短編『white Christmas』
「この天津日高日子波限建鵜葺草不合命、その姥玉依姫命に娶ひて生ませる御子の名は、五瀬命、次に稲水命、次に御毛沼命、次に若御毛沼命、此れ四柱。彼れ御毛沼命、波の穂を跳みて、常世の国に渡りましき――」
雪の降る夜。気温はマイナス。
人気のない過疎地域。
アメリカの冷蔵庫とも称されるその場所で。
「黄泉送・天津波」
声が辺りに響き渡り、天の災害――天災が罪人の悪事をその命ごと断罪する。
祝詞によって生成された『海』は役割を全うすると、やがて何事もなかったかのように空気に、雪に溶けていく。
「ふう。今回も無事、一仕事を終えたね」
隣に立つ赤髪赤髭スーツの男は、相棒に告げた。
彼らは、アメリカにおける地球外生命体の討伐を命じられていた。
この地球には現在、数十ほどの他惑星との条約を結んでおり、僅かながら移民が存在する。しかし移民の中には違法移民もいるもので、彼らはその移民に対する抑止力――対地球外生命の特殊部隊である、大日本帝国異常災害特別対策機関“天神”、第一級災害直接殲滅活動部隊に属している。
天の災害によって葬られた先の罪人たちは違法移民。アメリカ合衆国ミネソタ州にて発生した殺人事件の犯人である。
移民には多くの条約が課せられるが、中でも地球人に対する暴力行為及び殺人行為が行われた場合、即座に“天神”が対応する。そして“天神”の命によって罪人を葬ったのが彼ら、第一級災害直接殲滅活動部隊が一、“草枕”。
「やはり、地球外違法移民――犯罪者とはいえ、その罪を裁くのは未だになれないね」
第一級災害直接殲滅活動部が裁かねば、他に犯罪者を裁ける者はいない。
犯罪を起こす地球外生命体の多くは、地球人を下等生物であると見なしている。犯罪者たちは決まって、「猿の星に来たからと、猿の着ぐるみを着て猿のフリができるものか」と揃って述べる。
たしかに地球は他惑星に比べて文明の発達は遅いし、地球人の持ち合わせていない異能を多くの地球外生命体は有している。
もし地球人が猿の国へ移民することになるとして、容姿も行動も、文明レベルすらも猿に合わせるとなれば、一体どれほどのストレスかは想像に固くない。
だがだからといって、彼らを自由にさせていては人類が滅ぶ。そこで生まれたのが、人ならざる力を有した存在である天児の所属する、第一級災害直接殲滅活動部隊。
「もっとも、こんな思いをしているのは、我々だけではないだろうがね」
「そうだな」
感情のこもらない声で『相棒』が言うと、赤髪は「もう少し取り合ってくれてもいいものを」と不満を漏らす。
「何が――」
普段感情を表さない、やせ細った男――『相棒』が赤髪に吐き捨てるように言った。
「何が、“明星”だ。」
「……」
その言葉に、赤髪も口を詰まらせる。
「犯罪者を裁き、この手を汚すばかりの日々。この手は、殺しのための道具ではないぞ」
この手は、この異能は、殺しのためのものではない。それは常日頃、赤髪――ハワード・マクラウドも感じていた不満だ。
けれど、いくら不満を漏らしたところで、草枕には希望に縋るしかない。自分たちの異能では自分たちの望みを叶えることは適わないのだから、他力に縋るしかないのだ。その他力に縋るための交換条件として、自分たちは第一級災害直接殲滅活動部隊に所属し犯罪者を裁いている。
――しかし、いつになったら自分たちの求めた希望が叶えられるのか。
かれこれ五、六年の間、ハワードとその相棒――オーガスト・ステファン・カヴァデールは断罪者として地球外生命体を殲滅しているが、一向に彼らの希望が叶う素振りがない。
彼らとの契約者――“天神”の創設者は「“明星”が現れたとき、君たちの願いを叶える機会が訪れる」と告げていたが、ならばその“明星”が姿を表すときはいつなのか。そも、その“明星”とはなんなのか。
何もわからない、またそれ以上は知らされていない以上、彼らは不信感を拭えない。
「だがね、オーガスト。不満ばかりを抱いていても――」
――不満ばかり抱いても、仕方ないもの。どうせなら、笑顔でいましょうよ。
かつて、泣きながら笑顔で告げた女の顔が、ハワードの脳裏をよぎり。
「どうせなら……」
湧き上がる想いを抑えて、ハワードは笑った。
「どうせなら、笑顔になろう」
ハワードの想いを察してなのか、オーガストはため息をついて。
「今日は、クリスマスだな」
何を思ったのか、人の集まる『催事』だとか『祝日』を嫌うオーガストが、クリスマスと呟いた。
思えば、もう一二月も終わり。今夜は誰もが家族と過ごすであろう、キリストの生誕祭。クリスマス――幸福の訪れる聖夜である。
「聖夜は、あの女の命日だろう。普段ミネソタには足を運べないのだから、墓でも参ろう」
これはオーガストが、ハワードに対して気を使っていると言っていいのか。
一体、どんな心境の変化なのかと絶句するハワードから目を逸らし――それもおそらく照れながら――オーガストは言った。
「墓を参ったら、ケーキでも買おう」
オーガストの様子がなんだかおかしくて、思わずハワードはふっと笑った。
「なんだ、私を気遣ってくれるのか?」
「今宵は、お前にとって重要だ。流石に此方も気を使う」
オーガストは普段、感情を表さない男だ。そんな男が、不器用ながらも自分を気遣ってくれたのだ。
栄養バランスが最優先、味や見た目など二の次だと普段は食など気にかけない彼が、味と見た目にこだわり栄養バランスなど考えないケーキなどというものを買おうと告げたのだ。
溢れる喜びが、自然とハワードを笑顔にさせる。
「ならば、今宵は三人でパーティだな。ケーキはホールで買っていこう。それも、とびきり美味い苺のショートだ。きっと、マイラも喜ぶぞ!」
飛びつくように、ハワードはオーガストの首に手を回して引き寄せる。
「肩を組むな、鬱陶しい」
「たまには良いではないか!はっはっはっ!」
「耳元で笑うな、やかましい」
「今笑わずして、いつ笑う!」
彼女は――Myra Mavis Odetsは、死んだ。ハワードの愛した女は、死んだ。
この寒い雪の中、誰もが祝福を受ける聖夜に一夜限りの幸福を祈った彼女は、無情にも命を奪われた。
ハワードは呪った。彼女に手を差し伸べなかったキリストを呪った。彼女に僅かな慈悲すら与えなかった神を呪った。この世に神などいないと、世界を呪った。
それでも、時はやがて巡り来る。きっと、もう一度彼女に会える時が、巡り来る。
『ほら、泣かないで。不満ばかり抱いても、仕方ないもの。どうせなら、笑顔でいましょうよ』
幸せにすると誓ったのだから。他でもない、彼女に。
『あなたが笑顔でいてくれるなら、それだけで私は幸せなのよ』
私は、キミを幸せにしたい。例えどれほどの時が流れても、その想いは色褪せることはない。この世に変わらないものがないとしても、私のこの想いだけは、きっと変わらない。
だから――キミの笑顔が、キミの言葉が私の胸にある限り、私はこの笑顔を絶やすことはないだろう。
「それでは行こうか、オーガスト!急がねば店が閉まる!」
「……走るな、子供か」
この相棒と共に、私はきっとキミの元へとたどり着く。