第5話 ヤリモクで登録したんだが、ヤれない男の服を見ている
春海はずんずん進んでいった。その後に、やや小股のヨシが続く。
メンズセレクトショップに着いて、春海は迷わず灰色のデニムパンツを選んだ。ワイド丈で、シルエットの重心が足元に来る。目算でだいたいのサイズを測りつつ、トップスも漁った。鬼気迫る様子の春海に、誰も近寄れない。やがてよれよれのヨシが追いつき、「ハルさん」と情けない声を出して擦り寄った。
「僕、ここ、怖いです」
「いいから。俺が今から怖くなくしてやる」
力強く言い切った。目を瞬かせるヨシを置いて、春海はこれだとTシャツを抜き出した。流行りのオーバーサイズだ。襟ぐりは詰まっていて、胸元にワンポイント、笑顔の犬が刺繍されているのもポイントが高い。ゆるっとしたシルエットに、ヨシがぶんぶん首を横に振る。
「む、無理です、おしゃれすぎる……」
「何を言っているんだ、ただの布に」
春海は軽くあしらって、ヨシを試着室へ放り込んだ。ややあって、カーテンが開く。
「ど、どうですか……」
相変わらずの猫背がみっともない。だけどヨシのしっかりとした骨格は、全く服に着られていなかった。サイズも合っている。たくましい肩幅はトップスのたっぷりした布を支えて、シルエットが綺麗に出ていた。脚も思った以上に長い。
これは期待以上だ、と春海は頷いた。
「上出来だな。すみません、これ一揃えください。着せたまま帰ります」
「は、はあ!?」
ヨシは素っ頓狂な声を上げているが、知ったことではない。春海は素知らぬ顔でクレジットカードを取り出して、代金を支払った。裾直しも必要ないので、そのままタグを切ってもらう。
「あ、あの……」
今日の春海は、この子犬ちゃんに、邪智暴虐の限りを尽くすと決めた。着ていた服を紙袋に詰めてもらって、ヨシへ手渡す。
「はい。これで怖くなくなった」
ヨシは勢いに押されるまま、紙袋を受け取った。ふん、と春海は鼻を鳴らす。
いきなり、ろくに知らない大人から服を贈られて怖かろう。だがそんなこと、春海の知ったことではない。
「あ、あの。お金……」
「いい。社会人舐めるな」
実際は少しだけ痛いが、見栄を張る。実はこのセレクトショップ、結構値の張る店ではあった。それでも、そんなこと言い出したら、彼はますます萎縮してしまうだろう。
ヨシがそろそろと他の商品の値札を確認しようとする。めざとくそれを見つけた春海は、ヨシの服の裾を引っ張った。
春海はまだまだ止まらない。
「ほら、行くぞ。今度は靴だ」
「あ、は、はい。なんで……?」
まさか、昔飼っていた犬に似ているからだなんて言えない。春海は黙って、靴屋へと向かった。
そこでブーツとスニーカーで散々迷っているうちに、ヨシがブーツの値札を見つけて悲鳴を上げた。仕方ないのでスニーカーを買い、履かせる。ボロボロの靴は、また紙袋をもらってそれに入れた。
こうして、ピカピカのヨシが出来上がった。髪型はやぼったいが、それはヨシ本人がなんとかするだろう。
「な。怖くないだろ」
背筋を伸ばせ、とばかりに背中を叩く。ヨシはぼんやり春海を見下ろして、じわじわと頬を赤らめた。
ヨシはすっかりかっこよくなった。春海好みに仕上がってしまった。
ちょっとだけ……というかかなり、私欲を入れてしまったことは、自覚している。春海は肩をすくめた。
「じゃあ、今日はこれくらいにしとくか」
「あ、あの……!」
ヨシが声を上げる。春海が見上げると、彼は必死の様子で口を開いた。
どこか、悲壮ですらあった。あれ、と、春海は目を見開く。
「僕の格好、ダサかったですか? 隣歩いてて、恥ずかしかったですか? だから、僕を、ここへ連れてきたんですか……?」
「ンなわけないだろ」
即答した。ヨシがダサいわけない。恋愛に慣れていないのに、勇気を振り絞って、春海にアピールして、会った。真っ直ぐに好意を伝えてくれるヨシは、認めたくないけれど、かっこいい。
だけどヨシは肩を震わせて、春海の言葉を待っている。
どうにも哀れで、春海は目を逸らせなかった。
「……ただ、見た目は中身の一番外側だから。もったいないと思ったんだ」
春海の言葉で、ヨシの顔が、わずかに歪む。春海は啖呵を切るように、「勘違いするなよ」とぴしゃりと言った。
「誰がなんと言おうと、恋愛慣れしてないのに、マチアプやろうって一歩踏み出したお前はえらい。だけど、どうしたって、人は見た目でジャッジされるんだ」
それが正しいことだとは、一切思わない。だけどヨシはその領域で、人に好かれるポテンシャルがあるのだ。
なおさら見た目でジャッジされがちな恋愛の世界で、恵まれた容姿を生かさない手はない。
「お前は背が高くてスタイルがいい。顔だって悪くない。だけど猫背で弱そうだから、ナメられやすいだろ。違うか?」
「な、なめ……」
春海の豹変に、ヨシは戸惑っているようだ。そんなこと知らないとばかりに、春海は自分の胸を叩いた。
「お前、俺に『綺麗』って言っただろ。それは俺が身だしなみで、お前に与えた印象だ。な? 見た目って大事だろ?」
ヨシはわずかに頷いた。物分かりのいい子犬ちゃんだった。春海は、そのまま続ける。
「別に、今のままのお前でもいいよ。だけど、ちょっと身だしなみに気をつけてみたら、世界が変わるかもしれない。だってお前は、かっこいいから」
少し首を傾げたヨシを見て、春海はいったん言葉を止めた。ややあって、彼は「つまり……」とおずおず切り出す。
「春海さんって、僕のこと……その……」
ん? と、春海は首を傾げた。さっきまでの発言を思い出して、かっと頬が熱くなる。
まるで、熱烈な告白みたいなことを言った。
「はっ、はあ!? 勘違いすんな! 好きじゃねーし!」
「まだ何も言ってないです」
ヨシの冷静な言葉に返事もせず、春海は外へ飛び出した。速足で栄の街並みを行く。太陽がかんかんに照っているせいか、じんわりと身体が汗ばんだ。ジャケットを脱いで小脇に抱えて、ずんずん進む。
追いつかれたくなくて、振り返りもしない。今の顔を見られたくなかった。
(恥ずかしい……!)
ヨシを置いてきてしまったが、知ったことか。春海は地下鉄の駅へ飛び込んだ。
端末を開くと、ヨシからメッセージが届いていた。
『ありがとうございます』
『ハルさんのおかげで勇気出ました』
素直なお礼の言葉に悶絶する。なんていい子だ。こんなヤリモクが食っていい相手じゃない。ちょっとかっこいいからって、調子に乗るな。
もう耐えられない。春海は、ブロックボタンをタップした。
ブロックしますか? の確認を前に、親指が少し泳ぐ。それでも、「はい」を選んだ。シュンポロンの日記機能を開いて、「いい加減にしろ工藤」と恨み言をたくさん書き込んでやる。
この時の春海は、全く思いもしなかったのだ。翌朝起き出したら、またヨシからのマッチング申請が来ているとは……。




