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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です

大将軍シェーラの戦記――兵站を知らぬ国の末路――

私は、シルバー王国軍の近衛隊員として、大将軍シェーラ様の傍らに控えていた。


あの戦いの日は、朝霧が平原を覆う中、帷幕の外で馬のいななきが響いていた。


敵の報告書が届いたのは、その前夜のことだ。斥候の兵が息を切らして駆け込み、膝をついて報告した。


「敵軍、獣人族の血を引く者たちが主力でございます。個々の力は強く、統制は乱れていますが、進軍の途中で村々を荒らし、食料を奪うのが常套手段。総勢一万を超え、こちらへ向かっています」


大将軍シェーラ様は、黒い兜の下から覗く鋭い瞳でその報告を静かに聞いていた。


彼女の周囲には、いつものように近衛の者たちが控え、息を潜めていた。


シェーラ様は、決して声を荒げない。


代わりに、指先で地図をなぞりながら、ただ一言。


「五百で十分だ」


周囲がざわついた。


五百? 敵は一万だぞ、と。


私の胸にも、不安がよぎった。


シルバー王国は決して小国ではない。


いまや、地域一帯でも周囲ににらみを利かせるほどの国とみなされている。


しかし、国の実情は厳しい。


内政に力を入れ、そのうえ、寡婦や孤児、老人への福祉を充実させている。


人口は多いが働き手のある労働人口は、推して知るべしだ。


今年の収穫量と備蓄量を測り、国民が一年を生きるための備蓄を除けば、軍に回せる兵糧は、二十日分、五百人が限界だった。


そして兵士の質も、我々近衛兵をのぞけば皆、家に仕事を抱えている生産民で、職業軍人とは程遠い。


兵の数も質も限られている。


そんな中、大将軍シェーラ様は、ただ勝つだけの戦略を立てるだけでは足りず、限られた条件、限られた兵糧で最大限の戦術を立てることができるのだ。


だからこそシェーラ様はいつも、兵を無駄に死なせぬ戦いを貫かれる。


だが、今回はあまりに少なすぎるのではないか。


誰かが口を開きかけたが、シェーラ様の視線がそれを封じた。


彼女の瞳には、すでに戦いが終わった後の景色が見えているようだった。


出陣の朝、私たちは五百の兵を率いて国境へ向かった。


馬の蹄が土を蹴る音が、静かな決意のように響く。


シェーラ様は先頭に立ち、黒い鎧が朝陽を反射して輝いていた。


彼女の長剣は、鞘の中で静かに眠っているが、その存在だけで敵を震え上がらせる。


道中、シェーラ様は事前に手を打っていた。


戦場周辺の村々を回り、住民たちに触れ回っていたのだ。


「このままでは命が危ない。シルバー王国へ来なさい。我々が守る」


村人たちは、敵国の残虐さをよく知っていた。


獣人族の血を引く兵たちは、力任せに村を踏み荒らし、食料を奪い、時には命まで取る。


迷う者などいなかった。


老婆が孫を抱え、農夫が家畜を連れ、皆が国境を越えた。


空っぽになった村々は、風が吹き抜けるだけの廃墟となった。


畑は刈り取られ、家畜は一頭も残らず、井戸さえも塞がれていた。


すべて、シェーラ様の指示によるものだ。


敵軍は、そんな事実を知らぬまま進軍してきた。


一万の兵は、獣のような咆哮を上げながら、村々を通過する。


だが、そこに食料はない。


空の納屋、枯れた畑。兵たちは最初、笑っていた。


「奪えばいいさ。いつものように」


だが、次第に顔色が変わる。


空腹が、獣の牙を剥き出しにする。


彼らが要衝に到達した時、私たちはすでに砦を築いていた。


五百の兵で、だがそれは堅固なものだった。


岩と土を積み上げ、矢を放つための狭間を設け、門は鉄の杭で補強。敵将は、獣人族の血を濃く引く巨漢で、牙を剥いて笑った。


「攻めやすい砦だ。個の力で粉砕してやる」。


初日の攻勢は、嵐のように激しかった。


敵兵たちは、獣のように跳躍し、壁に爪を立てて登ろうとする。


だが、私たちの弓矢が雨のように降り注ぎ、槍が突き出される。


シェーラ様は前線に立ち、剣を振るうことなく、ただ指揮を下す。


彼女の声は、静かだが、兵の心を鋼のように固める。


「耐えろ。さすれば必ず勝つ」


その言葉に、兵たちはさらに奮闘した。


日が暮れ、敵軍は野営に入った。


食料は、進軍途中で奪うはずだった。


だが、周囲に村はない。


兵たちは互いの荷物を睨み、腹の虫が鳴る。


夜の闇の中で、最初の不満が漏れた。


二日目、再び攻勢。だが、結果は同じ。


砦は崩れず、敵の死傷者が増える。


