ホワイトデー
世間一般で三倍返しと言われているお返しを貰うためにチョコを渡す。それがバレンタインデー。
義理チョコを配る女子たちはきっと皆そんなことを思いながら渡しているのだろう。
そう考えると、なんて男女差別な世の中だ。
レディースデーとかはあるのにメンズデーがなかったり、『女性専用車両』はあるのに『男性専用車両』はなかったりする。いや、後者は無くても良いな。
とにかく。男子もお返しが欲しい。
しかし某国では、どちらも貰えなかった、または渡せなかった非モテ人間のためのブラックデーというのが、一か月後の四月十四日にあるらしい。
しかしここは残念大国日本。その某国ではないのが悔やまれる。
そのブラックデーとやらには、その非モテ達が集まって、ひたすら食べ物を食べまくるというではないか。まぁ世間一般で言うところのやけ食いである。『やけ食いの日』とかに制定したら、飲食店は儲かるのではないか。俺はそう思考する。
そもそもホワイトデーというのは、学生なら終業式、または卒業後にぶつかってしまい、学校で『あ、忘れてた。これお返しな』と何気ない流れで渡すことはできず、バレンタインデーでなんらかの進展があった者のみがお返しを渡すのだろう。社会人の場合は、社交辞令らしい。大人、コワイ。
とはいえ、俺はバレンタインデーには何も貰っていないので、お返しをあげることもない。お財布に優しい人生を歩んでいるということにしておこう。
「何、難しい顔してんスか」
ここで後輩が登場した。
特に部活の後輩とかというわけではなく、懐いただけの後輩である。
結構前に、自販機で十円足りなくて困っていたので、直前に拾った十円玉を渡したところ、懐かれてしまったのだ。しかい後輩がいる高校生活というのは、悪くないと思う。なんか後輩がいるだけで、周りに優越感すら抱ける。自慢する友達というのはいないが。
「難しい顔なぞしていない。いつも通りのクールフェイスだ」
「クールぶってるのは頭の中だけにしてください。眉間にめっちゃシワ寄ってるッス」
「何っ!?」
俺は眉間を触ってみると、確かにシワが寄っていた。
これではただでさえ老け顔の俺のダンディな顔が、さらに際立ってしまう。
眉間をさすっていると、後輩がため息をついた。
「先輩、チョコとかもらったっスか?」
「甘党ではないのでな」
「もらってないんスね」
「ハッキリ言うでない」
「チョコ欲しくないッスか?」
「何? いくらホワイトデーだからと言って、男からチョコを貰う義理はない!」
「そ、そこまで言わなくても……」
俺が一喝すると、後輩は苦笑いを浮かべた。
「そういうんじゃなくて、コンビニで新発売のチョコがあったんスけど、それに付いてたおまけが欲しかったんスよ。でも俺一人じゃチョコばっかりはきつくて。だから先輩も消化に手伝ってほしいッス」
「ふむ。そういうことならば手伝おう。だがおまけのためにお菓子を買うというのは、本末転倒ではないか?」
「最近はほとんどそんなもんッスよ」
「最近の若者の考えることはわからぬな」
「先輩も最近の若者ッスよ。それにこの商法を考えたのは大人ッス」
後輩が差し出したチョコを二人で食べる。
本当に可もなく不可もなくなチョコだ。言い換えれば、おまけとして相応しいチョコであると言えよう。
「ところで、このチョコにはどんなおまけがついていたのだ?」
「これッスね」
後輩がポケットから取り出したスマートフォンには、ジャラジャラと小さいキャラクターのストラップがついていた。
「ふむ。わからんな」
「先輩知らないんスか? これ今めっちゃ人気のアニメッスよ?」
「そうではない。こういうものを集める心理というものがわからないのだ。集めてどうする? 何かもらえるのか?」
「そんなんだからチョコ貰えないんスよ。『集めることに意味がある』なんて古いッス。今は『集めて自己満足する』っていう時代ッス」
「……それでいいのか?」
「真面目に心配するのやめてもらってもいいッスか?」
時々後輩の未来が心配になる時がある。もっと将来のために無駄遣いを減らすべきではないのだろうかと思う。
「世の中には、金は天下の回り物っていう言葉があるじゃないッスか。使ったお金は、いろんなところを巡り巡って、いつか自分に返って来るんスよ。だから、これは遠い未来の自分への投資なんス」
「なんと。そういう意味であったか」
自分が思っていた解釈と違ったことに少しばかり驚いた。
「先輩は真面目すぎるんスよ。残り少ない学生生活を、もっと楽しんだらいいと思うッス」
「とはいえ、今から性格を変えるのは難しいだろ」
「そんなことないッスよ。気持ちを改めて、心機一転、冗談を真に受けすぎず、明るく笑い、楽しむ心を大切に、マジレスは控える! 要は気持ちの問題ッス!」
「ふむ」
「じゃあ練習してみるッス!」
後輩に言われるがままではあるが、受験生とはいえ、華の学生生活も残り最終学年の一年のみ、少し頑張ってみようという気持ちが、頭の中を横切った。
「実は俺、女だったんス!」
「お前は男だ」
「……もう良いッス。先輩は先輩のままで良いような気がしてきたッス」
「ん?」
後輩曰く、俺の学生生活の改変は難しいらしい。
もう少し頑張ってみてくれてもいいと思うのだが。まぁ仕方ない。
大学に進学してから考えよう。とりあえず今年は受験だ。勉強を頑張るとしよう。
おしまい。
ホワイトデーなので。