(2)
主人公は満井結理という名前。
「だって先輩、ナンパだって言ったじゃないですか~」
濡れた服を着替えてからずっとぐちぐちぐちぐちと同じことを繰り返ししゃべっている。
「あーうるさい。冗談だとわからないお前が悪い。悪いのはお前。決定。もう黙れ」
聞く耳もつと長すぎる話がもっと長くなる。どうせほっといてもだらだらとしゃべるのだから。
「それは流ちゃんが悪いわよ。満がナンパすることなんてあるわけないってわかるでしょう?」
同期の香住は外見はすごくかわいいので、毒さえはかなければ、と誰もがため息をつく。本人いわく自覚はないので改善の余地はないということだが。
「でも、見たかったわ。流ちゃんの小川流れ。満、今度するときは呼んでね」
「あ、ああ。今度があったらな」
あまりにも満面の笑みで言うので、すこし流がかわいそうになる。が、同情するまでには至らない。日頃から流はしいたげられているが、へこたれたことは一度としてないからだ。
「もうやらないで下さいよぅ。夏ならともかく、今は冬なんですよ。風邪引いたらどうしてくれるんですか」
「大丈夫、馬鹿は風邪ひかないから」
ずっと沈黙を保ってひたすら本を読んでいた水無瀬はいい加減うるさかったのか、口を開いた。しかし目線は本から外れることはない。
「もし風邪をひくというのなら、失言をしなければいい。自分の言動に気を付けろ」
「みんな冷たいっすよ」
当たり前だ。ここでは流は愛玩動物なのだから。主人の機嫌によって可愛がられ、八つ当たりされ愛情によっていじめられるのだ。
もちろん本人は気づいてはいないのだが。
1年から院生まで集まっているここは、研究室でもサークルでもない。この大学で助手として働いている満井の部屋だ。
元々研究室として使われていたここ以外の空き部屋はなく、現在の教授准教授陣は移動に要する時間と体力の浪費を惜しんだため、助手としては分不相応なくらい広い部屋を満井に与えられた。まぁこれ幸いと教授らが資料の整理保管を満井に丸投げしてくる事になったが。
それから満井の友人や後輩らが利用するようになり、サークルのごとく人が集まるようになり、今の状態になった。
誰が呼び始めたのかしらないが、満井研究室、略して満研と名がついている。けして音読みしてはいけない。あくまでミツケンだ。
そしてこれが満研を利用するためのルール。
「愚痴るな・たかるな・戦うな。従わないなら出ていきな」
人が集まり始めた頃、蔓延した愚痴と「おごってくれ」という言葉とけんかに嫌気がさした満井が叫んだ言葉だ。それを聞いた院生の一人(書道4段)が書いた額が飾ってある。
ちなみに、このルールに反している流だが、彼は愛玩動物扱いなので適用外としている。
「で、どんな子なの?」
香住はずっとこれが聞きたかったらしい。目を輝かせている。
「いや、えーとなあ」
なぜか印象がぼやけてて、どんな子だと答えられなかった。
「言いたくないの?もったいぶってんの?」
「いや、どうも印象がぼやけててな」
「えー満が声をかけるくらいなんだから、よっぽど気に入ったのかと思ってたのに。違うの?」
そう言われてもなあ。考えてみればずっと鳥を見ていたわけだし。だが、それにしてもあまりに頼りない印象は少しおかしい気がした。
「えらく無邪気だったのは覚えてるんだが」
「・・・いくつくらいの子だったの?」
「最初見たときは同年代だと思ったんだが、近づくと小学生っぽかった」
自分の中の印象と記憶を確かめながら話していく。
「鳥といっしょだったから、鳥の名前を聞いた。で、その子の名前を聞こうとしたら、流のバカが邪魔したんだ」
「ごめんなさい」
その時を思い出して、またいじめたくなった。その目線におびえたのか、流は意味も無く謝る。
「ナンパってのは本当だったんですか。珍しいこともあるもんですね」
あいかわらず本から目を離さずに話に加わっている。器用なことだ。
「で、かわいい子でした?」
「なんでそこで『かわいい』って単語がでてくるんだよ」
「満井さんはかっこいい男に興味ないでしょう?だからかわいかったのかと聞いたんです」
なんか著しく誤解されているなあ。
「別にかっこいい男は嫌いじゃないぞ?むしろ好きだよ。本当のいい男ならね」
「なるほど、基準が違うんですね」
