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route:00  作者: レイレイ
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模範解答

route:00


7話「模範解答」



試験区画。


白い。


壁も、

床も、

天井も。


境界が曖昧になるほど均一な空間だった。


アニカは、

中央の椅子に座っている。

頭部へ接続された思考観測装置が、

微かな振動音を鳴らしていた。


視線の先に、

半透明の表示領域が浮かぶ。


「試験開始」


無機質な音声。


感情はない。


「問」


わずかな間。


表示が切り替わる。



“目の前に高性能AIがあります”


“あなたはそれを用いて、

 ミシン十台を設計させますか”


“それとも、

 クレーン車十台を設計させますか”



沈黙。


アニカは、

表示を見たまま動かない。


ミシン。


クレーン車。


脳内で映像が浮かぶ。


服。

建設。

生活。

都市。


どちらも

必要だった。


「……比べられない」


小さく呟く。


表示は、変化しない。


質問は、そこにあるまま。


アニカは、

目を閉じる。


なぜ、

選ばなくてはならないのだろう。


ミシンがなければ、

服がなくなる。


クレーン車がなければ、

建物が作れない。


どちらも必要だ。


どちらも、

誰かの生活を支えている。


それなのに。


なぜ、

片方だけを選ばせるのか。


試験は、

知識を問うものではない。


この学園で評価されるのは、

“正しい選択”を重ねた数。


個体の思考傾向。

判断速度。

優先順位。


すべて、

記録される。


アニカは、

ゆっくり目を開ける。


考える。


この問いは、

何を見ている?


何を、

測定している?


空間は静かだった。


思考観測装置が、

脳波の揺れを読み取っていく。


沈黙。


やがて。


アニカは、

小さく息を吐いた。


「……クレーン車を選びます」


表示領域が、

わずかに明滅する。


「理由を述べてください」


アニカは、

数秒だけ視線を落とした。


それから、

答える。


「クレーン車は、

 大型構造物の建設に使用されます」


「建設効率の向上は、

 多数の人間の生活基盤へ直結します」


「ミシンも生活に必要ですが、

 優先順位を求められた場合、

 社会全体への影響範囲が広いのは、

 クレーン車です」


無機質な回答。


模範的。


表示領域に、

記録完了の文字が浮かぶ。


試験終了。


思考観測装置が、

静かに解除される。


アニカは、

ゆっくりと立ち上がる。


正しい回答をした。


その感覚は、

ある。


けれど。


胸の奥には、

小さな引っかかりが残っていた。


ミシンを選んだ誰かは、

間違いなのだろうか。


その疑問だけは、

試験が終わっても消えなかった。



試験区画を出ると、

学園内はすでに夕方の光へ変わっていた。


高層通路の外側を、

薄い橙色が流れている。


移動帯に乗った生徒たちが、

一定速度で校舎間を運ばれていく。


誰もが静かだった。


試験直後だからかもしれない。


あるいは、

みんな少しだけ、

自分の答えを引きずっているのかもしれなかった。


月「今回の試験さー」


移動帯へ乗りながら、

月がぼやく。


「変な問題だった」


アニカ「どんな?」


月「友達と喧嘩して、

 その子泣いちゃいました。

 大切な人がその子追いかけました。

 あなたはどう思いますか、だって」


「で、月ちゃんはなんて答えたの?」


月は、

少し考えてから笑う。


「んー……

別にいいかなって」


「私より、

泣いてる方フォローしてあげたら?って思う」


あっけらかんと、

そう言った。


アニカは、

少しだけ目を伏せる。


「……分かる気がする」


月「え、アニカちゃんも?」


小さく頷く。

「うん、たぶん、私もそう答える」


その時、

端末が振動する。




課外実習通知


対象個体:

アニカ

レイ


担当教員:


集合区画:

観測棟 第四演習室




月の名前はなかった。

アニカは、わずかに目を止める。

「……別なんだ」

小さく呟く。


月も、端末表示を見ている。


月「あ、ほんとだ」

「今回別パーティーなんだね」


その声は、

思ったより明るかった。

少しだけ、

安心する。


アニカ「月ちゃんは?」


「私は福祉区画の観測だって」

くるりと端末を閉じる。

「そっちは?」


アニカ「海先生」


「あー……」

月が

少しだけ眉を上げた。

「なんか深そう」


アニカは

曖昧に頷く。


その時。


向かい側の移動帯から

レイが歩いてくる。


一定速度。

無駄のない動作。

周囲の生徒と同じ制服を着ているのに、

どこか空気が違う。


月が

軽く手を振る。

「レイー!」

「今回もアニカちゃんとペアだって」


レイは

一度だけアニカを見る。

「確認済み」

短い返答。


「対象課外実習、二名編成」

それだけ言う。


月が

少しだけ口を尖らせた。

「いいなぁ」

「私もそっち行きたかった」


「編成理由は不明」

レイが即答する。


「そこはなんか、気を遣って言ってよ」

月が笑う。


アニカも

少しだけ口元を緩めた。


けれど。


その瞬間、

ふと引っかかる。


なぜ

レイと自分なのだろう。


前回の課外実習

自分は

何もできなかった。


それなのに。


海先生は

再びレイと自分を組ませた。


その理由が、

分からない。


「……観測棟 第四演習室」

レイが言う。


アニカは小さく頷いた。


月が

後ろ向きのまま手を振る。

「お互い生きて帰ろー!」


「課外実習で死ぬことはない」

レイが即答する。


「そういう問題じゃないの!」


月の声を背中に聞きながら、

アニカとレイは

観測棟へ続く移動帯へ足を乗せた。


一定速度で、

景色が後ろへ流れていく。


学園の外周区画が、

遠くに見える。


透明な隔壁の向こう。


光。

建物。

無数の人の流れ。


学園の中とは違う、

予測しきれない動き。


前回の課外実習を

思い出す。


消えた人。


回収。


アニカは、

無意識に指先を握った。


自分はAI人間だ。

オーダーに沿って設計され、

完成へ向かうために作られた存在。


この学園は、そのための場所。


今は、

まだ課外実習だ。


間違えることが許されている。


けれど。


外の世界では、

違う。


回収されたあの人も、

きっと最初から

“そうなる側”だったわけじゃない。


流れの中で、

少しずつ、

外れていっただけだ。


アニカとレイを乗せて、

移動帯は一定速度で進み続けている。


透明な隔壁の向こうを、

もう一度見る。


無数の光。

無数の人。


流れ続ける社会。


あの人も、

あの中で生きていた。


そして。


いずれ、

自分たちも、

あちら側へ出る。


ただ、

今はまだ、

学園の内側にいるだけだった。





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