いつつ。
彼らの楽しい時間は幕を閉じた。
「ありがとね、鈴くん」
鈴の家の隣には飛鳥の家。下手をすれば窓からも帰宅できるような距離に家がある飛鳥に対し、中学校のクラスメイトの中でも、辰人は特に家が遠い。時間も遅いので、家が遠い辰人は先に帰宅させ、鈴と飛鳥は二人でクリスマス会の後片付けを行っていた。
「ん、何が?」
自分の吹き出したジュースの跡がカーペットに染みついて、なかなか取れない。四苦八苦している鈴に、クラッカーから飛び出した紙ふぶきを箒とちりとりでかき集める飛鳥は言う。
「今日、誘ってくれて」
「提案したのは辰人だ、礼ならアイツに言ってやってくれ」
「うん、辰人くんにもお礼を言うつもり。……あのね、わたし今日、とっても楽しかったよ」
「俺も楽しかったよ」
「今日はなんていうかね、こんなに幸せでいいのかなって思うくらい、幸せだったの」
「そりゃ大げさだな」
「そんなことないよ。昔では考えられなかったぐらい、わたし今が幸せなの」
「……こんな幸せでよければ、またパーティ開こうぜ」
「うん。もし来年もあるなら、また誘ってほしいな」
「きっと誘うさ。二人だけのクリスマスってのは、どこか物寂しいしな」
「……約束だからね」
「ああ、約束するさ。きっとまた、三人でクリスマスパーティをやろう」
また、三人で。
きっとジジイになってもババアになっても、三人は一緒にいられるだろう。
そんな幸せな未来を思い描いて、時神鈴は聖夜に祈った。
――こんな日常が、いつまでも続きますようにと。