異変は、そこで起きた。


一万の兵を養う食料が、完全に尽きたのだ。


獣人族の血は、力強いが、統制を欠く。


兵たちは、互いの残り少ない糧を奪い合い、喧嘩が始まる。


剣が抜かれ、血が流れる。


暴動だ。


敵将は、慌てて制止しようとしたが、遅かった。


悟ったのだ。


これが、シェーラ様の戦術だと。


兵を戦わせず、飢えで崩壊させる。


兵站を知らぬ国への、完璧な罠。


三日目、敵軍は半分以下に減っていた。


脱走者が続出し、残ったのは将軍の周囲の精鋭のみ。


彼らは、飢えに耐え、牙を研ぐ。


そこへ、砦の門が開いた。


シェーラ様が、姿を現したのだ。


挿絵(By みてみん)


黒い鎧に身を包み、長剣を抜き、静かに立つ。


敵将は、好機と見た。


「突撃せよ! これで終わりだ!」。


精鋭たちが、獣の咆哮を上げて突進する。


だが、結果は一瞬だった。


シェーラ様の剣が閃き、風を切る。


将軍の首が飛び、周囲の精鋭が次々と倒れる。


彼女の動きは、芸術のように優雅で、圧倒的。


血が大地を染め、敵軍は崩壊した。


兵たちは散り散りに逃げ出し、私たちは追撃を行わなかった。


シェーラ様の指示だ。


「荒らされた一帯を、緩衝地帯として残せ。次なる警告となる」。


その報は、敵国の作戦本部に届いた。


王宮の玉座室で、国王が震える声で呟く。


「馬鹿な・・・・あの軍が、あの将軍が・・・・」


側近たちは顔を青ざめ、互いに責め合う。


だが、一人、冷静な者がいた。


宰相だ。


彼は最初から、この戦争に反対していた。


理由は、兵站。


一万の軍を維持する食料が、国にないからだ。


将軍は言った。


「奪えばいい」


国王たちは賛同した。


結果は、惨敗。


宰相は、この機会を逃さなかった。


国王の前で、静かに進言する。


「戦争ではなく、交易を。内政を整え、国を立て直すべきです。周囲の国が圧迫を始めています。我々の立場を、ようやくお気づきでしょう」


国王たちは、ようやく頷いた。


交渉の使者として、宰相自らがシルバー王国へ向かうことになった。


交渉の席は、シルバー王国の城の謁見室。


シェーラ様は、黒い兜を脱がず、静かに座る。


宰相が頭を下げ、言葉を紡ぐ。


「この度の戦は、我が国の愚かさゆえ。和平を願いに参りました」


シェーラ様は、ゆっくりと頷く。


「しかしながら、一つ質問をすることをお許しくださいませ。なにゆえ、我が勇猛でなる軍一万に対し、わずか五百の兵のみで出陣したのでしょうか?」


「もちろん、結果は知っておりまする。ですが、私もこの国の宰相。わが軍の兵士たちを誇りに思っておりまする!」


「わずか五百の兵のみで出陣した意図がわが軍を侮辱することから出てきたものであるならば、私は侮辱を晴らすために、この場で自らの首を掻っ切って抗議をする所存!」


いきりたつ宰相を横目に、静かに大将軍シェーラは答えた。


「理由は、兵糧だ」


「な!?」


「当然、そちらの国の情報も仕入れてある。私が重視するのは内政だ。とくに今年の収穫量はどうであったかを念入りに調べてある」


宰相は顔色を変えて黙って聞いていた。


大将軍シェーラの口からでる情報は、国の内政官でも担当でしか知りえないことばかりであった。


本来なら国の王がもっとも重視すべき内容である。


しかし、ここまで熱量のある関心を向けられたことはなかった。


今年の収穫量、そして食料庫に蓄えられている備蓄。


さらには、一万の軍兵が1日で消費する食料の数。


「そちらの国から、わが軍の砦までにかかる日数とお互いの軍が消費する兵糧。これらを緻密に計算した結果。わずか五百で問題ないと判断した。これで納得したか?」


大将軍シェーラはまるで数学の講義をするかのような緻密な計算を滔々と述べ、決してそちらの軍を侮辱することではないと説明してみせたのだ。


我々近衛兵に対しても常日頃から計算能力を磨くようにとご指導を頂いていたが、大将軍シェーラ様はまさにその実例を目の前で示されたのである。


最後に、


「この国で、話をしてもいいと思えるのは、お前だけだ。だから兵站の話をした。お前が最初からここにいれば――こんな戦は、起きなかっただろう」


その言葉に、宰相は深く頭を垂れた。


戦は終わった。


だが、大将軍シェーラ様の戦記は、兵站の重要性を、後世に語り継ぐことになる。


私のような近衛隊員は、ただその傍らで、彼女の英知に感謝するのみだ。


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