早苗の初神事【2013】
みなさま! お聞きください! 妖怪の山にはご利益抜群の神社が御座います。
清らかで神聖な湖もあり、湖を抱えるように広がる美しくも格調高き境内は、訪れる信者の気を締め心を洗います。
そして参道を(あ 参道はなるべく端側通ってくださいね。御気分を害された設定で、気まぐれな神奈子さまにムクれた振りをされてしまわれます)進むその先には、新年を迎えられた皆様の素晴らしい一年をお約束する『 守矢神社 』本殿が、守矢の神様と信者皆様の御祈願を結ぶ『 守矢神社 』拝殿が待っています。
「さぁ 里の皆様! 初詣は是非 守矢に!」
「本社までの御参拝が難しい人間の方々は、麓の守矢(博麗)分社へお越しください!」
「分社では、今年もわたくし 東風谷 早苗が皆様の御参拝をお待ちしております!」
今年も元旦の人里で1人。最高に寒そうな巫女装束で、気合いの入った呼び込みをしている東風谷早苗の姿があった。
山頂付近に本社を構える守矢神社と人里を、ロープウェーで繋げる『空中参道計画』も中々進まず、そのまま年の明けた結果、今年も早苗さんが頑張っていた。本当に健気に頑張っていた。
「今年はなんと! 新たに初神事を行う予定で御座います!」
「わたくし 東風谷しゃな 早苗の奇跡を御披露目です! 分社境内の寒風を完全に鎮め治める現人神の奇跡!」
「『初風祝の神事』を!執り行いま あ、おばあちゃん、明けましておめでとう御座いますー。はい、また頑張ってますー。え、お雑煮! 戴きますっ!!!」
―― しん。と、静まる廊下が軋む。
軋む音を一回聴くと、この足が一歩ずつ進む度にキリミシ キリミシ ギギギ と立て続けに軋ませ続ける事になる。
大丈夫です。これは別に私の体… そう言う事ではないのです。
強いてあげるなら両手で持っている土鍋のせいです。キリミシ ギギギ。キリミシ ギギ。
ギ ギッと大きく床板を鳴かせ、閉め切られた居間の襖の前で足を止める。
奥の居間からは物音一つ聞こえません。
私が足を止めると、――しん、と再び静まる廊下。静けさとは縁遠い筈の神様がお二人もいらっしゃると言うのに。
そんな事を思い耽りながらも同時に、幻想郷に入り間もない頃まではまだ『二柱の神様』と呼んでいた自分を思い出し、むず痒い様な気恥ずかしさを一人で廊下で感じてしまう。
その頃までの私なら絶対言えない発言を、今の私はちゃんと言えます。
「神奈子さまー。諏訪子さまー。どちらか居間に入れてくださいませんかー?」
「お鍋で両手が塞がって、このままでは足…」
ここまで言った所で襖が開きます。
「止めなさい。はしたない」
襖を開き居間に入れてくださった神奈子様のお声は、気の張らないトーンでやや窘める様な口調です。
諏訪子様はコタツ布団に入ったまま出来る限り体を縮めて、気怠げに庇ってくださいました。
「かなこー。早苗はねー、足止めです…って言う所だったんだよー」
「私は早苗を信じてコタツから出なかった」
「しまった… 見切り発車で布団から出てしまった訳か。すまん早苗」
襖を閉める神奈子様もそんな事を言いながらコタツへと戻ってしまいます。
「いや、襖は開けてください。神奈子さま」
「それこそ足でも使って開けるまで足止めではないですかー」
私は努めて明るい調子で言葉を掛け合い、蓋のされた土鍋をコタツに置きます。
予め用意されていた鍋敷きにしっかり置いて蓋を開ける。