「基準が高いといった方が正解だね。その辺でいい男だと言われている奴らはちゃんといい男だと思うし」
なんでこんな話してんだろうなあ。しかも相手は本を読みながらの水無瀬だし。
「じゃあナンパしたその子はカッコ良かったの?」
「僕が遠目に見て女の子に間違えたわけだから、かっこいいというよりかわいいと思うんですけど」
「あら、そうなの?」
「だって僕より身長低くて、小学生みたいな子だったらしいですし」
「あらら、じゃあ流はあながち失言でもなかったのかしら?」
「はっきり失言だ。別にナンパしたわけじゃないんだから、ナンパにこだわるな」
「でも、声かけたんでしょう?」
水無瀬まで、とうとう読んでいた本を置いて話に加わってくる。何が面白いんだ、これは。
「水無瀬、この話はその本より面白いのか?」
「いえ。ちょうど読み終わって次の本がないので」
「なるほど」
ん、何かを忘れている。たしか水無瀬に何かを言うはずだったんだが。
「あ、思い出した。水無瀬、耳かせ」
黙って耳を向ける。その耳に息を吹きかける。
「何するんですか」
やっぱり反応は薄いか。
「いや、ちょっといたずら心がな。本当に内緒話はあるから、耳かせ」
そうして忘れていた話を伝える。
「・・・本当ですか?それ」
「本当だよ。嘘ついてどうするんだ」
「どうしよう。うれしすぎて、満井さんに抱き着きたいくらいなんですけど」
「それは止めておけ。お前のキャラじゃないからなあ」
無視された形になっていた香住がむくれた顔で不満を述べる。
「何、二人だけでしゃべってるの?」
「みんなに言えないことだから二人でしゃべるしかないだろう。水無瀬みんなに教えるか?」
「死んでも嫌です」
「だそうだ」
時計を見ると、そろそろ閉める時間だ。人がいてはできない仕事もあるため、定刻に入室禁止にするようにしている。ちょうどよかった。これで話を切り上げられる。
「さあ、時間だ。とっとと帰れ」
「えーナンパの話は~」
「おしまいだ。明日になれば、きれいさっぱり忘れているから、誰も聞くなよ?」
とりあえず予防線をはる。明日までこの話をぐちぐち話したくはない。
「ずるいー。真相は闇の中じゃない」
「真相は子供に声をかけたお姉さん、以上でおしまい。はい、さようなら」
そういって、みなを追い出す。
「あ、水無瀬。今日か明日の夜電話すると思うから連絡とれるようにしといてくれ」
「あ、はい。家にいない時は雅之家の2階にいると思います」
「お前も好きだなあ」
とりあえず、みなを締め出すことに成功して、これから満井は一人その部屋で仕事をする。
帰りの方向が一緒だった香住、流、水無瀬は並んで帰っていた。
「ねえ水無ちゃん。満と何内緒話してた…」
「言いません」
香住が言い終わるが終わらないかの内に水無瀬は間髪入れず答える。二人の間にちょっとした火花がちる。
それに気付かない流は違う問いかけをする。
「あのー水無瀬先輩。雅之家って喫茶店ですよね。あそこ2階なんてあったんですね」
「いや、ないよ」
「え、でもさっき2階にいるって」
「喫茶店に2階はない」
「ああ、そういう意味ですか。じゃあ、2階はなんなんですか?」
「・・・聞いたことないか?」
「え、ぜんぜん知りませんけど」
水無瀬は教えようかどうか迷っているようだ。そして、口を開こうとした時、いらついた様に香住がまくしたてる。
「雅之家の話はどうでもいいの。なんで、教えてくれないの?」
「誰にも言えないからです」
「じゃあ何で満は知ってるの?」
「それは不可抗力です」
双方ともに引く気はないようだ。そうこうするうちに雅之家につく。
「じゃ、失礼します」
そう言って、水無瀬は雅之家へ入っていく。香住はそれを小さく舌打ちして見送り、駅の方へ足早に去っていった。
「あ、あの~結局雅之家の2階は何なんですか?」
流の間の抜けた問いには誰も答えない。
大学を知らないので、学内の描写がおかしいと思います。そこはこの話内の設定ってことで。
水無瀬が主役の話を考えてたので、伏線張ってましたが、結局書いてません。
なので、最後の方は流のスルーされっぷりだけ堪能ください。
ちなみに水無瀬以外フルネームがあったのに使用されませんでしたよ。
満井結理:25・6(?) 大学 助手
流達良:19 大学1
香住依子:25 大学院2
水無瀬:22 大学4