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第7話 ヤリモクで登録したんだがそろそろ欲望に負ける

 こうして春海は、のこのこと三回目の待ち合わせに現れた。土曜日の午後六時の金時計は、やっぱり混んでいる。

 すっかりかっこよくなったヨシを見た瞬間、春海の脳内は、真っ白になった。結果、公衆の面前で叫んで無礼を働き、悶絶するという奇行に出た。

 ヨシはといえば、そんな奇行にも構わず優しく話しかけてくれる。ますます胸が苦しい。動悸までしてきた。頭がバグって、ヨシへ期待してしまう。

 春海は混乱のまま駅を飛び出した。そして、行きつけの居酒屋へと、ヨシを連れてきていた。

 完全に、そういうスイッチが入った結果だ。


(いや。まだセーフだ、セーフ)


 向かい合って、掘り炬燵に座った。春海はビールを頼み、ヨシは梅酒を頼んだ。お通しのもやしのナムルを食べつつ、ヨシの様子を伺う。

 俯いて、じっと手元のおしぼりを見つめていた。これまでと違う雰囲気であると、はっきり分かっているらしい。


「あー……えっと。梅酒、好きなの?」


 沈黙に耐えかねて、春海が尋ねる。ヨシは「好きっていうか」と俯いた。


「さ、酒……飲めないって、思われたくない……」


 かわいそうに、震えていた。「そんなのいいんだよ」と、春海は慌てる。


「ごめんな。俺がビール頼んだから、気を遣わせたな」

「違いますよ。その……」


 まずい。なんだか甘酸っぱい雰囲気になってきた。

 ビールと梅酒が運ばれてくる。春海はそれに口をつけた。ジョッキの中身を半分ほど、一息に飲む。


 食べ物も頼みつつ、春海とヨシはしばらく無言だった。ヨシに至っては梅酒に手をつけていない。

 それでも酒が回ってくると、春海はやっと口を開くことができた。


「……なんで俺なんか、何度もマッチングしてくれるの。ブロックもたくさんしたじゃん……」


 ヨシはゆっくり瞬きをした。春海の言葉に頷いて、しばらく考え込む。


「ハルさん、やっぱり僕のこと、ブロックしてたんですね? それも、何度も」

「う。はい……」


 申し訳なくて、居心地が悪くて、春海は小さく縮こまる。そしてヨシの方も、それを承知で、何度も申請してきていたらしい。

 ヨシは「ふーん」と気のない返事をしつつ、口元をかすかに緩ませた。


「でも今、こうして会ってくれてるわけを、聞いてもいいですか?」


 この野郎。春海は上目遣いでヨシをにらんだ。だけどヨシは、まるでこたえた様子もない。


「だって、シュンポロンで、お前しか表示されないんだもん」


 拗ねたように言うと、ヨシが目を丸くする。それに構わず、「あとさぁ」と春海は続けた。頭がふわふわして落ち着かない。心臓がうるさい。


「ちゃんと勇気があって、いい子だし。俺なんかにはもったいない、けど。レオにも似てるし……」


 もう何年も前に亡くした、大切な犬。あの黒い毛並みを、ヨシを前にすると、思い出してしまう。

 ヨシが「ハルさん」と呟いた。春海は潤んだ目を、ヨシへと向ける。


「運命? みたいなの、感じちゃうんだよ。俺なんかじゃ、ダメなのに……。でも、お前しかマッチングできた人、いないし……」


 うじうじと言いながら、おしぼりをたたむ。

 そう、運命だ。ブロック貫通バグのせいで、何度もマッチング申請をしてくるんだろうとしか思っていなかったけど。

 つまり、それだけの回数、ヨシのマッチング候補にあがっているということだ。それだけ、縁みたいなものが、あるんじゃないか。

 今の春海は、それに甘えてみたかった。

 ヨシはしばらく口ごもって、あごに手を当てる。その戸惑うような表情に、すとんと春海の酔いが覚めた。


「ハルさん、その。僕しか表示されないんですか? 僕、他にもアピールされてる人がいて……」

「そ、うなんだ」


 心臓が嫌な音を立てる。ヨシは口元を笑みの形にゆがめながら、頭をかいた。


「いえ。嬉しいんです、あなたとマッチングしたのが、僕だけで」


 そんなこと言われても、ヨシは他にも選択肢があるのだ。

 春海にとってヨシは運命でも、ヨシにとっては、そうではないのだろう。


「シュンポロンのテストに参加して、春海さんが真っ先に表示されて。思い切って、マッチング申請をしてみたんです。受けてもらえて、本当によかった」


 さっきまでだったら、舞い上がっていただろう。でも春海は、ヨシの運命の人じゃないから、素直に喜べない。

 まだ酩酊は残っていた。春海はビールを飲み干して、新たに日本酒を頼む。


「ただ、他の人からもアピールされてしまって……。あんまりにも、だから、断りきれなくて、他に会った人もいます。すみません。でも僕は、ハルさんが、いちばんです」

「ん。んー」


 がぶがぶ酒を飲む。ひとりで舞い上がって、勝手に失望して、恥ずかしかった。ヨシは、他にも相手がいるのだ。あてが外れた。

 もうどうしたらいいんだろう。春海はまともな恋愛経験どころか、人間関係もよく分からない。ここから先、どう振る舞うのが正解なのか分からない。

 途方に暮れる春海をよそに、ヨシは「僕は、ハルさんがいいんです」と繰り返した。手元の梅酒は減っていないのに、真っ赤だ。


「……でも、俺以外に、マッチングしたんだ」


 不貞腐れた声が出た。枝豆をつまみながら、じっとりとヨシをにらむ。

 ヨシは「そう、ですね」と困ったように顔を曇らせた。困らせたいわけじゃないのに、そうさせてしまう。春海は酒を飲みながら、自己嫌悪の海に浸っていた。


「妬いてくれるんですか……?」

「ん」


 何を言われたのか分からないが、春海は黙々と日本酒を舐める。ヨシも梅酒へ口をつけた。


「うれしい」


 はにかむような笑みが、やっぱりレオに似ている。もう会えない春海の安全地帯。春海はぼんやり、その笑顔を眺めた。

 ヨシはどこか浮かれた様子で、机の上を指で叩く。


「この後、どうします? もうちょっと一緒にいられたら、嬉しいです」

「いっしょ。一緒か……」


 春海はふわふわする頭を揺らして、考えた。一緒にいたい、と言われても。


「俺なんかといても、つまんないよ……」

「どうしたんですか? 今日のハルさんは、自信がないんですね」


 含み笑いでヨシが言う。春海は、ヨシを見つめた。やわらかくて穏やかな表情で、まっすぐ春海へ笑いかけている。


「こないだは、あんなに自信満々だったのに」

「ごめん」


 謝ると、「いいえ」と彼は肩の力を抜く。ほっと息を吐いて、春海に笑いかけた。


「うれしい。もっと、いろんな顔が見たいです」


 その言葉に、春海は、彼に何かを返したくなった。これだけよくしてくれる彼に、何も報いないというのは、申し訳ない。

 そして春海が差し出せるものは、ひとつしかなかった。

 身体だ。

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