‥‥それでもまだ。どこか沈んだお二人の様子を明るくして差し上げる事は叶いませんでした。
「‥‥神奈子様。諏訪子様」
声を掛けても、お二人ともに視線を少し落とされるだけ。
お二人の沈んだ表情をなるべく自分に伝染させない様に意識しながら、私もゆっくりと座りました。コタツに軽く身を沈めます。
「お二人とも、そんなにお気になさらないでください」
そう言う私の様子をいかにも窺うように、神奈子様は言われます。
「しかし‥‥」
「早苗には恥をかかせてしまったじゃないか」
「そうだよねぇー‥‥ 私達が、あんな事言ったばっかりに‥‥」
諏訪子様にまで申し訳なさそうに見上げられると、私は少し困った様な微笑みで返す事しか出来ませんでした。
発端は、大掃除を終えて三人でゆっくり寛いでいた大晦日の夜。
年明けの初詣を迎えるにあたり新しい事を披露する案も準備も無い私達は、それとなく何か妙案はないものかと話し合っていたのです。
共通していたテーマはただ一つ。来年こそは「脱 奇祭」でした。
なんやかんやと「奇祭だ」の一言だけは言われない様な神事を色々催しては、最終的に魔理沙か霊夢に 奇祭 の一言で片付けられてきたのです。
いっそ、なーんも準備無く身一つで出来る事した方がシンプルで良ーんじゃないかなー。
その様に話されていたのは諏訪子様でした。
シンプルなのは良いが、神々しさや有り難さの演出も出来なければ神事としての意味がない。
神事に威光を求める神奈子様も乗っかります。
私はと言えば、そーですねー、どーしましょー、と相槌を入れながらお二人にお酌をして差し上げたり おでん を再投入しに戻ったりしておりました。
そして おでん 一杯にしたお鍋を持って居間へと戻った時、神奈子様と諏訪子様に満面の笑顔で迎えられて、お二方から同時に提案されたのです。
さなえ! 来年の初詣は早苗の奇跡を神事にしようぞ(よ)!
それぞれ語尾の異なるこの提案を、私は二つ返事で引き受けました。
風祝。――山神であられて乾を司る風の神でもあられる神奈子様のその神力を、我が身に通し『神の奇跡』として神の代行で風を統べ風を鎮める。
つまり、守矢の分社を求めて博麗神社まで初詣に来てくださる方々を厳しく襲う真冬の風を、初詣の初奇跡『初風祝の神事』にて見事に鎮め羨望と信仰心を一身に集めるのだ! と言う素晴らしい神事で御座います。
ただ‥‥ 意気込み熱く呼び込みを掛けて迎えた初風祝の神事 当日。
冷え込み厳しく、やや曇り。ほぼ無風。たまに微風。
今になって思い返すと中々に不安要素の集まる中、しかし絶賛(神事の)主人公中であった私に状況は見えません。
浸透と柔らかさを優先させて『初風祝り神事』と書いた急造看板を立ててくれた博麗の巫女も、お賽銭の為に期待していると言っていました。
少数ながら初詣に来てくださった人里の方々の注目も集まる中で、ぶっつけ本番『初風祝の神事』が始まりました。
頭の中では既に『寒風を鎮め拍手喝采を浴びている 私 』は、神奈子様との神力連携に集中する為に瞑想し、雑念を振り払い、高ぶる気を静め、それらの加減がぴたりと釣り合った瞬間に目を見開きます。これが今年一番目の奇跡です。
右手に収めた風祝棒を高々と振り上げて、私は神威と奇跡の限りに唱いあげました。
須く仰ぎ見よ! これぞ八坂様の 奇 跡!
その場にいた全員の注目が一斉に集まり、会話が止まり静寂が広がります。固唾を飲む音すら聴こえてきそうでした。
風 祝 り !!!
博麗神社の境内中を容赦なくごく偶に吹き荒れていた微風。それを初風祝の神事にて完全に平伏せしめて見せました。
・・・・。風を鎮められた博麗神社は微風一つ吹き込みません。完全なる無風。神の奇跡による真の無風です。
・・・・。無音と無風が場を支配し続け、微風と関わりなく厳しい冷え込みが身を冷やす。
・・・・。静寂。無風。寒風を鎮めて寒冷を残す博麗神社。微かにザワつく直後に口を閉じる初詣の参拝者。
そんな、明らかに気を使われて保ち続ける沈黙の中で、寒さに耐えかねた子供のクシャミが大きく響き渡りました。
続いて、鼻をすする音も何処からともなく聞こえてきました。
・・・・。少し。だいぶ前から周りが見えるようになってきていた、風祝棒を掲げたままでいる私の目頭が何か熱くなってきた頃。
私の目線の先で、霊夢が寒そうにマフラーを引き上げた。霊夢の声は静寂の中でとても良く響き渡っておりました。
‥‥地味だ。
とても良く響き渡っておりました。霊夢の隣で魔理沙の声も、綺麗に通って響きました。
ある意味。‥‥奇祭だ。
私はどんな表情をしていたのでしょうか。
結んでいる神力を通じて神奈子様の声が色々聞こえていた気がします。メッセ顔がどうとか。
良いでしょう。神事にそんな派手さを求められるなら。
寒風を鎮めるばかりが風祝ではありませんよ。風を治めるならば‥‥ 風を治めるならば‥‥。鎮めた風も‥‥。
「地味‥‥ には、なっていたかも知れませんが、風祝としても神事としても何一つ、失敗していないではありませんか」
そう言った私は、気の沈んだ様子のお二人に向けて心からの笑顔をお見せします。
今私が見たいのはお二人の笑顔。だから私もお二人に笑顔を見せるのです。
「さなえー、本当に落ち込んでないの?」
「平気です♪」
「無理してるんじゃないのか? 早苗」
「平気ですよ♪ 神奈子様」
お二人して疑わしげに覗かれます。でも私の笑顔は偽りでも誤魔化しでもないのです。
それでもじっとり覗かれる内に少し気恥ずかしくなってきて、ササッとつい目を逸らしてしまうと。
神奈子様も諏訪子様も嬉しそうに笑顔を見せてくださいました。
と言いますか、先程とは打って変わった普段通りのお二人です。
「そうとなれば気を取り直し、さぁ、お鍋を戴こうぞー!さなえー!」
神奈子様の明るいお言葉に始まり、守矢神社 本来のお夕食が始まりました。‥‥もしかして。元気付けられていたのは、実は私?
「しっかし、あの時は良く抑えた。私はヒヤヒヤしたぞぉ」
――確かにあの時。鎮めていた微風を寒風へと変じて、私を中心地に激烈に吹き荒らす積もりでいました。
そうなれば静寂と無風は一転して騒乱と風靡に変わり、信仰は不信に、地味神事がとんだ自滅神事になる所であったのです。
「神奈子様にも諏訪子様にも、本当にご心配おかけしました」
「申し訳御座いませんでした」
諏訪子様の方から神奈子様の方へとコタツが一瞬鋭く動き(?)、諏訪子様は「いーのいーの、もう気にしないの」と笑い掛けてくださいます。
2度目の風祝を振るう寸で。目に映ったのは、里でお雑煮を食べさせてくださった おばあちゃんのお姿でした。
私は。寒風を吹き荒らそうとしていた風祝棒を静かに下ろし。顔も前に上げられないまま頭を下げ、お辞儀をし。
「‥‥ありがとう ‥‥御座いました」
そう言って逃げるように境内から本殿裏へと早足で去ってしまっていました。
本殿裏ではただじっとしていました。
神奈子様との神力は既に絶ち。悔しさなんかよりも、身勝手で風祝を荒らそうとしていた事実に身を震わせていました。
それはもはや涙も流れず、ただ自身を責める想いだけ。
ただ、いつまでも隠れ続けているわけにもいかず、平静を取り繕いながら境内に戻る途中。
お雑煮のおばあちゃんが私に会いに来てくれたのです。
おばあちゃんは、御礼を言ってくださいました。風が吹き込む時に寒さが身にしみていたのに、それが急に楽になったよと。早苗ちゃんのお陰だよと。
そう言われた私は、本当には何で逃げ出したくなったのかが分かったのです。
その場で座り込んで素直に泣いてしまった私を、おばあちゃんは戸惑うでもなく抱きとめる様に頭を撫で続けてくれました。
私が元気を取り戻せるように。
お久しぶりで御座います。DEEP三昧です。新作って何年振り?もう自分でも把握してない。
今回の短編は、ずばり、併せて今年から投稿を始めました『みてみん』に寄せた年賀状イラストから生まれた話でした。
それにしても、今年の投稿一昨目となる当短編は、実に『初』尽くめで御座います。
小説に挿絵を入れるのも 初 ならば、その年賀状は人生 初 のイラスト投稿作品です。
そのイラストである年賀状も、ハガキへの直書き以外で描かれた 初 画像で。それも何と!3DSのあのソフト。
これはもう、
私の中で可能性は膨らみますねぃ♪
まぁ、こんな後書きを伸ばしてしまいましたが。私の文脈(弾幕)ごっこは、どれだけ時と齢を空けても、やっぱりどっか芯の辺りが『DEEP三昧の文脈ごっこ』って所は心配せずとも変えられないみたいです。
では長くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年からも、どうか変わらぬお付き合いをよろしくお願い申し上げます。
――(DEEP三昧)